変化する肉体
あと数話でストーリーを一気に進ませるので、もうしばらくお付き合いくださいm(_ _)m
呆けている俺に頭を下げて、後ろに下がっていくシェーネ。
俺は彼女の笑顔に、すっかり骨抜きにされてしまった。
ギャップ萌えというやつだろうか。つんとしたクールな顔からの、エンによく似たあどけない笑顔は、凄まじい衝撃を俺に与えた。
未だに彼女の笑顔が脳内に張り付いて離れない。
「……次、私の自己紹介の番なんですけどー……」
俺が呆けている間に、自己紹介をしていない最後の女の子が目の前に立っていた。
彼女は俺の視界を遮るように、左右に手を振って存在をアピールしている。
「あ、ああ、ごめん。それで、君の名前は?」
慌てて俺が返事を返すと、彼女は満足げに頷いた。
「ん。私の名前はクジョウ。死んだのは3年前。よろしくお願いします……」
そう言って小さく頭を下げるクジョウ。
物静かな言動だが、シェーネのようにクールというわけでもない。変わった雰囲気の少女だ。
髪の色はシェーネとエンの姉妹とは打って変わって、涼しげな水色を肩の辺りまで無造作に伸ばしてしている。あまり髪型とかには興味ないのかもしれない。
顔立ちから推測すると、だいたいシェーネとエンの中間くらい、10代半ばのように思える。
身体つきが他の三人と比べて細っそりとしていて、少し心配になる。
瞳はトロンとしており、どこか眠たそうにしているのが特徴的だ。
「俺の名前はハデスって言う、よろしくな。………眠いのか?」
「……? んーん、別に眠くないよ。元からこういう顔立ち……」
「そっか。変なこと聞いてごめん」
俺は素直に謝る。
しかし、ここにいるのは皆んな若い子ばかりだ。
一番年長者であろうトウカですらも、推定年齢20代前半くらいだろう。
死ぬには若すぎる年齢だ。やりきれない。
俺が考え込んでいると、クジョウの方から話しかけてきた。
「……そもそも、私たちは眠らない」
「眠らない? それってどういうことだ?」
思わぬ発言に、俺は聞き返す。
「……そのままの意味。生き返った私たちはもう眠ることはない。眠くならないし、ずっと元気なままでいられる」
「それは……どうなんだ?」
一見便利なようにも思えるが、人としてそれは正しいのだろうか。
睡眠というのは健康上、ひいては精神の保全にもかなり大切だと聞いている。
それを一切しなくなるというのは、危ないんじゃないか?
「なあ、大丈夫なのかそれ? なんか健康に悪影響とか出たり……」
俺が尋ねると、ずっと俺の横で話を聞いていたトウカが口を挟んできた。
「何も問題はありません。むしろ、死ぬ前よりも調子が良いくらいです。心も常に穏やかですし、世界が輝いて見えるようになりました!」
トウカは顔を近づけて、そう力説する。
照れてしまうため、一先ずトウカの顔を押し返し、俺は話を深掘りする。
「その話、もっと詳しく教えてくれないか?」
「主さまの頼みとあらば、スリーサイズから黒子の数まで教えますが」
「それは別にいらん!」
トウカはからかうように扇情的な視線を俺に向けてくる。
こいつ……!
「死んでから変わったこと。他にもあるなら思いつく限り教えてくれ。何かあったら大変だろ?」
俺はトウカ以外の三人にも聞こえるように話す。
それを聞いて、クジョウ、エン、シェーネ達も一緒になって考えてくれる。
ここで最初に案を上げるのは、やはりというか、一番年長者であるトウカであった。
「んー……そうですねぇ。あっそういえば、お腹も減らなくなりましたね」
トウカの話に、他の三人からは、あーそういえば……と、いう声が上がる。
「本当か? それでどうやって生きてるんだ」
「一度死んでますし、もう二度と死ぬことがないように餓死しない身体になってるんじゃないでしょうか?」
「二度と死なない身体……」
それは素晴らしい!
死なんてロクなもんじゃないからな。
何をしても死なない身体なら、その心配もなくなる。
全人類が不老不死だったらよかったのに。
「以前試しにその辺にいたネズミを齧ってみたのですが、満腹感は得られませんでした」
「お前それドン引きだぞ……」
大切な情報だが、同時に聞きたくない話だった。
異世界だとネズミを普通に食べるのか?
「ちなみに齧った結果、そのネズミも不死身になったことを報告いたします」
トウカはそう言って、胸の谷間から一匹のネズミを取り出した。
なんと羨ま……けしからんネズミだ。
観察してみると、その瞳はトウカ達と同様に、真っ赤に染まっているのが分かった。
噛みつかれると、その特性が感染する。
前々から不死身の身体をゾンビみたいだと思っていたが、本当に俺と彼女達はゾンビになっているようだ。
「あっ! エンも思いついたよ!」
ぴょんぴょんとジャンプしながら、エンが手を上げる。
微笑ましい。
「ケガをしても全然いたくないんだ! ほら、こんな風に!」
そう言うと、エンは唐突に自分の指をへし折った。
「な、何をしてるんだエン!? 早く傷を見せてみろ!!」
俺はエンの腕を強引に掴んで、折れた指の治療を試みようとする。
エンは変わらず笑顔のままだ。
「えへへ。心配しなくても大丈夫だよハデスさま。こんなケガすぐに治っちゃうんだ」
エンの言う通り、俺が彼女の手を見たときには、既に指は細く綺麗な元どおりの姿になっていた。
「こらエン。はしたないでしょう。そんな野蛮な真似、ハデス様の前でするもんじゃないわよ」
「あう……ごめんなさいハデスさま」
頭を姉のシェーネにぽかっと叩かれ、エンは素直に謝る。
きっと、今叩かれたのもまったく痛くはないのだろう。
平気で自分の指を折り、そして一瞬で回復する光景。
普通は不気味に思うのかもしれないが、俺はそれを、これこそ人類が辿り着くべき境地であると感じた。
身体を大切に扱わなくても平気なのだ。どんな無茶だって通る。まさに最高じゃないか!
「私も……思いついたー……」
今まで黙っていたクジョウが、ここで声を上げる。
「……トウカも言ってたけど、精神面では多少の高揚感と、安定して穏やかな気持ちを保てるようになった気がするー……。あと、肉体面では、身体能力の向上が確認されてる……」
「クジョウ、意外と饒舌なのな」
「……人を見かけで判断したら、よくない……。私は、お喋りも好き……」
「そうだな、悪い」
やはり出会ってすぐでは、人の内面を深く知ることはできないな。
こうして、クジョウの意外な一面があるように、他の皆んなにも変わった側面はあるのだろう。
「……もう一つ変化があるのは、視界の変化……」
クジョウには、まだ案があるようだ。
そしてその案には、私もそれが言いたかった、といわんばかりの顔で全員が頷いていた。
俺はクジョウに話の続きを促す。
「………言語化は難しいけど、明らかに以前よりも世界が美しく感じる……。今まで見てきた全ての景色がゴミに思えるくらい……。正直、この景色を見られない人が可哀想……」
俺にはよく分からない話だったのだが、周りの三人は強い共感を示していた。
途中までの身体能力の強化や、高揚感までは俺も似たような事は感じていたのに、梯子を外された気分だ。
身体能力の変化があるのは、走ろうとして天井に頭が突き刺さったときに感じ、高揚感は目が覚めてから今もずっと感じている。
だが、世界が美しく感じたりは別にしないぞ。いったい何の話をしているのだろう?
俺は素直に尋ねてみることにした。
「なあ、その美しい世界ってどんな感じなんだ?」
「え、まさか主さまには見えてないんですか? この美しく輝く世界が」
俺の質問に、トウカがそんな馬鹿な、という表情で聞き返してきた。
悪いけど、そんな馬鹿なんですよこちとら。
「ああ、特に何の変化もないぞ?」
俺が素直に返事を返すと、トウカは哀れみの表情でこちらを見て、こう言った。
「かわいそ……」
やかましいわ。