ゾンビシスターズ
「皆さん、本日はとてもめでたい日です! なんと主さまが目覚めました!」
トウカが俺の横に立って、いきなりそんなことを言い出した。
言葉の矛先は、目の前にいる3人の少女達に向けられている。
彼女達もトウカと同じく、俺の血を浴びて生き返ったという。
そして、そんな彼女達の視線のことごとくが、全て俺に注がれている。
6つの赤く輝く瞳をこちらに向けられて、俺は萎縮してしまう。
元より人前に立つのは得意ではないのだ。
彼女達の視線から逃れるように、俺は辺りを見回した。
質素だが扉が付いていたため、ここには何かがあると思っていたのだが、なんて事はない。
ただ小さな池がポツンとあるだけで、あとは苔しか生えていない袋小路だ。
てっきりトウカの居住区でもあるのかと思ったのだが。
いったいこんなところで彼女達は何をしていたのだろうか。
俺が黙ってその場に突っ立っていると、彼女たちの方からこちらにやってきた。
「おはよー主さま! わたしたちを生き返らせてくれてありがとー!」
「私からも感謝の言葉を。こちらのうるさい妹共々、第二の人生を与えてくださって本当に感謝しております」
「………ありがとうございます」
三者三様の様子で、三人の少女達が俺に感謝の言葉を述べてくる。
その気持は嬉しいが、実感の無いことで感謝されても虚しいだけだ。
実際、事故のようなもので、血が飛び散って生き返らせたみたいだし。
俺が反応に困っているのを見兼ねて、トウカが助け舟を入れてくれる。
「ほらほら皆んな。一気に喋り出したら主さまも困惑するでしょう? 順番に自己紹介しなさい。名前と、あとはそうね……自分が何年前に生贄となって死んだのか、とかを言うと良いわ」
非常に助かる。
トウカの話だと、この三人も大狼の生贄になって死んだらしい。つまり、その大狼はトウカを喰い殺した後も、何年もこの地に居座っているということだ。
恐らく、大狼はこの洞窟に食べ終わった死体を捨てているのだろう。
トウカの話に、三人はそれぞれ頷いて律儀に列を作って俺の前に並ぶ。
まるでドラクエみたいだ。
ちなみに、トウカはしれっと俺の隣に立って、満足げに腕を組んでいた。
そして、列の一番前に並んだのが、最初に俺に感謝の気持ちを伝えてきた、三人の中で比較的小さめの女の子だ。
髪は瞳と似たような赤い色をしている。
瞳を血のような赤だと表現するのなら、髪は紅とい表現されるのが似合う。
鮮やかな紅の髪は、日本の紅葉を想起させる。
その紅い髪の毛を、左右のバランスが均等に取れたツインテールにアレンジさせている。
見た目から察するに、年齢は十代前半といったところだろうか。
表情が常に明るく、元気溌剌な少女だ。
少女は俺の前に立って、元気よく手をあげて自己紹介をする。
「はじめまして主さま! わたしの名前はエンって言います! 死んだのは……えっと、たぶん一年前です! よろしくおねがいします!」
ぺこり、と可愛らしく頭を下げてエンは笑う。
うーん、めっちゃ可愛い。
もしも俺がこの子の親御さんだったら死ぬほど愛でるくらいには愛らしい少女だ。
それだけに、一度生贄になって死んでいるというのが許せない。
何故この子が死ななければならなかったのか。
まだ少女だというのにあの苦しみをエンが味わったのだと思うと、胸が張り裂けそうになる。
俺は屈むことで、エンと目線の高さを合わせ、自己紹介を返す。
「よろしくエン。俺の名前は……あー……ハデスっていうんだ」
ここで普通に羽賀陽介と言いそうになったものの、トウカの視線を感じて偽の名前を名乗る。
この勘違い、いずれ解かないとなぁ……。
「ハデスさま……うん! エン覚えた! ハデスさま、ハデスさま!」
「偉いぞ〜!」
なんなんだこの可愛い生き物は。
思わず抱きしめたくなったぞ。
俺はロリコンじゃないから鋼の精神力でなんとかその心を抑えられたが、ロリコンだったら危なかった。
ここは年上のお兄さんらしく頭を撫でるだけに留めておこう。
後ろにいるお姉さんの視線が怖いし。
エンは気持ちよさそうに目を細めると、最後にもう一度だけお辞儀をして、後の人に交代した。
次に俺の前に立つのは、最初の発言からしてエンのお姉さんだと思われる女性。
エンと同じく、赤い髪の色をしたポニーテールの女性だ。
だが、エンの紅葉色の髪よりも、少し色素が濃いように感じる。
赤紫色、英語だと確かマゼンタって言ったか? 赤と紫の混じった髪は、色香を感じさせる。
年齢は十代後半だろうか。髪の色のせいもあるだろうが、どことなく大人びた雰囲気を持っていて、しっかり者といった見た目だ。
彼女は、エンが後ろに下がったと同時に前に出てきて、深々と頭を下げた。
「初めまして。私の名前はシェーネと言います。先程自己紹介したエンの姉ですね。生贄となって死んだのは今から2年前のことです。よろしくお願いします」
「ああ、聞いてただろうけど、俺はハデスって名前だ。よろしく、シェーネ」
妹と違って、シェーネは実にクールな態度だ。
トウカとどことなく似ているが、トウカは淑女の落ち着いた雰囲気をしているのに対して、シェーネは真面目な堅物というイメージを受ける。
きっとシェーネは、日々を真面目に生きていた筈だ。
しかし、そんな真面目に生きていても、彼女はこんな若くして死んでしまった。
そして、一年後には妹とまで生贄になって死んでいる。
救われない話だ。理不尽極まりない。
「あの、私は言い方が冷たくて勘違いをさせてしまうことがよくあるのですが……本当にハデス様には感謝しています。私の全てを捧げても構わないほど。本当に、エンを生き返らせてくれてありがとうございます……!」
シェーネはそう言って再び頭を下げた。
俺は慌てて彼女の肩を掴んで頭を上げさせる。
「感謝の気持ちは受け取ったから、もう頭を下げる必要はないよ。今度は死ぬまでエンを守ってやれ」
「……はい!」
顔を上げたシェーネの表情は晴れやかな笑顔になっていた。
そして、クールな美人が笑うと破壊力が凄まじいことを、俺は知るのだった。