美味しく食べられた
「まず、事の始まりは4年前まで遡ります。まだこの洞窟が、生贄の祠などという物騒な名前で呼ばれる前のことですね」
前を歩きながら、トウカはこちらに顔を向けて説明を始めた。
その歩調には迷いがなく、どこかある一点を目指しているのは明白だった。
俺はときどき相槌を打ちながら、彼女に黙って付いて行く。
それにしても、4年前て。
いくらなんでも遡り過ぎじゃあないのか? 俺は現状の説明をして欲しいのだが。
そうはいっても教えてもらう立場の俺だ。下手に文句も言えない。
「4年前、私はただの村娘でした。何の力も才もない、メイドさんに憧れて作法を勉強しているだけの小娘です」
なるほど。
それであんな堂に入ったカーテンシーができたんだな。
俺はてっきり本当のメイドさんかと思っていた。
格好も頭にプリムとか付けてて、ほんのりメイドさんっぽいし。
「そんな折です。私の住む村、名前はラクーナ村というのですが、そこに巨大な狼の魔物が現れたんです」
「魔物?」
「ええ、全長は家屋二つ三つ分くらいの大きさがありましたね」
薄々感づいてはいたが、やっぱりここは地球ではないようだ。
そんなフロムソムトウェアのゲームに出てきそうな狼なんて地球には存在しない。
ということは、やはり俺はあの事故で死んでしまったのだろう。
燃え盛る車の中、必死に手を伸ばしたことを思い出す。
…………クソ。
「それでその大狼が───って聞いていますか主さま?」
「うおっ、ビックリした!」
思考の渦に囚われていたら、気づけばトウカが先を行く足を止めて目の前に迫っていた。
彼女の赤い瞳が心配そうに俺を見つめている。
「悪い。少し考え事してた。話を続けてくれ」
過去を嘆いていても仕方がない。
とにかく俺が望むのは一つだけだ。
ただひたすらに、死なないこと。
そう考えたら、首が取れても死なないこの身体は非常に便利だ。
魔物なんているこの世界に生きるのだ。死に難くて不便になることはないだろう。
俺は、この世界で生き抜くことを改めて心に誓う。
そして、そのために大切なのがこの世界の情報だ。
トウカに顔を向き直る
正面切って彼女に視線を合わせると、彼女は満足げに頷いた。
「では、気を取り直して話を続けさせてもらいますね。村にやって来たその大狼は、突然こう言い出しました。『この村で一番美しい生娘を生贄として差し出せ。さすればお前たちを見逃してやる』と」
再び歩き出しながら、淡々とトウカは昔話を語る。
「村人たちは大狼をたいそう恐れました。そして、議論を交えた末に、とうとう村長の一人娘を差し出したのです」
「なるほど。それでその子はどうなったんだ?」
まあ大方その女の子がどうなったのかは推測できるが、一応聞いてみる。
「もちろん無残に喰い殺されました。とても痛かったです」
ああ、やっぱり殺されてしまったのか。
可哀想に。もっと生きたかっただろう。
やはり、人の死というものは悲しいものだ。
「………ん?」
俺はトウカの言い方に、遅まきながら違和感を感じた。
なんか今の話ちょっと変じゃなかったか?
痛かった、なんて、まるでトウカの実体験のような……。
その違和感を払拭するために、トウカに尋ねてみる。
「今の話の女の子って……誰?」
「お恥ずかしい話ですが……私です」
「あ? あーあーなるほど? そーいうことね?」
いや、どういうことだ。
そしてなんでトウカは恥ずかしそうに顔を赤らめてるんだよ。
今の話のどこに照れる要素があった。
「つまり……トウカは一度死んでいる……って認識でいいんだよな?」
「はい! そうですね! 大狼に喰い殺されたあと、骨だけこの洞窟に投げ捨てられました!」
そんな天真爛漫な笑顔で返事されてもなぁ……。
元気いっぱいという様子の彼女を見ると、とても一度死んだ人間とは思えない。
あ、よく考えたら俺も一度死んだ人間だな。
俺たちはゾンビ仲間というわけだ。
「4年前に死んだらしいけど、どうやってトウカは生き返ったんだ?」
俺の場合は焼け死んで、その後、異世界転生したっぽいけど、トウカの場合はこの世界の現地人であるため、そういう訳にもいかないだろう。
よくよく考えたら、なんで地球人が死んだら異世界に転生するんだよ。意味分からねえ。いや有難い話だけども。
「そこで今の話に戻ってきます。私が生き返ったのは、主さま、あなたのおかげなのです」
「というと?」
「私が生き返ったのは、今から一週間ほど前のことです。突然空から主さまが降ってきたことで、私は意識を取り戻しました」
一週間前に俺が降ってきたってことは、その間、ずっと俺は眠りこけていたのか……。
予想だが、その空から降ってきた日に俺はこの世界に転生したのだろう。
この洞窟で目覚めるまで、この世界で活動した記憶はないのだから当然の帰結だ。
俺が推察している間にも、トウカは話を続ける。
「目覚めて最初に見た光景は、空から地面に叩きつけられた主さまの御体が破裂して、血が辺り一面に撒き散らされているところでしたね」
なんてスプラッタな。
生き返って早々にそんな地獄絵図を見るとかトラウマもんだろ。
そして転生して早々に落下死してたのかよ俺!
どうりで一週間も目覚めないわけだよ!
この死ににくい身体じゃなかったら、マジで死んでたぞ!?
「状況はだいたい掴めてきたよ。でも、肝心の生き返った方法はなんなんだ? 俺が降ってきた事と、それはどんな関係があるんだ?」
歩きながら、俺はさらに話を追求する。
トウカに案内されるがまま付いてきたが、この洞窟、かなり複雑な構成をしている。
会話をしている間に、別れ道がいくつもあった。
そして、今俺たちの歩く先には質素な扉があった。
恐らくあの扉の先こそが、トウカの目的地なのだろう。
この一本道に入ってから、トウカの歩くペースが心なしか早まったのもそう確信させる一助だ。
「私たちが生き返った要因。それは──────」
私……たち……!?
謎の複数形に俺が動揺している間にも、俺たちは歩を進めて、遂には扉の前まで来ていた。
トウカはニコニコとした笑顔のまま、その扉を開く。
「それは、皆一様に、主さまの血液を浴びたことで、不死身の肉体を手に入れたからでございます」
扉の先には、3名の少女達が楽しそうに笑っていた。
彼女らに共通するのは、トウカと似たような地味な村娘の格好であって尚、揃って美しい容姿をしているということ。
トウカとはまた違った雰囲気をそれぞれ持った美少女達だ。
そして、彼女らにはもう一つ共通点があった。
それは─────爛々と輝く真っ赤な瞳。
俺は一度、トウカの赤い瞳をルビーのようだと例えたが、それは間違いだと気づく。
これは、血液の赤だ。
複数の赤い瞳に射られながら、俺は漠然とそう思った。