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俺の名前は


 首を360度回転させ続けながら、俺は思案する。


 これ、やっぱりおかしいよな?

 少し前まで、こんな首の可動域イカれてなかったよな俺?


 これまでの人生、意識して首を回したりはしてこなかったが、90度まで回るかどうかも怪しいくらいだったはずだ。

 少なくとも、こんなベイブレードみたいに頭を回転させたりは絶対にできなかった。

 

 うーん、これはアレだな。

 化け物になってるな俺。


 というか、そもそもここが地球なのかも怪しい。銀髪の髪なんて普通ならありえないだろう。

 頭おかしいと思われるかもしれないが、アニメや漫画などでお馴染みの、いわゆる異世界転生、もしくは転移をした可能性が高い。

 特に神様なんかとは話した記憶はないが、こうして頭が取れても死なない身体で生き返っている。


 まるでゾンビみたいだ。

 となると、さっきから気になっていた洞窟が明るいという問題は、洞窟自体が明るいのではなく、俺の視界が暗闇に対応しているのかもしれない。


 よくよく考えてみたら、頭が胴から離れても喋れた時点で何かおかしいと気がつくべきだった。

 たぶん、胴体が分離したせいで頭に必要な栄養が来なくなったから、思考が鈍ったのだろう。


 それか、目の前の綺麗な女性に緊張して頭が上手く働かなくなったせい。

 ………こっちの方が有力かもしれない。

 

 いったい何があって、こんな身体になったのかは謎だが、こうして生きているのなら儲けもんだ。

 あの事故の一件で、俺の人生観は大きく変化した。


 平々凡々な退屈な人生。

 今まで俺は、それをつまらないと感じていた。

 だが、そうじゃないんだ。


 死を間近に感じてこそ気がつけた。


 死は恐ろしい。

 あの燃え盛る痛みの中にあって、一際強く感じた自分の存在が消えていく感覚。

 今思い返すだけで、背筋が凍る思いだ。


 二度とあんな感覚は味わいたくない。

 ああ、生きているってなんと素晴らしいことなのだろう!

 今の俺は、ただ生きているという事実だけで幸せだ。


 きっと、目覚めてからずっと気分が良いのも、人生観が変わったからなのだろう。

 あんな大事故から生還できたことに神様に感謝して、日常の当たり前の幸せを噛み締めて生きようと思う。


「あの……主さま? お黙りになってどうしたのでしょうか? 私、なにか粗相をしてしまったのでしょうか……」


「ん? ああ、ごめんなさい放ったらかしにしてしまって。少し考え事をしてました」


「なんと、そうでしたか。主さまの貴重な思考の時間を邪魔してしまって申し訳ありません」


 白銀の髪をした彼女は、恭しく頭を下げる。


「別にたいしたことを考えていたわけじゃないですし、全然構いませんよ。それより、質問があるんですけどいいですか?」


 そう、さっきからずっと疑問に思っていた事が一つあった。

 俺は意を決して、その疑問を彼女に尋ねてみる。


「あなた、誰ですか?」


 当然の疑問だろう。

 こんな人気のない洞窟の中に、どうしてこんな人並外れた美人さんがいるのか。

 あなたはいったい何者なのか。


 そういったニュアンスを含めて俺は彼女に問いかけた。

 すると、彼女はハッとした顔になって再び頭を下げる。


「これは大変失礼いたしました! 主さまにはまだ名乗っていませんでしたね」


 彼女はそう言って一歩後ろに下がると、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げながら自己紹介をしてくれた。


「私の名前はトウカと申します。以後お見知り置きを、主さま」


「トウカさん……」


「トウカ、と呼び捨てで呼んでください。それに、敬語も結構ですよ」


 いわゆる、カーテンシーというやつだ。

 彼女、トウカのその所作がとても綺麗で、俺は思わず見惚れてしまう。

 まるで貴族が雇う本格的なメイドさんみたいだ。

 

「差し支えがなければ、主さまのお名前も伺ってよろしいでしょうか? 忠誠を誓うお方の名を知っておきたいのです」


「忠誠って、そんな大袈裟な……」


 この人、本当になにを言ってるんだろう?

 トウカがどうして俺のことを、主さまなんて呼ぶのかも分からない。


 ただ、トウカの目は真剣そのものだった。

 ふざけて俺のことを主さまなんて呼んでいるわけではなさそうだ。

 その真摯な思いには応えなくてはならないだろう。

 

 俺も久しぶりに真面目な顔になって、口を開いた。


「俺の名前は……ハ……です」


 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううう!!!! 

 美人に真剣な目で見つめられると緊張して言葉に詰まるぅぅぅぅぅ!!!


 ハッキリと羽賀です!って言おうとしたのに、肝心の名前部分を緊張して小さな声になってしまった。


 女性慣れしていないのがバレバレ過ぎて、恥ずかしい限りである。

 穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。


 今ので失望されてないかな……という不安を胸に抱えながら、彼女の様子を伺う。

 

「なるほど……主さまのお名前はハデスさまというのですね。このトウカ、しかと胸に刻み込みました。私、もう一生忘れません。それにしても、冥界の王と同じ名前とは………さすがは私たちの主さまでございます」


 なんか凄え勘違いされてる……!?

 

 自己紹介をしようとしただけなのに、なんか冥界の王とか物騒な名前が出てきてしまった。

 なんとか名前を修正したいところだが、胸に手を当てて満足げに俺の名前を呟いているトウカを見ると、なにも言えなくなる。


 もうハデスでいいか……。


 諦めの境地に達した俺は、トウカに続けて質問を投げかける。

 まだまだ知りたい事は沢山あるんだ。


「もう一つ聞きたいんだが、ここは何処なんだ? それに、どうして俺のことを主さま、なんて呼ぶんだ?」


 どうも畏まった言い方を嫌っているようなので、砕けた口調でトウカに話しかける。

 彼女は嬉しそうだ。


 あと一つ、どうして俺の身体が化け物になっているのかも知りたいが、それはトウカに聞いても分からないことだろう。

 彼女はこちらの目を真っ直ぐ見て、真摯に答えた。


「ここは生贄の祠と呼ばれる洞窟の中ですね。私が主さまとハデスさまを慕うのは、貴方に命を助けられたからです」


「俺が……命を助けた?」


 生憎だがそんな記憶は微塵もない。

 こんな美人さんを忘れるなんてあり得ないだろうし、トウカの勘違いではないだろうか?

 

「いえ、命を助けたというのは少し語弊のある言い方でしたね。そう……正確に言うなら、命を貰ったというのが正しいでしょうか」


「どういうことだ?」


 余計に意味が分からなくなったぞ。


「おや、ハデスさまが自らの意思でやったのではないのですね。では僭越ながら、今に至るまでの経緯を私が話させていただきます」


 そう言うと、彼女は一歩身を引いて洞窟の先を手で指し示した。

 

「よろしければ、先を歩きながら説明したします。少しだけ長い話ですが、お付き合いくださいませ」


 俺は首を縦に振って、先導するトウカに付いて行った。


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