分離する身体
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意識がある。
痛みはない。
どうやら俺は生きているようだ。
それを実感した途端、心地よい微睡みの中から覚醒する。
「ここは……どこだ……?」
勢いよく目を覚ました俺は、上体を起こして困惑する。
あの大事故から助かったのだから、てっきり凄い設備の病院かと思ったんだが、どう贔屓目に見ても洞窟の中にしか見えない。
俺はスーツについたホコリを払って、ゆっくりと立ち上がる。
幸い、この洞窟の天井は高く、たとえ俺がジャンプをしても、天井に触れるまでにはかなり余裕があった。
見たところ、ここから続く道は一本しかなく、背後には壁しかないため、ここは行き止まりであることが分かる。
自分がさっきまで寝ていた場所を確認すると、ベッドの代わりに葉っぱが敷き詰められており、その周りを様々な色形の石が並べられていた。
なにこれ。何かの儀式?
ぱっと見、未開の地に住む民族たちによる宗教的な何かのように見える。
問題は、何故その宗教的な儀式の中心に俺が寝かされていたのか。
怖すぎるだろ……。
まあ分からんことを考えても分からんから、今は放置しよう。
次の疑問、ここはどこだ?
洞窟っぽいのは見た目で分かるけど、日本の何処だよ。
辺りを見回して情報を集めてみようとするも、あるのは岩の壁と宗教っぽい葉っぱのベッドだけだ。
新しい発見を強いて上げるなら、天井に一箇所だけ穴が空いているということだけだ。
だが、こんなことが分かっても何の意味もない。
この場にいてもこれ以上何も分かりそうもないので、一先ず俺はこの洞窟の出口を目指して一本道を歩く。
今し方気づいたが、やけに明るい洞窟だな。
いったいどうなってるんだこれ?
どこにも光源はないというのに、真っ昼間のように洞窟内は明るい。
道に落ちている小石がどんな形をしているのか見えるくらいだ。
「うーん……」
疑問が増えていくばかりで、一行に解決しない。
手詰まりだ。
それにしても、やけに身体が軽い。
肩の凝りもまったく無いし、十代に戻ったような感覚だ。
久しぶりに気分がいいぞ。
俺はなんだか楽しくなってくる。
一つ小躍りでもしたくなる良い気分だ。
「〜〜♪」
フワフワとしたこの多幸感は、初めての感覚だ。
強いて言うなら、いい感じに酔いが回ったときに似てるかな?
テンション上がってきた俺は、鼻唄を交えてスキップしながら洞窟を進んでいく。
しっかし、誰もいないなこの洞窟。
一本道だし、代わり映えしない景色だ。
謎のハイテンションモードじゃなかったら、確実に景色に飽きていたな。
ん?
かなり遠くの方にだが、道が広くなった交差道のところで人影がチラッと見えた。
よかった、誰かいるみたいだ。
俺は走ってその人影に近づこうと、足に力を込めて駆け出した。
───だが、何故か気づいたときには天井に頭から突き刺さっていた。
まるで意味がわからない。
というか、よく生きてるな俺。
とりあえず、天井に手をついて、頭を強引に引っ張り出そうとしてみる。
すると、スポン!という小気味のいい音を立てて地面に勢いよく落下した。
俺の頭部を天井に残して。
「いやああああああ!? なにこれぇぇえええええ!?」
天井に頭だけ埋まったまま、俺は困惑の叫びをあげる。
死ぬぅ!? 死んじゃう!!
せっかくあの大事故から生き残ったっていうのに、こんなアホみたいな死に方は絶対に嫌だ!!
俺がパニックになって騒いでいると、バタバタという誰かが走る音が近づいてきた。
「大丈夫ですか主さま!? 今すぐ助けます!!」
「誰ぇ!?」
聞こえてきたのは女性の声だった。
清涼感のある耳に心地よいその声の主は、そう言うや否や、俺と同じように天井に突き刺さり、埋まっている俺の頭を救出してくれた。
「すいません、助かりまし……た……」
俺の頭を両手で抱えて、こちらを心配そうに見つめる女性。
俺は彼女の姿を見て、思わず言葉を失う。
それほど彼女は美しかったのだ。
片側に三つ編みを施した艶のある白銀の長い髪はキラキラと輝いて見え、俺を映すその瞳は真っ赤なルビーのようだった。
触ったら雪のように溶けてしまいで、幻想的な雰囲気を持った、儚く美しい女性だ。
装いも現代人とは思えない程浮世離れしている。
ファンタジーの世界に出てくる村娘のような格好をし、頭の上にホワイトプリムを載せた、メイド風村娘といったおかしな装いをしている。
「どうかされましたか?」
「いえ! なんでも!」
じっと見ていたのがバレた。当たり前か。目と目が合っていたのだし。
彼女は、俺の頭を赤ん坊に接する時のように優しく扱って、覗き込んでくる。
か、顔が良すぎる……!
彼女の視線から逃れるために顔を逸らそうとしたのだが、生憎逸らすための首が胴体にくっついているため、何も出来なかった。
ちなみにその胴体は、地面に倒れてバタバタともがいている。死にかけの虫みたいだ。
気持ちわりー……。
そんな状態の俺を、謎の美女は尚も見つめ続ける。
「あの……なんでしょうか?」
視線に耐えかねて、俺の方から声をかける。
「っ!? 申し訳ありません! 主さまのご尊顔をジロジロと不躾に見つめてしまいました! ご不快に思いましたらなんなりと処罰を!!」
「いや、別にいいから!? 怖いなこの人!?」
「怖いとはいったい!? 私のどこがいけないのでしょう! 申し付けてくださったら、いくらでも改善いたします!」
「顔が近いぃぃ!!」
彼女が両手で俺の顔を挟んでいるから、抵抗することができない。
顔と顔が触れ合う距離だぞ!? 羞恥心はないのかこの人!?
「と、とりあえず俺の身体と頭をくっつけてくれないか!!」
「了解いたしました!」
恥ずかしさから俺が指示を出すと、彼女は返事よく頷いてすぐに地面に転がっている身体を持ってきてくれた。
「よいしょ、よいしょ。えっと……こう、でしょうか?」
彼女は戸惑いながらも慎重に俺の胴と頭をくっつける。
なんだかロボットにでもなった気分だ。
ガッシャーン!
まあ、実際に身体をくっつけた時に鳴ったのは、グチャグチャという猟奇的な肉の音だったのだが。
調子を確かめるように、俺は首を回してみる。
うん、特に問題なさそうだ。
首は左右上下に不備なく動くし、何なら360度回転できることも分かった。
………あれ、別の問題発生してね?