死にたくない
普通の人生。
この俺、羽賀陽介の人生を一言で形容するのならそれだろう。
大学を出て普通の中小企業に就職し、普通に趣味にお金を使い、普通に一人暮らしをしている。
彼女はいない。
けど、今時彼女のいない人間の方が普通だろう?
俺はそう信じている。
いや、そう思わないとやってられないだけかもしれん。
俺は普通の人間だから、誰かを普通に妬むし、ストレスをネットに吐き出さないと生きていけない。
上司の息が臭いとか、パワハラが酷いとか。
こんなクソみたいな世の中なんだ。
適度に毒を吐いていないと、俺自身が潰れてしまう。
もちろん、それが褒められた行為ではないのは知っているが、俺は聖人ではないのだ。
俺みたいな普通の人間は今の時代、裏でこういう事でもしないと、まともに生きていくことすらできないんだ。
そういう自分を、たまに自己嫌悪で嫌いになる時もある。
こんな自分になりたくなかった。
本当は、女の子にモテモテの人気YouTuberとか、プロゲーマーとかになりたかった。
もういっそ死んでしまいたい。
なんて風に、鬱になるときもある。
まあそんな日は、決まって酒を意識がなくなる程たらふく飲む。
そしたら翌日には元どおりだ。
このように、善人とは言えない性格かもしれないが、問題を起こさないように日々を慎ましく生活していた。
だから、俺がこんな目に遭うのは間違っている。
全身のありとあらゆる所に痛みが走っている。
呼吸すらまともにできない。
「ハッ、ハッ、ハッ……!」
ひっくり返った車の中で、逆さまになった俺は必死にシートベルトを外す。
クソッ! あのトラックの運転手! 居眠り運転なんてしやがって!!
数分前、俺はいつも通り自分の軽自動車で、仕事帰りのスーツのまま自宅へ向かっていた。
それを、あのクソトラック運転手が正面衝突してきて、こんな酷い目に遭ってしまった。
痛い! 痛すぎる! 痛くて涙が出そうだ。
トラックとぶつかった衝撃で、割れた車のフロントガラスが身体に幾つも突き刺さっている。
自分ではよく分からないが、たぶん骨も折れているだろう。
ああっくそ! 早く車から出ないと!!
ガソリンの嫌な匂いがする。
もし爆発でもしたら本当に死んでしまうだろう。
幸い車は衝突事故でペチャンコに潰れてはいるものの、俺一人抜け出せる程度の隙間はある。
俺は、なんとか這って脱出を試みようとする。
だが、できなかった。
パニックになっていたため気づくのが遅れたが、足が潰れた車と地面の間に挟まっている。
おい冗談だろ?
俺は必死に足を引き抜こうとする。
「ハアッ、ハアッ、ぐ、ウゥゥゥウ!!」
強烈な痛みが走る身体に鞭を打って、足を引っ張り出そうとするも、俺の足はビクともしない。
勘弁してくれよ。
なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
俺は慎ましやかに生きているというのに。
俺なんかよりも悪い奴はいっぱいいるじゃないか。
どうしてよりにもよって俺が!
「ハァ、ハァ、……え?」
視界の端で、炎が燃え上がったのが見えた。
次の瞬間。
俺は全身を燃え盛る炎で包まれていた。
「あああぁぁぁぁぁ……」
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い
それ以外考えられなくなる。
もう喉も焼けて助けを呼ぶ声を出すこともできなくなった。
メラメラという炎の音と、焦げ臭い肉の匂いがする。
死。
それが確実に俺に近づいてきていた。
燃え盛る炎の中、痛みで朦朧とする頭で自分が死ぬことを実感する。
死ねば、この痛みから、解放される、のか……?
気が狂うような痛みから逃れるために、俺は死に救いを求める。
死を受け入れれば、すべてが終わる。
………嫌だ。
嫌だ、嫌な嫌だ嫌だ!
俺は、死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
死にたくなるほど苦しい痛みの中でも、俺は死を受け入れられなかった。
たとえ苦しみが続くだけでも、生きていても辛いことしかなくても、俺は死にたくなかった。
俺は生き汚く必死に手を伸ばす。
絶対に、死んでたまる、か…………
そこで俺の意識は途絶えた。