乱入者-4
(俺一人の力では、こいつに致命傷を負わせる事が出来ない。他にも魔王軍が居る事を想定すると、ローシェは城に置いておきたい。このタイミングで、都合よくラーベが合流するとも考えられない。ならば……あれを使うしかない)
自分一人の力で戦わなければならない相手に、今の自分が勝てる未来が見えない。
気力も魔力も余裕はある。だがそれを全てぶつけたとして、勝てるのかどうかは分からない。
これは切り札と言っても過言ではない。
だから、これが通用しなければこの国は滅亡する。
燈継は聖剣を握りしめ、そして願う。
(父さん。俺に力を貸してくれ!)
刹那、燈継の全身に痛みの無い電流が駆け巡る。
脳裏には燈継が経験した事の無い戦いが、まるで自分が戦ったかのように映し出される。
これは、先代勇者が経験した戦いの記憶。
数多の戦いを瞬きに満たない時間で経験した燈継は、才能では決して補えない経験という力を手に入れた。
「行くぞゼノス!」
「かかってこい!勇者!」
「<竜炎斬>!」
「っ!」
振り下ろした聖剣を纏う炎が竜の形をしてゼノスに襲い掛かる。
ゼノスはこの技を知っていた。これは、かつて先代勇者と戦った時に使用していた技。
だからといってゼノスが焦る訳ではない。
雷を帯びた魔剣ザンダリオンを振り抜いて、いとも容易く炎の竜をかき消した。
ザンッ!
と同時に、ゼノスの左肩から血が噴き出した。
「これは……どういう事だ?」
「やっと、まともな傷を負わせられたよ」
ゼノスが魔剣ザンダリオンを振り下ろすと同時に、燈継は瞬く間に間合いを詰めてすれ違いざまにゼノスを切り裂いた。
左腕を斬り落とすつもりで振り抜いた聖剣だが、それには遠く及ばない。
しかし、今まで大した傷一つ付けられなかったゼノスを相手に与えたダメージの中では、最も大きかった。
「身のこなしが変わったな。面白くなりそうだ」
「余裕があるのも今の内だ!」
再びゼノスとの間合いを一瞬にして詰める燈継。
だが、ゼノスもそれに対応して見せる。
タイミングを合わせて魔剣ザンダリオンを振り下ろす。雷を帯びたゼノスの振り下ろす速度は、燈継が聖剣を振り抜く速度よりも速い。
燈継もそれを理解していた。
<水の虚像>
「だろうな」
魔剣ザンダリオンによって切り裂かれた燈継の胴体は、水となって崩れ落ちる。
その瞬間を捉えて、ゼノスの背後から急襲する燈継。
しかし、ゼノスには燈継の戦法が読めていた。
振り下ろした魔剣ザンダリオンを勢いそのままに、背後に身体を捻り魔剣ザンダリオンを薙ぎ払う。
そして、巨大な魔力が衝突した。
辺り一面の家屋を吹き飛ばす程の衝撃は、ゼノスに驚きをもたらした。
「お前……急激に力が増したな」
「ああ。お前を倒す為にな」
「っ!」
燈継が魔力をさらに放出した事で、ゼノスは押され始める。
先程までとは明らかに違う。市民を殺された怒りで全魔力を放出しているからではない。
魔力の使い方が、先程よりも上手い。
「吹き飛べ!」
燈継が聖剣を振り抜き、ゼノスが勢いに負けて後方に飛ばされる。
更なる追撃の為、即座に間合いを詰める燈継に対し、魔剣ザンダリオンで応戦するゼノス。
「調子に乗るなよ!<雷帝剣>」
顕現魔法を一撃で消し飛ばした雷の一振り。
普段の燈継であれば、正面から受け止めずに回避したか聖剣の聖域を使用しただろう。
だが、今の燈継に恐れる物は無い。
「切り開け<竜刻天焔>!」
魔剣ザンダリオンと聖剣が衝突し、魔力の爆発と衝撃が辺り一面を吹き飛ばす。
と同時に、燈継が大地を蹴ってゼノスを押して凄まじい速度で天へと駆け上がる。
連鎖的な爆発を何度も起こしながら天へと昇る炎の軌跡は、帝都の夜を一際明るく照らし出した。
「凄まじい威力だ!だが、先代勇者の技を模した所で、俺には勝てんぞ!」
「ああ。分かってる」
燈継が完全に聖剣を振り抜くと帝都上空で巨大な爆発が起きる。
至近距離で起きた爆発を回避できる訳もなく、ゼノスは一身に全てを受ける。
爆風で吹き飛ばされるゼノスは、空中で上手く体を使い態勢を整える。
追撃に備え燈継を視界に捉えた時、燈継は既に次の攻撃へ移行していた。
「海よ。そして命の母よ。闇をも許す慈愛の矢となりて、この世全ての悪を抱け」
「これはっ!」
ゼノスが目にしたのは、燈継が巨大な弓を構え矢を番えるその瞬間だった。
巨大な弓は実物の物ではなく、魔力によって創られた水が収束して弓の形を成している。
そして、その巨大な弓に番える矢も同じく、水が収束し次第に巨大な矢へと変化していく。
燈継が行っているのが詠唱だと理解したゼノスは、それが古代魔法だという結論に至る。
古代魔法の存在は知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。
人間である事を捨てて数百年。ゼノスの興奮は最高潮に達していた。
「ふははははは!いいぞ!いいぞ!それでこそ勇者だ!」
そして、矢が放たれる。
「射抜け<海神の矢>」
放たれた巨大な水の矢は、光の軌跡となって夜を切り裂く。
一直線に向かって来るその矢を相手に、ゼノスに回避するという選択肢は無かった。
生まれて初めての古代魔法。全力で正面から迎え撃つに決まっている。
魔剣ザンダリオンから、これまでと比にならない雷が放たれる。
「<天雷剣>!」
自身に迫る水の矢に魔剣ザンダリオンを振り下ろした瞬間。
水の矢は膨れ上がり、更なる巨大な矢となりて威力を増幅させた。
「何っ!」
「<海神の矢>はより強い魔力と衝突した時、その魔力に応じて威力を増幅させる完全飽和攻撃。お前なら、絶対に受け止めると思ったよ」
「やってくれるな!」
「そのまま、帝都の外まで飛んでくれ」
魔剣ザンダリオンでこれまでにはない威力の一撃で迎え撃ったゼノスだが、燈継にはそれが読まれていた。
ゼノスの性格なら、正面から古代魔法を打ち破りたいはず。ならば、ゼノスの攻撃を利用してしまえばいい。
<海神の矢>は、相手がより大きな魔力で防御しようとすればするほど、その威力を増幅させる。
水の矢を受け止めきれなくなったゼノスは、その勢いに押し負けて帝都の外まで飛ばされた。
そして、帝都を囲う城壁を越えた先にある、平原に着弾したと同時に巨大な魔力の爆発が起きる。
大地を揺らし空間すらも揺らす程の衝撃波は、<海神の矢>がどれ程の威力かを物語っていた。
爆発が起きた平原に降り立った燈継は、静かに土煙の中を見据えていた。
古代魔法を正面から受けたなら、大抵の相手は倒せるだろう。
しかし、相手は五百年前の戦いで、最強と言われた魔王軍幹部。その相手が、古代魔法一撃で倒れるとは到底思えなかった。
そして、その予感は正しかった。
「はあ……久ぶりだな。痛みを感じたのは」
「効いていないのか……」
「そう落ち込むなよ。別に効いていない訳じゃない。ただ、俺を殺すにはまだ足りない」
「……」
「魔力量は桁外れ、魔法の才に溢れているかも知れない。だが、肝心な魔力の扱い方がダメだ。先代勇者の技を真似てからは少しマシになったが、お前自身が理解していなければ意味が無い」
「何が言いたい……」
「今のお前ではどうやっても俺には勝てない。そう言ってんだよ」
「……」
燈継は返す言葉が無かった。
ゼノスの言う通り、勝てる未来がまるで思い浮かばなかった。
しかし、それでも燈継は戦わなければならない。
命を賭して守る。それが、勇者の使命ならば……。
「俺は諦めない。必ず勝つ」
「……勇者ってのも大変だな。だがまあ、古代魔法を見せてくれた礼だ。ハンデをやろう」
「ハンデ?」
「ああ。ほらよ」
「っ!」
ゼノスは自分が握っていた魔剣ザンダリオンを放り投げた。
放物線を描いて宙で回転する魔剣ザンダリオンは、燈継の足元の地面に突き刺さった。
「……なんの真似だ?」
「言っただろう。ハンデだよ」
目の前に突き刺さる魔剣ザンダリオンを見詰める燈継は、大きく深呼吸をした。
呼吸を整え思考を明瞭にする。これが最後のチャンスだ。
これで勝てなければ、もう後がない。
覚悟を決めた燈継は、意を決して魔剣ザンダリオンを握る。
「後悔するなよ」
「後悔?させてみろよ」
刹那。天高く雷鳴が轟く。
魔剣ザンダリオンの纏う雷は、ゼノスの時よりも更に大きく放たれる。
勝敗が決してもおかしくない魔剣ザンダリオンの一撃に対し、ゼノスは初めて自分の二つの剣を抜いた。
その二つの剣は、奇しくも王国最強の剣士と同じく刀だった。
「そうだ!それでいい!魔剣ザンダリオンは、本来お前の様な膨大な魔力を持つ者が相応しい。あんな雑魚が手にしていい魔剣ではない!」
「くっ!」
(もっと!もっと魔力を込めろ!この魔剣ザンダリオンなら、こいつを殺せる!)
魔剣ザンダリオンに込められた膨大な魔力は、それに応じて凄まじい威力の雷となって放たれる。
燈継自身、自分の速度が制御できない程の速さに到達しているが、それでも止まる事が出来ない。
光の速度で繰り出される斬撃は、音を置き去りにしてぶつかり合う。
その打ち合いの中で、ゼノスは冷静に燈継の斬撃を見極めていた。
致命傷となる攻撃は確実に防御を行い、その他の攻撃はその身に受けている。
次第に全身の至る所から血を流しているが、全て軽傷でありゼノスにとっては無意味。
それに加えて、ゼノスは僅かな隙間を縫って燈継に反撃を行う。
「隙だらけだ」
燈継の腹部にゼノスの刀が迫り来る中で、燈継は躊躇わらずに自分の力を発揮させた。
<絶対不可侵聖域>展開
「っ!?」
一つ選択を誤れば死につながる緊迫した状況で、燈継はゼノスの首だけを狙っていた。
二本の刀で、魔剣ザンダリオンの凄まじい速度の斬撃を防いでいたゼノスが、その内の一つを攻撃に割いた。
ならば、その瞬間こそがゼノスに致命傷を与える千載一遇の好機。
ゼノスの刀が燈継の腹部を斬りつけるも、<絶対不可侵聖域>によって傷一つ付けられない。
それと同時に、燈継は最大出力で魔力を放出した。
「<天雷絶剣>」
ザンッ!
燈継とゼノスが交差し、静寂が訪れる。
いくら膨大な魔力を保有しているとはいえ、一度に大量の魔力を消費した燈継の疲労は凄まじく、思わず片膝を地面に付いた。
息が上がり肩で呼吸をしている燈継だが、ゼノスを見詰めて警戒は解かない。
一方で、ゼノスは腕を下ろして天を仰いだ。
「悪くない一撃だ」
その瞬間、ゼノスの左肩から腹部にかけて受けた傷から血が滲み出し、そして噴き出した。
ゼノスの足元に血だまりが出来る程の出血だが、燈継は一切気を緩めていない。
まだ終わっていない。終わるはずがない。魔王軍最強の幹部と呼ばれた男が、この一撃で終わるはずがない。
その確信があったからこそ、燈継はゼノスが刀を鞘にしまった事に驚いた。
「さて、今日はこの辺で帰るか」
「はあ……はあ……俺を殺さないのか……」
「殺すさ。いつか必ずな」
「……」
「じゃあな。次戦う時までには、もう少し魔力の扱いを覚えておけ」
軽傷とは言えない傷を受けながらも、まるで意に介さないゼノスは、そのまま歩いて燈継の視界から消えて行った。
そして、ゼノスが完全に視界から消えた時、ようやく燈継は安堵した。
自分は生き残ったのだと。
「はあ……はあ……」
魔剣ザンダリオンで魔力が枯渇状態となった燈継は、全身から力が抜けていき、視界がぼやけて意識が朧気になっていく。
帝都の平原に倒れ込んだ燈継は、夜風に撫でられ眠りに就いた。
勝利とは程遠い、敗北の悔しさを噛み締めながら……。




