乱入者-3
(え?嘘……何が起きたの!?)
突如現れた魔王軍の契約魔将を前に、エリザベートは恐怖から思考が麻痺していた。
血を見る機会が少ないエリザベートからすれば、兵士の死体でも刺激が強く見ていられない。
そして、その恐怖を超える更なる恐怖が襲い掛かる。
帝国最強と言っても過言ではないヴォルフが、気が付いたら死んでいた。
あの男はエリザベートからすれば非常に面倒な男で、先程は死んでしまえばいいとさえ思った。
だがそれは間違いだった。ヴォルフが死ねば、次に死ぬのは自分だと初めて気づいたのだ。
(嘘……嘘よ!私がこんな所で死ぬなんて有り得ない!どうして!どうして私がこんな目に!)
恐怖の悲鳴すら上げられぬまま、エリザベートは振り下ろされる雷に身を切り裂かれる。
だが、神はエリザベートを見捨てなかった。
死の目前、振り下ろされた雷に視界を覆われたエリザベートは、青い光に身を包まれた。
死を迎えた筈の意識を取り戻した時、自分はまだ生きているのだと実感する。
何故生きているか直ぐには分からなかった。
それでも、一人の人物を視界に捉えた時、彼こそが自分の救世主だと確信した。
(ああ!勇者様ぁ!貴方が……貴方こそが私の!)
この時、エリザベートは生まれて初めて、憧れと共に焼き切れる様な恋心が芽生えた。
「改め名乗ってやろう。魔王軍幹部……って今は違うか。ええ……そうだ思い出した。魔王軍契約魔将ゼノス。お前を殺しに来た」
(魔王軍幹部ではなく契約魔将と名乗った……今の魔王には忠誠は誓っていないという事か。だが今は……)
「ゼノス。お前の目的が俺を殺す事なら場所を変えよう。ここは人が多すぎる」
「だから何だ?他の奴が死のうが俺には関係ない」
(そう甘くは無いか……これだけ人が多い帝都では、強力な魔法を使えば帝都の住民にも被害が及ぶ。何とかしてこいつを帝都の外へ飛ばしたいが……)
出し惜しみをして戦える相手ではない。
かと言って全力を出せば、帝都の住民にも被害が及んでしまう。
何とかしてゼノスを帝都の外へ連れ出したいが、そうする為には手加減は出来ない。
だが、それでもやるしかない。
帝都を無傷で済ませる事は出来ないだろう。ならば、せめて最小限の被害で留める。
「皇帝陛下!この男との戦闘で帝都に被害が及ぶと考えますが、どうかご容赦願いたい!この男は、旧魔王軍最強の幹部です!こちらも手加減は出来ない!」
「い、いいだろう!!何としてもそやつを殺せ!」
「承知致しました。皆様どうか安全な場所へ……っ!?」
「あ?何だこれは……」
皇帝と燈継が緊迫した状況で言葉を交わす中、ゼノスの左胸部に魔法陣が出現していた。
燈継が魔法を使ったわけではない。
勇者が来た事で思考能力を取り戻した皇帝騎士のバレンが、自身の持つ十三至宝心臓狩りを投擲した。
心臓狩りは狙った相手の心臓を貫く悪魔の槍。どれだけ相手が強くても、心臓を貫けば殺せる。
だが、この男には届かない。
「馬鹿な!?何故貫かない!」
ゼノスの左胸部には確かに心臓狩り《ハートハント》が出現している。
しかし、心臓狩りはゼノスの心臓に届く事無く、槍先はゼノスの肌に一滴の血を流しているだけだった。
かつてツダンに躱された事もあるが、ゼノスには当たった上で通用しない。
次元が違いすぎる。もはや、人間が勝てる相手ではない。
バレンが絶望に染める中、燈継は一瞬の隙を逃さない為に全神経を集中させていた。
「こんな物が効く訳ないだろう……」
(今だ!)
「っ!?」
ゼノスが心臓狩りを受け流す為に体の軸を反らした瞬間、燈継が最高速度で聖剣で斬りかかった。
突然の不意打ちだがゼノスは余裕を持って受け止める。
しかし、受け止められたからと言ってこの場で剣の打ち合いをする訳にはいかない。
燈継は最大に近い出力の魔力を放出する事で、燈継を受け止めたゼノスを押し出していく。
そして、ゼノスも燈継の狙いに気付いた。
「意地でも場所を変えたいみたいだな」
「ああ。ここだと、やりづらいからな!」
そのままゼノスを押し切った燈継は、頑強な城の壁を突き破った。
宙に放り出された二人。燈継がゼノスの上を取る体制になり、そのまま体重を乗せて聖剣を振り抜いた。
しかし、ゼノスも流れに身を任せ地面へ華麗な着地を決める。そこに一切のダメージは無い。
燈継も地上へ着地すると、改めて聖剣を構えて対峙する。
二人が着地したのは城の敷地内である庭園の中。辺りには月明かりに照らされた綺麗な花が咲いている。
「意外と大胆だな」
「一々階段から降りる訳ないだろう。あの方が手っ取り早い」
「俺はな、ずっと待っていたんだ。五百年前の様に、世界が争いに染まる時を」
「そんなに殺したいのか」
「いや違うな。俺は強い奴と戦いたい。ただそれだけだ」
「なら魔王軍とも戦えばいい。何故魔王に従っている」
「分かってねぇな。お前らは平和主義だろ?それじゃあダメだ。平和な世界じゃ俺は満たされない」
「……」
「争いの中でこそ、俺が求めている強者との戦いがある。だから……俺は人間を捨てた」
「お前は俺が終わらせる。これ以上、お前の自分勝手な欲望の為に世界を巻き込むな」
「ふっ。いいぜ。やれるものなら……やってみろ」
五百年前、誰一人として殺せなかった最強の幹部。
先代勇者。父さんと仲間達でも倒しきれなかった相手。
更に絶望的なのは、そんな相手が魔剣ザンダリオンを手にしている事。
ただでさえ強敵の存在が、十三至宝を手にしている状況。
出し惜しみは出来ない。切り札を残しつつも全力で戦わなければ勝てない。
もしかすると、これから帝都の住民に犠牲が出るかも知れない。
一人でも多くの命を救う。それでも、救えない命があると言うのならば……。
「行くぞ!<小さき太陽>!」
燈継は左の手の平から巨大な炎の球体を放つ。
自分が最も得意とする魔法で攻める燈継に対し、ゼノスは待ち望んだ戦いに笑みを浮かべて応戦する。
「さあ来い!お前の全力を叩き潰してやるよ!」
草木が広がる庭園で炎属性の魔法を放てば、辺りに火が移り燃え広がるかも知れない。
だが、庭園が燃え尽きたとしても、燈継はそんな事に気を使っている余裕はない。
相手は旧魔王軍最強の幹部。その名の通り、ゼノスは魔剣ザンダリオンで<小さき太陽>を真っ二つに切り裂いた。
「おいおい。こんなものじゃないだろう!もっとお前の全力を見せてみろ!」
「砕け<炎の握撃>」
「っ!?」
ゼノスに真っ二つに切り裂かれた炎が形を変え、巨大な炎の手へと変化する。
そして、左右から迫り来る巨大な炎の手は、中心にゼノスを捉えて合掌。と同時に爆発が起きる。
一度攻撃を躱されたとしても、即座に次の一手へと転じる事で相手に攻撃の隙を与えない。
燈継は間違いなくこれまでの戦いの中で成長していた。
しかし、ゼノスは爆発を意に介さず魔剣ザンダリオンの雷を纏い襲い掛かる。
「攻撃が生温いんだよ!こんな攻撃じゃ俺には傷一つ付けられねぇぞ!」
「ああ。分かってる<大地の巨腕>」
「何!?」
魔剣ザンダリオンの雷を纏ったゼノスは瞬く間に燈継との間合いを詰める。
しかし、手数の多さでは燈継が勝る。
ゼノスの足元の地面が、突如として天へと突き上がる様に隆起した。天へと突き出された大地の拳に打ち上げられ、ゼノスは再び宙へ舞う。
初撃からここまで全て燈継の計画通り。ゼノスに確実なダメージを与えるなら、精霊魔法か古代魔法かそれに近いレベルの強力な魔法でなければならない。
(成程……よく考えてやがる。この勇者はそういうタイプか。面白い)
「顕現せよ<嵐の巨人>!」
燈継の魔力が生み出した暴風が収束し、そこに巨人が姿を現した。
巨人の誕生で辺り一面が吹き飛ばされ、宙に舞うゼノスは吹き荒れる暴風に巻き込まれて身動きが取れない。
そして、嵐の巨人がゼノスを目掛けて暴風が圧縮した拳を突き出した。
「吹き飛べ!ゼノス!」
「全て思い通りに行くと思うなよ!」
<雷帝剣>
帝都に響く雷鳴の轟きと共に、振り下ろされた魔剣ザンダリオンが嵐の巨人を迎え撃つ。
ヴォルフが最大出力だと考えていた限界は、あくまでもヴォルフの魔力量で出せる最大出力。
いとも容易くヴォルフを超える一撃を放つゼノスの魔剣ザンダリオンによって、嵐の巨人は消滅した。
(くそ!顕現魔法が押し負けるのか!)
顕現魔法。
精霊魔法や古代魔法には及ばないものの、非常に強力かつ高難易度な魔法。
炎、水、風、地、光、闇という本来形が無い属性魔法に対して、形を与える事でそれに相当する威力を発揮する魔法。
人間と同じ形を創り上げる為には、少なくとも人ひとり分の魔力を消費する事になる。
それ故、並みの魔導師が扱える魔法ではない。
しかし、燈継は持ち合わせるその膨大な魔力を使って、巨人という形を創り上げた。これ程の顕現魔法を扱える魔導師はこの世界でも数少ない。
だが、ゼノスはその魔法をいとも容易く打ち消した。
「全力で来い!さもなければ死ぬぞ!」
上空から襲い掛かるゼノスを迎え撃つ為、燈継も聖剣を握りしめる。
帝都の住民に被害が及ばない様に、などと考えている余裕は無くなった。
彼らの犠牲は避けられないだろう。それでも、やるしかない。
「さあ!受け止めてみろ!」
「くっ!」
振り下ろされた魔剣ザンダリオンを、全力に近い魔力をもって迎え撃つ燈継。
魔力の衝突によって凄まじい衝撃が発生し、大地と城の壁面に無数の亀裂が入る。
空間すらも震わす魔力の衝突は、再び燈継の魔法によって破られた。
「<大地の巨腕>」
「ちっ!」
大地から出現した巨大な拳によって側面から殴り飛ばされるゼノス。
咄嗟に空いている片腕で防御するも、勢いを抑える事が出来ず帝都の街へと突き飛ばされた。
それでも、一切のダメージはない。あくまでも押し出されたに過ぎない。
自分を追って来るだろう燈継を警戒して、飛ばされて来た方角の土煙の中を注視する。
僅かに土煙が揺れ動く瞬間を捉え、燈継の攻撃を見切った。
「上か!」
「輝く光の剣!」
輝きを放つ聖剣を携えて上空から襲い掛かる燈継に対し、ゼノスも雷を纏い魔剣ザンダリオンで迎え撃つ。
再び凄まじい魔力が衝突するかと思われた瞬間、燈継の体が空に溶けていく様に消え失せた。
その瞬間、ゼノスは燈継の狙いに気付く。上空から迫り来る燈継は陽動であり、本体はまだ別にいるのだと。
「<爆炎走破>!」
「っ!この技は!」
土煙を突き破って現れたのは、炎を纏い聖剣を突き出す本体の燈継。
既に上空からの攻撃を迎え撃つ体制に入っていたゼノスは、正面から来る燈継の攻撃に防御が間に合わない。
炎を纏う燈継の突き出した聖剣は、凄まじい速度でゼノスの体の中心に突き刺さる。
しかし、それでもゼノスは軽く血を流すだけだった。
(まともに攻撃が当たってもこの程度なのか!)
「まさか先代勇者と同じ技を使うとはな!だが、まだまだ弱い!」
ゼノスは押されながらも大地を踏みしめ攻撃を受け止める。
燈継の攻撃の勢いは殺され、ゼノスは魔剣ザンダリオンを振り下ろす。
それを躱して再びゼノスと距離を取る燈継だが、その顔は苦しんでいるのが見て取れた。
あらゆる手段を用いてゼノスに一撃を与えんとする燈継だが、一撃を与えたとしても致命傷には程遠い。
「きゃあああああああああああ!」
「な、なんだ!」
「逃げろ!今すぐに逃げるんだ!」
ゼノスしか見えていなかった燈継だが、辺りに居た住民の悲鳴を聞いて視界が広がる。
少しでも被害を抑える為には、辺りの住民を避難させるしかない。
「私は聖剣に選ばれし勇者だ!ここは危険だ!早く逃げろ!」
「おいおい。お前に雑魚を気使う余裕はねぇえだろ!」
「っ!?」
周辺の住民に避難を促す燈継だが、それがゼノスには気に入らなかった。
勝負に邪魔となる存在は消し去った方がいい。そうして今まで殺して来た。
そして、これからも。弱い存在に価値は無い。自分を満たせるのは強者だけだ。
だから、死ね。
「やめっ」
「死ね」
ゼノスがザンダリオンを振り下ろすと同時に、その先に居た住民が血を噴き出して倒れた。
一瞬の出来事で静まり返る住民達だが、理解するとともに恐怖に耐え切れず悲鳴を上げる。
「「「きゃあああああああああああ!!!」」」
凄まじい速度で逃げ行く者もいれば、あまりの恐怖に足元がおぼつかず何度も転ぶ者も居た。
皆が皆我先に逃げようとするあまり、互いに押し合いながら逃げ惑う。
そんな住民達を意に介さず、ゼノスは燈継へと語りかける。
「お前も分かっているんだろう。こいつらはただ邪魔なだけだ」
「……」
「聖剣の聖域を使えば、助けれたはずだ。だがお前は助けなかった」
「黙れ……」
「心の底では理解しているんだよ。こんな雑魚共に気を取られていたら、お前は俺に勝てない」
「黙れ……」
「死にたくなければ全力で来い!お前にはもう、それしか残されていないんだよ!」
「黙れ!」
湧き上がる怒りを爆発させて、膨大な魔力を放出させる燈継。
それを見てゼノスは笑みを浮かべる。
怒りこそが力の源。怒りによって理性を取り払えば、制御していた燈継の全力を引出せる。
それでいい。それこそが、ゼノスの望んでいた戦いなのだから。
だが、ゼノスは燈継を甘く見ていた。燈継は怒りに支配される程愚かではない。
目の前で救えなかった一人の命。だが、救えなかったのはこれが初めてではない。
何人もの命を救えなった。既に勇者としては失格なのかもしれない。
それでも……だからこそ、救える命は全力で救って見せる。
「行くぞゼノス!」
「かかってこい!勇者!」




