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正しい強さ-1


「ゆうしゃさま。ほんとうに元の世界へかえられるのですか?」

「悪いなラーベ。どうか、悲しい顔を浮かべずに、笑顔で見送って欲しい」

「は……はい。ゆうしゃさま……」


今にも泣きそうな幼き少女は、声を震わせながらも、自分が最も慕う人物の願いを聞き入れようと努力する。

本当は引き止めたい。しかし、引き止めてもきっと帰ってしまう。幼き頃のラーベにはそれが理解できた。

幼き少女が涙を浮かべる様子を見て、勇者はどうしたものか困り果てていたが、一つの名案を思い付く。


「ラーベ。一つ約束をしてくれないか?」

「やくそく?」

「もし、俺の息子がこの世界にやって来た時は、ラーベが助けてやってくれないか?」

「ゆうしゃさまのご子息のおてつだいですか?」

「ああ。ラーベがお姉ちゃんとして、息子の面倒を見て欲しい。約束してくれるか?」

「はい!ゆうしゃさまみたいにつよくなって、ご子息のおやくにたちます!」

「ありがとうラーベ。ラーベが居るなら俺も安心だ」


約束を交わしたあの日から、毎日弛まぬ努力で己を鍛え上げた。

そして、歴代最年少で『守護者』の称号と十三至宝の一つ『風神剣』を授かった。自身と並ぶ者は、数える程しかいない。その時が来たら、交わした約束を必ず果たせると思う程に強くなった。

そして、遂に己が努力の成果を発揮する時が来た。


「はぁ、何で緑色か茶色の料理しかないんだよ……まあ意外とおいしかったけど」

「勇者様。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」

「え?えーと貴方は……」

「お初に目にかかります。陛下より守護者の称号を授かっております。ラーベ・ルシスと申します」

「こ、こちらこそ初めまして、熾綜 燈継と申します。それで、ラーベさん。一体どの様なご用件でしょうか……」


凛々しく美しい顔には一切出さないが、ラーベの心中はあらゆる感情が嵐の如き荒れていた。

当然、抑えられない歓喜によって。


(ああ!何て愛らしい!何て凛々しい!この子が蒼義様のご子息!愛おしくて堪らない!遂に来た!やっと出会えた!この子は何としても私が……)

「あ、あのラーベさん?」

「はっ!これは失礼。勇者様、私の事はどうかラーベとお呼びください」


それから、先代勇者の熾綜 蒼義に命を助けられた事、可愛がられた事など様々な経緯を燈継に伝えたラーベは、蒼義との約束の下に燈継に思いを伝えた。


「勇者様、お一人で別世界に来られ不安かと思いますが、どんな些細な事でも構いません。どうか私を姉の様に頼って頂きたい」

「あ、ありがとう。何かあったらラーベを頼るよ」

「何なりとお申し付け下さい。勇者様」


それ以降、ラーベは何かと燈継に付き纏い、親交を深めた。

その甲斐あってか、互いに友人の様に話せる仲となり、燈継の魔法や剣術の指導役はラーベに任される流れだった。

しかし、突如魔物討伐の任を請け負う事になったラーベは、ここしばらく宮廷を離れていた。

本来有り得るはずのない出来事で、各方面に問い詰めた所、アーラインが裏で糸を引いている結論に辿り着いた。怒りに身を任せ魔物を切り倒し、速攻で帰還したラーベは、勢いよく講義室の扉を開けたのが、この決闘までの事の顛末と言えよう。


「まったく……其方は本当に何をやっているのだ……」

「やりたい事をやっているだけですよ、陛下」


勇者と守護者が決闘するとなれば、当然女王の耳にも入る。

もはや呆れて物も言えないレイラは、再び訓練場にやって来た。訓練場の中心で相手を待ち構える愛しい我が子を眺めながら、その心中は当然不安で埋め尽くされていた。

燈継の予想した通り、アーラインはレイラに<白銀障壁(シルバーベール)>の使用を控えさせた。

重ねて、今回は聖剣を使用しないと聞かされて、レイラの意識は飛びかけて立ち眩みした程だった。


「アーライン。もし燈継に何かあったら……分かっているな?」

「ええ、想像に容易い。ご安心ください陛下。いざという時は私が入りますので」


一方で、対戦相手を待ち構える燈継の心中は、前回とは違い落ち着いていた。

アーラインの指導で、戦いに対する恐怖心というのはある程度払拭できた。あとは、今の自分の実力を余す事無く発揮するしかない。

アーラインとレイラは勿論、訓練を行っていた兵士達やベルフェンも観客として控えている。

観客のざわつきが少しだけ大きくなり、燈継は視線を向けた。観客を掻き分け、修練場の中心に歩てくるのは当然ラーベ・ルシス。


「すまない。待たせてしまったか?」

「いや、大丈夫だラーベ。時間通りだ」


互いに距離を取って向かい合う。

燈継にとってこの戦いは、あくまで自分の実力を確かめる為の物。

しかし、ラーベにとっては違う。蒼義から託された燈継を、アーラインから取り戻す為の負けられない戦い。


「燈継。悪いが私の為にも、燈継の為にも、手加減なしで勝ちに行く」

「そうしてくれ。その方が俺も全力を出せる」


互いそれ以上の言葉を交わす様子は無かった。ただ、勝利を掴み取る為だけに全力を尽くす。

腰に携えた風神剣の柄を握りしめる。右足を少し前に出し、体を傾け、即座に抜剣できる構え取るラーベ。一方で燈継は、構えを取らず立っているだけだった。


「ラーベは一撃で決めるつもりだな」

「ええ、その様ですね。ですが、ラーベは少し燈継を甘く見すぎですね」


いつもの様に、余裕の笑みを浮かべたアーラインの表情を見たレイラは確信した。燈継に何かしらの、悪知恵を吹き込んでいると。アーラインが何を企んでいるかは分からない。見ていればすぐに分かるだろうと、レイラは再び視線を燈継とラーベの二人に戻した。

試合開始の合図は無い。両者が見合った時点で既に試合は始まっている。


「行くぞ燈継。防御に専念しなければ、この一撃で終わるぞ」

「心配無用だラーベ。いつでも来い!」


刹那、ラーベの魔力が爆発的に放出される。

尋常ではない魔力量に、凄まじい風がラーベを中心に巻き起こる。吹き荒れる魔力を纏い、ラーベは足が地面にめり込む程踏みしめる。

そして、放たれた。

ラーベに視線を向けていた観客は、アーラインとレイラを除いて自分達の眼を疑った。視線を逸らした訳ではない。しかし、彼らの視界には、ラーベの姿は何処にもなかった。

次の瞬間、ラーベの姿を探す者達は、轟いた爆音と熱気に反射的に体を震わせた。

観客の多くは、何が起きたか理解できない。

そして、全てを捉えていたレイラは驚愕の表情を浮かべ、何を思ってかアーラインは満足げな笑みを浮かべている。


「くっ!やってくれたな……」

「まずは、一杯食わせたみたいだな」


立ち込める黒煙から姿を現したラーベは、顔の前で両腕を交差させて身を守る構えを取っていた。

ラーベは、凄まじい速度で燈継に接近したが、風神剣を抜くよりも早く立ち止まった。

燈継に接近するラーベは、間合いに入る前に足元に魔法陣が展開されたのを目の端で捉えるも、回避するよりも早くに魔法が起動した。

そして、爆発が起きた。


「<爆裂(エクスプロード)(トラップ)>地面に幾つか仕掛けてある魔法だ。足元には気を付けた方がいい」

「私より早く来ていたのは、これを仕掛ける為だったのか」

[まあ、そういう事だ」


ラーベは苛立ちを覚えた。

先代勇者なら、同じ状況でもこの様な手段を取らず、例え吹き飛ばされ様とも正々堂々と正面から自分の剣を受け止めていただろうと。

だが同時に、勝利の為なら手段を問わないという燈継の強い意志も感じられた。


(勝利を目指すのは当然だ。……しかし、勇者には、勇者として相応しい戦い方がある。燈継にそれを理解してもらう為にも、私は必ず勝つ!)


そして、一連の流れを見ていたアーラインはラーベと正反対だった。


「陛下は、あれが私の入れ知恵とお思いでしょう」

「違うというのか?」

「はい。この決闘において、私は一切助言しておりません」

「では、あれは燈継が……」

「はい。燈継が考えた物です。いやはや、素晴らしいではありませんか」


誰もが唖然とする中、唯一人、アーラインだけが喜びに満ちていた。

アーラインを理解できる者など、恐らくこの場には居ない。何故なら、彼は理解される事、認められる事を求めていない。

彼は自分が見出した燈継の才能が、守護者の称号を持つラーベ・ルシスに通用する事が喜ばしいのだから。


(誰一人として気付いていない。燈継には、魔法の才も剣術の才もある。だが、それ以上の才能がある。ベルフェンとの戦いで既に片鱗は見えていた。戦いの流れの運び方、燈継には何よりその才能がある)


アーラインは待ち望んだ。次に燈継が何を見せてくれのかを。その顔には、いつもと変わらない笑みを浮かべながら。

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