風神の騎士
勇者の聖剣は、古代から伝わる十三至宝の一つに数えられる。
十三至宝はその名の通り十三の伝説の武具であり、それぞれが特別な力を秘めている。あまりにも強力な武具の為、十三至宝の所有している国家が戦争に勝つと言われている。
所有者が明らかになっている十三至宝は、勇者の聖剣を除いて全部で七つ。その中で三つを所有しているのが、人間種の国家のロイセン帝国。
ロイセン帝国は魔王討伐後に急速に成長を遂げた国家だが、圧倒的軍事力で瞬く間に人間種の国家の中でも一つ抜きんでた覇権国家として君臨している。
人間種の各国家と、エルフ、竜族、ドワーフを始めとする魔族国家は、魔王討伐後も同盟関係を結んではいるが、利権争いや領土問題を抱え、種族の壁も作用して決して友好的な関係ではなくなっている。
「この聖剣にも特別な力があるんですか?」
「はい。勇者様の聖剣には、悪しきを挫き、弱きを守る特別な力が秘められています」
「<絶対不可侵聖域>だね」
「……なんでアーラインが居るんだよ」
日々のアーラインとの稽古が終わり、ミストーリアによる講義を受けている燈継の隣には、本来居るはずのないアーラインが頬杖をついて講義に参加していた。
「なんでって、暇潰しだよ。今日は珍しく仕事が無いからね」
「それで、その絶対……なんとかって」
「絶対不可侵聖域。どんな攻撃によるダメージも無効にする最強の防御、と言ってもいいかな」
「それって模擬試合で母さんに掛けて貰った魔法と同じじゃないか?」
「<白銀障壁>の事かい?確かに似ているけど少し違うよ。あの魔法は自身か、他者の一人にしか掛けれない魔法だけど、絶対不可侵聖域には効果範囲が無い」
「効果範囲が無い?」
「何人でも何処までも、魔力のある限り全てを守る事が出来る。そうだよね、ミストーリア」
「はい。アーライン様の仰る通りです(私の役目が奪われている)」
聖剣の記憶で見た疑問が一つ解消する。父がよく使用していた防御魔法の正体は、この聖剣に秘められた<絶対不可侵聖域>という事が分かった。
聖剣の記憶は映像こそ明瞭で、時々の父の思い等もある程度分かる。しかし、この記憶はあくまで聖剣の記憶であって、父の記憶ではない。恐らく聖剣の視点で見せられた記憶は、所々で詳細が分からない事も多い。
「しかし、強力故に制限もあります」
「制限?」
「<絶対不可侵聖域>は一日三回しか使えないんだよ」
聖剣の記憶では激戦が連続で見せられていた為、何度も<絶対不可侵聖域>を使用していたが、まさか一日に三度までとは随分と少ない。単純に考えれば、三回しか自分の命を完全に守れないという事。
自分の実力が対峙した相手よりも劣っていれば、三回など直ぐに使い切ってしまうだろう。
燈継がアーラインとの日々の鍛錬をより真剣に打ち込む決意をしたその時、講義室の扉が勢いよく開けられた。
「アーライン!貴様よくもやってくれたな!」
怒鳴り声と共に入って来たんのは、鎧を纏う美しいエルフの女騎士。
美しい翡翠の髪を後ろで束ね、腰まで伸ばしているが、怒りのあまり逆立っている様な幻覚が見える。
怒りからか普段より少し釣り目の黄色の瞳は、怒りの炎を宿しているがそれでいて美しい。
美人は怒っても美人というのを、燈継は目の当たりにした。
「やあ、ラーベ。お疲れ様」
「貴様どの口が!よくも魔物討伐を押し付けてくれたな!」
「何の事かな?僕にはさっぱりだよ」
「とぼけるな!貴様が本来自分の魔物討伐を私に押し付け、その間に燈継の指導役に就いたのだろう!」
「それは誤解だよラーべ。きっと運悪く手違いが起きただけだよ」
(うわー……絶対なんかやったな)
彼女の名前はラーベ・ルシス。エルフの国に三人しか存在しない『守護者』の称号を持つ騎士。
彼女とは面識があった。偶然彼女と二人きりになる事があり、その時に親交を深めた。
なんでも彼女は幼き頃、先代勇者、つまり父に命を助けられた事があり、それ以降父に可愛がってもらったという話しを聞かされた。
「燈継の指導役は、私が陛下に申し出たはずだ!貴様の様な卑劣な男が指導役では、燈継に悪影響だ!私が指導役を引き受ける。」
「それは違うよラーベ。君の様な真っ当な強さを持つ者が指導役になれば、燈継が卑怯卑劣が常套手段の悪党と戦う術を身に付けられなくなる」
(自分の事悪党って言ってる様な……実際、性格は悪いけど)
「何を言う。どんな悪も真正面から切り伏せれば問題ない。なんなら今ここで証明しても構わんぞ?」
「それは面白い。試してみよう」
「ア、アーライン様もラーベ様もどうか穏便に……」
腰に携えた剣に手を掛けるラーベと、余裕の笑みを浮かべるアーラインに、二人のやり取りを見て焦りを隠せないミストーリア。
この二人の仲が悪いのは既に知っていたが、実際に見ると確かに正反対の性格をしている。
「貴様に見せてやろう。十三至宝の一つ『風神剣』の力を」
十三至宝の風神剣は、エルフの国に伝わる国宝であり、守護者の称号を与えられたエルフの中で選定が行われる。ラーベは歴代最年少の守護者でありながら、風神剣を授けられた最精鋭の騎士。
ちなみに、アーラインは風神剣を授かる予定だったが辞退した。
「丁度いい。僕が指導した燈継と剣を交えてくれないかい?この数週間で燈継がどの程度強くなったか君に教えてあげよう。剣を交えて燈継の実力に不満があるなら、君に指導役を譲るよ」
「えっ!?」
まさかの流れ弾に思わず声を上げてしまった。
てっきり二人が戦うと思って内心期待していたが、思わぬ飛び火。
「いいだろう。その提案に乗ってやる。ただし、手加減はしないぞ」
「ああ、構わないよ」
自分の意志とは無関係で決められる決闘。
しかし、以前の模擬試合とは違う。なぜなら、聖剣に秘められた<絶対不可侵聖域>を知っているから。そう簡単にやられたりはしない。
と考えていた燈継は、それが甘い考えだったと直ぐに思い知らされる。
「燈継。言っておくけど聖剣は使っちゃだめだよ」
「え……」
「待てアーライン。それは不公平だ。私はこの風神剣を使うつもりだったが、燈継が聖剣を使わないなら、私も訓練用の剣を使用する」
騎士道精神に乗っ取り、正々堂々と公平な条件での戦いを望むラーベに僅かな希望が見えたが、その騎士道精神を逆撫でするのが、アーラインという男だ。
「その必要はないよラーベ」
「何故だ?」
「聖剣を使わずとも燈継が勝つからさ」
(無責任な挑発をしないでくれ……頼む)
「ほほう……そこまで言うならいいだろう。貴様が燈継に何を仕込んだか知らないが、私は全力で勝ちに行く」
切実な願いが届くはずもなく、純粋なラーベは悪意ある挑発に乗ってしまう。
守護者の称号を持つラーベに全力で挑まれたら、十秒以内に敗北する未来も十分にあり得る。
まして、聖剣を使えないというなら、聖剣の記憶も当てにできず、自分の実力だけで戦う必要がある。
ここ数週間、アーライン指導の下厳しい鍛錬を行ってきた。
剣の扱いを始め、魔法の使い方。そして、戦いの流れの運び方。
「では燈継、次は修練場で会おう。燈継の日々の鍛錬の成果を楽しみにしている」
燈継には騎士らしい振る舞いをしたが、部屋から出ていく時は思い切りアーラインを睨みつけていた。
普段は厳しくも優しい彼女を、なぜあそこまで怒らせる事が出来るのか、理解できない。
「分かったかい燈継。これが相手に全力を出させる方法だ」
「それ使い道あるのか?」
「ああ勿論。自分の意志で全力を出すのと、抑えられない感情から全力を出すのとでは僅かに違う。そして、その僅かな違いが付け入る隙になる。特に、相手が自分より上手だと尚更使えるよ」
「隙を突く前にやられなけらばいいけどな……」
溜息を漏らさずにはいられない。
守護者の称号は伊達では無い。自分の全力を出しても勝てる確率は非常に低い。
恐らく今回は、アーラインの手回しで母に<白銀障壁>を掛けて貰う事は無いはずだ。より実践を意識してとか、何とか理由を付けて。
しかし、内心楽しみでもあった。日々の鍛錬の成果がどこまで通用するのか試したい。
「まっ気負わずにやってみるといい。負けても責めたりはしないよ」
(間違いなくネチネチとダメ出ししてくるだろうな)
そんな最悪の事態を避ける為にも、勝たなくてはならない。
十三至宝の一つ、風神剣の所有者にして守護者の称号を持つ、ラーベ・ルシスを相手に。