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開幕の砲声


「俺達はこれから帝都へ帰還するが、ラーベこれを母さんに届けて欲しい」

「これはっ!」

「アリスが持っていた十三至宝の一つ。九刃の毒鎌(ヒュドラサイズ)だ。帝国の人間には隠してある」

「分かった。責任を持って女王陛下の下へ届けよう。ローシェ。私が居ない間、燈継を頼んだ」

「はい。お任せくださいラーベ様」


九刃の毒鎌(ヒュドラサイズ)を隠していたのは、帝国の人間に知られない為。

皇帝に九刃の毒鎌(ヒュドラサイズ)の存在が知られると、確実に所有権を主張してくる。

リューネルクの守備隊によってアリスは火葬された。アリスの死体からばれる事も無い。

帝国は既に三つの十三至宝を所持している。これ以上帝国に十三至宝が渡れば、連合内での人間と魔族の力の均衡が、より人間側に傾いてしまう。

ラーベに九刃の毒鎌(ヒュドラサイズ)を託した燈継は、リューネルクでローシェと二人、帝都から来る迎いの馬車を待っていた。


「勇者様。そろそろですね」

「ん?」

「開戦の火蓋が切られるのは、今日ではありませんでしたか?」

「ああ……そうだったな」


◇決戦の地 エウレリッツ平原


両国間の話し合いの末に選ばれた戦場。

それが、このエウレリッツ平原だった。

そして、この地はグランザール王国軍から聖地と呼ばれている。

建国以来、周辺国との戦争は勿論、魔王軍との戦いにおいてもこの地で敗北したことは無い。

その聖地に集いし王国軍の士気は高く、徴兵された兵士達も例外ではない。

王国軍を率いる王太子リチャーノは、その光景に意気揚々としていた。


「殿下、ご覧ください!この軍勢!我ら王国軍に敗北はあり得ません!」

「おお……勝てる。勝てるぞ!私の名は、この戦いの勝者として歴史に刻まれるぞ!」

「その通りです!団長殿もそう思いませんか?」

「……ええ」


王国軍は総勢十二万の兵力を揃えた。

王国軍の精鋭。王国騎士団五千。

日々訓練を行う王国軍正規兵二万。

徴兵された市民や農民達からなる非正規兵八万。

戦争を生業とする傭兵一万五千。


この軍勢を任された王太子リチャーノは、より勝利の確信を強める。

現国王の戴冠以来、これ程王国軍が戦力を集めた事はなかった。

つまり、王国は団結している。

悪しき帝国という敵を前に、王族、貴族、騎士、市民や農民達も志を一つにしている。

帝国に勝利し、今一度グランザールの栄光を取り戻すのだと。


「随分と数を揃えてきたな」

「まあ、数を揃えた所で帝国軍には勝てません。圧倒的な質の差がありますので」

「油断は禁物だヴォルフ。数は驚異だ」

「将軍は慎重過ぎます。将軍の警戒など、我々が一掃して見せますよ」


対して、帝国軍の総兵力は七万。

王国軍と五万の兵力差がある帝国軍だが、誰一人として勝利を疑わなかった。

それは、数では埋められない圧倒的な質の差があるから。

事実、王国軍の徴兵された兵士達は、武器や防具が明らかに貧弱な物だった。

それに比べて帝国軍は、末端の兵士まで全身を鎧で身に纏い、帝国軍の質の高さを感じさせた。


「何より、こっちには十三至宝が三つもあります。」

「そうだな。お前達皇帝騎士(エンペラーナイツ)が居る限り、敗北は無いだろう」

「そうですとも。それに加えて、帝国の技術の結晶たる新兵器が合わされば、敗北する方が難しいですよ」

「ああ、新兵器も存分に運用しなくてはな」

「そして、この戦いで勝利し、帝国は覇権を握る!」


両軍共に陣形を組み、睨み合いの状態。

王国軍は、中央に主力となる六万の軍勢、左右に三万の軍勢を配置させた。

帝国は左右に広がり、薄く広く横に展開されている。


「ふむ。帝国軍は横に広がりすぎだな。ここは、中央の軍勢で突撃。敵の陣形を正面から崩し、左右から挟撃すべきだと思うが……ジーラ、お前の案を聞こう」

「帝国軍の陣形は、我々中央軍の突撃を読んでいるかと。中央軍の突撃を受け止め、左右の軍勢が介入する前に中央軍の兵力を削り、そのまま押し切る作戦でしょう」

「だとすれば、帝国軍は大きな誤算をしている」

「それは一体?」

「我々王国軍の突撃を受け止めるだと?有り得ん。正面から突き破って見せよう!」

「帝国軍が策も無く、あの陣形を取るはずがありません!今一度……何だあれはっ!?」


ジーラが視界に捉えたそれは、他の王国軍兵士達にも衝撃を与えた。

対峙する帝国軍から大量の大砲が姿を現した。何故それが、王国軍に衝撃を与えたのか。

それは、この世界における大砲とは、戦場に大量に投入できる兵器ではないから。

この世界の大砲とは、砲弾と火薬を用いない。

魔力を含む魔含石を砲身に設置する事で、魔含石から魔力を抽出し、圧縮された魔力が砲弾として放たれる。

魔導砲と呼ばれるこの兵器は、凄まじい破壊力と引き換えに、発射までの短くない時間と砲台の重さによる足の遅さが弱点だった。

故に、戦場に投入できるとしても三~五門。

しかし、帝国軍はその定石を打ち壊す数の魔導砲を投入している。


「あれだけの魔導砲……まさか、一度の砲撃でこちらの戦力を削ろうとしているのか?だとすれば……」


魔導砲は発射までの時間が長い。魔含石から魔力を抽出し始めてから、発射までの時間は約二十分。

砲身の冷却を合わせると、一時間に打てる砲弾は二発。

つまり、その砲撃を防ぎ切れば、多少は王国軍が主導権を握れるはずだ。


魔防壁(まぼうへき)展開用意!」


ジーラが命じた魔防壁とは、その名の通り魔力による防壁を発生させる防衛兵器である。

魔導砲と同じく、魔含石から魔力を抽出して防壁を発生させるこの兵器は、主に要塞や城壁に設置されている。

そして、魔防壁を発生させる器を魔防壁発生装置と呼び、戦場へ持ち運びも可能。

要塞などに設置されている物よりは出力が劣る移動式の発生装置だが、魔導砲の砲撃を一度防ぐ程度なら十分に事足りる。


「な、何をしているジーラ!勝手な命令はよせ!」

「殿下。帝国軍は大量の魔導砲による一斉砲撃で、我々の戦力を削る狙いです。無闇に突撃しては、あの魔導砲の餌食となります」

「くっ……仕方ない。いいだろう。だが、我々も魔導砲で応戦しろ。一方的に撃たれるなど、あってはならない!」

「承知しております」


ジーラは直ぐに魔導砲発射用意も命じ、帝国軍の砲撃に備えている。

魔防壁で一撃を防ぎさえすれば、流れを掴めるかも知れない。

ジーラの淡い期待を知らずに、帝国軍は冷酷に王国軍を見下ろしていた。


「あーあ。お手本の様な動きが見えるぜ」

「その方が有難い。移動式の魔防壁に対して、どれ程の威力を発揮するのか。新兵器の評価が分かれる所だ」

「将軍の予想では?」

「魔防壁を粉砕し、王国軍に強烈な一撃を与えるだろう」


帝国軍第一軍を率いる将軍エーリック・リアンデルは、この時を待っていた。

冷静沈着で知られるエーリックも、内心は高ぶりを抑えきれない。

帝国の新兵器で王国軍を蹂躙し、このエウリッツ平原で初めて王国軍に勝利した者として歴史に刻まれる。

これを喜ばない帝国軍人は居ないだろう。


「さあ、新兵器の威力を見せてもらおう」


エーリックが魔導砲発射準備を命じると、砲撃手の統制の取れた動作によって速やかに発射体制が整う。

帝国の用意した魔導砲は百門。

これだけの数を戦場に投入出来たのは、従来の魔導砲よりも小型かつ軽量に造られているから。

圧倒的火力こそが、帝国に勝利をもたらす。

確固たる勝利の確信を胸に、エーリックは全軍に命じた。


「撃てぇぇぇ!!!」


帝国軍の奏でる砲声が、戦場に響いた。

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