力の使い方
修練場での模擬試合の後、燈継の講師はアーラインが担当する事になった。
アーラインが持つ『守護者』の称号は、王に実力を認められたエルフだけが授かる称号。
現在、エルフの国で守護者の称号を持つエルフは、三人しか存在しない。
アーラインは、五百年の前に起きた魔王軍との戦いで幹部を討ち取り、英雄として名を馳せて最前線で戦った。
「模擬試合を見させてもらったんだけど、自分では手応えはどうだったかな?」
「初めてにしては良くやれた方だと思います。聖剣の記憶に頼り切りでしたが」
聖剣の記憶頼りとはいえ、今まで剣を握った事も無い素人にしては及第点だと思う。聖剣の記憶のベルフェンの魔法を真似た上で、自分だからこそ出来るアレンジを加えた所はポイントが高いと自負している。
「確かに、空に<水面鏡>を張って、頭上から奇襲を掛ける発想は素晴らしかった。まぁ僕には通用しないけどね」
(最後の一言要らないだろ)
「だけど、それ以外はダメだ。隙が大きく、膨大な魔力に頼った戦い方をしている。要するに力任せだ」
「もっと魔力をコントロールすればいいんですか?」
「それだけじゃない。君には戦いの基礎を学んでもらう。基礎が無いから、隙が大きく無駄が多い。聖剣の記憶を頼らずに、蒼義と同等の動きが出来る様僕が手解きしてあげよう。ああそれと、僕に堅苦しい言葉使いは必要ないよ。友人と思ってくれて構わない」
成程、父に「戦闘以外は唯の性格が悪い奴」と評される理由が垣間見る。
だが、彼の強さは本物だ。聖剣から伝わる父の心情は、アーラインの強さに対する憧れと尊敬の念。父が認めた戦士に手解きしてくれるのは大変有難い。
そして、多忙の合間を縫って時間を作ってくれたアーラインに感謝しなくてはならない。
「まず、その聖剣は暫く使わずに、普通の剣で戦う術を身に付けよう」
アーラインの指示で普通の剣を握った途端、先程までの動きが出来なくなった。聖剣の記憶は未だに頭にこびり付いているが、頭で想像する様に体を動かせない。
普通の剣の扱いに悪戦苦闘しつつ、魔力のコントロールを体に覚えさせる。立ち止まっている間は無駄なく魔力をコントロール出来るが、いざ動き始めると魔力のコントロールは難しい。
アーラインの指導の下、数時間の稽古を終えて燈継は倒れ込んだ。
「はぁはぁ……」
「今日はこれくらいにしよう。また明日、同じ稽古を行う」
アーラインの稽古を終え、女王に与えられた自室に戻るなり燈継はベッドに倒れ込んだ。
疲労感に身を任せ、深い眠りに落ちかけた時、ドアがノックされる。意識を取り戻し、重い体を起こしてドアを開ける。
「お疲れ様です勇者様。稽古を終えたとお聞きしましたので、湯浴みはいかがいたしますか」
扉の先に立っていたのは、専任世話係のフォーミラ。
汗を流していなかったことを思い出し、疲れた体に鞭打って大浴場に向かう。この宮廷の湯は、疲労回復に関して抜群の効果があることは、何度か入った事で経験している。
「随分とお疲れの御様子です。よろしければ、お背中をお流しいたしますよ」
平然と行われるフォーミラのとんでもない提案を断り、一人で浴場に向かう。
シャワーなどといった文明の機器は当然存在しないが、エルフ産の森の香りがする緑の石鹸で体を洗い、これまた緑の湯で体を流す。湯船には当然の様に花や草が浮かんでいるが、これも疲労回復や美肌効果があるらしい。
「はぁ……疲れた」
緑の湯船に浸かりながら、一日を振り返る。
聖剣を握った時の感覚、聖剣の記憶に映る父の姿。ベルフェンとの模擬試合は、別の誰かに操らてるかの様に体を動かしていた。他にも父の姿を真似て、習った事のない魔法を使った。
魔法を使う時、自分に不可能なんて無いと思う程、力が溢れて来た。
だけど、その感覚は聖剣の記憶にある父の物だ。所詮は借り物の力で、実際には自分は弱い。
(すごいよ父さんは。初めは全く剣も魔法も使えてなかったのに)
聖剣の記憶の父の姿は、初めは何とも頼りない物だった。
そして、血の滲む様な鍛錬を積み重ね、遂には魔王という異次元の存在を討ち取った。
聖剣を手放しても、聖剣の記憶だけは何時でも思い浮かべる事が出来る。初めは一人だった父が、仲間を得て、多くの人達に認められて、共に戦っている。
そして、壮絶な戦いを何度も聖剣の記憶に見せられた。勇者として召喚された以上、相応の理由があると分かっていても祈るしかない。
「どうか、世界が平和であります様に……」
世界の何処かで誰かが平和を願う時、別の誰かは争いを願っている。
それは、勇者が存在すれば、魔王もまた存在する。それと同じ事。
「魔王様。レフィリアの大地を統べる巨人族の支配は完了致しました」
「ご苦労。意外と早かったな」
「魔王様自ら、巨人族の王を仕留めて頂いたおかげで御座います」
先代の魔王は強かった。全てを力でねじ伏せる事ができる程に。
だがそれは、力を持たぬが故に死を克服したザキエルにとって、芸が無く退屈だった。
だが、此度召喚された魔王は違った。ただ力を振るうだけでなく、どの様に力を使えば有効かを理解している。それが、ザキエルにとって最も喜ばしい事だった。
「次の標的はいかがなさいますか?」
「人間の国だ」
その言葉にザキエルは身震いした。恐怖からではなく、身を震わすほどの歓喜から。
復讐だ。あの忌まわしき人間共に復讐出来る。五百年間、心を蝕んできた敗北という屈辱から、ようやく解放される。
「おお!素晴らしき案で御座います!侵略にはどの軍を使いましょう?地獄から呼び起こす悪魔の軍勢か、それとも我らの支配する魔族の群れですか!私自ら軍を率いて、人間共を皆殺しに致しましょう!」
「落ち着けザキエル。私は早々の決戦を望まない」
「では、いかがなさいますか?」
「観光だ。この世界の文明や人間に触れ、決定する。利用価値があれば統治する。なければ殲滅するまでだ」
「では、私がお供いたしましょう」
例え、新たに召喚された魔王が人間であっても構わない。その根幹が紛れもない魔王であれば、ザキエルは付き従う。