いざ帝都へ
「燈継……どういう事か説明してもらおうか」
「だから、これからの戦いで彼女の神聖魔法が必要だと思ったから、仲間に誘ったんだ」
「いや……そうではなく……」
「ラーベの命の恩人だ。回復薬じゃ治せない傷も、彼女なら治癒できる。本国の聖王からの返答待ちだったが……何とか間に合って良かった」
「不肖、ローシェ・リノワール。命を懸けて、勇者様にお仕え致します。勇者様、ラーベ様、何卒宜しくお願い致します」
「……」
ラーベの中で複雑な感情がぐちゃぐちゃに混ざっているが、既に決まってしまった事を今更取り消す事は出来ない。
ラーベ自身、ローシェに命を救われた張本人であり、感謝してもしきれない。
これからの魔王との戦いで、ローシェが居てくれれば心強い。それは、ラーベも心から賛同する。
しかし、それ以外の私情がローシェを否定していた。
燈継と二人きりの旅に、突然美女が参入してくるとなると、ラーベの心も落ち着かない。
「私は、女王陛下より守護者の称号と、十三至宝の一つ風神剣を与えられた騎士。ラーベ・ルシスだ」
「はい。宜しくお願い致します」
「ローシェ殿一つ言っておくが、燈継は聖剣に選ばれし勇者であると同時に、クリスタル王国の王太子でもある。女王陛下の許可なく、婚約は認められないことをお忘れなく!」
「は、はあ……」
堅い握手を交わすラーベとローシェ。
ラーベの瞳には燃える炎が宿っているが、ローシェの頭には「?」が浮かんでいるのが良く分かる。
この二人が親睦を深めるには、もう少し時間が必要だと感じられた。ラーベが一方的に、ローシェに対抗意識を燃やしているだけなのだが。
呆れて溜息を付いた燈継は、待たせていた帝国の一行に声を掛けた。
「お待たせして申し訳ございません。こちらは準備が整いました」
「お気になさらず勇者様。伝説の勇者様に乗車していただけるとは、光栄の極み。ささ、どうぞお乗りください」
帝国の大使ダステルの策略で、ロイセン帝国の皇帝の下へ訪れる事になった燈継達は、ダステルの補佐として来ていたルベルト・ロイフェン率いる一向に迎えられた。
燈継達が乗車する馬車は、黒を基調とする車体に金の装飾がふんだんに施され、王都では非常に目立っていた。
その馬車を護衛する帝国の騎士達も、重厚な鎧を身に付けて、存在しているだけで威圧感を放っている。
帝国の一行が王都の街道を通れば、市民は怯えた様に道の端で立ちすくむ。
もし仮に、王都に帝国軍が駐留する事になれば、この光景は日常となる。
王都の民が帝国軍に怯えて暮らす事が無い様に、帝国軍の王都駐留は阻止しなければならない。
しかし、王都を離れる燈継に、これ以上できる事は無い。
皇帝に懇願した所で戦争は回避できない。後はもう、マルテに託して信じるのみ。
「ルベルト殿。一つお聞きしたいのですが」
「何なりと勇者様」
「皇帝陛下はどの様なお人ですか?」
「そうですね……一言で申し上げれば、決して揺るがない強い意志をお持ちの方です」
(こいつ……)
ルベルトの発言で、馬車の中の空気が凍り付いた。
「勇者であるお前が何を言っても、皇帝の意志は変わらない」ルベルトはその真意を隠そうともせず、燈継が皇帝に何をしても無駄だと言い放った。
余程の馬鹿でもない限り、ルベルトの挑発は理解できる。例え相手が伝説の勇者であっても、臆することなく攻めた姿勢を崩さない。
これは、帝国が絶対的優位にいるという自信の表れ。燈継は持ち勿論、ラーベとローシェにもその意図が伝わった。
「成程……あなた方を見ていると良く分かります」
「我らの意志は皇帝陛下の意志でございます。ご理解いただけたようで何よりです」
「しかし、残念です」
「残念?一体何がですか?」
「ロイセン帝国が、私の手を取らなかった事です」
(勇者とは言えこの餓鬼……いい度胸だ)
燈継から告げられたのは、一種の宣戦布告に等しい。
「自分の手を取らなかったのだから、お前達は敵だ」そんな真意が込められた燈継の発言に、ルベルトは苛立ちを覚えた。
ルベルトは勇者に敬意を持っていなかった。
例え伝説の勇者だとしても、最優先するは皇帝の意志。皇帝の意志に背く者は、例え勇者であっても許さない。
当然ながら、表立って武器を構える様な事はしない。あくまで政治的立場としての敵対関係。
今回の件で、連合内における対立関係が表面化された。
帝国に付く国とそうでない国。その対立において、勇者は帝国の敵となった。
◇グランザール王国 王都
「さて、私達も即座に動けるよう備えておきましょう。帝国が正式に宣戦布告した時が、私達の動く時よ」
「承知いたしました。しかし……勇者様が心配でございます。帝国に直接乗り込むなど……」
「燈継なら大丈夫よ。皇帝如きに手懐けられる器じゃないわ」
マルテの脳裏に蘇るのは、数時間前の出来事。
燈継が帝国へ赴くと決まった時、マルテにこれからの立ち回りについて確認していた。
と言っても、マルテの秘策において、初めから燈継は計画に組み込まれていなかった。
万が一にも勇者が戦場に参入してくる可能性がある以上、帝国としては勇者を戦場から遠ざけたい。
そんな帝国の思惑を知った上で、燈継はダステルの提案に乗った。
「これで良いんだよな、マルテ」
「ええ。上手く帝国の誘いに乗れたわね」
「はあ……国王と大臣から批判続出だ。俺の独断で帝国と話を進めるなと……」
「気にする必要ないわ。燈継が王都へ帰って来る時には……ね」
「……そうだな」
二人だけが通じている言葉。
少しの沈黙の後、マルテが再び口を開いた。
「帝国へ行くなら、油断しない事ね」
「そうだな。人間主義者が多いなら、暗殺を計画している可能性もあるしな」
「それに関しては、多分心配の必要は無いわ」
「ん?どういう意味だ?」
「皇帝も含めて人間主義者は多いけれど、皇帝は勇者の必要性を十分に理解している。問題はそこじゃないの」
「まさか、俺を取り込もうとしているのか?」
「そのまさかよ。勇者を手に入れれば、戦力的にも政治的にもより優位に立てる。何より、帝国の正当性が証明される」
「人間主義者と表明しながら、俺を狙うのか……王国から引きはがす為だけじゃなくて、勇者を取り込んで帝国の死角も無くしたいとは、随分と強欲だな」
「あの皇帝はそういう男よ。だから、あらゆる手段を使って来るでしょうね」
「はぁ……想像しただけで嫌になって来る……」
「一番警戒すべきなのは、皇帝の娘ね」
「娘?まさか、マルテみたいに頭が切れて厄介なのか?」
「誰が厄介な女ですって?……そうじゃなくて、美しいのよ」
「はあ?」
「だから、皇帝の娘は絶世の美女なのよ。女で貴方を懐柔しに来るから……それを警戒してと言っているの」
「ああ、そういう事か。言われなくても気を付けるよ」
「まったく……」
馬車に揺れながら、マルテの呆れ顔が思い浮かぶ燈継。
王都の事を任せ切りになってしまうが、マルテなら問題ないだろうという安心感と、マルテが魔王と通じていないかという不安に駆られる。
燈継が王都を離れている間、マルテは勇者の監視の目から解放された事になる。
燈継は揺れていた。マルテを裏切り者と疑う心と、信じたいと願う心の間で……。
(マルテの秘策が上手くいけば、あいつは王国を支配できる。もし裏切り者なら、今より動きが活発になって、尻尾を掴めるかもしれない。まあ、そうならない事に越した事はない)
コンコンコン!
勢いよくドアをノックされた音で、燈継は意識を引き戻した。
王都から出てまだ一時間程度、帝都に着くまではあまりにも早すぎる。
つまり、このノックは外で何か異常事態が起きた事を意味していた。
「ルベルト様!ご報告します!」
「何事だ!」
「前方と後方より多数の魔物を確認致しました」
「何!?」
「燈継。私が出て片付けてくる」
「お待ちください守護者殿。ここは我らが帝国軍にお任せください」
「ルベルト殿、私は勇者を守る義務があります。貴方の指示は受けない」
「ラーベ。ここは帝国軍に任せるとしよう」
「本気か燈継!?」
「ああ。常勝の帝国軍なら、魔物如き容易く片付けるはずだ。そうですよね、ルベルト殿」
「ええ!ご覧に入れましょう!我が帝国軍の強さを!」
「では、魔物はそちらに一任します。我々は外で魔王を警戒しますが、よろしいですか?」
「勿論ですとも。やれるな?トリエン」
「はっ!しかし、外に出るのは少々お待ち下さい」
「何故だ?」
「このまま、前方の魔物集団を突破いたします」
トリエンと呼ばれた騎士は、燈継達が乗る馬車の護衛を務める指揮官だった。
護衛部隊は総勢三十人。全員が馬に乗って、馬車を取り囲むように前後左右に配置されている。
トリエンの指揮は迅速かつ正確だった。
左右に展開している部隊を割いて前方に戦力を集中させると、号令と共に剣を掲げた。
「前方の魔物集団を蹴散らし、後方の魔物集団は振り払う!分かっていると思うが、馬車には一切近づかせるな!」
「「「はっ!」」」
魔物集団が近付くと共に、四足の獣型の魔物だと目視出来る。
最も一般的な魔物の形態かつ脅威度は低いが、数が多いと油断ならない。
前方の護衛部隊が少し先行すると、そのまま一直線に向かって来る魔物の集団と激突した。
「グギャアアアアア!」
「はあっ!」
襲い掛かる魔物を一撃で切り伏せる帝国軍。
誰一人として傷を負う事無く、向かって来る魔物を蹴散らしていく。
戦闘を繰り広げながらも進行速度を落とす事無く、燈継達の乗る馬車は少しずつ後方の魔物集団と距離を広げた。
馬車の窓から外の戦闘を見ていた燈継は、その眼で帝国軍の強さを目の当たりにした。
(強い……一人一人の練度が高い。これが、数万数十万人となると、確かに王国軍に勝ち目は無さそうだ)
王都で魔物に苦戦していた王国騎士団と比較して、帝国の騎士には余裕がある。
個々人の技量が高く、指揮統制の取れた優秀な集団。護衛部隊でこの実力ならば、帝国軍は人間種国家の中で最強の軍隊という事になるだろう。
王国軍に勝ち目がない事を改めて認識すると同時に、燈継は初めて帝国の強さを肯定的に捉えた。
(この帝国軍の強さが、連合の国々へ向けば脅威だが、魔王軍との戦いでは心強い)
皇帝の野望を果たす為に帝国軍が使われるのは、燈継にとっても許し難い。
しかし、帝国軍の強さは本物。竜は最強の種族だが、軍としての組織的強さを持つ帝国軍の方が、魔王軍との戦いでは連合の主戦力となるだろう。
だからこそ、一刻も早く連合内で協力体制を作り上げ、魔王軍に対抗する必要がある。
(まあ、それが出来ないから、こういう事態になっている訳だが……)
帝国軍の驚異的な突破力により、前方の魔物集団を蹴散らして、そのまま後方の魔物集団からは逃げ切った。
結局、魔王の影は見えず出番が無かった燈継は、帝都へ辿り着くまでの数時間、馬車の窓から見える景色を物思いに眺めているだけだった……。




