聖剣の記憶-2
静寂の訓練場に金属がぶつかり合う音が響いた。
そして、その光景を見た誰もが自分の眼を疑った。当事者である燈継を除いて、全員が理解出来ずに思考が停止していた。
「こ、これは……」
「不意を突いたつもりでしたが、やはりあなたは強い」
燈継の剣をベルフェンは受け止めた。それ自体はおかしな事ではない。
剣を受け止めたベルフェンですら理解出来ないのは、燈継とベルフェンの間にあった数十メートルの間合いを瞬く間に詰めた燈継の速さ。
<身体強化>を使えば当然スピードも上がる。だからと言って、戦闘経験の無い素人が出来る芸当ではない。
ベルフェンは頭で理解するよりも先に、肉体が動いて燈継の剣を受け止めた。他の兵士ならば切られていてもおかしくは無い。
「これは驚いた……勇者様、実力を隠していたのですか?」
「まさか、自分は素人です。ただ、この聖剣が教えてくれたんです。父がどんな風に戦っていたか」
「成程……私では理解できない聖剣の力がある様ですね」
「あくまでも見様見真似ですけどね」
会話を切って、後方に飛んで距離を取った燈継。
そして、着地と同時に凄まじい速さで再びベルフェンに迫る。燈継は勢いを付けて聖剣を水平に薙ぎ払う。
燈継を素人から認識を改めたベルフェンは先程よりも魔力を放出して、全身に力を込める。
再び剣と剣がぶつかり合う音が響き、強力な魔力の衝突によって二人を中心に衝撃波が広がる。
だが、今度は一撃で終わらない。燈継は本能とも言うべき感覚を頼りに剣を振るった。
凄まじい魔力量を纏った燈継の一撃は重く、攻撃を受け止めるベルフェンも回避を試みるが、燈継がそれを上回る速度で攻撃を放つ。
距離を取ろうとするベルフェンと追撃する燈継。二人の激しい攻防が繰り広げられる中、それを見ていたレイラは懐かしさを覚えた。
「まるで、蒼義を見ている様だ……」
かつて戦場で肩を並べた愛する人。
五百年前の懐かしき光景が脳裏に浮かび、レイラの眼からは自然と涙が浮かんでいた。
「流石は蒼義の息子。鍛えがいがありそうですね」
思い出に浸っていたレイラの横に、突如として現れた美しい金髪を靡かせる優男が、懐かしむ様に呟いた。
屈強な兵士が揃うこの修練場には、あまりにもその男は場違いに見える。
「何故其方がここ居る、アーライン」
「なに、面白い物が見れると思って見物しに来たんですよ」
感傷に浸っていた所を邪魔されてレイラは若干不機嫌だが、それを気にする様子もなくアーラインは解説を始めた。
「聖剣の記憶、でしょうね」
「記憶?」
「ええ、蒼義があの聖剣で繰り広げた数々の激戦。それを聖剣が燈継に見せたのでしょう」
「いくら聖剣の記憶を見たからといって、有り得ない動きだと思うが」
「記憶を見ただけではなく、実際に経験しているのでしょう。蒼義の戦い全てを」
「聖剣にそんな能力があったとは……ん?しかし、蒼義は戦いの素人だったではないか」
燈継の父、熾綜 蒼義が召喚された時、星界の巫女に勇者の聖剣を与えられた。
しかし、蒼義は聖剣を手にしても、燈継の様に聖剣を扱えなかった。毎日修練に励み、剣と魔法を自分の物にしていった。
「それは簡単です陛下」
「ほう?」
「蒼義が召喚されるまで、あの聖剣を手に戦った者が居なかっただけです」
「そんな事有り得るのか?勇者の聖剣は古代より受け継がれし『十三至宝』の一つだぞ」
「単に数千年の歴史で、この世界には聖剣が選んだ者が居なかっただけですよ。おっ!何か動きがありそうですよ」
二人が聖剣の考察を繰り広げている間に、燈継とベルフェンの打ち合いに変化が訪れる。
燈継は聖剣の記憶で何度も見た事で、自然と習得した魔法を放つ。
「<爆炎走破>」
燈継の全身が炎に覆われると同時に加速する。
炎を纏い、凄まじい速さで聖剣を突き出す燈継。回避不可能と悟ったベルフェンは、魔法を発動させ正面から受け止める。
「<水流障壁>」
目の前に水の障壁が出現するが、止まる事無く突撃する燈継。
一つ目の水の障壁を突き破ると、その後ろにはまた水の障壁があった。そして、それも突き破る。弾丸の如き速さで突き進む燈継を止める事は出来ずに、遂に最後の水の障壁が破られた。ベルフェンを捉えた燈継は、聖剣に炎を纏わせ全力で突き出す。
それをベルフェンは剣で受け止めなかった。燈継の聖剣を身に受けた瞬間、ベルフェンの肉体が水へと変容し、その水が意志を持ったかの様に燈継に襲い掛かった。
「なっ!これは!」
「<水の虚像>聖剣の記憶にこの魔法は無かったのですか?何度か先代勇者様の前で使った事があったのですが」
「なんて、知ってますよ」
「え?」
ニヤッと燈継が笑みを浮かべると同時に、魔法を発動させる。
「<水の虚像>」
「何!!」
燈継の肉体が水へと変容し崩れ落ちる。
ベルフェンは辺りを見渡して燈継本体を探すが、その姿を捉える事が出来ない。
「水属性の魔法も使えるのか。ならば、次の一手は恐らく……」
ベルフェンの予測は的中した。
周囲の風景が歪み、異様な光景を作り出している。次の瞬間、ベルフェンの四方の風景が、鏡が割れる様にひびが入り崩れ落ちる。
崩れ落ちた風景の奥から、ベルフェンに迫る影が四つ。その四つの影は全て、燈継だった。
「やはり、私の得意とする<水面鏡>と<水の虚像>の合わせ技」
聖剣の記憶で見たベルフェンの得意戦術。
だが、ベルフェン本人だからこそ、この技の対処法を知っている。自分の生み出した水を操作して、剣に纏わせる。
「<水流魔剣>」
ベルフェンの発動した魔法によって本来の剣の長さに加えて、さらに長く水の剣身が生成される。
水の剣身によって伸びた間合いに入った四体の燈継を、身体を捻り、勢いを付けて回転して切り裂いた。
ベルフェンに迫ろうとしていた四体の燈継は、三体が<水の虚像>で、うち一つが本体。そして、本体に当たった攻撃は<白銀障壁>によって無効化され、そこで試合終了。
と、なるはずだった。
ベルフェンが切り裂いた四体の燈継は、水に変容して崩れ去った。
「全て<水の虚像>だと!」
その時、観戦していたアーラインとレイラだけが気付いていた。空にひびが入り、今にも崩れ落ちてしまいそうな様を。
「<爆炎走嵐破>」
今にも落ちてきそうな空は打ち破られた。天から飛来する爆炎と暴風の塊によって。
ベルフェンは空を見上げて理解する。これは、回避も防御も不可能だと。天から落ちた爆炎と暴風の塊は地面に衝突し、辺り一面を吹き飛ばす。
それ程の威力が発揮されるはずだった。
「あれ?」
地面に着地する瞬間、急に体の動きが止まった。自分の意志で止めた訳ではない事は確か、ならば他の誰かによって止められた。
そして、自分の体に巻き付いている黒い何かに気付いた。巻き付いているのは手の形をしていて、誰かに後ろから抱き着かれている様だった。
その手を辿り振り返ると、人の様な造形の顔の無い黒い女性。
「これは、まさか……」
「<精霊の黒き抱擁>君の魔力を一時的に封じ込めた……って聖剣の記憶で見た事あったかな?どちらにせよ、君はもう少し力加減を覚えるべきだね」
「アーライン様!何故こちらに!」
ベルフェンの口から出たアーラインという男の容姿は、聖剣の記憶で何度か見た覚えがある。父と共に、魔王軍の幹部を討ち取った凄腕の戦士だ。
「聖剣の記憶で知っているかもしれないけど、改めて自己紹介させてもらうよ」
丁寧に美しく、まるで貴族の様なお辞儀をしながら名乗り始めた。
「陛下より『守護者』の称号を授かった、アーライン・ステイル。以後お見知りおきを」
燈継は聖剣の記憶でアーラインの事は知っていた。そして、当時の父の感情も読み取っていた。
当時の父のアーラインに対する印象は「敵との戦闘以外は唯の性格悪い男」だった。