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王都騒乱-9


◇王都西区域


「唯の餓鬼じゃなさそうだな」

「当然だ。俺は王国最強の剣士だ」


勇者と魔王が激闘を繰り広げる中、西区域ではより強者を求める者同士が遭遇していた。

魔王軍契約魔将『潰し屋』オーバと、自称王国最強の剣士ツダン。

北区域からやって来たツダンだが、西区域に救助できる住民は一人も残っていなかった。既に避難を完了したか、それとも全員殺されたかは分からないが、西区域は北区域よりも遺体が多かった。

どちらにせよ、ツダンには西区域の魔物とアンデッドを殲滅する使命がある。自慢の刀を振るい、西区域の魔王軍を掃討しているタイミングでオーバと遭遇した。


「王国最強か……なら潰し甲斐はありそうだな」

「お前は弱そうだ。俺の相手に相応しくない」

「おいおい。折角優しく殺してやろうとしているんだ。もう少し怯えてくれよ。じゃなきゃ楽しくねぇんだよ」


軽々と大剣を振り回すオーバを見ても、ツダンは普段通り落ち着き払っている。

互いにゆっくりと歩み寄っていき、走りだす素振りを見せない。

確実に間合いは近づいている。それでも、ツダンは刀を抜かなかった。

先に剣を振り下ろしたのは、オーバだった。


「死ね」


ツダンが間合いに入った瞬間、ツダンの身長以上に大きな大剣を高速で振り下ろす。

大剣の欠点とも言える重量による攻撃速度の低下を、一切感じさせないオーバの腕力。

その剛腕で、数多の獲物を殺して来た。

初めは用心棒として雇われ、その巨躯と大剣を目印にオーバの名は闇社会に知れ渡った。

付けられた通り名は『潰し屋』。オーバに殺された遺体が、原型を留めていないことから付いた通り名だった。

何人もの人間を潰して来た。人間を潰す時に伝わる感触を何度も味わってきた。

だが、振り下ろした大剣からは、その感触が伝わってこなかった。


「っ!?いない!?」


目の前からツダンが消えていた。

一瞬たりとも目は離していない。

しかし、振り下ろした大剣の下には、ツダンは居なかった。ツダンを探して、慌てて背後に視線を向けた。


ピタ……ボトッ


オーバがツダンを視界に捉えたとほぼ同時に、ツダンは刀を鞘に仕舞っていた。

オーバが大剣を振り下ろした時、直前までツダンは刀を抜いていなかった。

つまり、オーバが大剣を振り下ろしてから、背後に視線を向けるまでの僅か数秒の間に、ツダンは斬っていた。


「おい……どういう事だ……何で俺の右腕が落ちてやがる!?」


大剣を握っていたはずのオーバの右腕は、大剣を握ったまま地面に落ちていた。

肩からは血が噴き出しており、オーバの足元に血だまりを作り出した。

何が起きたか理解できないオーバは、失った右腕の激痛から苦悶の表情を浮かべながら、ツダンを睨め付ける。


(何が起きた!?俺の背後にいると言う事は、俺が認識できない速さで通り抜けたのか!?)

「……ふん。やはり、俺の相手には相応しくないな」

「っ!おい待ちやがれ!逃げるのか!?」

「これ以上はやる意味がない」


ツダンはオーバに背中を見せて立ち去ろうとする。

あまりに侮られたオーバは、残った左手で大剣を拾い上げ、ツダンに斬りかかろうとする。

右腕を切り落とされた痛み、屈辱、怒りを全て大剣に乗せて振り上げる。

だが、既に勝負は付いていた。


斬影剣(ざんえいけん)


オーバは大剣を振り上げたまま停止した。

そこから動かなかった。動けなかった。

そして、最後の声を上げた。


「くそがああああああ!!!」


その叫びを最後に、オーバの肉体は両断された。

グシャっと崩れ落ちるオーバの肉体には目もくれず、ツダンは更なる強者を求めて駆け出した。

あまりの一瞬の出来事であり、オーバは死の間際においても何が起きたか理解出来なかった。


斬影剣(ざんえいけん)>それは、一度振るった刀の軌跡をもう一度再現する技である。

初めにオーバが大剣を振り下ろした時、ツダンはそれよりも速くオーバを通り抜けた。

その時、オーバの右腕を切り落とし、同時に<斬影剣(ざんえいけん)>を仕掛けていた。

ツダンが背中を向け、オーバが斬りかかろうとした時、<斬影剣(ざんえいけん)>は発動した。

右腕を切り落とした斬撃の軌跡とオーバの肉体が重なった時、右腕を切り落とした斬撃が再現され、オーバは両断された。

これは、ツダンが時を操る魔法を行使している訳ではない。ただ純粋な魔力による絶技。この絶技は、寸分違わぬ魔力の操作技術と、天才の領域を超えた剣術が求められる。


何故、ツダンが王国騎士団としては有り得ない無礼な振る舞いを許されているか。

そして、ジーラが頑なにツダンを庇うのか。

それは、ツダンこそが、王国最強の剣士に他ならないからである。


◇王都南区域


「全ての悪、全ての善は許された。我ら愚かなる生命の灯は、楽園の果実を食する事を許された」

「……っ!?まさか!?」

「ならば願え。<精霊の楽園(フェアリーエデン)>」


闇に覆われていた空が異様な虹色の空へと塗り替えられていく。

それと同時に、瓦礫だらけの地面から突如として美しい花々が咲き乱れ、急速に色鮮やかな大地へと変貌していく。

目に見える光景だけでなく、肌に触れる風の暖かさ、鼻腔を通り抜ける甘い空気。その異常な空間を実感できるという事は、その空間へと誘われているという事。


(まずい!飲み込まれる!)


燈継が発動した<精霊の楽園(フェアリーエデン)>は、その名の通り精霊魔法である。

本来、この世界の生物が立ち入る事が出来ない精霊の楽園。そこに、自分と魔王を閉じ込める事で、魔王の逃亡を防ぎ、魔王軍の介入も防げる為、燈継にとっては最善の手に見える。

しかし、この魔法には大きなリスクがある。

この美しい精霊の楽園に、この世界の生物は適応出来ない。花も、風も、空気すらも、その全てが毒であり、足を踏み入れた者を苦しめ、最後には死に至らしめる。

燈継がこれだけのリスクを冒して<精霊の楽園(フェアリーエデン)>を発動するとは予測できず、魔王は一瞬反応が遅れた。

その一瞬が、魔王を楽園へと誘った。


「正気か貴様!こんな所で我々の決着をつけるつもりか!」

「言っただろ。俺はお前を殺す」

「くっ!」


魔王は自分の視界に映る光景が、完全に精霊の楽園へと塗り替わっていく様を見ながら、脱出の手段を探っていた。

第一に<魔剣・調和崩壊(エンドバランス)>による空間の崩壊を目論むが、直ぐに無意味である事を悟る。

そもそも、<魔剣・調和崩壊(エンドバランス)>が崩壊させられる対象は限られている。

対象が膨大な魔力を有している場合、崩壊に対する抵抗が発生する。

故に、建造物などは触れるだけで崩す事が出来るが、魔力の有する物は崩壊に対する抵抗が強い。

魔力の乏しい一般人であれば、魔剣に触れられただけでその存在意義が崩壊させられるが、燈継の様な膨大な魔力を持つ対象には、一瞬感覚を狂わす事ぐらいしか出来ないだろう。

空間の崩壊も、即座に世界の意志によって、崩壊した空間の修正が行われる。ましてや精霊の楽園ともなれば、一瞬たりとも崩壊させる事が出来ない。


他に手段があるとすれば、この楽園へと招き入れた燈継を殺すか、燈継が魔法を解除するかの二択である。

ここで勇者を殺すのは、これからの計画を破綻させかねない最悪の手段。だからといって、燈継に魔法を解除させる事も困難。


(切れる手札はある……だが、ここで使う訳には……)


手詰まり。

最早解決策が、切りたくない手札を切るしかない所まで追い詰められた魔王だったが、思わぬ幸運が訪れる。


パンッ!


「なに!?」

「危なかったですね魔王様。もう少しで閉じ込められる所でしたよ」

「……礼を言おう。ジュトス」


精霊の楽園が完全に閉じようとしていた時、突如としてその楽園が消えた。

虹色の空も、大地を埋め尽くす美しい花々も、暖かい風も、甘い空気も、一瞬にして元の光景へと切り替わった。

燈継は最悪な乱入者を睨みつける。

二人の頭上に揺蕩う美しいその者は、漆黒の翼を羽ばたかせていた。

そこで燈継は理解した。何故精霊の楽園が消滅したのかを。


(こいつ!悪魔か?それとも……いや、どちらにしても異界の存在だ!精霊達があいつを拒んだのか!)


異界の存在。

精霊。悪魔。天使。と言われる存在は、この世界の生物ではない。

本来、この世界の住人が立ち入る事が出来ない異界に生きる者達は、極稀に異界からこちらの世界へと迷い込む。

ザキエルという悪魔は偶然の産物だが、ジュトスは元々天使であり天界の住人だった。

しかし、ジュトスは堕天し、天界から追放されこの世界へやって来た。

追放されたとはいえ、天界という異界で誕生した者に対して、精霊の楽園はジュトスの存在を拒んだ。

精霊の楽園(フェアリーエデン)>の詠唱にある「許された」とは、この世界の住人の事であり、異界の住人に対しては適用されない。

あの時既に、燈継と魔王は精霊の楽園へと踏み入れており、あとは楽園が閉じればジュトスに介入される事もなく、燈継は魔王との戦闘を継続できた。

しかし、楽園が閉まりきる前にジュトスが間に合った事で、魔王は窮地を脱した。


「貴方が勇者ですか?魔王軍契約魔将が一人『失楽』のジュトス。以後、お見知りおきを」

「ジュトス。そろそろ潮時だ。引き上げるぞ」

「承知しました」

「逃がすわけねぇだろ!」


光裂弾(シャイニングバースト)


左手に宿した眩い光の束を、魔王目掛けて撃ち放つ。

膨大な魔力を込められた光の束は、上空へ飛び立とうとする魔王とジュトスへ向けて凄まじい速さで迫る。

魔王は再び魔剣で防御しようとするが、ジュトスが魔王の前に立ちはだかった。

そして、右手を翳した。


「光属性の魔法は効かないんですよね」


燈継の放った光の束は、ジュトスの右手で受け止められる。

天界の住人だったジュトスは、光属性の魔法に強い耐性を持っている。

悪魔ならば、光属性の魔法は致命傷になりかねない。故に、燈継はジュトスが悪魔の類ではない事を悟る。

既に魔王とジュトスは上空へ飛び立っており、追撃した所でジュトスが介入する以上、魔王に逃げられる可能性が高い。


(タイミングとしては理想に程遠い!だけど、ここでやらなければ本当に逃げられる……やるしかない!)


ずっと機会を伺っていた。

確実に魔王を殺す為に、魔王の意識を全て俺に惹きつけた。

お前なら巡って来るチャンスを逃す筈がない。そう信じて、俺は全てを託した。

だから、頼んだぞ。


「ああ。任せておけ燈継」


勇者様……。

遠い世界で貴方が死んだと聞かされた時、私の心は穏やかではいられませんでした。

最も慕っていた貴方の死に、私の心は酷く乱れました。

しかし、彼が私の心を救ってくれました。

燈継と触れ合う度に、勇者様と交わした約束を思い出します。


勇者様。私、強くなりました。あの時交わした約束を果たせるくらいに……。

だから、この世界で燈継と合わせてくれて、ありがとうございます。

あの時交わした約束は……必ず守ります!


「ん?あれは……」


上空で浮遊している魔王が視界の端で捉えたのは、建物の屋根の上に居るラーベだった。

体を少し捻りつつ、両手で剣を構えるラーベは、誰の目から見ても攻撃を仕掛ける態勢。

魔王はラーベが風神剣を持っている事を知っている。かなりの距離がある中で、風神剣から暴風を巻き起こそうとも、魔王から見れば大した脅威ではなかった。

だが、魔王は違和感を感じた。


(何故、今になって守護者が……いや、そもそも今まで何処に……)


風神剣に収束した魔力は、ラーベの持てる全力を注いでいる。

つまり、本来であればラーベを中心に暴風が吹き荒れる筈だ。にもかかわらず、その場には一切の風が吹いていない。

無風の意味している所は、燈継とラーベだけが知っていた。

ラーベは上空に浮遊する魔王を視界の中心に捉え、渾身の力を込めて風神剣を薙ぎ払う。


「<絶空(ぜっくう)>」


その時、偶然にも空を見上げていた者達は、口を揃えてこう述べた。

「空が……割れた」と。


「がはっ!!!!!」

「魔王様っ!?」


夜空に浮かぶ魔王の肉体から、赤い血が噴き出した。


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