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王都騒乱-8


「貴様が真の勇者ならば、受け止めて見せろ」

「この魔力は!?この南区域に落ちた黒い柱と同じ物か!?」

「その通りだ守護者。この一撃をまともに喰らえば、ただでは済まない」


魔王の持つ魔剣から、膨大な黒い魔力が溢れ出す。

先程魔物を召喚した時よりも、遥かに膨大かつ邪悪な魔力。

魔王が魔力を込めると、魔剣から燃え盛る炎の如く黒い魔力が放出され、巨大な剣身と化している。

魔王は、その巨大な黒い魔剣を薙ぎ払う構えを見せた。


「お前達なら躱せるだろう。しかし、辺り一帯が吹き飛ぶことになるだろうが……受け止めるか、躱すか。好きな方を選べ」


魔王が魔剣を薙ぎ払う。

聖剣の<絶対不可侵聖域>を使えば、被害を一切出さずに魔王の一撃を受け止められる。

しかし、その選択肢は燈継には無かった。

魔王が<絶対不可侵聖域>を使わせる事を狙っている様に感じたからである。

相手の思い通りになるのは愚の骨頂。相手の予測を裏切ってこそ、勝利は掴める。


「まともに喰らえばただでは済まない……か」

「燈継っ!」


迫りくる巨大な黒い剣身に右手をかざす。

そして、直撃した。

直撃した際に発生した凄まじい衝撃のあまり、ラーベは後方へ飛ばされる。

魔王は燈継に直撃した魔剣を薙ぎ払おうとするが、異変に気付く。

それ以上、魔剣が動かせなった。


(まさか……)


衝撃によって発生した土煙が晴れた時、燈継は右手を伸ばして今なお巨大な黒い剣身を受け止めていた。

それも、視線は一切魔王から外さず、正に片手間で受け止めた。

更に魔王が驚いたのは、燈継が一切魔法を使っていなかった事。燈継は、魔剣を上回る膨大な魔力だけで受けきった。

これは魔王の予想外の展開であり、燈継にとっては狙い通りの結果となる。


「大したこと無いな。あんたの魔剣は」

「さすがに驚いた……魔法も無しに防ぎ切るとは」

「今度は、こっちの番でいんだよな」


「顕現せよ<炎の巨人(ブレイズタイタン)>」


直後、燈継の背後から爆炎が燃え盛る。

天に上る程高く燃え盛る巨大な炎の柱が、次第に形を変えて輪郭を現わす。

20メートルはある巨大な炎の柱は、それ以上に長い二つの炎の巨椀を生やし、憤怒に支配された顔を表した。

誕生したのは炎の巨人。


「顕現魔法か。古代魔法を一度使っておきながら、これ程強力な魔法をよくもまあ……」

「魔王。まともに受ければ、ただでは済まないぞ」

「ふん。舐めた真似を」

「じゃあ。受けてみろ」


「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


炎の巨人が大きく口を開け、空間を震わす咆哮を放つ。

そして、巨大な炎の右手を一度引いて、勢いを付けて炎の鉄拳を突き出した。あまりにも巨大な炎の一撃は、恐ろしい速度で魔王目掛けて放たれた。

巨大な炎の拳が迫る中、魔王は再び魔剣へ魔力を注ぐ。


「甘く見られたものだな」


黒い魔力によって造り出される巨大な剣身を、迫りくる炎の鉄拳へ薙ぎ払う。膨大な魔力の衝突は、周囲の建造物をいとも容易く吹き飛ばす衝撃を生んだ。

そして、衝撃と共に襲い掛かる爆炎と土煙が、燈継と魔王を覆い隠した。

魔王はすかさず上空へ避難し、視界を確保して勇者からの次の攻撃を警戒した。

しかし、視界が晴れてくると既に炎の巨人が消えている事に気付き、勇者の次の攻撃へ思考を回す。


(並みの魔導師なら、既に魔力は底尽きる程に消耗しているはずだ。だが、あの勇者の事だ……次も強力な魔法を出し惜しみなく……)


パリンッ!


何かが割れる音だった。

それは、魔王の頭上で鳴り響いた。

魔王が見た空は、砕け散ったガラスの様な破片が夜空に輝き、幻想的な光景が広がっている。

その中に、勇者は居た。

上空から凄まじい速さで飛来する勇者の剣の一振りを、魔王は魔剣を構えて防ぎ切る。

地上にばかり警戒の意識を向けていた魔王にとっては、正に不意を突く奇襲。

一体何時、何処で勇者が上空へ回り込んだか魔王には見えなかった。

勇者から振り下ろされた重い一撃が、聖剣を防ぐ魔剣を押し切りそうな勢いのまま二人は地上へ落下していた。


「くっ!」

「この距離なら躱せないだろ」

「っ!?」


魔王の腹部にそっと左手を添えて、燈継は唱えた。


「<小さき太陽(ミニチュア・サン)>」


燈継は魔法を発動すると同時に、聖剣を振り抜いて魔王を地上目掛けて吹き飛ばす。

そして、地上へ落下する魔王の肉体を、膨れ上がった巨大な炎の球体が覆い尽くす。勢いそのままに炎の球体は地上へ衝突し、巨大な爆発を起こした。

スタッと華麗に地上へと着地した燈継は、燃え盛る爆炎を見据えていた。


「ふう……」


殺意を抑える必要はない。だが冷静になれ。

恐らく、今の一撃は大したダメージを与えていないはずだ。

魔王はこちらに全く手の内を晒していない。数多ある手数の中に、今の一撃を防ぐ防御魔法くらいはあるはずだ。

一方、こちらは手の内を晒しすぎた。

古代魔法を始めとする様々な魔法を、出し惜しみなく使っている。

特に、<水面鏡(アクアスクリーン)>による不意打ちは通用しなくなるかも知れない。

だが、それでいい。

魔王がこちらの手を知り尽くしたと錯覚するまで、存分に味合わせてやる。


「……見事な一撃だったが、私を殺すには物足りないな」

「今ので殺せると思ってないさ(成程、服さえ無傷か……)」

「私を殺すんだろう?ならば、全力で来い。それとも……既に全力か?」

「お前こそ。魔王の割には随分と弱くないか?こうも簡単に一撃を受けるなんて」


二人の会話は終了した。

込められた魔力を燃やし尽くした炎は消え、焦げた大地の中心を魔王は歩いていた。

外傷は愚か、衣服にすら一切の汚れもない魔王を見て、燈継は再び聖剣を構える。

数十秒の沈黙をもって、互いに地面を駆けだした。

そして、振り下ろした魔剣と聖剣がぶつかる。


カキン!


「くっ!」

「っ!」


金属が衝突した音が鳴り響いた。

一度だけでは収まらず、魔剣と聖剣は幾度となく交わりその音を鳴り響かせた。

剣が交わるごとに、互いの剣は相手を掠める様になる、

魔剣が胴体を掠めそうになると、燈継は紙一重で躱して魔王の懐に入り込む。

燈継が魔王の首を目掛けて聖剣を振るうと、魔王は魔剣を持ち換えて聖剣を防ぎ切る。

一進一退の攻防が続く中、先に仕掛けたのは燈継だった。


「<閃光(フラッシュ)>!」

「ちっ!」


眩い閃光によって魔王の視界は奪われた。

不意を突かれた魔王に生まれる僅かな隙を、燈継が逃すはずもない。一秒に満たない魔王の硬直だが、戦闘の最中にあっては十分に命取りとなる。

だが、思考は高速で動いていた。


「<内なる剣(インサイドソード)>」

「っ!?」


魔王に迫る燈継がその目に捉えたのは、魔王の腹部から複数飛び出した黒い剣。

魔王の魔力で造られた黒い剣は、魔王の腹部から放出され、眼前の燈継に襲い掛かる。

襲い掛かる黒い剣は九本。燈継がどう躱そうとも、必ず一本は直撃する様に放たれていた。

この黒い剣を軽傷で抑えるには、防御に全神経を集中しなければならない。

だが、燈継はこれを攻撃の絶好の機会と捉えた。


<絶対不可侵聖域>展開。


聖剣の青い宝玉が光を放ち、燈継は薄く青い魔力に包まれた。

魔王の腹部から放たれた黒い剣は、何本かが燈継の額、肩、腹、腕、脚に直撃した。

そして、その全ての剣が弾かれた。

<絶対不可侵聖域>による絶対防御により、一切の傷を受けなかった燈継は、そのまま態勢を崩しかけている魔王へ聖剣を振り下ろした。

一度はカウンターを繰り出した魔王だが、次の一手を出す間があるはずも無く聖剣を受けるしかない。

勝負は決まった。

相手が魔王という存在でなければ……。


「崩せ<調和崩壊(エンドバランス)>」


燈継の振り抜いた聖剣は、確実に魔王の体を切り裂いた。にもかかわらず、燈継には一切の手応えが無かった。

違和感を感じた燈継は、直ぐにその場から飛び退いて距離を取った。

今の一撃、燈継は確かに魔王の肉体を切り裂く様に聖剣を振り抜いた。

だが、聖剣から手に伝わる感触は、まるで何も無い空を切る感触と同じ物だった。その違和感が事実である様に、魔王は一切傷を負っていない。

時間にして数秒。燈継は確信に至る。


「……魔剣の能力か」

「ご名答。私の<魔剣・調和崩壊(エンドバランス)>の能力だ。瞬間的に空間を崩壊させる事で、その聖剣を私に届かせない様にした」


<魔剣・調和崩壊(エンドバランス)>は、触れている物の調和(バランス)を崩壊させる事が出来る。

例えば、直前の攻防においては、燈継の聖剣が魔王の肉体に届き得る状況で<魔剣・調和崩壊(エンドバランス)>の能力を発動し、聖剣が魔王の肉体に届き得る空間その物を崩壊させる事で、聖剣が魔王の肉体に届かない様に空間を捻じ曲げた。

簡単に言うのであれば、聖剣と魔王との間にある距離を狂わせた。

瞬間的とは言え、世界の法則へ干渉出来る魔剣。そんな物が、唯の魔剣であるはずがない。


「そうか……それが……十三至宝の一つ。漆黒の魔剣」

「ほう、知っているか」

「まさか、所有者不明の十三至宝の一つが、魔王の手にあるとはな……手間が省けた」

「手間?私から魔剣を奪えると思っているのか?」

「ああ。お前を殺して、手に入れてやる」


魔王の手札を一つ暴いた。

だが、まだだ。魔王の手札を全て晒させる。

その為には、魔王を追い詰める事が重要だ。こちらの手札はいくら晒しても構わない。魔王の手札を切らせる事が重要だ。

そうすれば……確実に殺せる。


「こちらとしては、これ以上付き合うつもりは無い」

「易々見逃すと思っているのか?」

「貴様の意志は関係ない。私がそうするまでだ」


再び沈黙が訪れる。

相手の些細な動きも見逃すまいと視線を凝らす両者。

逃げれば勝ちの魔王と、逃せば負けとなる燈継では、魔王に大きくアドバンテージがある。

即ち、燈継の勝利条件である魔王の殺害には、まず第一に魔王を逃がさない状況を作る必要がある。


「全ての悪、全ての善は許された。我ら愚かなる生命の灯は、楽園の果実を食する事を許された」

「……っ!?まさか!?」


魔王は燈継の意図に気付いた瞬間、慌てて燈継との距離を取ろうと飛び退いた。

しかし、僅か数秒。気付くのが遅かった。

燈継は詠唱を完了させ、その魔法を完成させた。


「ならば願え。<精霊の楽園(フェアリーエデン)>」


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