聖剣の記憶-1
「あっあの!これどうすれば!?」
「おおおおおおちついてください!勇者様!」
(あんたが一番焦ってどうする!)
手の平サイズの炎の球体をイメージするつもりが、一瞬頭を通り過ぎた太陽のイメージ。それが現実に反映され、途轍もない巨大な炎の球体を造りだしてしまった。小さくすることも消す事も出来ず、さらに魔力を吸い上げ徐々に大きくなっていく炎。
そこで咄嗟に思い付いたのは、ミストーリアがやった様に空へ打ち上げ霧散させる方法。
直接手に乗っている訳ではないが、重みの感じる炎を打ち上げる為、手を引いて勢いを付けようとした所をミストーリアに慌てて止められる。
「おっお待ちください!そんな魔力の塊を打ち上げても消えません!空中で大爆発が起きて宮廷が吹き飛んでしまいます!」
「じゃあどうすればいいんですか!」
解決策を求めるも何一つ案が浮かばないミストーリア。
しかし、この状況で頼れるのは彼女しかいない。彼女に縋るしかないが、そうこうしているうちに炎は膨らみ続けている。
この危機的状況からの助け舟は、思わぬ方向から飛んできた。
「<凍結>」
突然の出来事だった。ミストーリアに視線を向けている内に、目の前の巨大な炎の玉が凍り付いていた。
そして、完全に凍り付いた炎は完全に砕け散り、跡形もなく消え去った。
砕け散った氷がキラキラと光を反射しながら宙を舞っている。幻想的な光景に目を奪われていると、こちらに向かって来る人影を捉える。
「まったく……凄まじい魔力を感じて来てみれば、これはどいう事だミストーリア」
「陛下!」
「母さん……」
ミストーリアが燈継の炎を消す事が出来なかったのは、単純に魔力量が足りずに膨大な魔力の炎を打ち消すだけの魔法が使えなかったに過ぎない。彼女が非才という訳ではなく、燈継の魔力量が大き過ぎた。
そして、その炎を一撃で打ち消した女王レイラの魔力量は計り知れない。
膨大な魔力量を有するハイエルフの中でも、代々エルフの国を治めて来たクリスタル王家の血は別格と言われている。
「怪我はないか燈継?」
「ああうん。大丈夫」
三日三晩開催された宴で少し打ち解けた二人。二人の空白を埋めるにはまだ時間が掛かるが、血を分けた親子の心はほぼ打ち解けていた。
燈継の頬に手を添え気を掛けるレイラと、事あるごとに接触を図るレイラに照れ隠しする燈継。ここ最近宮廷で良く見られるこの微笑ましい光景は、宮廷に従事するエルフ達の語り草になっていた。
「しかし、この様子ではミストーリアに任せるのは難しいか」
「申し訳ありません陛下。私の実力不足で……」
「良い。座学に関しては引き続き其方が講師を務めよ」
「はっ。畏まりました」
魔力をコントロール出来なかったせいで、彼女に責任を負わせてしまった。後ほど謝罪しようと燈継は心に留めた。
「燈継には別の場所で魔法を会得してもらう」
「別の場所?」
連れてこられたのは、エルフの国の精鋭が集う兵士の訓練場。
中に入ると、剣を持ったエルフ達が真剣勝負さながらに剣を交えている。エルフと言えば細身の体系をイメージするが、この訓練場には肉体を鍛え上げ筋肉が盛り上がったエルフもちらほらと窺える。
訓練場の兵士達が入口に立つレイラに気付くと、手を止めてその場で跪いた。掛け声が止んで静寂が訪れた訓練所の中、一人のエルフが前へ出てレイラの前に跪いた。
「陛下。この度は、この様な場所まで足を運んでいただき、我ら一同感涙の極みでございます」
「兵士長。王国の平和は、其方らの日々の鍛錬あっての物。より一層、鍛錬に励め」
「はっ!有難きお言葉」
目の前で繰り広げられる絵に描いた様な形式的なやり取り。王族の血を引いている以上、自分もこの様なやり取りを身に付ける必要があるのかと憂鬱になる。
「陛下。どの様なご用件でこちらに?」
「ああ、燈継に魔法の扱いを覚えてもらう為に連れて来た」
「成程。勇者様の教育係をお探しに来たのですね」
「まあそんな所だ」
(塾に連れてこられた気分だ。塾に通った経験は一度も無いが)
兵士長と呼ばれるエルフの男が、逞しい肉体と戦士らしい厳つい顔付きでこちらを見てくるが、実力を見定めているようだった。そんな目で見られても、筋トレもしてなかった貧弱な体としか分からないと思うが。
「流石は陛下の血を引くだけはありますな。魔力に関しては凄まじい物を感じます」
(わざわざ強調しなくても、ひ弱なのは分かってるよ!)
「ふっ。お主が一流の戦士なのは承知しているが、あまり燈継を侮っていると痛い目を見るぞ」
「それではどうでしょう陛下。一層勇者様には実戦的な訓練で、魔力の扱いに慣れていただくのは?」
「え!?」
つい声を上げてしまう程の最悪な提案。
実戦などやめて欲しい。こちらはゆとり教育で大事に育てられて来たんだから、今更スパルタ教育は御免被りたい。
「むっ。燈継に怪我をさせたくはない。あまり危険な物は私の望む所ではない」
母の有難い言葉に心から感謝する。全くもって母の言う通り、なるべくなら怪我したくないし危険も避けたい。手取り足取り教えてくれる優しい講師を希望する。
「いつまでも勇者様をこの国に置いておく事は出来ないはずです。勇者様には星界の巫女に会いに行き、使命を果たさなければなりません。その道中で危険は付き物。ここは心を鬼にして、勇者様には実戦的な鍛錬で戦う術を身に着けていただくべきです」
(……悔しいが……正論だな。俺が間違っていた)
数秒前の甘い自分を殴り飛ばしてやりたい気分になった。
昔、父も同じ様に何も分からない状況で召喚されて戦った。その時父は何を思っていたのか分からない。
だが、危険な戦いに身を投じて見事、魔王討伐の使命を果たした。
なのに自分は危険を冒したくはないなんて、甘い考えだった。
「しかし、燈継が血でも流したら私は多分気を失うぞ」
「やるよ母さん」
「な!正気か燈継?」
「ああ。やらなければいけないなら、やるしかない。お願い出来ますか兵士長」
「ははは、勿論ですとも勇者様。このベルフェンがお相手致しましょう。その目、先代勇者様を思わせる良い目でございます」
その後、段取りが進められ、兵士長と燈継の模擬試合が組まれた。
当然、戦闘経験がない燈継にハンデが与えられた。レイラによって、防御魔法<白銀障壁>が掛けられた。この魔法は身に受ける攻撃を一度だけ無効にする、防御魔法の中でも最上級の魔法。
その<白銀障壁>が無くなった時点で、試合終了の手筈となっている。
「いつでも良いですよ勇者様。お好きなタイミングでどうぞ」
「はい。ありがとうございます」
広い訓練場で二人が距離を取って見合う中、レイラと他の兵士達は一瞬でも目を離さすまいと、見守っている。特にレイラは燈継が心配で、その心中は穏やかでは無かった。あくまで模擬試合で、兵士長が本気で戦わないと知っているが、レイラは未だ燈継を幼い子供と思っている節があるせいか、気が気ではない。
一方、燈継本人はというと、緊張で腹痛に襲われていた。
(お腹痛い……)
やると言った以上、やらなければ終われない。
そして、どうせやるなら勝ちたい。圧倒的な実力差があると分かっていても、勝とうとせずに戦うなんて出来ない。
(焦っても仕方ない。一つ一つ、思い出せ)
数時間前に習得した魔法の基礎<身体強化>を発動する為に、目を閉じて集中力を高める。実戦ならこんな隙だらけの状態を晒すのは愚行。しかし、今回は相手が好きなタイミングで良いと言ってる以上、思う存分時間を掛けて準備を整えよう。
「燈継……其方……」
「ほう、身体強化を身に着けている様ですな。この短期間で習得するとはお見事」
レイラとベルフェンは感心していた。
己の魔力を身に纏う様が、あまりにも自然で鮮麗されていたから。それは同時に、燈継自身が危険な戦いに身を投じる事を知っているかの様でもあった。
燈継は心を落ち着かせる為に、右手に握りしめた父が残した勇者の聖剣を眺める。重すぎる事もなく、軽すぎる事もない程よい重さだった。それが不思議と安心感を与えてくれる。
(父さんがこの剣で戦ってたなんて、未だに信じられないよ)
そんな事を思っていると、聖剣の鍔に埋められた青い宝石が小さく光っているのを確認する。向こうの世界で点滅して以来、この青い宝石が光る事は無かった。
(なんだ?もしかして星界の巫女と関係が……)
突如、聖剣を持つ右手から全身を貫く様な電流が走った。
だが、痛みは無かった。痛みの無い電流が身体を駆け抜ける中、燈継の頭に映像が流れ込んできた。
そして、頭に流れ込んでくる映像が途切れ、全身を伝う電流も消えた。時間にして一秒も経たない出来事だった。
そして、燈継は笑った。
「ははは。なんだ、父さんも意外と俺と似た様な感じだったんだな」
「どうかなさいましたか?」
「いえ何でも、お待たせしてすみません兵士長。こちらの準備は整いました」
「そうですか、ならば遠慮は要りません。全力を私にぶつけて下さい」
大きく深呼吸を一回。
「では、全力で行きます!!」