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星界の巫女-2


「勇者様?そんなに私の顔を見つめて、どうかなさいましたか?」

「いや、何でも」


星界の巫女が、生涯世界の狭間から出られないのなら、彼女に外の世界の価値観を教える事は残酷な事なのかもしれない。

ただ衣服を身に纏う。それだけの事でも、彼女にとっては知らない方が良い事実。

燈継は、婁弥呼(るみこ)に背を向けて会話する事にした。


「巫女殿には、幾つか聞きたいことがあります」

「はい!なんなりとお聞きください!……なぜ後ろを見ながら話すのですか?」

「お気になさらず。巫女殿はそのまま、お話しください」

「勇者様がそう言うなら、そう致しますが……」


不思議そうに首を傾げつつも、婁弥呼(るみこ)は了承した。

通常、星界の巫女が生涯出会える人物は三人。世話役の二人と、星界の巫女と婚約する男。

その為、勇者という存在に出会えた星界の巫女は、他の歴代巫女と違い最上の幸福を得て生涯を終える。

星界の巫女にとって、勇者は神に等しい存在。

だからこそ、勇者の願いとあれば、疑問を抱いていても、星界の巫女が受け入れるのが当然であった。


「まず一つ。勇者を召喚する時、本当は父を召喚するつもりでしたか?」

「父?とは一体誰でしょう?」

「先代勇者の事です」

「先代の勇者様?えーと、勇者様は勇者様ですよね?」

「……そうですか。分かりました」

「???」


五百年前、星界の巫女が勇者を召喚してから、代々勇者の存在だけが語り継がれてきた。

そこに、先代も当代も関係ない。

勇者の使命を持つ者。つまりは聖剣に選ばれた者であれば、父でも自分でも、他の誰でも良かったという訳だ。

あの日、父が死んだのは偶然であり、自分が聖剣に選らばれたのも偶然だった。それを知ったところで、これと言った感情は湧かない。

ただ、燈継が自分の中で結論を出して納得した。


「次に、私は何故、ここではない外の世界に召喚されたのですか?」

「それは、聖剣の導きです」

「聖剣?」

「はい。聖剣が勇者様にとって、最も相応しい場所へ召喚したのです」


燈継がこの世界に召喚された場所は、クリスタル王家の者しか入れない聖域だったという。

毎日欠かさず、国と民の安寧と、遠く離れた愛する家族の事を思い祈りを捧げていたエルフの女王レイラ。

そんなある日、祈りを捧げている最中、本来起動するはずの無い聖域の魔法陣が起動した。

そして、眩い閃光と共に燈継が召喚された。

そうして、燈継はベッドで目を覚まし、今に至る。


「ん?そうなると、私は巫女殿ではなく、聖剣によって召喚されたのですか?」

「いいえ、正確には違います。勇者様は『世界の意志』によって召喚されたのです」

「は?」

「私は、世界の意志に応え勇者様を召喚しただけです。どこへ召喚されるかは、聖剣によって決められたのです」

(……?)


考えてはみたものの、納得の行く答えが出ない。

まずは、聖剣に導かれた事について。

父は当然、聖剣を持っていなかった。だから、この世界の狭間に召喚された。

しかし、燈継は予め聖剣を持っていた。その結果、クリスタル王国に召喚された。

確かに、実の母親であるレイラが居るクリスタル王国は、この世界の中では燈継にとって最も相応しい場所である。

この件は、納得の行く答えが出た。


問題は、世界の意志について。

世界の意志に応え、星界の巫女が勇者を召喚したのなら、世界の意志とは星界の巫女に命令を下す司令塔の様な存在なのか。

それとも、唯の概念なのか。

世界の意志という途方もない言葉に、思考が詰まる燈継。


「その、世界の意志とは形あるものですか?」

「?世界の意志は、その名の通りですが……」

「……その世界の意志に命じられたから、私を召喚したのですね?」

「はい!」

「では、私が世界の意志の声を聞く事は出来ますか?」

「それは……分かりません」

「そうですか」

「しかし、世界の意志が勇者様に求めている事は知っています」

「それは?」

「魔王を倒す事です」


勇者の果たすべき使命。

つまり、魔王を倒し世界に平穏をもたらす。それこそが、世界の意志だと言う星界の巫女。

燈継はようやく理解した。

星界の巫女は、勇者を召喚出来るから特別なのではない。世界の意志を聞くことが出来るから、特別な存在として扱われる。

自分なりの解答を導き出し、燈継は「はあ」と溜息を付いた。

世界の意志とやらは、何故再び魔王の誕生を許してしまったのか。世界の意志と呼ばれていても、その力は全知全能ではないのだろうか。


「しかし、世界の意志は何故同じ過ちを犯したのですか?」

「過ちですか?」

「ええ。五百年前に魔王の恐ろしさは知っているはずです。再び魔王の誕生を許してしまった事が理解出来ない。それとも、そこまでは力が及ばないのですか?」

「あの……勇者様。魔王は誕生したのではありません」

「え?」

「魔王は召喚されたのです。勇者様と同じ世界から」

「……は?」


思考は停止した。

視界の先に広がる白い空間の中で、燈継は婁弥呼(るみこ)の言葉を一つ一つ整理していた。

魔王は召喚された。

誰が?どうやって?旧魔王軍の生き残りが召喚したのか?世界と世界を繋げるのが星界の巫女だけならば、魔王を召喚したのは必然的に星界の巫女となる。

だが、星界の巫女は世界の意志に応えて勇者を召喚したのなら、魔王召喚を望んだのは世界の意志なのか?

いや、それよりも。

燈継と同じ世界から召喚されたという事は、魔王は人間なのか。

燈継の知る限り、元の世界に魔族は存在しない。ならば、必然的に人間が魔王として召喚されたという結論に至る。

状況が理解できない燈継は、自分でも無意識の内に、強い口調で婁弥呼(るみこ)を問い詰めていた。


「魔王を召喚したのは、あんたか?」

「そんなことは有り得ません!私が魔王を召喚するなんて、絶対に有り得ません!」

「じゃあ、世界の意志が召喚したのか?」

「それは……私の知るところではありません」

「……魔王は人間なのか?」

「恐らく、人間です」


この世界へ来て、これ程理解が追い付かない事は無い。

魔王は自分と同じ世界から召喚された人間。

それも、二人は世界の意志という一つの存在に召喚された可能性がある。

だとすれば、これ以上無い程に滑稽だ。

自ら魔王を召喚し、その魔王を倒す為に勇者を召喚した。この世界の危機は、世界の意志による自作自演に他ならない。

そこに、どんな意味があるのかは分からない。

しかし、燈継にはその意味を知る権利がある。

星界の巫女と面会するという、この世界へ来て最初の目的を達成した燈継は、既に次の目的を決めていた。


(世界の意志。その存在を解き明かす)


これは、燈継がこの世界で生きる意味である、使命に関わっている。

魔王を倒す為に、勇者としてこの世界で生きる。

しかし、それが世界の意志によって作られた茶番劇なら、魔王を倒す為に命を懸ける者達や、戦いの中で犠牲になる者達にとって、世界の意志は討ち滅ぼされるべき悪だ。


「どこへ行けば、世界の意志と意思疎通出来ますか?」

「私には分かりません。世界の意志は、一方的に語り掛けてくるだけですので」

「そうですか」


やはり、星界の巫女は何も知らない。

この世界の狭間に囚われ、用がある時だけ世界の意志に利用されている。自由を知らない彼女を哀れに思いつつも、燈継は神殿へ繋がる出口へ歩み始めた。

その様子を見た婁弥呼(るみこ)は、慌てて立ち上がって燈継の腕を掴んだ。腕を掴まれ立ち止まりつつも、燈継は振り返る事はしなかった。


「お待ちください勇者様!」

「何か?」

「あの……その……もう少しお話していきませんか?」

「これ以上、何を話すのですか?」

「そ、それは……あれ?何を話せばいいんだろ?」

「私は一刻も早く、世界の意志という存在の真意を暴かなくてはなりません。そうしなくては……全てが無駄になる」

「私には、その……難しいお話は分かりません。ですが、こうして誰かとお話出来る機会があるなんて、私が夢で見たとっても素敵な事なんです!だから……もっと!勇者様とお話したいです!……お願いします……」


燈継の腕を掴む婁弥呼(るみこ)の手は震えていた。

涙を流しながら、燈継を引き止める婁弥呼(るみこ)。恐らく、彼女はその涙が何故流れているかを知らない。

しかし、婁弥呼(るみこ)の懇願は、苛立っていた燈継の心を静めるには十分だった。

この世界へ召喚されて、燈継は決意していた。

この世界で生きる為、勇者としての使命を果たす為に、魔王を必ず倒す。

実の母親と出会い、良き師と出会い、共に戦う仲間と出会い、戦いの恐怖を乗り越え、自らの手を汚してまで覚悟決めた。

それが全て、世界の意志によって仕組まれた茶番だったかも知れない。その可能性を考えただけで、燈継は心の底から怒りが湧き上がって来た。

しかし、真実が分からない以上、その怒りを何処にもぶつける事は出来ない。

だから、世界の意志と繋がりがある婁弥呼(るみこ)にその怒りをぶつけてしまった。


「流石に……今のはダサかったな」

「勇者様?」

「分かりました。私で良ければ、少し話しましょう」

「本当ですか!」

「ええ。本当です……あ」

「?」


婁弥呼(るみこ)の声色から、きっと笑顔になっているだろうと振り返る燈継。

しかし、彼女が一糸纏わぬ姿で居る事を失念していた燈継は、数秒間婁弥呼(るみこ)の裸体に目が釘付けになり、ハッ!と我に返る。


「と、とりあず何か体に身に付けましょう。お話しするのはそれからです」

「分かりました!勇者様とお話する為なら、何か身に付けます!……どうしてそんなにお顔が赤くなっているのですか?」

「……お気になさらず」


遂に星界の巫女が出会い、燈継は新たな一歩を踏み出した。これからの旅は魔王討伐に加え、世界の意志の正体へ迫る事となる。

そして、その中で燈継が抱く僅かな希望。

魔王が自分と同じ世界から召喚された人間なら、和解する事も夢ではない。平和的解決が出来るなら、それに越したことは無い。

それが、決して叶うはずのない願いとも知らずに。


「さて、準備は出来たな」

「はい!魔王様、何時でも始められます!」

「……ようやくか」


長い時間を掛けて、今日という日の為に準備をして来た。

魔王として召喚され、絶大な力を得た。

それでも、その力を振るう事はせず、ただひたすらに計画の種を蒔いてきた。

この世界の思い通りにはならない。この世界へ反逆の狼煙を上げ、全てを覆す。


「よし、始めるぞ」


その時、魔王は笑みを浮かべていた。その場に居た誰もが気付かない程小さな笑みを。

そして、魔王は漆黒の仮面で顔を覆った。その笑みを隠す為に……。


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