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幕が上がる前に


王都へ来て三日目の朝。

たった二日間で起きた出来事は、燈継の今後を左右する重要な事ばかりだった。

王国の現状、国王の思惑、マルテとの出会い、人間主義者の存在、革命の計画等、この国に来てから急速に事が動き始めている。

それだけ、この世界にとって勇者は大きい存在。燈継自身、この王国に来てから以前よりもそれを実感していた。

そして、今日もまた勇者として振舞う事を求められている。


「ここか、ストゥルールっていう店は。高そうな店だ」


マルテに指定された場所は、王都の一等地にあるレストラン『ストゥルール』。

貴族御用達の店であり、建物自体が大きい。王都の低価格の宿よりも多い部屋数を持つストゥルールは、一階はレストランホール、二階から上の階は個室となっていた。

絶品の料理を味わいながら、機密が守られる場所。密談をするには好都合の場所として、富裕層に知らぬ者はいない名店。

名が知れ渡っているベフルース商会の会長と勇者の二人が、怪しまれずに会う為にはここ以外にない。


「じゃあ、行って来る。ラーベはここで待機していてくれ」

「燈継、私は心配だ。何かあった時に私は助ける事が出来ない。やはり、私も……」

「大丈夫だ。向こうもこの店に入るのは、会長本人だけみたいだから。まあ、何かあったらラーベの名前を叫ぶから、その時は助けに来てくれ」

「分かった。気を付けるんだぞ燈継」

「ああ」


燈継は店前に立っているウェイトレスに声を掛け、中へ案内される。

その様子を後ろから見ていたラーベは、自分達に向けられた視線に気付いていた。振り返ると、建物の影となっている場所に、鎧を着た騎士が二人見える。

その騎士は見覚えがある。王国騎士団である。

燈継が王都の街へ出るときは、必ず王国騎士団が巡回警備を行う。当然、勇者を人間主義者から守る為と、動向を監視する為。

彼らの視線を好意的な物と受け取らず、何かあれば即座に対応出来る様に、ラーベは風神剣に手を掛けていた。


(高級ホテルじゃん。そんなホテル行ったことないけど)


個室へ案内されている燈継は、ストゥルールの個室の中でも最高級の部屋へ案内されるらしい。

まだ部屋へ入ってないにもかかわらず、廊下を歩いているだけで溢れる高級感に感動を抱く燈継。

王城で宿泊をしている燈継から見ても、ここは煌びやかな眩しさを感じた。


「こちらのお部屋でございます。既にベフルース様は、中でお待ちしております」

「あ、はい。ありがとうございます」


コンコンコン


「失礼致しますお客様。お約束のお客様をお連れ致しました」


ウェイトレスが三度扉をノックすれば、中から「どうぞ」と短く返事が返って来た。

返事を聞いたウェイトレスが、ゆっくりと扉を開けて燈継を部屋の中へ誘導し、中へ入った燈継は、思わず「おお」と素直に感動と驚きが口から漏れてしまった。

天井には大きなシャンデリア。壁には定番の大きい絵画。名のある芸術家が掘ったであろう彫刻が施された、輝かしい金色テーブル。素材が分からないが、異様に座り心地良い椅子。

席に座るまでに、目が眩しい程情報が入って来る。


案内された席に座ると、長い金色のテーブルの対面に一人の男が座っていた。

黒い礼服を身に纏い、机に肘を付いて手の甲に軽く顎を乗せていた。ベフルース商会の会長だろうか?老齢の御仁を想像していた燈継は、思いのほか若い男に驚いた。

だが、何とも言えない雰囲気を纏っている。この世界では珍しい部類に入る、黒髪に黒い眼。

特に、底知れない闇へ吸い込まれそうになるその眼を見た時、恐怖とは違う何かが、燈継の身体を震わせた。

ウェイトレスがグラスに水を灌ぐ音を聞きながら、黙って見つめ合う二人。


「失礼致します。どうぞごゆっくり、お寛ぎ下さい」


ウェイトレスが部屋を出て扉を閉める。

しばらく沈黙が続き、無音の空間となる。対面の男はそれを気にする様子も無く、慣れた手つきでグラスを回している。先に沈黙に耐えかねた燈継は、自分から声を発した。


「お初にお目にかかります。私は、聖剣に選ばれし勇者にして、マルテ王女の盟友。熾綜 燈継(しそう ひつぎ)と申します」

「……そうか、君が勇者か」

「はい。貴方は、ベフルース商会の会長であるトライゼン・ベフルース殿ですね」

「ん?ああ……その件だが、私は代理人だ」

「代理人?」

「急遽、彼が体調を崩してね。私が代理人として来た」

「そうだったんですね……あの、お名前をお伺いしても?」

「ああ、名前か……一先ずモーフェルと名乗っておこう」


コンコンコン


互いの自己紹介が終わったところで、再び部屋がノックされる。

モーフェルが「どうぞ」と返事をすると、数人のウェイトレスが料理を持って部屋の中へ入って来た。

モーフェルと燈継に料理を素早く提供すると、直ぐに頭を下げて部屋を出て行く。気が付けば、見た目からして美味しそうな料理が、目の前にずらりと並んでいた。

思わずテーブルに置かれているナイフとフォークを手に取りそうになるが、それをグッと押し殺して手を膝の上に置く。

城の外では、物を口にしない。暗殺を恐れて導き出した最適解のはずだが、これ程美味しそうな料理を目の前に我慢するのは、軽い拷問に等しい。

ダイエットはした事ないが、している人達はこんなに辛い思いをしているのだろうか。

一向に料理に手を付けない燈継を見て、モーフェルは問い掛ける。


「食べないのかい?」

「ええ……その、あまり食欲が無くて」

「そうか……まあ、それが正解だ」

「え?」

「私も今日は食欲が無い。目で味わう程度でいい」


モーフェルの言葉を即座には理解できない燈継だが、彼を見ると一口も手を付けていない事が窺える。

つまり、彼はここでの食事は危険だと判断している。

それに「正解」という言葉。それは、この提供された料理に毒が入っている事が正解と言っているのか。

だとすれば、このレストランは安全ではない。何時でも襲撃に対応できる様、燈継は警戒心を強めた。


「まったく、嫌になる。如何なる平和にも永遠は無い。知性と欲望がある限り、世界から争いは消えない。そうは思わないか?」

「そうですね……」

「君は勇者だ。是非とも忌憚ない意見を聞きたい。君は、この国を救えると思うか?」

「私は、マルテ王女ならば救えると信じております。その為に、私も最大限の助力をするつもりです」

「人間種と魔族の共存。それが共和制の下でなら、可能だと?」

「少なくとも今よりは、国家の安定が望めるかと」

「しかし、それは根本的な解決案として有効なのか?」

「根本的な解決?」

「人間種と魔族の溝は、一つの生命、種族としての特性が起因している。それを、政治的方法では解決出来ないと私は考えている」


人間種と魔族の溝は、それぞれの種の特性によって生まれる物であり、王制でも共和制でも関係なく種族間の溝は埋まる事は無い。

例えば、長命種のエルフの寿命は、王制でも共和制でも変わらない。一人のエルフが生きている間に、その周りで人間種は、世代交代を繰り返す。

モーフェルの言う根本的な解決とは、この埋められない種族間の溝を埋めてこそ、初めてこの国が安定するという事を主張していた。

しかし、生まれ持った種族の特性を無くすなど不可能。

つまり、それを解決するには、魔族はこの国に居てはならない。この考えは、モーフェルを人間主義者と呼ぶには十分だった。


「貴方は……人間主義者ですか?」

「いいや。私はあくまでも自分の考えを語ったまでだ。彼女の計画が完遂されたとして、果たしてこの国に平和が訪れるのかどうか」

「今のままでは、人間主義者による革命によって魔族が虐殺され、それを原因に連合が人間種と魔族の二つの陣営に分裂するでしょう。そうなれば、互いに種の存続を懸けた戦争が始まり、貴方の嫌う地獄の様な争いが起きる」

「彼女ならそれが防げると?」

「私は、そう信じております」

「そうか……君の考えは良く分かった。しかし、彼女と共に革命を起こす前に、君にはやるべきことがあるのでは?」

「はい。必ず魔王を討伐して、マルテ王女と共にこの国を救って見せます」

「ならば……急いだ方がいい。この国には、時間が残されていない。君が魔王を討伐するよりも早く、人間主義者による革命が起きてもおかしくはない」

「それは……ひしひしと肌で感じております」

「とは言え、君一人に背負わせるのは愚かな行為だ。私も協力しよう」

「っ!では、トライゼン・ベフルース殿の協力を得られると認識しても?」

「ん?ああ、そう思ってくれて構わない」


これで、マルテから頼まれていたトライゼン・ベフルースの協力は得られた。

燈継は心の中でガッツポーズをしながら、安堵の息が漏れる。始めの方は雲行きが怪しかったが、最後は何とか落とし込めた。

後の細かな段取りはマルテに任せて、燈継とモーフェルは席を立つ。案内された時と同じウェイトレスが、二人を出口まで誘導する。

しかし、まだ安心は出来ない。

料理に毒が入っていた以上、二人が生きて部屋を出てくれば、刺客に襲われる可能性は高い。上手く話がまとまった以上、ここでモーフェルを死なせる訳にはいかない。

何としても自分が安全に外へ連れ出すと決意を固めていた燈継は、拍子抜けする程何事も無く外へ出た。


(あれ?誰も襲ってこない)

「勇者を襲撃して、それがばれた場合。世界の救世主にして、正義の象徴である勇者を殺したとして、その者達は大義を失う。人間主義者であれ同じだ」

「毒は入れるのに、ですか?」

「毒は足が付きにくい。毒を入れた調理場の人間は見付けれても、指示をした者、買収した者に辿り着けるかは難しい所だ」

「成程」

「そうだな……勇者を堂々と殺せる存在が居るとすれば……魔王だけだろう」

「……」

「では、私はこれで失礼する。いつかまた会うだろう。その時を、楽しみにしている」


その言葉を残して、モーフェルはその場を去っていった。

入り口と反対方向の出口に誘導された燈継は、入口で待っているラーベと合流した。

ラーベには、毒の事は言わずに上手く話がまとまったとだけ伝えた。ラーベに話せば、風神剣でストゥルールを木端微塵にしかねない。いや、確実にするだろう。

自分の命が狙われている事をより強く認識した燈継は、本格的な毒殺対策を練ることにして、急いで城へ戻る。

この後は、待ち望んだ星界の巫女との対面。

燈継にとっては、この王国へ来た最たる目的が、ようやく果たされようとしていた。



薄暗い路地裏。

建物に挟まれて太陽の光も入らないその場所は、彼らにとっては好都合の場所だった。

人気も無く、周りを見渡しても彼ら以外にはいない。

そして、その内の一人が、彼らの下へ向かって来る人影を見付けた。


「お帰りなさいませ」

「どこまで進んでいる?」

「はい。既に十分な死体は確保しておりますので、何時でも行えます。この王都を、恐怖の底へ沈めるのが、実に楽しみです」

「そうか。私も最後の準備をするとしよう」

「ところで、彼は如何でしたか?」

「ああ、そうだな。私の印象では、若く未熟だ。本当の絶望を知らない眼をしている」

「そうですか!そうですか!それは素晴らしい!」


真白なキャンバスを、黒く塗り潰す。

私は、彼と違ってそこに楽しさを見出さない。結果的にそこへ至るだけであって、そこに抱く感情は無い。

少なくとも、私の目的はそれではない。

その先にある景色こそ、私の望む世界だ。


「さて、勇者への挨拶も済んだ事だ。私も気兼ねなく舞台へ上がるとしよう」

「おお!このザキエル!何処までも魔王様にお供いたします!」


燈継にモーフェルと名乗ったその男は、初めて笑みを浮かべた。

この世界へ来て、初めての笑みを……。


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