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騎士の誇り-3


エレーナの放った爆炎は、風神剣から放たれた暴風にも負けずに威力は拮抗している。

それでも、最後には風神剣の暴風が炎を消し飛ばし、エレーナに襲い掛かる。

威力は大幅に軽減されているが、その場で踏み止まることは出来ずに後方へ飛ばされた。

再びラーベは高速で間合いを詰め、エレーナに風神剣で斬り掛かるが、エレーナも炎の魔剣で応戦したことでゼロ距離での爆発が起きる。

黒煙と砂煙で二人の姿が見えなくなったが、訓練場に吹き荒れる風によって煙は払われた。

ゼロ距離での爆発は、両者ともにダメージを与えている。

それでも、ラーベの方が魔力量が多くダメージが少ない為、このまま続けていたら先に力尽きるのはエレーナ。

全身が傷付き満身創痍の状態で、エレーナは魔剣の炎を灯し続けた。


「このまま、至近距離での爆発を続けていても、先に力尽きるのは自分自身だと理解しているはずだ」

「はあはあ……それでも、私はまだ負けていない」

「ならば、終わりにしてやろう」


ラーベが両手で風神剣を天に(かざ)す。

燈継は、この構えを一度見た事があった。

クリスタル王国の訓練場でラーベと戦った時に、最大出力で風神剣を放つ構えと同じ。

つまり、ラーベはこの一撃で勝負を付けようとしている。

ラーベ自身、エレーナを殺してしまう可能性を考慮して使うつもりは無かった一撃だが、エレーナの心を折る為には必要だと判断した。

ラーベの魔力が放出され、風神剣に途轍もない勢いで吹き荒れる暴風が収束していく。

エレーナを含め、その場にいた者達は風神剣が纏う暴風に巻き込まれ、体が引き寄せられない様、柱などにしがみ付いている。

エレーナも地面に魔剣を突き刺して、体を固定していた。


「これで終わりだ!<風天撃(ふうてんげき)>!」


吹き荒れる暴風を収束させた事で、風神剣はとてつもない重さになっている。普通ならば振り下ろす事すら困難な重い風神剣を、ラーベは全力で振り下ろす。

振り下ろした風神剣からは、収束していた嵐の如く暴風が解き放たれた。

本来拡散してしまう暴風を、一度収束させることで破壊力を増した<風天撃(ふうてんげき)>は、ラーベの持つ最大火力の一撃。

今のエレーナに防ぐ術など無く、躱した所で収束していた暴風は、着弾時に周囲へ爆発的な暴風を巻き起こす。空間に限りがあるこの訓練場では、完全に回避する事は出来ない。

エレーナが一度倒れれば、もう立ち上がる事は出来ないだろう。


(守護者殿の最大の一撃、これで勝負が付くと油断が生じているはず。もう……ここでやるしかない!)


エレーナに絶大な破壊力を持つ暴風が到達するまでは、一秒に満たない。

しかし、エレーナは冷静かつ迅速に決断を下した。

今こそ、切り札を使う時だと。


「<超天突破(リミテッドブレイク)>!」


刹那、鎧が破損して肌が見えている部分から、痣の様な紋様が浮かび上がった。

そして、エレーナの肉体から膨大な魔力が放出、というにはあまりに大きすぎる魔力が爆発的にエレーナから放たれた。

エレーナの一度に放出可能な魔力量を遥かに超える魔力量に、エレーナを良く知るジーラですら驚愕を隠せなかった。

そして、今まで冷静に見ていた燈継でさえも、目の前の光景に驚愕したが、同時に答えも得ていた。


「<継承魔法>……」


継承魔法。それは、血の繋がりによって受け継がれる魔法。

先祖が会得した独自の魔法を、魔導書や儀式、突発的な遺伝子の覚醒によって、その血族が受け継いた物を継承魔法と呼ぶ。

エレーナの場合は、大英雄エリュラ・バーデンハーツが、魔王軍との死闘の中で覚醒させた魔法<超天突破(リミテッドブレイク)>を受け継いだ。


本来、魔力を一度に放出できる量には個人差はあるが、限界がある。

魔力とは、体に流れる血液と同じく、体全体を巡る物。それを一度に際限なく放出した場合、肉体が負荷に耐えられず、文字通り体が爆発しかねない。その為、一度に放出できる魔力量には限りがある。

超天突破(リミテッドブレイク)>は、その不可能を可能にした魔法。

瞬間的に魔力を無理やり爆発させると同時に、膨大な魔力の身体強化によって、一時的に魔力に耐えられる肉体となる。これで、僅かな時間とは言え絶大な破壊力を手に入れる。

五百年前、エリュラは<超天突破(リミテッドブレイク)>によって、魔王に一撃を浴びせる事が出来た。

残念ながら、エレーナとエリュラでは保有している魔力量の違いから、エレーナではエリュラほどの破壊力は無い。

それでも、風神剣によって放たれた<風天撃(ふうてんげき)>を打ち破るのは、容易な事だった。


「くっ!」

「はあああああ!」


嵐に轟く雷の如き速さで、エレーナは暴風を突き破った。

瞬く間にラーベの懐に入ったエレーナは、膨大な魔力に耐えられずひびが入った炎の魔剣を、既にラーベと僅か数センチの距離まで近づけていた。

その光景を目にした者は、エレーナの奇跡の勝利を確信した。このタイミングで回避は不可能、防ぐとしても絶大な破壊力を持つ一撃に、耐えられるはずがないと。

しかし、そんな絶望的な状況で、ラーベの眼には勝利の灯が宿っていた。


「<絶空(ぜっくう)>」

「!」


膨大な魔力を纏ったエレーナの魔剣とラーベの風神剣がぶつかる。

エレーナとラーベの魔力が衝突し、二人は衝撃波によって弾き飛ばされた。それぞれ訓練場の壁にぶつかり、倒れている。

そして、宙を舞う何かが地面に突き刺さった。それは、綺麗に断ち切られた剣身だった。

暫くの間、訓練場に沈黙の時が流れた。この状況では、先に立ち上がった方が勝者と判断できる。

国王を含め、王国騎士団の者はエレーナが先に立ち上がると信じていた。

しかし、先に立ち上がったのは、ラーベだった。


「ふう……どうやら、私の勝ちの様だな。王国騎士団の者、彼女を運んでくれないか。魔力が枯渇寸前なはずだ、早急に魔力を補給しなければ」


ラーベが周りで見ている騎士を呼びつけ、意識を失ったエレーナを運ばせる。

何が起きたか理解できない物たちが多く、騒然としている訓練場の中で、国王もまた、大英雄の血を引く副団長の敗北に唖然としていた。


「ば……馬鹿な……大英雄の血を引く彼女が……」

「陛下、副団長殿は立派な騎士です。だからこそ、この王国を守る為に必要だと思うのですが、いかがでしょうか」

「……その通りだ。彼女は王国の守護者である。よって……お主らに同行させる話は取り消そう」

(大人しく引き下がって貰えて何よりだ……そして、ナイスだラーベ)


燈継が視線でラーベに「ナイス」と送ると、それに気づいたラーベがドヤ顔で返した。

何故、ラーベがエレーナの<超天突破(リミテッドブレイク)>をまともに受けずに済んだのか。

それは、既に燈継によって予測されており、対策が練られていたからだ。

前日の夜、燈継とラーベは作戦会議を行っていた。

実力さを鑑みれば、ラーベの勝利は確実だと確信してた燈継だが、一つだけ不安要素があった。

それが、継承魔法。

当然の事ながら、神代から続くエルフの王族には継承魔法が存在する。

燈継も母レイラから聞かされていたが、クリスタル王家の継承魔法を受け継ぐ儀式は、王位継承と同時に行われるらしく、今の燈継にはクリスタル王家の継承魔法は扱えない。

継承魔法の存在を知っていた燈継は、大英雄の血を引くエレーナも、継承魔法を取得している可能性を考えていた。

そこで、燈継は聖剣の記憶を覗き、エリュラの<超天突破(リミテッドブレイク)>を見破った。

エレーナが、<超天突破(リミテッドブレイク)>を継承している事を前提にラーベは立ち回り、予測が的中した。



風天撃(ふうてんげき)>を放つ時、ラーベはエレーナに<超天突破(リミテッドブレイク)>を誘発させようとしていた。

ラーベの思惑通り、<超天突破(リミテッドブレイク)>を使用したエレーナに対して、ラーベは隠し玉の<絶空(ぜっくう)>を使用した。

この技は、風神剣に纏う暴風を極限まで収束させ、風神剣の切断力を向上させる技。

風天撃(ふうてんげき)>を放つ時、収束させた全ての風を解き放つのではなく、半分以上は風神剣に留めた。

その結果、見事エレーナの魔剣を切断し、膨大な魔力による一撃を、威力を大幅に減少させて防ぎ切った。

始めは、聖剣の記憶で情報を得る事を騎士として躊躇したラーベだが、燈継の説得により<超天突破(リミテッドブレイク)>を知らなければ、エレーナに敗北していた可能性は十分にあった。


国王が訓練場を離れ、ジーラ他数人の騎士が国王に付き添って訓練場を出て行こうとした時だった。燈継の目の前に、燈継と同い年くらいの少年と呼べる一人の騎士が立ち塞がった。

少し長めの銀色の髪に、燈継を睨みつける鋭い琥珀色の眼光。明らかに敵意に近しい視線を送るその騎士に、燈継も思わず身構えた。

そして、彼の口から出た言葉に更に驚いた。


「お前が勇者か」

「そうですが……貴方は?」

「俺の名はツダン。王国最強の剣士だ」

「はあ……」

「勇者。俺と勝負しろ」

「え?」


その場の空気が凍り付いた。

国王直轄の王国騎士団の騎士が、貴賓室に通した人物に対して「お前」と呼び、一騎打ちを申し出る始末。

ツダンと名乗った少年の後ろで、団長のジーラが頭を抱えているのが目に見える。

国王直轄の王国騎士団が不祥事を起こせば、国王が責任を問われかねない。ツダンの非常識な振る舞いは、周りで見ていた王国騎士団の者を震わせている。

当の本人は周囲の視線と空気を一切無視し、燈継の前に立ちふさがっている。


(勘弁してくれ……)


ラーベの勝利によって問題が一つ片付いたと思った矢先、新たな面倒事がやって来た。

彼が唯の馬鹿なら、直ぐに片付く面倒事だろう。

しかし、彼は唯の馬鹿には見えなかった。

彼は、王国で出会った誰よりも、明らかに強い。

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