騎士の誇り-2
試合開始の合図と同時に、ラーベが風神剣を振り抜いた。
風神剣に込められていた魔力が一気に放出され、エレーナに向かって暴風が襲い掛かる。まともに受ければ身体ごと吹き飛ばされる威力の暴風を、エレーナも同じく剣を振り抜いて暴風を巻き起こした。
「<風刃嵐舞>!」
「!」
二人の撃ち出した暴風が衝突し、周りで見ていた観客も飛ばされない様に膝を付いたり、何かにしがみついている。ジーラも国王が飛ばされない様に、その巨体で国王の壁となっていた。
観衆の中で、燈継だけが冷静に勝負を見守っていた。
(副団長も風属性の魔法を使うのか。だけど、同じ風属性でも風神剣の出力の方が高い)
燈継の考えた通り、風神剣の暴風がエレーナの暴風を打ち破り、エレーナに直撃した。
しかし、エレーナの暴風と衝突した事で威力は減少し、魔力で肉体を強化した事でダメージは少なかった。
エレーナが防御の構えを見せた瞬間、即座にラーベは距離を詰めた。
エレーナはラーベの速さに驚愕しつつ、目の前で振りかざされる風神剣に備えて、再び防御に集中する。
「はあああああ!」
ラーベの魔力が込められた渾身の一振りは、エレーナの剣によって防がれるが、風神剣から放たれるゼロ距離での暴風がエレーナを襲い、体ごと吹き飛ばして訓練場の壁に激突させた。
壁にひびが入る程打ち付けられたエレーナだが、膝を付く事無く即座にラーベと距離を取った。
流石にダメージを与えていたと思っていたラーベも、軽やかなエレーナを見て僅かに動揺した。いくら鎧を身に付けていても痛みはあるはずだが、そんな素振りを見せないエレーナ。
一瞬動きが止まるラーベだが、直ぐにエレーナに追い打ちを仕掛ける。
再びラーベの風神剣がエレーナを襲うが、それを受け止めるエレーナ。剣がぶつかると同時に、風神剣の暴風がエレーナを襲うが、エレーナもゼロ距離での<風刃嵐舞>を発動させる。
あまりの至近距離で暴風が衝突した為、両者共に後方へ飛ばされた。
「はあはあ……」
「……」
試合開始から一分も経たない短い時間だが、エレーナは既に肩で呼吸している。極限の集中と激しい魔力の消耗で、息苦しさを感じていた。
一方ラーベは、疲労している様子はない。肉体的には十分に余力を残している。
しかし、僅かな焦りがあった。全力で勝ちに行っているにもかかわらず、中々勝負を決めれないからだ。
それは、ラーベの様子を見ていた燈継にも伝わった。
(間違いなくラーベの方が強いが……副団長は防御に徹している。反撃の素振りを見せる事無く、ひたすらに防御に専念している。実力差は埋まらないが、余計な考えを捨てて防御に専念する事で敗北を遠ざけている様だが……)
ラーベとの一騎打ちが決まったのは前日。ラーベとの実力差を理解していたエレーナだが、半日でその穴を埋められる訳もない。
それでも、勝利を諦める事は出来ないエレーナは、作戦を立てていた。
当然、守っているだけで勝てないのはエレーナも理解している。同時に、防御に専念しなければ即座に勝負が付く事も理解していた。
ならば、一撃に全てを懸けるしかない。来るべき瞬間を逃さない為に、今は耐えるしかない。
「何故、そちらから攻撃してこない?」
「はあはあ……勝つ為です。私にできる最善だから」
初めから全力で行けと言われていたラーベだが、真の実力とは少し違っていた。
勿論、始めから勝つつもりで攻撃したが、相手を殺してはいけない以上、僅かに手加減していた。
ラーベはその枷を外す事にした。エレーナを殺す気で戦うと。
「気を抜いたら死ぬぞ」
「っ!」
刹那、ラーベの突き出した風神剣が、エレーナの頬を掠めた。
眼で捉える事の出来なかったラーベの高速の突きを、エレーナは紙一重で回避した。最大限に引き出された生存本能によって、辛うじて回避に成功したが、無論ラーベは攻撃の手を緩めない。
突き出した風神剣は、エレーナの首を目掛けて軌道を変える。
その攻撃を読んでいたエレーナは、背中を逸らして回避し、目と鼻の先を風神剣が通り過ぎた。
態勢を崩し、隙を見せたエレーナを逃すまいと、ラーベも手首捻り追い打ちをかける。エレーナも身体を起こす勢いを乗せ、自らの剣を風神剣にぶつける。
「「はああああ!」」
再びゼロ距離での暴風のぶつかり合いが起こり、両者共に後方へと吹き飛ばされた。
先程は足を止めたラーベだが、地面に足が着くと同時に速攻でエレーナとの間合いを詰める。
しかし、風神剣の威力に押されたエレーナは態勢を整えるのが遅れ、ラーベの攻撃を正面から受け止めるしかない。
魔力を最大出力で身に纏い、衝撃に備える。
「薙ぎ払え!風神剣!」
ラーベの渾身の一撃は、暴風を正面から受け止めたエレーナを砲弾の如く壁に打ち付けた。
先程壁に打ち付けられた時はダメージを軽減していたが、今の一撃はまともに受けてしまい、衝撃によって内側から込み上げる嗚咽を堪え切れずに吐き出した。
「がはっ!」
激痛と疲労から意識が飛び出そうになるが、気力でそれを引き戻す。
意識を無理やり覚醒させ、目を見開いてラーベを捉える。その瞬間、ラーベは風神剣を振り下ろしていた。
強烈な暴風がエレーナに襲い掛かるが、再び最大まで引き出された生存本能によって、頭からつま先までの肉体能力が爆発的に上昇し、その場から姿を消すような速度で回避した。
それでも、ラーベの目に捉われていたエレーナの目の前には、先回りしたラーベの風神剣が待ち構えていた。
既に限界が近いエレーナ。これ以上防御に専念していれば、反撃の機会を得る前に力尽きてしまうだろう。
それでは意味が無い。
(これ以上は持たない!もう、やるしかない!)
タイミングとしては理想と程遠い。それでも、勝つ為にやるしかない。
ラーベが水平に薙ぎ払う風神剣に、エレーナも自らの剣を合わせに行く。ラーベは再びゼロ距離での暴風の衝突が起きると身構えた。
しかし、ラーベの予測は外れた。
「燃えろ」
「!」
エレーナの剣身は燃え盛る炎を纏い<風刃嵐舞>によって、巨大な炎が吹き荒れる。風神剣と衝突した燃え盛る炎の剣は、吹き荒れる暴風によって大火となりラーベに襲い掛かる。
不意の炎属性での攻撃を、爆発と共に正面から受けるラーベ。黒煙から姿を現したラーベは、鎧の所々を傷付けながらも、膝を付く事無く立っていた。
エレーナ渾身の不意打ちは、ラーベに大きなダメージを与える事は出来なかった。
「驚いたな。まさか、そんな手を隠し持っているとは」
「……驚いたのは私の方です。まさか、今の攻撃を防がれるとは……」
「降参するか?」
「冗談はおやめください。私はまだ、負けていない」
エレーナの不意打ちは、見ていた観衆も驚かされていた。
エレーナが使った魔剣は、普段エレーナが決して使う事の無い代物だ。存在を知っていたのはジーラと他数名ぐらいだろう。
魔剣に頼ってエレーナ自身には実力が無いと言われるのを嫌い、エレーナはここぞという場面でしかこの魔剣は使用しないと決めていた。
「み、見たか勇者よ。これが、副団長の実力だ」
「はい。副団長殿なら、何かあるのではと期待しておりました」
戦いの素人である国王から見ても、エレーナが押されているのは理解できた。
勇者に大口を叩いた手前、このままエレーナがすんなりと負けてしまえば、自分は大恥をかくと肝を冷やしていたが、ようやく反撃に出たエレーナに安堵した。
一方、燈継は初めからエレーナが、いくつかの手札を隠し持っている事は予測していたが、その全てを予測できた訳ではない。
そして、魔剣という答えを見て、新たな学びを得た。
エレーナの持つ魔剣は、一見して普通の剣と見分けが付かない。恐らく、剣の何処かに魔法が刻まれているのだろう。
それは、今後戦う敵が一見して普通の武器を持っていたとしても、何らかの魔法が仕込まれていると警戒しなければならない事を意味している。
勇者の聖剣や風神剣は、十三至宝として広く認知されているが、本来情報は秘匿している方が有利だ。普通の武器だと油断していたら、仕込まれていた魔法によって命を落とす事もあるかも知れない。
とは言え、今の一撃がエレーナの切り札だとすれば、勝負はついたも同然。炎の魔剣と知ってしまえば、対処の仕様はいくらでもある。
しかし、エレーナは自分から勝負を捨てる様な真似は絶対にしない。温存していた魔剣を開示をした事で、誰もがエレーナは全てを出し切ったと思うはずだ。
(お父様、お母様、どうか見ていて下さい。バーデンハーツの血が、英雄の血である事を証明します!)
エレーナが剣を構え、力強くラーベを見据える。それに応えるように、ラーベも剣を向けた。
二人は魔力を最大限に放出し、自らの武器に魔力と共に勝利への想いを込める。
「薙ぎ払え!風神剣!」
「燃えろ!我が魔剣!<風炎嵐舞>!」