会談-2
この国に未来はない。
その時々では最善だった選択も、後に最悪な結果を生み出す。今のグランザール王国が正にそう。
歴代の王達が、その場凌ぎとしては正しい選択をして来た結果、後回しにして来た負債が、今の王国に降りかかっている。
凡愚な王では、この国を滅ぼす。歴代最高の王では、この王国を多少延命するだけだ。歴史上類を見ない程の知恵と、統治者としての素質を持ち合わせた王の中の王でも、今のグランザール王国は救えない。
もはや、一人の王によって救える状況ではない。
さらに不幸な事に、父は凡愚な王だ。ましてや、魔王という最悪な存在が現れた以上、父がこの国の舵を取れるはずがない。だからと言って、私だけではこの国を救えない。
この国の崩壊は、直ぐそこまで迫っている。それだけは阻止しなくてはならない。
その為には……。
(勇者を利用するしかない)
「では勇者よ、最後に余から贈り物がある」
「贈り物……ですか。それは有難い。陛下からの贈り物とは、一体何でしょうか?」
「お待ちくださいお父様。勇者様には、まだお話しする事がございます」
「マルテよ。勇者と話したいのならば、後で二人きりで、ゆっくりと話すがよい」
「……かしこまりました。勇者様、お話は後ほど」
「分かりましたマルテ王女。後程お伺い致します。それで、陛下の贈り物というのは?」
「ああ、そうだった。お主には、この王国騎士団副団長を供として、魔王討伐へ向かってもらいたい」
(これは……まずいな)
「副団長は、先代勇者と共に魔王討伐へ向かった、我が国の英雄エリュラ・バーデンハーツの血を引く者だ。勇者の供として相応しいと思わんか?そうであろう、エレーナ」
「はっ!必ずや勇者様のお役に立つ事、お約束致します」
聖剣の記憶を覗いた時、父には四人の仲間が居た。
その中の一人に、エレーナの様な女騎士は確かに居た。父と並んで、最前線に立って勇敢に戦っている。
正に、英雄と呼ばれるに相応しい人物。
しかし、今国王に紹介された彼女、エレーナ・バーデンハーツは、果たしてそうだろうか。
「陛下、非常に有難いですが、それには及びません」
「!」
「それは、どういう意味だ勇者よ」
「私には、守護者の称号と、十三至宝の一つである風神剣を持つラーベ・ルシスが居ます。彼女がいる以上、副団長の手を借りるに及びません」
「まさかとは思うが……勇者よ、副団長の実力を疑っているのか?」
「……魔王軍は悪辣非道です。人質を取られる事を考えれば、人数が多ければ良いと言う事ではありません」
「お主の言いたい事は分かった。では、こうしよう。お主の供であるラーベ・ルシスと、我らが副団長で一騎打ちをさせ、勝った方が勇者の供となる」
「それは名案です」
チラッ
ラーベの方を見ると、特に変わった様子は無く、キリッとした表情で後ろに控えている。
本人の意志を無視して決めた事に、怒っているのでは無いかと思っていたが、どうやら大丈夫そうだ。
燈継がラーベの表情を窺う中、当の本人の心境は、喜びと歓喜に満ち溢れていた。
(燈継!私は信じていたぞ!私の燈継なら、そんな女は必要ないと言ってくれると信じていた!任せておけ燈継!必ず期待に応えて、あの女を打ち負かす!)
勇者の供として、同じ騎士であるエレーナが来ることに、嫉妬と苛立ちを感じたラーベの心情を察して断ったのではない。
燈継自身、エレーナに供として来てほしくなかった。
第一に、グランザール国王の差し金であるエレーナを供とすれば、足枷になると感じたから。
例えば、女王レイラから頼まれている十三至宝の収集。もし仮に旅の道中で見付けた時、エレーナはそれをクリスタル王国が保有する事を許容するのかどうか。
恐らく、許容しない。エレーナがグランザール王国に報告して、グランザール王国が連合の他の国を巻き込んで、クリスタル王国を批難するだろう。
他にも、エレーナがグランザール王国の立場上、燈継達と意見が合わない事があるかも知れない。
第二に、エレーナの実力。
グランザール王国の最高軍事力である、王国騎士団の副団長を務めている以上、実力は保証されている様に思える。
しかし、長命種のエルフ等は、五百年前の魔王軍との戦いを経験している猛者が健在する一方で、今の世代の王国騎士団は、大きな戦争を知らない。
周辺国との小競り合いや、局所的な戦闘は経験しているが、大規模な戦争を経験していない。
その為、十五年前にグランザール王国各地で起きた、大規模な魔物の軍勢による襲撃は、戦闘経験の少ない王国騎士団に甚大な被害を与えた。
その魔物達との戦いによって、多くの騎士を失った王国騎士団は、世代交代によって若く戦闘経験の浅い騎士が半数を占めていた。エレーナが王国騎士団に入団したのは、丁度この頃だ。
そして、エレーナが入団した事を知った国王は、直ぐにエレーナを副団長の座に据えた。
国王は、英雄の血を引くエレーナを副団長に据える事で、王国騎士団のブランドを上げ、民から支持を得る事が目的だった。
燈継は、アーラインから王国騎士団の失墜を聞かされていたが、相手を見ただけで実力を測れる程、目は肥えていない。
それでも、大まかな魔力を捉える事は出来る。少なくとも、セロスよりは脅威を感じない。
これから先、セロス以上の強敵と戦う必要があるなら、足手纏いとなる味方は居ない方がいい。人質に取られたら、それだけで最悪の一手だ。
第三に、この提案を断れば、国王は必ずエレーナの実力を証明する為に、エレーナとラーベの一騎打ちを提案すると読んでいたから。
ここでラーベが勝利すれば、国王はエレーナを引き下げるしかない。言葉で面倒なやり取りをするよりも、こちらの方が手っ取り早い。
無論、燈継はラーベの勝利を疑っていなかった。
「では明日、王国騎士団の訓練場にて、一騎打ちを行うとしよう」
「誇り高い騎士による一騎打ち、楽しみです」
「そうであるな。しかし、余は副団長が勝利する事を疑っておらぬ。結果は見えている様に思えるが」
「ははは。それは恐ろしい。是非ともお手柔らかに副団長殿」
「余はこれにて執務へ向かうが、後の事はマルテに聞くがよい」
「かしこまりました。私の為に陛下の時間を割いていただいた事、誠に感謝いたします」
「よい。勇者をもてなすのが、余の務めだ」
部屋を後にした王と共に、エレーナも部屋を後にする。気のせいかも知れないが、エレーナが部屋を去る直前、ラーベを睨め付けていたように感じた。
閉まる扉に視線を向けていた燈継は、部屋に残されたマルテの視線に気付く。ジーっと燈継の目を見ている紅い瞳は、まるで獲物を狩る獣の様だ。
「すまないラーベ。少し部屋の外へ出ていてくれないか?マルテ王女と話したいことがある」
「そ、それはどういう意味だ燈継。まさか……王女殿下に……(一目惚れしたのか!?)」
「ラーベの考えている様な事はない。だから、少し部屋の外で待っていてくれ」
「ほ、本当か?」
「いいから、外へ出てくれ」
納得の行かないラーベを外へ追い出して、部屋にはマルテと二人きり。
絶世の美少女と二人きり。心臓が高鳴るのは当たり前に感じるが、この高鳴りは決して恋心ではない。
命を懸けた戦場の緊張感。今二人は、目には見えない剣を構えている。
少しの沈黙の後、マルテが先に口を開いた。
「勇者様、お気遣いいただきありがとうございます」
「ラーベの事ですか?お気になさらず」
「先程の一騎打ちの件ですが、守護者様が勝利するでしょう」
「……そう言っていただけるのは嬉しいのですが……マルテ王女は、副団長殿を信用していないのですか?」
「いいえ、心から信頼しています。だからこそ、エレーナは負けると分かるのです。お父様は、そう思っていないようですが」
「負けると言い切るとは、余程の確信が有るのですね」
「ええ。勇者様と同じく、確信が有ります」
「私がラーベの勝利を確信していると?」
「違いますか?エレーナの実力を見抜いたからこそ、エレーナを連れて行く事を断り、お父様に守護者様との一騎打ちを提案させたのでしょう?」
「買い被りすぎですよマルテ王女。私は貴方ほど思慮深くない」
「私はそうは思いませんよ。勇者様」
王族の人間が、堂々と王国騎士団が敗北すると断言した事は、他の者が聞けば耳を疑うだろう。
王国騎士団は、国王直轄の軍組織であり、王国の軍事力の象徴。王国騎士団を侮辱する事は、国王を侮辱しているに等しい。
それをはっきりと言い切るのは、マルテが父である国王を信頼していない証拠。
「そういえば、何か話があると言っていましたが」
「私の勘が正しければ、勇者様が聞きたい事をお話し出来るかと」
「私の聞きたい事ですか?」
「はい。お父様が話さなかったから、後程誰かに聞こうとしていた事がありませんか?」
「……陛下の前では、あまり触れてはいけないのかと思い、言い出せませんでしたが……勇者の存在を望まない勢力について、お伺いしても?」
「勿論です。私の知りうる限りをお話致します」
マルテの口角が上がった。
絶世の美少女の微笑みは、天使に見えるはずだ。
しかし、燈継が見たマルテの微笑みは、悪魔に見えた。




