父は勇者だった
昔話をしよう。
今から五百年前、世界に「魔王」が現れた。
凶悪な配下を従えた魔王軍は、破壊を繰り返し次々と世界を恐怖と共に支配した。
魔王軍に対抗して、人間種とエルフ、ドワーフ、竜族といった魔族を中心に同盟が組まれ連合軍が結成。
だが、魔王軍の強さは底知れず、連合軍は必至で抵抗するも徐々に敗北を積み重ねた。
名立たる英雄が魔王軍に敗北する中、連合軍に希望が舞い降りた。
「それが父だったと」
「その通り。私達を絶望から救ってくれた勇者こそ其方の父、熾綜 蒼義だ」
母を名乗るエルフの女王のベットの上で、やたらと体を密着させながら父との馴れ初めを聞かされている。全ての疑問を解消する為には、父との馴れ初めを話すのが早いらしい。
まだ話の序盤だと思うが、新たな疑問が湧き上がる。
「父がこの世界に来たのが五百年前?この世界は私達が居た世界と時間の流れが違うのでしょうか」
「そういう訳ではない。蒼義は其方らの世界の時代から、この世界の五百年前に召喚されたというだけだ」
「なるほど。……もう一つ聞いていいですか?」
「当然だ。何でも聞くがよい」
「女王陛下のご年齢をお伺いしても?」
「2536歳だ。そんなに私の年齢が気になったのか?」
「ええ……随分お若くお綺麗でしたので」
「ふふ。何とも嬉しい事を言ってくれるではないか。愛しい我が子に、その様な口説き文句を言われるとは気恥しい物だ」
(本当はエルフが数千年生きてるのか気になっただけだけど)
父と召喚された時代が違うだけで、この世界と元の世界の時間の流れは同じ。
そして、エルフが長命というありがちな設定が真実と知れた所で、話の続きが始まる。
召喚された勇者は次々と魔王軍を打ち破り、連合軍の英雄たちと共に魔王軍十二人の幹部を次々と討ち取った。
父が勇者として召喚されて三年の月日が経とうとした時、遂に魔王を討ち取ることに成功する。
魔王討伐後は連合軍による魔王軍の残党狩りが行われ、世界に平和が訪れた。
「陛下。五百年前に魔王が討伐されたのなら、なぜ私は召喚されたのでしょう」
「新たな魔王が現れたのかも知れんが……詳細は星界の巫女にしか分からん」
「星界の巫女?」
「星界の巫女は、この世界と別の世界を繋ぐ事が出来る。其方は星界の巫女に呼ばれたのだ」
「という事は元居た世界に帰るにも、その星界の巫女の力が必要なんでしょうか」
「…ああ、その通りだ」
決まった。最優先事項は星界の巫女に会う事だ。召喚された目的が分からなければ、どうする事もできない。
「其方は……元の世界に帰りたいのか?」
心のメモ帳に星界の巫女を記した所で、女王の悲しそうな表情に気付く。
「元の世界に帰る」という発言が女王には刺さってしまったのだ。かつて父も、同じ事を言ったのだろうか。
そして、女王の問い掛けで自覚させられた。自分には元の世界に帰る気が無い事を。元の世界に自分の帰りを待つ者はいない……はずだ。
だから、未練は無い。
「陛下。私は元の世界に帰るつもりはありません」
「そうか!それならば良い。言っておくが、ようやく会えた可愛い息子を手放すつもりは無いからな」
(いきなり母を名乗られても実感がない。だけど彼女が母と名乗る以上……)
嬉しさからか、美しい青い瞳に涙を浮かべる女王に伝えるべき真実がある。
「陛下。私は陛下に伝えなければならない事がございます」
「蒼義の死か?」
「っ!何故それを!」
「一週間前だったか、私の夢に蒼義が出て来てこう言っていた」
一体どのような奇跡が起きれば、世界の壁を飛び越えて父の死を知る事が出来るのか。
そして、そんな奇跡を起こして父は何と言ったのだろうか。
「燈継を頼む。たったその一言だけを言い残して消えて行った。まったく、私の気も知らないで自分勝手な男だ……」
嘘ではない。
根拠は何処にもないが、その言葉が真実だと信じる事が出来る。自分が信じたいだけかも知れないが……。
「陛下。改めて、私は元の世界に帰るつもりはありません。父が私を陛下に託したのなら、きっと何か意味があるはずです。その意味を突き止めて、私は父の思いに応えるつもりです」
「そうか。知らぬ間に立派に育ったものだな。私の最後の記憶にある其方は、目も開けぬ赤ん坊だったというのに……」
優しい笑みを浮かべ、愛おしそうに燈継の頭を撫でる女王は、紛れもない母だった。
「だがな、燈継。私は其方が召喚された事に意味など必要ないと思っている」
「何故ですか?」
「父が子を、母に託すのは至極当然だからだ。そこに意味など必要ない」
父に何度か母について尋ねた事があった。
その答えはいつも「遠い所に居る」の一点張り。初めは父と離婚して外国に居るのかと思ていたが、その内母は死んでいると決めつけていた。
成程、確かに父の言う事は正しかった。遠い所に母は居た。
まぁ、実際には自宅から召喚された訳だから遠いと言えるかは分からないが……。
「父と陛下の間には、固く強い信頼関係があるのですね」
「当然だろう。世界を飛び越える程の愛があるのだからな」
誇らしげに笑み浮かべ、話の続きを語り始めた。
とは言っても魔王討伐以降の話は、延々と父との惚気話を聞かされたのだが。
そして、ようやく話が終わった頃だった。
「先程から気になっていたが。私の事は陛下ではなく、母として呼んで欲しい」
「それは、無礼に当たりませんか?」
「私自ら許すと言っているのだ。無礼などありえん」
(とは言われてもなぁ……)
恥ずかしい。それが正直な心境だった。
今日会ったばかりの女性を母と呼ぶのはかなり恥ずかしい。
「父と同じ様に呼べば良いだけではないか」
「しかし……」
「そう恥ずかしがる必要は無い」
これは、自分が折れないと終わらないと察した燈継は覚悟を決める。
「……母……さん」
「うむ!これからもそう呼ぶ様に。分かったか燈継?」
「はい。……母さん」
満足そうな笑みを浮かべる女王とは対照的に、燈継の顔は恥ずかしさから頬が赤く染まっている。
だが、恥ずかしさ以上に、燈継の心には別の感情があった。
たった一人の家族である父を失い、これから一人で生きて行くと思っていた。
だが、別の世界で母と出会い、こうして語り合う事が出来た。
燈継にとってそれは、何よりも幸せだった。