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託された希望


「一つの神、七つの太陽に願う。我、闇を照らし、偽りを暴く太陽に捧ぐ。万物を(とも)し、万象は灰と帰す」

「それはっ!」


セロスが驚くのも無理もない。

魔導師に対抗する為に魔法の知識を深めて来たセロスにとって、その詠唱が精霊魔法の物ではないと理解するのに時間は必要としなかった。

精霊魔法の詠唱は、万物に宿るとされる精霊に語り掛ける物。詠唱の中に、自然と精霊に語り掛ける言葉が組み込まれる。

しかし、今の燈継の詠唱の中に精霊に語り掛ける言葉は無かった。


「祈り、平伏せ<七つの太陽(セブンズ・サン)>」

「古代……魔法……」


歴史上、天才と呼ばれた多くの魔導師達でさえ、手の届かなかった領域。語り継がれる神話であり、実現不可能と言われている魔法。

至高の魔法<古代魔法>。

他の種族より多くの魔力を保有するエルフ族。

その中でも、更に膨大な魔力を有するハイエルフであり、クリスタル王家という特別な血を引いている。

神話の時代に生きた王家の血を引き、勇者という特別な血が合わり生まれた奇跡の存在。

それこそが、熾綜 燈継(しそう ひつぎ)


燈継が魔法を発動させると、上空に七つの巨大な魔法陣が描き出される。

その全てが、異様な文字と記号を生み出しては消えて行く。この世の物とは思えない光景に、セロスには様々な感情が溢れ出す。


(これが……世界を変える者、選ばれし者という訳か……俺には到底、届かない領域だ)


だからこそ、命を捧げる価値がある。自らの死は、決して無駄にはならない。

体中に響く鈍い痛みを噛み殺して、剣を限界まで握りしめる。

これで最後。だからこそ、全力を尽くす。


「さあ勇者!俺を殺してみろ!」

「ああ……教えてやるよ。お前が命を懸けた俺の価値を、証明してやる!」


上空に展開された巨大な七つの魔法陣。その全てが膨れ上がると同時に消滅した。

そして、七つの太陽が現れた。

青空が消えた。空を埋め尽くす七つの巨大な太陽によって、世界は赤く染まる。

七つの太陽がセロスを目掛けて急速に迫る。

太陽を迎え撃つセロスは、自らに訪れる運命を理解しながらその剣を太陽へ向けた。

目の前に太陽が迫った時、セロスは改めて圧倒的な力の差を思い知る。

それでも、剣を振るう。全力で戦うと誓ったから。


「<魔衝封殺(ましょうふうさつ)>!」


絞りだす魔力はとうに限界を超えていた。

喜び、怒り、悲しみ、思い出、人生、魂。自分の全てを魔力へ変えて剣に乗せる。

しかし、燃え盛る太陽の前では、人間は無力でしかない。

太陽の熱によって、既にセロスの体は焼かれて、激痛が全身を支配している。


「はああああああああああ!」


魂を込めた一撃。

これまでの人生の中で最高の一振りは、しかし太陽の熱によって無慈悲に燃やされる。

刃の切っ先が太陽に触れると同時に熱によって融解し、その熱はセロスにも襲い掛かる。

全身が燃え盛る炎に包まれる中、セロスの心は穏やかだった。


(これで……俺の役目は終わった)


行く先は地獄だろう。それだけの行いをしたのだから、当然の事。

後悔など有るはずもなく、セロスは教会の子供達の笑顔を思い浮かべ、その心は満たされていた。


(俺は……幸せだった……)


子供達の笑顔に見守れながら、セロスは意識を手放した。

自らの手で地獄を破壊し、救われない子供達の為に己の全てを捧げた男は、ようやく永い眠りに就いた。


七つの太陽が大地に接触すると同時に、内包する魔力を爆発させる。

爆炎が空間を支配し、天にまで震動が届くその爆発は、本来なら辺り一面を吹き飛ばし、大地を抉り取る規模の爆発だった。

しかし、爆炎と震動が消え去り視界が安定すると、セロスの立っていた場所以外は爆発の被害が及んでいないのが見て取れる。

セロスの右腕だったファウロは気付いていた。

本来爆発に巻き込まれるはずだった自分達を、勇者が<絶対不可侵聖域>で守った事を。


「何故、我々を救った?」


当然の疑問。

もしも、勇者がこれ以上の殺人を望まず、自分達に投降を勧める様であれば、セロスの死は無駄になってしまう。

生半可な覚悟では、いずれ勇者は立ち止まってしまう。それだけは絶対にさせてはならない。

ファウロは短剣を握り、勇者の返答を持った。


「お前達が俺に希望を託すのは勝手だ。だが、今の俺には何も無い。子供達を住まわせる場所も、食料も、衣服も無い。自分の裁量で扱える金銭も限られている。だから、お前達が必要だ」

「何?」

「力を貸せと言っている!今の俺にあの子供達は救えない!だから、俺があの子供達に居場所を与えるまで、お前達があの子供達を守って見せろ!」


セロスの策略によって、奴隷の紋章が刻まれた子供達を押し付けられた燈継。

しかし、今直ぐに子供達に不便の無い生活をさせる事など、旅立ったばかりの燈継には不可能だった。

セロスとのやり取りの中で導き出した策が、子供達の受け入れ態勢が整うまで、引き続きファウロ達に子供達を保護してもらう事だった。

本当はセロスも言い包めるつもりだったが、セロスの覚悟と、いずれ越えなければいけない壁を超える為に、セロスを殺した。

有効な手札を持ち合わせていない燈継が、唯一採れる延命手段ともいえる策。

それが、燈継の最大限だった。


「いいのか?勇者が罪人を配下にして」

「お前達の罪に構っている余裕がない。あの子供達を救いたいのなら、俺に力を貸してくれ……頼む」


セロスが全てを託した勇者。

その勇者が、自分達の力を必要とするのなら応える義務がある。

セロスの為にも、子供達の為にも、今まで奪ってきた罪なき命を無駄にしない為にも、自分達には勇者に全てを捧げる義務がある。

ファウロ達は跪いて、勇者に従属の意を示す。


「勇者よ。今この時より我々は、お前の物だ」

「ありがとう……」


ようやく、一つの戦いを終わらせた。

魔王軍の一人を討ち取ったが、それ以上に大きな重荷を背負わされたこの戦いは、紛れもない敗北。

罪人と奴隷の紋章が刻印された子供達。

そして、人を殺した罪の重さを噛み締めながら、燈継は屋敷へ帰還した。


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