奪還
セロスが森を覆い尽くす炎に気付く数十分前、燈継はセロスに指定されたルフの森林の入り口に来ていた。
入口といっても整備された道が続いている訳でもなく、鬱蒼と木々が広がり先は見えない。
辺境伯に聞いた所、魔物の出現率も高く基本的に人が立ち入る場所ではないらしく、その様な危険な場所に野盗のアジトがあるとは考えづらいと言っていた。
だが、奴が来いと言った以上必ず居る。エリーも含めて、セロスが待っているはずだ。
だからといって、素直に古びた教会とやらを目指して歩き出す事はしない。
「精霊よ、その行く先を我に示せ。我に映せ。我が眼となり、世界を映せ<我が眼は風と共に>」
燈継の視線の先に一陣の風が吹き、木々を掻き分け森の奥へ消えてゆく。その間、燈継の脳裏には自分の視界にはない森林の情景が鮮明に浮かぶ。
これも精霊魔法の一つであり、風の精霊に語り掛け、風の精霊と視界を共有する事で偵察を行うことが出来る魔法。燈継はこの魔法を使い、暗い森の奥の状況を確認した。
しばらくすると、映像は森を抜け、開けた場所を映し出す。
そこには、見覚えのある野盗の衣装に身を包んだ男達が数名と、教会らしき建物を確認できる。
教会の外装にはひびが入り、所々に穴が開いている。間違いなくセロスが指定した古びた教会だった。
燈継は、その教会の中にセロスかエリーがいると思い、風を教会へ向かわせる。
「なんだ?」
しかし、脳裏に映った映像は燈継の予想を裏切る物だった。
教会の中には、十数名の子供達が居た。子供と言っても年齢は様々で、年端も行かない子供から、燈継よりも少し若い程度の子供まで居た。
(まさか、エリー以外にも人質が?だが……)
肝心のエリーが見当たらない。さらに、教会の中の子供達を見て強烈な違和感を覚える。
人質というには表情が明かるく、笑っている。
納得の行く答えが導かれないまま、燈継は教会の子供達をあとにして、エリーを探して風を吹かす。
教会の近くにある洞窟の入り口から侵入し、洞窟内に風が吹く。
「見付けた」
洞窟の一番奥にある空間に造られた牢屋で、エリーは囚われていた。
エリーは眠らされている様子で、それは燈継にとっても好都合だった。連れ出す時に大声を出されたら面倒極まりない。
(とはいえ……これは作戦変更だな)
燈継の考案したエリー奪還作戦は、エリーの所在を確認出来次第、聖剣による<絶対不可侵聖域>をエリーにのみ使用し、教会付近を丸ごと吹き飛ばす作戦だった。
しかし、教会の子供達の存在が人質か、それとも野盗達の子供なのか。
もし、人質ならば子供達も全員救出しなければならない。エリーだけなら容易だが、あの子供達全員を救出するのは至難の業。
そこで、燈継はセロスにとって、教会の子供達がどの様な価値を持つのか試してみる事にした。
「点せ。実れ。咲かせ。楽園に咲く炎の果実。失われし楽園の幻想<楽園幻想>」
次の瞬間、燈継の視界に広がる森の木々は、瞬く間に炎に包まれた。
セロスが森林を覆い尽くす炎に気付いたのは、それから数分後の出来事だった。
(馬鹿な……)
勇者ともあろう存在が、人質諸共森を燃やし尽くすつもりなのか。
真っ先にその疑問が浮かぶが、その疑問を解消するよりも早く、セロスの思考は別の事へ動いていた。
(教会はどうなっている?!)
「っ!」
セロスが見た教会は炎に包まれ燃えていた。
教会が燃えている。それを理解したセロスは即座に反応した。
自ら武器を所持していなかった為、隣にいたファウロの腰から短剣を抜き取り、教会に向かい走り出す。
「<秘剣・焔返し>!」
教会を覆う炎を切り裂いて、何もない空中へ打ち出す。
燃え盛る炎の中に道を作ったセロスは、教会の扉に体当たりして突き破った。
「無事か!」
古びた木造の教会。これだけ激しい炎に燃やされれば、崩壊するのは時間の問題。それまでに早く子供達を外へ連れ出さなくてはならない。
そんな緊迫したセロスとは裏腹に、教会の中に居た子供達はセロスを見詰めて呆然としていた。セロスも子供達も、互いに状況をよく理解できずに沈黙が流れると、子供たちの中で年長の少女が口を開いた。
「あ、おはようセロス。怪我は大丈夫なの?もう動いていいの?」
「お前達!何を呑気にしている!ここが燃えているんだぞ!早く外へ!」
「燃えてる?そんなに熱いかな?」
「ぼく、べつにあつくないよ」
物分かりが悪い子供達にセロスは憤りを感じるが、子供達の発言にセロスは引っ掛かりを覚えた。
熱くない。これだけの炎が辺り一面に広がっているにも関わらず、まったく熱を感じない。普通ならば、そんなことは有り得ない。
一つの疑問から冷静さを取り戻したセロスは、一つの答えを導き出した。
「……やられた」
セロスが外へ出ると、教会は未だ燃えている。その炎に触れたセロスは、自分が正解を導き出したと確信に至る。
「どうしたセロス!子供達は!」
「ファウロ。この炎は幻だ」
「何?」
「触れても熱を感じない。恐らく、勇者の精霊魔法だ」
「勇者の仕業?まさか!」
「ああ。そのまさかだ」
勘の良いファウロは、セロスと同じ答えを即座に導き出す。何より、これは自分達がやった陽動作戦と似ている。
セロスとファウロがエリーの囚われていた牢屋に行くと、そこにエリーの姿は無かった。見張りの男も倒れており、勇者の仕業だと一目で分かる。
エリーを奪還されたことで、セロス達は追い詰められた。
当初の計画では、大人しく勇者が教会に足を運べば、それだけで計画の大部分を達成したと言っても過言では無かった。勇者がエリーを奪還したことで、計画を大幅に変更しなければならない。
しかし、時間がない。
アジトがばれた以上、辺境伯の兵が攻め込んでくるのも時間の問題だった。昨晩の戦闘は、闇夜に紛れての奇襲と攪乱により成功したが、兵力差は歴然。
セロスを含め、男達だけなら何とか凌げるが、子供達を守りながら戦闘をするのは困難。だからと言って、ここを捨てて逃げる選択は無い。彼らには、行く当てなど無いのだから。
それでも、セロスには希望があった。
それは、燈継が教会の中の子供達を見た可能性が高い事だった。勇者の陽動は、セロスやエリーの居場所を含めて、教会の中に子供達が居る事を知らなければ出来ないはずだ。
「もう一度……辺境伯の屋敷に攻め入るぞ。勇者に会えれば、まだ希望はある」
「時間は残されていない。そうするしかなさそうだな」
ファウロもリスクの高さを承知しながら、直ぐに準備に取り掛かった。セロスも再び、漆黒の鎧に身を包んだ。セロスが意識を失っている間に、ファウロが最低限の修復を行ったが、鎧は一部欠けたままだった。
(これが、最後になるだろうな……)
「「「セロスーーー!」」」
支度を終えたセロスが、仲間と共に最後の戦いへ向かおうとした時、教会の子供達が駆け寄って来た。
何事かと驚きを隠せないセロスだが、近寄って来た一人の少女の手には、一輪の花が握られていた。
「はいこれ!セロスにあげるね!」
「ミルティ、この花は?」
「お守りだよ!これから悪い奴らと戦いに行くんでしょ?だから、お守りだよ!」
「そうか、ありがとう」
セロスは膝を付いて、ミルティに目線を合わせて優しく頭を撫でた。ミルティは満足げな笑みを浮かべている。
「ぼくもこれあげるよ!」
「これは……石?」
「きれいな石だよっ!ぼくが毎日きれいにしてるんだ!」
「いいのか?そんな大事な物をもらって」
「いいよ!セロスにあげるよ!」
「ありがとうサイル。お前は優しい子だ」
「えへへ」
ミルティに続き、サイルの頭も優しく撫でるセロス。その後も子供達からおまじないを掛けられたり、お守り貰ったりと、セロスにとって幸せな時間が過ぎていく。ファウロや他の男達は、その様子を微笑ましく見ていた。
最後にセロスの前に立ったのは、年長の少女レノ。彼女は他の子供達とは違い笑顔を浮かべていない。
僅かだが、その目には涙が浮かんでいた。
「セロス……」
「レノ……いつも、お前ばかりに任せてすまない」
「大丈夫。だって、私が一番年上なんだもん。だから……」
レノの目から涙がこぼれ始める。彼女は理解していた。セロスが帰ってこないと。
セロスは、優しく指でレノの涙を拭い取った。
「お前は賢く、優しい子だ」
「……いってらっしゃい」
「ありがとうレノ。行って来る」
セロスは子供達に別れを告げ、馬を走らせる。森の中を駆け抜ける道中、走馬灯のように過去の思い出が湧き上がる。
自分は死ぬ。それは構わない。だが、目的だけは必ず果たす。セロスの強い決意は、ファウロにも伝わっていた。
セロスを含めてここに居るのは十五名。その全員が、生きては帰れないと覚悟していた。
そんな彼らが森を抜けた時、先頭のセロスが急停止した。セロスの視線の先には、予想外の人物が立っていたからだ。
「なぜ……ここに居る」
「待ちくたびれたぜセロス。さぁ、決着を付けよう」
セロスの前には、聖剣を構えた勇者が立っていた。




