訪ねるつもりは無くて異世界
父の遺品の剣によって、何故か勇者に選ばれてしまった燈継。
見ず知らずの世界で突然勇者と認定され、目の前にエルフが現れた状況で早くも最初の試練が訪れる。
「なんだこれ……」
「我がエルフ族の伝統料理です。自然の恵みを詰め込んだ、栄養たっぷりの一品ですよ」
これまでの生涯で、此処まで葉っぱが盛りだくさんの料理は見たことがない。
異世界にも着色料があるのかと疑う程に緑色だが、浮かんでいる食材……と言って良いか分からないが、形状の違う葉っぱの数々がこれでもかと盛られている。
だが、問題はそこではない。葉っぱは最悪食べる事にそれ程抵抗は無い。
しかし、虫は無理だ。
葉っぱの隙間から見え隠れする、見た事ある様な無い様な虫達に食欲は殺された。
何とかしてこの料理を回避する為の一手を打つ。
「あの……今はお腹すいてないので大丈夫です」
「そうでしたか。では、他にお望みの物はございますか?」
(よし!虫料理回避!)
最初の危機を脱した燈継は、今自分が欲しい物を考える。
考えた結果、燈継の今欲しい物は情報だった。
「この世界について教えて下さい」
この世界の情報。
此処は何処なのか、自分は何故この世界に来たのか、勇者とは何か、父と剣の関係とは、知りたいが事が多すぎる。
その解答を一秒でも知りたい燈継は、真剣な表情でフォーミラの言葉を待ち望んだ。
「申し訳ございません。それについては女王陛下からご説明致しますので、私からお答えする事は出来ません」
「では、女王陛下に会わせて下さい」
一刻も早く真実を知りたい。
その欲求を満たせるのなら、誰であろうと構わない。
「畏まりました。女王陛下の下へご案内いたします。恐れ入りますが、聖剣を持ってお越しください」
こちらへと手で誘導するフォーミラに従い、父の残した剣を持って部屋の外へ出る。
先程までは気にもしてなかった、というより余裕が無くて周りを見渡せなかったが、自分の居た部屋が、輝かしく豪華な装飾品がふんだんに施されている事に気付く。
女王陛下というぐらいなら、ここは宮廷なのだろうか。
煌びやかな長い廊下を、フォーミラの後を歩きながら眺めていると、他にもエルフの存在を確認出来る。
全員がフォーミラの様に見目麗しく、絶世の美女ばかり。
そして、こちらを見るなり丁寧に頭を下げる。
フォーミラはそれなりに高い地位のエルフで、他のエルフはフォーミラに頭を下げているのかと考えていると、フォーミラが立ち止まる。
顔を上げると大きな二枚扉が聳え立ち、これから扉を開ける者を威嚇しているかの様な迫力がある。
「この玉座の間に女王陛下がいらっしゃいます。お開けしてもよろしいですか?」
無意識に深呼吸していた。
緊張で体が固くなっているのが自分でも分かる。冷静に考えれば、女王陛下と呼ばれる身分の高い人と会った事は当然ない。人生で会った事のある最も偉い人は、学校の校長先生だと思う。
燈継の心を不安が埋め尽くす。
もし、知らず知らずの内に無礼な事をしてしまえば、最悪処刑されてしまうかも知れない。
緊張と不安の表れか、剣を握る手に力が入る。
それでも、覚悟を決める。
「お願いします」
燈継の言葉を受けたフォーミラが扉をノックすると扉が自動で開いた。正確には扉の向こうの者が扉を開けたのだが、燈継はそれに気付く事無く正面を見据えていた。燈継の視線の先には玉座に座するエルフの姿。
扉から玉座まで伸びる赤いカーペットを挟んで列を成す絶世の美女のエルフ達。
フォーミラが歩き始めると、それに釣られる様に燈継も歩き始めた。
一歩、また一歩と玉座に近づく度に心臓の鼓動が高鳴る。
(あれが女王……)
エルフの女王の姿を完全に捉えた時、あまりの美しさでさらに鼓動が高鳴る。
フォーミラを始めエルフの美しい女性は見慣れたと思っていたが、それを超える美しさ。
外見は勿論の事、玉座に座ることが許された者が身に纏う高貴な美しさ。それが、何よりも燈継の鼓動を高めていた。
エルフの女王の美しさに心奪われていると、フォーミラが立ち止まりスッと跪く。それを見て慌てて燈継も跪いた。
「陛下。お目覚めになられた勇者様をお連れ致しました」
フォーミラの見様見真似で顔を伏せて跪いているが、そのせいで女王の顔が見えず表情を読み取りる事が出来ない。
もし自分が無礼を働き女王が怒りの表情を浮かべたら、日本人の最終謝罪奥義である土下座を使うつもりだ。土下座が異世界で通用するかは分からないが。
「勇者よ、顔を上げよ」
静寂の空間に響く女王の声。
恐らく自分の事を言っているのだろうが、顔を上げるのが怖い。というよりも本当に顔を上げても良いのか?女王をガン見すれば処刑とかにならない事を信じたい。
「どうした?勇者よ、顔を上げてはくれないか。是非とも凛々しい其方の顔を私に見せてはくれぬか」
これ以上顔を伏せるのは逆に無礼となってしまう。
恐る恐る女王に顔を向けるが、汗が止まらない。体中の水分が汗に変換されている様な感覚。喉が渇いて水を欲している。
女王との間に無言の時間が続く。何かしら挨拶すべきだと思うが言葉が見つからない。
(まずい!なんて言っていいか分からない!取り合ず思い付くだけのお世辞でご機嫌取りをするしかない!)
必殺のお世辞マシンガンを繰り出そうとした時、先に女王が口を開いた。
「よくぞ……よくぞここまで立派に……」
女王が玉座から立ち上がり、燈継の下へ歩いてくる。
燈継は女王の言葉の意味が分からず、頭の中は混乱していた。折角の思い付いた、お世辞マシンガンの弾丸は全て霧散してしまった。
「本当にこの時をどれ程待ち望んだことか……」
女王が足を折り曲げて燈継に目線を合わせる。
絶世の美女に至近距離で見つめられ体と思考が停止した燈継は、辛うじて残っていた豆粒程の理性で女王の眼に涙が浮かんでいる事に気付く。
(終わった。何で泣いてるか分からないが、女王を泣かせるってもう死刑確定じゃん)
「申し訳ございません!何卒命だけは!」
(どうか暴君ではなく慈悲深い女王でありますように!)
絶望が一週回って理性を取り戻した燈継は、取り合えず謝罪の言葉と命乞いをする。
「そんな言葉遣いは不要だ。燈継……愛しい息子……」
「え?今何と……」
女王は燈継を抱きしめた。
(??????????????)
思考停止&オーバーヒート。
一旦現実逃避して、絶世の美女に抱きしめられている感触を堪能する事にした。人生でこれ程の美女に抱きしめられた事が無かったが、とてもいい匂いがする。
それに、押し付けられている豊満な胸の柔らかさは、この世で一番柔らかいのではないかと思う。
「あの……女王陛下、これは一体……」
「すまない燈継……歓喜のあまり其方を困らせてしまったな……」
抱擁から解放された燈継が見た女王の顔は、涙を浮かべながらも微笑んでいた。
そして、女王から告げられた言葉は、燈継にとって更なる理解不能な言葉だった。
「私はエルフの国の女王にして、其方の母。レイラ・フェーロ・クリスタルである」