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月明かりの下で-2 


屋敷を飛び出した燈継達の前に、一人の兵士が飛んできて地面に叩きつけられた。

兵士はそのまま動かなくなり、傷口から溢れ出た血が地面に広がっていく。既に息絶えた兵士の死体を、燈継は黙って見つめていた。


「このタイミングで出てくるということは、お前達が勇者とその仲間か」

「そういうお前が、この襲撃の首謀者か」


雲に隠れた月が再び顔を出すと共に、影が照らされ声の主を浮かび上がらせる。

重厚な漆黒の鎧を身に纏うその相手は、握られた剣から血を滴らせながら燈継達に歩み寄る。

燈継とラーベは剣を構え臨戦態勢を取るが、相手は剣を持ちながらも燈継達に向けようとしない。


「その通りだ」

「目的は金か?」

「ある意味正解だな。目的は二つ。一つは金、もう一つは勇者だ」

「勇者が目的?お前は一体……」

「きゃあああああああ!」


静けさが目立つ夜に突然悲鳴が鳴り響いた。

本来聞こえる筈の無い少女の悲鳴を聞いて、敵に後れを取った事を燈継は確信する。


「この鎧も囮……本命が潜んでいたか」

「勇者様!エリ―様が敵にさらわれました!私どもは追跡を行います!その間、辺境伯をお守り下さい!」

「分かりました。こちらはお任せください」


燈継に報告を告げたオルデンは直ぐに踵を返して、攫われたエリーの追跡に向かった。燈継は目の前の黒騎士が一向に動く気配を見せない事と、先程の発言からその狙いは凡そ察しがついた。

エリーを攫った敵の実力を考慮すれば、追い付いたとしてもオルデン達ではエリー奪還は難しいだろう。「だが……」と燈継は横に居るラーベに視線を向ける。


「ラーベ、お前もエリーの追跡に向かえ」

「分かっているだろう燈継。この黒騎士は、夕べ戦った野盗とは違う。一人で戦うのは危険だ」

「百も承知だ。だが、エリーを見捨てる事も出来ない。ラーベが行かなければ、エリーを取り戻すのは難しいだろう」

「私は……」

「勇者の仲間が、一人の少女を見捨てる様な真似をするのか?」

「……直ぐにエリーを取り返して、戻って来る。それまで、無茶はするな燈継」

「ああ。頼んだぞラーベ」


ラーベは燈継に背を向けて、エリーの後を追った。

ラーベなら、あの頼み方をすれば動いてくれる事は分かっていた。誰よりも勇者に憧れを抱いているからこそ、勇者の名を傷つける様なことはしない。


「全てお前の計算通りか」

「少し違う。この状況を望んだのは俺だが、作り出したのは俺の仲間だ」

「大したお仲間だな」

「大したことはない。なんせ、お前が夕べ仕留めそこなった男だ」

「そうか……あの時の野盗か」


ラーベを燈継から引き離すという事は、ラーベの実力を知っているに他ならない。

あの時、仕留めそこなった野盗がこの策の発案者だとすれば、この襲撃は自分の責任だ。

失われた命の多さに脚が震える。あの野盗を逃がす事無く、あの場で仕留めていたらこの惨劇は起きなかったかもしれない。


「さて、こちらもそろそろ始めるとしよう。だが、その前に俺の名を名乗っておこう」

「……」

「魔王軍契約魔将の一人。黒騎士セロス」

「魔王軍……だと」

「その反応……まさか、魔王が存在しないとでも思っていたのか?」

「ああ。そんな淡い希望を抱いていた。星界の巫女に使命を告げられるまでは、可能性として魔王の存在しない世界を願っていたよ」

「哀れだな勇者。お前の存在こそが、魔王の存在を証明しているに他ならない」

「分かってたさ。愚かな願望ってことは。それでも、世界は平和であって欲しいと願う事は、悪ではないと信じている」

「……成程。これが勇者か……」


二人の間に沈黙が流れる。

だが、それは停戦の意ではなく、戦闘開始の合図に等しかった。

互いに魔力を身に纏い、今にも放たれそうな二人の間合いは、刹那、剣と剣がぶつかり合い、発生した衝撃波が辺りの木々を揺らした。


「くっ!」

「流石は勇者だ。大した魔力だ」


鬩ぎ合う両者だが、先に動いたのは燈継だった。

セロスの剣を巧みに受け流し、後方に飛んで距離を取る。<身体強化>で肉体を強化していても、体格差もあり、元々の筋力ではセロスが上回っている。剣の打ち合いでは分が悪いと判断した燈継は、戦いを有利に進める為、最も得意とする炎属性の魔法を発動させる。


「<爆裂矢エクスプローションアロー>」


セロスに向けた手の平に魔法陣が展開され、無数の炎の矢が放たれた。

燈継はセロスの動きに注視した。躱すにしても、受け止めるにしても、相手の出方を知ることで情報を集める。

これは、アーラインから教わった基本戦術。戦いの中で情報を収集し、整理する事で勝利への糸口を掴み取る。

だが、セロスの取った行動は、燈継の予想を覆すものだった。


「<秘剣・(ほむら)返し>」


飛来する炎の矢に剣を当てると同時に、身体を捻り炎を巻き付ける様に回転すると、セロスは次々と飛来する炎の矢を捌き、自らの剣に炎を収束させていく。

そして、身体を捻った状態から勢いを付けて、剣に巻き付いた炎を燈継に打ち出した。


「なにっ!」


セロスの剣から放たれた炎の斬撃は、一直線に燈継へ向かう。

炎の斬撃が燈継の元へ到達するのに一秒も無い。しかし、その瞬き程の時間で燈継は、選択を迫られた。


(回避は出来る!だけど、回避すれば背後の屋敷は燃える。受け止めるしかない!

水属性の魔法で壁を、いや!地属性の魔法で地面を隆起させて、ダメだ間に合わない!もう自分の身で受け止めるしかない!)


燈継の思考が高速で回転しても、炎の斬撃は止まらない。

覚悟を決めた燈継は、迫り来る炎の斬撃に聖剣を盾の様に両手で構える。

その時、聖剣に嵌め込まれた青い宝玉が光を放つ。

炎の斬撃が燈継に直撃し、収束されていた炎が炸裂する。燈継は燃え盛る炎に包まれて、夜空は炎に照らされた。

燈継の膨大な魔力なら、ある程度ダメージを軽減して受け止める事は出来る。それでも相当の痛みは感じるだろう。

しかし、燈継は痛みも、熱も感じる事無く立っていた。


「無意識に使ってしまった……」


<絶対不可侵聖域>勇者の聖剣に込められた特別な力。

どんな攻撃からも、完全にダメージを無効化する能力によって、燈継は無傷で炎の斬撃を凌ぐ事が出来た。

だが、この能力は一日に三度しか使用できない。その内の貴重な一回を使用した事は、燈継にとって心の余裕を奪う事となる。


「まさか、打ち返されるとは思わなかった」

「魔法は強力な力だ。だが、万能ではない。それだけだ」

(強い。これが魔王軍の実力か……奴の発言から、今のが魔法による物ではないとすると、単純な技術か?炎属性だけが通用しないのか、それともすべての属性が通用しないのか……試してみるしかない)

「<石弾(ストーンバレット)>」


燈継が地面に手の平を着けて、再び魔法陣が展開される。

次々と地面から、握り拳程の大きさの石が浮き上がり、燈継の周りを回りながら数を増やしていく。


「炎と水の二つの属性を保有している事は聞いていたが、まさか地属性も有しているとはな」

「その余裕は、魔法は脅威ではないという自信か?」

「その逆だ。俺は魔法の恐ろしさを知っている。だからこそ、対抗手段を身に着けた」


二人の会話中にも、燈継の周りを浮遊する石の数は増え続けた。

そして、遂にその魔法が発揮される。


「!」


燈継の周りを浮遊する石の一つが、先程の炎の矢よりも高速で放たれる。

セロスはその速さに驚くも、咄嗟に剣で弾いた。

その様子を見た燈継は、笑みを浮かべて周りの石の発射体制を整える。


「どうした?想像よりも速かったか?」

「貴様……まさか」

「行くぜセロス。現代知識と魔法の融合によって編みだした<大地の機関銃(グランドガトリング)>」


燈継の周りを浮遊する無数の石が、次々とセロスに向けて高速で発射される。

一斉に解き放つのではなく、一つ一つを凄まじい速度かつ、正確な狙いを付けて短い間隔で撃ちだされる様子は、まさに機関銃。

本来、<石弾(ストーンバレット)>はセロスが驚く様な速度で放たれるものではない。

当然、燈継も<石弾(ストーンバレット)>をそのまま使用しても通用しない事は分かっていたからこそ、別の魔法と組み合わせた。

疾風加速(アクセルウインド)>この魔法は風属性の付与魔法で、付与した対象の速度を上げる魔法。

燈継は<石弾(ストーンバレット)>で生み出した石の弾丸に、<疾風加速(アクセルウインド)>を付与する事で、驚異的な速度で攻撃していた。


(行ける!)


初めこそ剣で石の弾丸を弾いていたセロスだが、次第に回避が目立ち始める。

全ての弾丸を捌ききれなくなり、回避行動を優先しているセロスを見た燈継は、石の弾丸を撃ち出しながら、更なる一手を繰り出す。


「<大地の槍(グランドランス)>」


セロスの足元が僅かに揺れると、亀裂が走り、そして次の瞬間、勢いよく地面から鋭利な槍が突き出された。


「ちっ!」


地面から突き出された槍を間一髪で回避するセロス。

しかし、回避によって態勢が崩れた隙を逃す事無く、燈継は<大地の機関銃(グランドガトリング)>で攻撃を仕掛ける。

そして、遂に石の弾丸は剣を潜り抜け、セロスの腹部に直撃した。

一度直撃して態勢を崩せば、次に襲い掛かる弾丸を防ぐよりも早く、再び弾丸は直撃する。


(ここだ!)


勝機を見出した燈継は、容赦なくすべての弾丸を撃ち放つ。

着弾と同時に砕け散った石によって土煙が発生し、やがてセロスの姿は見えなくなるも、燈継は全ての弾丸を撃ち尽くすまで、攻撃の手を緩めない。


「はぁ……はぁ……」


セロスと剣を交えて五分に満たない時間だったが、燈継の消耗は無視できない物だった。

散々実戦を想定して訓練してきたが、実際に経験するのとでは訳が違う。命が掛かった実戦で、体力、精神、魔力、その全てが尋常ではない程消耗していると、燈継自身感じ取っていた。


「はぁ……アーラインの言う通りだな……これは……経験を重ねるしかないみたいだ……」


疲弊しながらも、土煙に隠れたセロスから視線を外す事はしない。

自分の眼で相手を確認するまでは、勝敗は決していないのだから。

しかし、鎧を身に付けていたとはいえ、あの攻撃を無傷で受けきるのは出来ないはずだ。少なくとも、戦闘に支障が出る程には、ダメージを与えたに違いない。

そんな勝利への予感を抱く燈継を、セロスは悉く裏切った。


「さすがに、四属性を扱えるとは驚いたな……」

「……俺も驚いたよ……効いてないのか……」

「効いたさ。ただ、この鎧の性能が良かったというだけだ」


セロスの鎧を注視すれば、確かに傷付いてはいるが欠けている箇所は見当たらない。

それでも、セロスも無傷という訳ではない。鎧で外傷を防げても、凄まじい速度の弾丸による衝撃は防ぎきれなかった。


「だが、もう一度同じ魔法を使えば……」

「次はこちらの番だ」

「っ!」


もう一度同じ魔法を発動しようとした燈継に対して、セロスは瞬く間に間合いを詰めて剣を振り下ろした。

燈継は辛うじて回避するも、セロスの追撃が速い。まるでダメージを感じさせない俊敏なセロスの攻撃を前に、燈継は焦りを隠せなくなっていた。

距離をとっても直ぐに間合いを詰められる。

魔法を使えば、一度距離を取ることは出来るが、息が乱れて思考がまともに働かない。

魔法を使うにしても、どの魔法を使い、どう展開していけば良いのか。

燈継は追い詰められていた。

それは、思考がまとまらない事に対してではない。

未だかつて味わったことのない、本当の死の恐怖に対してだった。


「くそっ!」


この剣は、俺を殺せる。

そうすれば、俺は死ぬ。

当たり前だ。殺されれば死ぬのは当然だ。

痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。

死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!


「怯えた顔だ。死の恐怖に耐えきれない臆病者め。それでも勇者か貴様」


プツッ


何かが途切れた音がした。

セロスの言葉を聞いて脚が止まった燈継に、セロスは容赦なく剣を振り下ろす。

しかし、燈継の頭部を目掛けて全力で振るわれる剣は、紙一重で燈継が身体を逸らして空振りとなり、地面へ叩きつけられた。

回避から至近距離でのカウンターを警戒して、セロスは咄嗟に飛び退く。燈継からのカウンターは無かったが、セロスには驚きがあった。

意図的に紙一重で躱すというのは、高度な技術のみならず、直前まで自分に迫る攻撃を引きつけなければならない。少なくとも、死の恐怖に怯えていた者に出来る芸当ではない。


「ありがとうセロス。お前の安い挑発のおかげで、冷静さを取り戻した」

「……どいう意味だ」

「ただの感謝だ。素直に受け取れ」


心が軽い。体も軽い。

先程までの死の恐怖に支配されていた燈継は、そこにはもういない。


『本当に弱いね燈継は、偉大な両親に恥ずかしくないのかい?』

『その攻撃が当たると思っているなら、君の知能は小石程度だよ』

『どうして今の場面でその魔法を選択したのか、僕が理解できるように説明してくれないかい。最も、二千年説明されても理解できないだろうけど』

『燈継、頭は使う為にあるんだよ。今の君は、頭を使うことなく敵に差し出しているだけだ』

『弱さは恥だ。つまり君は、恥の塊という訳だね』


もはや日課となっていたアーラインによる罵倒、皮肉、侮辱、侮蔑、軽蔑の数々。アーラインに一泡吹かせる為、毎日限界まで修練に励み、夜は倒れる様に眠りに就いた。

その甲斐あって、何も知らない普通の高校生が、短期間に立派な戦士となった。

そして、今回もアーラインに感謝しなくてはならない。死の恐怖に支配されていた燈継の眼を覚ましたのは、セロスの挑発。

それは、アーラインの腹立たしい言動を思い出す事で、逆に普段の精神状態を取り戻す結果となった。


(お前の事だ。これも計算の内かも知れないな……ただ、一発殴らせろ。アーラインのクソ野郎!)


ラーベが見れば嫌悪感を催すであろう、アーラインに似た悪い笑みを浮かべた燈継は、聖剣をセロスに向けた。


「さぁ、こっからが本番だセロス。勇者の戦い方を教えてやる」

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