強行偵察-4
(さて……どう時間を稼ぐ?)
たかが一分。
されど、その一分はこれまでの人生で一番長く、重い一分となるだろう。
今のところエーデリオスが動く気配はない。
ゼルドリオンにとっては有難いが、その考えも直ぐに終わりを告げた。
「顕現せよ<闇の王>」
「っ!?」
ゼルドリオンとエーデリオスの間には、数キロ以上の距離がある。
だが、エーデリオスが生みしたその存在は、視界に映る限り、どれだけ距離があっても脅威足り得る。
実際、ゼルドリオンは思考するよりも早く、視界に捉えた瞬間に防御していた。
「聖なる祈りは炎を灯す。闇より生まれし魔を払い、光より生まれし希望を守らん<神聖なる炎>」
ゼルドリオンの全身を、光輝く炎が包み込む。
その直後、ゼルドリオンは闇の世界へ囚われた。
上下左右全てが闇の世界。
(何が起きた!?いや、今すべき事は!)
何が起きたか理解する時間はない。
自分が置かれている状況が、エーデリオスが生み出した<闇の王>の仕業であることに間違いはない。
そして、次第に肉体の感覚が失われている事に気が付く。
その感覚の行き着く先は、間違いなく死である。
ゼルドリオンに出来る事は、命の炎を燃やして足掻くこと。
「一つの神、七つの太陽に願う。我、闇を照らし、偽りを暴く太陽に捧ぐ。万物を燈し、万象は灰と帰す」
これは、ゼルドリオンが最も得意とする古代魔法。
ゼルドリオンの世界を覆う闇を払う為、自身が持つ最大火力の一撃を放つ。
それが、今ゼルドリオンが出来る唯一の足掻き。
(これが通用しなければ終わりだな……などと弱気な考えをしている場合ではない。あの世で見ているであろう蒼義と、その息子燈継に恥を晒したくはない。竜族の誇りに懸けて、必ず生きて帰る!)
ゼルドリオンの強き意志は、魔力となって込められた。
「祈り、平伏せ<七つの太陽>」
生涯最高の一撃。
燦然と輝く七つの太陽が、闇の世界に囚われたゼルドリオンを解き放つ。
闇の世界にひびが入り、光が差し込んだ。
それは、この世界本来の光。
「はぁ……はぁ……」
ゼルドリオンは周囲を見渡し、状況の把握に努める。
ここは、巨人族の都アトラシア。ローズとアーラインの姿も視認。
つい先刻まで見ていてた景色を取り戻したゼルドリオンは、闇の世界から帰還した。
その様子を見ていたエーデリオスは、悠々とゼルドリオンのもとへと歩み寄って来る。
隙だらけではあるが、それは余裕の表れ。
「ほう……良く分かった。現代の竜とはこの程度か」
「随分と知ったような口を」
「知っているさ。貴様よりも長き時を生きていたのだ。かつての竜共は、魔法など使わずとも、理不尽なまでの強さを誇っていた」
「……」
「それがどうだ?今の貴様には、その強さが見る影もない」
(よし……それでいい……語りたければ語れ。少しでも時間を稼ぐ。それが、我の役目だ)
昔話を語るエーデリオスに対して、ゼルドリオンは一秒でも長く時間を稼ぐ。
先程の一撃で嫌でも理解させられた。
実力の差は歴然。どうあがいても、ゼルドリオンが勝てる相手ではない。
戦わずして時間を稼げるなら、それが最善。
「まさかとは思うが、生前の竜王を目にした事があるのか?」
「当然だ。あれはまた、規格外の化物だった」
「これは純粋な疑問だが、竜王と貴様はどちらが強い?」
「無論、竜王だ」
「意外な回答だ」
「はあ……悲しきものだ。最早、竜王の絶対的な強さを知る者が、同胞にすらいないとは……竜王も悲しんでいるだろう」
絶対的な強者。故に生まれるエーデリオスの余裕が、ゼルドリオンに時間を与えている。
再びエーデリオスの攻撃が始まれば、それを凌げるかどうかは分からない。
現に、エーデリオスの直ぐ側には、顕現魔法によって生み出された<闇の王>が存在感を放っている。
人の形をした闇。それも、あやふやな姿ではなく、はっきりとした姿形をしていた。
黒き鎧を纏い、背中には黒いマントがなびいている。
まるで、実際に鎧の中に生きた者が居るかの様な……。
(顕現魔法でここまでの存在を生み出すとは……だが、同時に確信も得た。レイラならば……)
かつて、ゼルドリオンに魔法を教えたエルフの少女。
後にエルフの女王となった彼女は、エリオ・リンドハルムに次ぐ魔導師であると、ゼルドリオンは確信していた。
レイラの存在を思い浮かべた事で、ゼルドリオンは時間稼ぎの為の話題を得た。
「貴様、復讐と言っていたな」
「ああ。そうだ。我が悲願は復讐だ」
「誰に対する復讐だ?」
答え聞かずとも、ゼルドリオンは理解している。
ダークエルフの復讐相手など、一つしかない。
「当然、今を生きるエルフ共全員に対してだ」
「やはりそうか」
「我が種族を滅ぼしたエルフ共は、一人残らず始末する」
「言っておくが、エルフの女王は強いぞ」
「だろうな。エルフの長が弱いはずがない。だが、無意味だ。我が復讐の前では、全てが無意味だ」
復讐の炎は、エーデリオスの瞳で燃えている。
その眼を見て、ゼルドリオンは思わず息を呑んだ。
長きに渡る時間が、今のエーデリオスを生み出した。
復讐の時を待ち望んで、ただひたすらに耐え続けて来た日々。
それが今日、ようやく世界に明かされた。
「エルフは一人残らず殺す。あそこにいるエルフもな」
「させん。貴様の相手は我だ!」
「相手にもならん」
(来るか!)
再び、<闇の王>が動き出そうとした瞬間、ゼルドリオンの背後から強烈な爆発音と共に熱が届いた。
「っ!?」
「ん?」
エーデリオスも、ゼルドリオンから爆発音の方角へと意識を向けた。
爆炎が空を満たし、赤く染まっている。
やがて炎は消え行き、残された人影が姿を現す。
その者は……。
「帰るよ。二人共」
時間は少し遡る。
ザバルトと対峙したアーラインは、様子見をする間もなくザバルトを仕留めにかかる。
先程までの二人とは明確に違うと判断したザバルトは、同じく手加減なく迎え撃つ。
「<炎霊>」
「<冥界の冷気>」
炎と冷気。
相反する二つの力は、相性で勝る炎が圧し勝つ。
だが、炎すら凍結するザバルトの冷気が圧し負ける事など……。
(これはっ!精霊魔法か!だが、この俺が圧し負けるだと!?)
それはつまり、魔力でもザバルトが負けているということ。
迫り来る炎に飲み込まれる前に、ザバルトは屈辱を噛み締めて回避した。
敵の攻撃に圧し負けて避けるなど、ザバルトにとっては屈辱だ。
ローズの攻撃はその身で受けたが、アーラインの攻撃は回避した。
この事実を、アーラインは見逃さない。
(精霊の炎なら殺せる)
次で仕留める。
僅か数度の攻防だが、次の一撃で勝負を決めに来る。
アーラインの魔力の流れ、そして彼が纏う雰囲気から、ザバルトはそれを察した。
ならば、全力でそれを迎え撃つ。
「破滅の行く末!無情の冬!」
ザバルトの怒りが込められた詠唱。
ゼルドリオンに放つ寸前にアーラインが介入した事で、不発に終わった古代魔法。
それを今、再びアーラインへ放つ。
しかし、攻撃までの速度はアーラインが勝る。
その僅かな差が、勝敗を決した。
「天地凍結の刃は、時間を殺す!」
「アーライン・ステイルの名の下に、その命を捧げよ<炎霊>」
「っ!?」
ザバルトへ向けられたアーラインの左手が、灼熱の爆炎を生み出した。
意志を持った炎は、ザバルトを決して逃がすまいと、一切の隙間なく全てを飲み込む。
「っ!?ば、馬鹿なぁああああああああああ!!!」
焼き尽くされる。
自分という存在が、この世から消えて行く。
ザバルトは、肉体が斬られようとも、内側から破裂させられようとも、魔力がある限り肉片からでも再生できる。
不死の悪魔たるザキエルには及ばないが、それでも驚異的な再生能力を有していた。
だから、ザバルトの存在を一切残らず焼き尽くす。
それが、この悪魔の殺し方。
爆炎が空を満たし、赤く染まっている。
やがて炎は消え行き、残された人影が姿を現す。
アーラインは、ローズとゼルドリオンの生存を確認。
偵察部隊としての役割は果たした上に、魔王軍幹部を一人仕留めた。
戦果は上々。後は、この情報を持ち帰るのみ。
「帰るよ。二人共」