強行偵察-2
「さて……楽しませてくれよ」
魔王軍幹部にして、氷の悪魔ザバルト。
魔力の海を顕現させたローズに狙いを定め、手の平を向けた。
10㎞以上は距離は離れている。
しかし、それだけの間合いをもってしても感じた死の予感。
ローズが即座にその場を離脱した瞬間、先程までローズが居た辺り一帯が凍結していた。
(こいつ……少なくとも千年以上前に生まれた悪魔だ。しかも、私の魔法との相性は最悪!)
「アーライン!こいつはあんたに任せたわ」
「ごめんローズ。もう少し耐えてくれると助かる」
「は?何言って……っ!?」
アーラインからの予想外の返答に、ローズはザバルトから視線を外してアーラインに視線を向ける。
その時、アーラインの眼前には二本の刀が迫りくる瞬間だった。
振り下ろされた刀は、周辺の建物を一撃で破壊する程の威力で振るわれる。
土煙が晴れた時、アーラインは無傷で姿を現し、その男と五百年ぶりの再会を果たした。
「久しぶりだね。ゼノス」
「ああ!五百年ぶりだなあ!アーライン!」
旧魔王軍幹部にして、魔王軍契約魔将ゼノス。
五百年前、アーラインはゼノスと何度か剣を交えている。
何度か剣を交え、結局最後まで仕留める事が出来なかった相手でもある。
しかし、アーラインはゼノスに対して脅威を感じてない。
むしろ、最高の好機と捉えていた。
「意外だね。君ならあそこの氷の悪魔と戦いたがると思ったけど」
「勿論戦うさ!お前らぶち殺した後にな!それが魔王との契約だ」
「へぇ。一個聞きたいんだけどさ……あの悪魔、実は五百年前に魔王軍に居たりしなかった?」
「は?居る訳ねぇだろう。居たら俺が忘れる訳ねえからな」
「それもそうか」
(ゼノスは嘘を付ける性格じゃない。本当の事を言っているのだろう。だが、そもそもの話……先代魔王がゼノスに対して全ての情報を明かしたとも思えない)
違和感が拭えないアーライン。
ザバルトの存在を一目見た瞬間から、アーラインは高速で思考を続けている。
五百年前の記憶を遡り、違和感を感じる事は無かったかを思い起こす。
致命的な見落としがあったのではないか。
そんな予感が過るアーラインに対し、戦闘狂のゼノスはじっとしてはいられない。
「おいおい!何考えてるか知らねえが、さっさと殺し合おうぜ!」
「まあ、いいけど」
一瞬にして間合いを詰めるゼノスを相手に、アーラインは余裕を持ってゼノスの攻撃を受け流す。
ゼノスの攻撃が周囲に弾かれ、それだけで次々と建物が倒壊していく。
その様子を見ていたローズは、自分がザバルトを相手に戦う必要性を理解した。
規格外の魔力で放たれるザバルトの攻撃に対し、ローズは回避を続ける防戦を強いられている。
「なあ人間。ただ逃げるだけなら、諦めて死んでくれ。相手をしていてもつまらないぞ!」
「うっさいわね。その口、二度と開かなくしてあげる」
「やれる……も……の……っ!?」
「やったわよ」
ザバルトの体内から魔力の水が溢れ出す。
これは、ローズの生成した魔力の水を体内に取り込んだザバルトに対し、ローズがその魔力の水を増幅させ、ザバルトの体内で炸裂した攻撃。
ザバルトによって凍結され破壊された魔力の海は、結晶となってザバルトの肉体に触れていた。
ローズは自身が産み出した魔力の海の破片を完全に掌握していた為、ザバルトの体内に入り込んだ自身の魔力をコントロールして増幅させた。
体内で炸裂した攻撃に対して、対抗する手段は無い。
だが、悪魔は人間を欺くのが得意である。
体内から溢れ出す大量の水によって、ザバルトの肉体は破裂した。
それと同時に、その肉片は氷の結晶と化していく。
「残念だったな。そして、お終いだ」
「っ!?」
気配無く背後から現れたザバルトに対し、ローズは反応する間も無く、肩に悪魔の手が置かれた。
その瞬間、ローズの肉体は凍結。
ザバルトが更に魔力を流すと、凍結したローズにひびが入り、そして砕けた。
「さあ、次はお前だ。竜」
ローズを仕留め、ザバルトが視線を向けるのは自分の頭上を取るゼルドリオン。
悪魔と竜、どちらが強いのか。
ザバルトの興味は既にそこにある。
しかし、ゼルドリオンは至って冷静にザバルトへ告げた。
「人間を侮りすぎだ」
「勇者の事か?まあ、勇者は炎属性の魔法を得意とすると聞いたが……炎諸共、勇者を氷漬けにしてくれるわ!」
「そうでない。お前はまだ、あの魔女を仕留めてすらいないのだからな」
「何?……っ!?」
背後から貫いたのは、高密度の魔力によって生成された水の槍。
自身の肉体を貫く水の槍を掴み、即座に凍結と同時に破壊するザバルト。
そして、背後に目を向ける。
そこには、無傷のローズが宙に立っていた。
「驚いたな……生きているか」
「あの程度で殺せる程、安い女じゃないわ」
ローズの出現と共に、周囲一帯の空間にひびが入る。
そして、ガラスが割れる様に砕け散った。
それを見たザバルトは、ローズ生存の種を理解した。
「小細工が得意なようだな」
「ええ。そんな小細工に嵌まる、無様な敵を見るのが好きだから」
幾重にも張り巡らされた<水面鏡>。
ザバルトが触れたと思っていたローズは、高密度の魔力で造られた<水の虚像>。
この二つを巧みに合わせる事で、ローズ本体を捉える事は困難になる。
当然、ローズの仕掛けている罠はそれだけではない。
「もう一度、溺れさせてあげる」
「っ!?」
ザバルトの体内で増幅するローズの魔力。
水の槍でザバルトを貫いた時点で、ザバルトの体内はローズの魔力の水を取り込んでいた。
その水を増幅させ、再び内側からザバルトを破裂させようと目論むローズ。
だが、悪魔に同じ手は通用しない。
「今度こそ!」
一見して、体内から膨れ上がる魔力の水によって破裂したザバルト。
そのはずが、ローズには手応えがない。
反撃に備えて最大限警戒するローズだが、既に余談を許さない状況に追い詰められている事を知る。
それは、上空にいるゼルドリオンも同じだった。
(これは!)
「<絶対零度>」
空間そのものを凍結させる最強の氷魔法。
反応する隙すらない瞬間的な凍結。
ゼルドリオンとローズは、回避する猶予も無く凍結と共に動きが封じられた。
動かせない視線の先には、白い靄が一点に収束していき、それが悪魔の形を成していく様が見て取れる。
白い靄は悪魔の造形を模ると、それは肉体を得たザバルトへ変貌した。
「魔女も竜も、大した事は無い。こうして身動きが取れない様は、等しく無様だ」
(くっ!まずい……何重にも重ねた<水面鏡>と、その裏に隠している<水の虚像>まで凍らされた。やっぱり……相性最悪ね)
水属性の魔法を扱うローズに対し、氷属性の魔法を扱うザバルト。
その相性は最悪。むしろ、ザバルトを相手にこれ程戦えているローズが異次元なのだ。
では、ゼルドリオンはどうか。
「<零の炎>」
「な、何だと!?」
ゼルドリオンを中心に爆発する灼熱の炎。
一瞬にしてザバルトの氷を解かすゼルドリオンの炎は、ザバルトが飛び退く程の脅威となった。
ローズへ到達する炎は弱め、あくまでも体を覆う氷だけを解かす様に魔力をコントロールするゼルドリオン。
膨大な魔力を持ちながら、超絶技巧の魔力操作。ゼルドリオンが大魔導竜たる所以はそこにある。
「あんたね……炎属性の魔法使うならそう言っときなさいよ」
「道中、レイラの愚痴で意気投合してしまったからな。だが、あの程度で死ぬ器ではないだろう?」
「当然でしょ。でも、こいつを相手にするには相性が悪すぎる。アーラインが無理なら、あんたに任せるわ」
「ああ。任せておけ」