強行偵察-1
「な……なんなの……あの巨大な都市は」
「あれが、巨人族の都アトラシアだ」
巨人族が生きるレフィリアの大地。
他種族が足を踏み入れる事を禁じられて五百年、ゼルドリオンとローズもレフィリアの大地に足を踏み入れた事はない。
果てしなく広がる高原を見下ろしながら、アーラインとローズの二人は、ゼルドリオンの背に乗って三時間以上の飛行を続けた。
三人の視界に映るのは、巨大な都市。
未だに途方もない距離があるはずが、それだけ距離があっても理解出来る巨大さ。
「近づけば分かると思うけど、想像の十倍は大きいよ」
「成程な……黄金都市などと噂されるのも理解出来る。あれは……他の種族には造れない代物だ」
ゼルドリオンとローズは驚きを隠せない。
唯一、アーラインだけが知っていた。
何故なら、五百年前の魔王軍との戦いで、巨人族との交渉に臨んだ代表団の一員だったから。
初めてこのアトラシアに来た時は、アーラインも度肝を抜かれたという。
「魔王があそこを拠点にしてるなら、かなり面倒ね」
「ああ。間違いなく罠を張り巡らせているだろう。あんなにも守りに適した都市は無い」
あれだけ巨大な都市を魔王が拠点にしているなら、凄まじい脅威となる。
要塞化すれば、如何なる軍も寄せ付けない不落の要塞と化すのは間違いない。
飛行できない地上部隊は、建物の上から一方的に矢の雨を降らされるだけでも致命的。
実際、矢程度ならどうにでもなるが……それが魔法なら話は変わる。
「当然だが、連合軍の主力は地上部隊だ。相手がどれだけ雑兵だとしても、あの高低差で頭上を取られるのはまずい」
「そうだね。だから、ある程度都市を破壊していく必要もある」
「「っ!?」」
さらりと言い放つアーライン。
それは、決して簡単ではない。
アトラシアが魔王軍の拠点なら、間違いなく魔王軍の幹部かそれに近い敵が迎撃に来る。
その状況化で、都市の破壊も行う。
戦闘となればある程度自然に破壊されるだろうが、意図的な破壊に感づかれると、それだけでかなり難易度があがる。
「そんなに驚く?」
「我らの偵察は、アトラシアが魔王軍の拠点かどうかの真偽を確かめるのが最たる目的だ。迎撃に来る敵戦力によっては……即時撤退も有り得るぞ」
「まあ、そうかもしれないけど……この三人なら何とかなるよ」
「楽観的ね」
「君達が悲観的なんだよ」
笑顔で応えるアーライン。
それは、二人を信頼しているから。
レイラと関りがある二人だが、アーラインもこの二人の事は知っている。
この二人なら、信頼して背中を預けられるという確信がある。
その確信があるからこそ、アーラインは楽観的なのだ。
「さあ、行こうか!もっと速くだゼルドリオン!」
「我の背に乗った以上、生半可な働きは許さんぞ……アーライン」
「え?僕だけ?」
「ローズは我の同志だ」
「そうよ。私達はレイラの圧力に屈するな同盟の同志よ」
「そんな恨まなくてもいいじゃん……はあ、うちの女王ちょっと弟子達に嫌われ過ぎてない?」
アトラシアが見え始めてから、更に3時間の飛行。
ゼルドリオンは最速で飛行しているが、その速度で二時間を飛行して、ようやくアトラシアの目前に迫った。
その巨大さを間近で見たゼルドリオンとローズは、アーラインの忠告通り想像の約十倍の大きさに圧倒される。
だが、アトラシアではそれ以上に驚くべき光景が広がっていた
「あ、あれは!」
「どうやら……当たりだったようだな」
アトラシアの地上で蠢く影。
それは、数え切れない程のアンデッドの兵士。
大地を埋め尽くすアンデッドの兵士達は、統率の取れた行動で列を成していた。
この大量のアンデッドの兵士達は、連合軍にぶつける為の魔王軍の主力。
だとしたら、やる事は一つ。
「そうだね。じゃあ、片付けていこうか」
「こっからは、ひたすら暴れまわるってこと?」
「標的を決めなければ、かえって効率が悪い。何処からやる?」
「ローズは地上のアンデッドを、ゼルドリオンは高い建物を優先して破壊を」
「あんたは?」
「取り敢えず、迎撃しに来る魔王軍の相手をするよ」
簡単に言っているが、アーラインが最も危険な役割を担っている。
だが、アーラインは自分を犠牲にするつもりはない。
勝算があるからこその役割分担。
たとえ魔王軍幹部に囲まれたとしても、アーラインなら生き残る術を持っている。
それは、ゼルドリオンとローズもよく理解していた。
「「了解」」
二人はアーラインの指示に異議を唱えない。
即座に自分の役割を果たす為、行動に移した。
ゼルドリオンの背中から飛び出したローズは、自身も飛行する事で更に上昇する。
別方向に飛び出したゼルドリオンも同じく、都市全体を見渡せる高さまで上昇。
残されたアーラインは、都市外縁の建物の上に乗り、都市の中心にそびえ立つアトラシア最大の建造物を注視した。
それは、巨人族の王が鎮座する為の王城。
各員配置に付き、一番始めに動いたのはローズだった。
「顕現せよ<ロンディウスの大海>」
顕現魔法。
精霊魔法や古代魔法には及ばないものの、非常に強力かつ高難易度な魔法。
炎、水、風、地、光、闇という本来形が無い属性魔法に対して、形を与える事でそれに相当する威力を発揮する魔法。
人間と同じ形を創り上げる為には、少なくとも人ひとり分の魔力を消費する事になる。
では、今ローズが顕現させたものは何か。
<ロンディウスの大海>とは、島国のイースランド王国と大陸との間にある海の名。
ロンディウス海と呼ばれるその海は、大陸からやって来る侵略者の魔の手から、イースランド王国を守り続けて来た。
つまり、ローズは今……海を顕現させた。
上空から落とされた海。
圧倒的質量。三人がやって来た西側全域を飲み込む程の魔力の海は、それだけで幾つもの建物を破壊した。
だが、ローズの目的はあくまでもアンデッド達。
これだけ巨大な建物が、一撃で全て破壊出来るとは思っていない。
実際、大地へ落とされた海は、それだけで大量のアンデッドを消滅させた。
そして、魔力の海は中心へ向かって、アトラシアを飲み込む津波となって襲い掛かる。
「数が多いわね」
魔力の海を落としただけで、少なくと一万以上のアンデッドは消滅しただろう。
襲い掛かる津波によって、逃げる間も無くアンデッド達は飲み込まれ、次々と消滅していく。
しかし、それでも全体の一割程度。
中心へ向かう津波が、アトラシアの中心にそびえる王城に到達して、ようやく三割に至るかどうか。
もう一撃を加える算段を立てていたローズ。
その直後、魔力の海が凍った。
「おいおい。挨拶代わりか?随分控えめだな」
「「っ!?」」
まだ姿は見えない。それでも、異質であると同時に、桁外れの魔力を感じた。
ゼルドリオンとローズは、驚きつつも思考を戦闘へ移行。
迎撃に向かって来る魔王軍は、アーラインが相手をすると言っていたが、明らかに当初の想定よりも強力な存在。
三人で戦うべきだと考える二人と違い、アーラインだけは別の思考を巡らせていた。
(おかしい……何故だ?)
「もう少し派手に行こうぜ!」
凍った海にひびが入り、木端微塵に破壊された。
キラキラと輝く結晶の中、それを成した声の主が姿を現す。
二本の巻き角。白い肌に白い頭髪。
深い青の瞳の瞳孔が、相対する敵を捉えている。
背中に生えた蝙蝠の様な翼を羽ばたかせ、腰から生えた尻尾を揺らす。
その姿を見て、正真正銘の悪魔だと確信した。
「魔王軍幹部<獄氷>ザバルト。貴様らはどんな死に際を見せてくれるんだ?」
ゼルドリオンとローズが戦闘態勢に入る中、アーラインだけは思考を続ける。
それは、どう考えても納得が出来ないから。
今目の前にいる悪魔は、何故魔王に仕えているのかと。
(契約魔将なら理解できる。魔王と言う存在を利用して、自分の欲望を果たす事が出来るから。利益があるから、魔王軍に所属しているのだと。だけど、魔王軍幹部というのが理解出来ない。何故、自分よりも弱い存在の魔王に仕えているのか?)
魔王が弱い。
アーラインはそれを断言できる。
何故なら、彼は知っているから。
他でもない、先代魔王の恐ろしさを。
先代勇者が召喚されるよりも前、種族の垣根を越えた連合は既に結成されていた。
それでも追い詰められたという事実。
それは、先代魔王の圧倒的な強さに、太刀打ちする術が無かったから。