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月明かりの下で-1


カンカンカン!


旅の疲労から深い眠りに就いていた燈継の意識を目覚めさせたのは、寝起きとしては最悪の不快感を齎す鐘の音。一度は再び眠りに就こうとすつが、強く身体を揺さぶられて阻止される。

極めつけは、眠りを妨げる大声だった。


「起きろ燈継!敵襲だ!」

「敵襲!?」


再び眠りに就こうとした燈継は、敵襲という言葉で完全に意識を覚醒させる。

これもアーラインの訓練によって身に着けた習慣の一つで、寝起きにもかかわらず即座に頭が回転して、状況の把握を始める。


「数は?」

「今は何も分からない。だが、外では既に戦闘が始まっている。我々も……」

「勇者様!守護者様!ご無事ですか!」


会話を進めながらも慣れた手つきで鎧を身に付け、戦闘準備を整えるラーベと、聖剣を携え窓から外の様子を見ていた燈継の会話に割り込んだのは、野盗から救い出した騎士の一人だった。

本来なら彼も戦闘に参加すべき人物だが、賓客である燈継とラーベの身の安全を優先するよう、辺境伯から命じられていた。

最も、燈継とラーベの実力ならば、彼一人が増援に来たところであまり意味が無いのだが、敵襲の際に勇者と守護者を放置したとあっては、辺境伯の名誉に関わる問題だった。


「我々は大丈夫です。それより、敵の数は?戦況はどうなっていますか?」

「敵は闇夜に乗じて奇襲しては、即座に逃げ隠れて正確な数は把握できません。兵士を集結させていますが、敵の策略で既に三部隊が全滅している厳しい状況です」

「我々も加勢致します。行くぞラーベ」

「お待ち下さい。お二方は、辺境伯の下で我々がお守り致します。どうぞこちらへ」

(……面倒だな)


この騎士の言葉は、暗に首を突っ込むなと釘を刺している。

辺境伯は、自分の領土の問題に勇者と守護者である二人が介入し功績を上げれば、自分の威信に関わると危惧している。燈継もそれを察して、黙って騎士の後を付いて歩く。


「悪いなラーベ。今は抑えてくれ」

「……私は燈継に従う。それだけだ」

「了解だ。ありがとう」


いざとなれば、燈継の命令で辺境伯を無視してでも敵を排除する。ラーベはその意志を伝え、燈継もそれを汲み取った。

案内されたのは、屋敷の玄関口に当たるホール。そこには、辺境伯とその妻と娘のエリーが身を寄せ合っていた。夜遅い事もあり、賑やかなエリーも母の腕の中で安らかに眠っていた。

燈継達の顔を見るや、辺境伯は暗い表情から一転して安心した表情を浮かべた。燈継はそれで、辺境伯の思惑を理解した。

燈継達を外へ出さなかったのは、功績を上げられたくないという事も含まれていたが、真の狙いは燈継達に自分の身を守ってもらう為に呼び寄せたと、燈継は捉えた。


「おお、勇者様、それに守護者殿もご無事で何よりで御座います」

「辺境伯こそ、ご無事で。それよりも、戦況はあまりよろしくない様ですが」

「え、ええ。卑劣な敵の策略で、我が方の態勢が崩れている様でありますが、ご心配なく。我が精鋭達にかかれば、直ぐに戦況は好転致します」

「それは頼もしい。では、お茶でも飲みながら勝利の報告を待つのは如何ですか?」

「そ、そうですな。さすがは勇者様。きっ君、直ぐにお茶を淹れてきたまえ」


近くに居た使用人に命じる辺境伯は、明らかに動揺していた。内心では辺境伯も理解していた。このままでは、勝利は難しいと。他の爵位の貴族なら、渋々ながらも燈継とラーベに救援を要請しただろう。

しかし、辺境伯という国防の要の地位に就いている以上、敵襲など自らの力で払い除けねばならない。

それを分かった上で、燈継は待っていた。次なる戦況報告を……。


「来たか?」

「いや、まだ姿を見せていない」

「随分と悠長だな。勇者というのは」

「もう少し、暴れてみよう。勇者を引きずり出せるかもしれん」

「いや、面倒だ。辺境伯の屋敷に出向くとしよう」

「それは危険だ。勇者の仲間も同時に相手する事になるぞ」

「そこはお前に任せる。どの道最後は屋敷に行く予定だっただろう。」

「……了解だ。お前に従おうセロス」

「頼んだぞファウロ」


闇夜に消えた仲間を見送ると、ガシャン、ガシャンと重厚な鎧が奏でる音と共に、目的の辺境伯の屋敷へ向かって歩みを進める。

建物の影に隠れていた彼の姿は、月明かりの下で照らされて、その異質な存在を際立たせている。

全身を覆う漆黒の鎧に、背中には鎧と対極な白いマントが風に靡いていた。右手に持つ剣からは血が垂れて、彼の背後には、何人かの兵士達が倒れていた。


「多くの命を犠牲にしても、この程度の悪にしか成れなかった。もう希望はお前だけだ……勇者」


外で戦闘が起こっているのが嘘の様に、屋敷では優雅な茶会が行われていた。

当然、漂う空気は死んでいるも同然なのだが、燈継は意外にも出されたお茶に心落ち着かせていた。


(適当に言ってみたけど、このお茶うまいな)

「何と!敵が引いたというのか!」

「はい。現在は逃走している敵を追撃中であります」

「良くやった!さすがは我が精鋭達だ」

「どうやら我々の出る幕はなさそうですね。美味しいお茶を頂いた分、しっかりと働こうと思っていたのですが」

「ははははは。勇者様はご冗談がお上手だ。この街で勇者様のお手を煩わせるなど、あろうはずが御座いません」


辺境伯の心からの安堵が伝わる様に、その場の空気が和らいだ。燈継とラーベの二人を除いて。


(恐らく敵の狙いは辺境伯。逃げた敵は、この屋敷から兵士を遠ざける作戦だとすれば……)


燈継が敵の狙いに思考を巡らせていたその時、勢いよく屋敷の扉が開かれた。扉を開けたのは、燈継にも見覚えがある騎士だった。


「おお。よくぞ戻ったオルデン」

「お逃げ下さい辺境伯!もうじき敵がやってきます!」

「何だと!敵は追い返したのではないのか!」

「それは敵の陽動です。敵の主力は、今この屋敷に迫っています!」

「馬鹿な……」


趨勢は決した。もはや、辺境伯は敗北以外ありえない。燈継とラーベに救援を申し出ない限りは。

名誉と命を天秤にかけて、名誉を取る者もいるだろう。

しかし、この状況で得られる名誉など、命に比べれば軽すぎる。燈継が立ち上がった時、辺境伯は何も言わずに、燈継の言葉を待った。


「辺境伯。よろしければ、私とラーベが加勢致します。勇者として、この街の民をお守り致しましょう」

「……お願いいたします勇者様。どうか、この街を救ってほしい……」

「お任せを。行くぞラーベ!」

「ああ!」


辺境伯の申し出を受けた燈継とラーベは、即座に屋敷を飛び出した。

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