ローデリア火山攻防戦-6
(まずい……互いの主戦力がぶつかり合い均衡している現状。何処か一つでも崩された瞬間、形勢は一気に傾く。そして、最もその危機に瀕しているのは……ジャフナール様を相手する私達)
リネットの頭の中で、最悪のシナリオが浮かぶ。
本来であれば戦場の指揮を執るべきリネットだが、ジャフナールの登場によりそれが許されない現状。
リネットだけではない。大炎竜ヴォルドルフと大海竜モーゼもジャフナールを相手に戦っている。
しかし、そうせざるを得ない。リネット、ヴォルドルフ、モーゼで三体一の戦いを挑まなければならない程、ジャフナールは強い。
「どうした?その程度かヴォルドルフ」
「はあ……はあ……黙れ!我らの汚点たる貴様は、三竜将たる我が必ず裁く!」
「ふはははは!出来もしない事をほざくな。お前達が束になった所で、我には及ばん。リネット、貴様も理解しているだろう?」
「私達は絶対に負けません!今日、ここで、貴方を討つ!」
「愚かだな……大人しく殺されれば良いというのに……」
(どうにかして突破口を作らなければ……竜族と魔竜との戦いも、このままでは押し負ける。何か、何か手を打たなければ!)
かつて魔王軍との戦いを経験した事のある竜達が指揮を執る事で、何とか魔竜との戦いは拮抗しているが、明確に綻びは生まれ、竜族が劣勢である事が見て分かる。
目の前のジャフナールを突破するしかないが、その光景が見えない。
ジャフナールを倒すには、彼の拒絶の性質を持つ魔力を攻略する必要がある。
攻略方法は至ってシンプル。彼の魔力を遥かに上回る一撃で。拒絶の魔力を打ち破るのみ。
だが、リネットの最大出力の一撃は防がれた。
そんな攻略の糸口が掴めないリネットに、モーゼが傍に寄り耳打ちを始める。
「リネット、ヴォルドルフはもう限界です。私がジャフナールの相手を引き受けます」
「っ!?大海竜様、それは危険です。私と大炎竜様を前衛として、大海竜様を後衛としてサポートに徹して下さっているからこそ、ジャフナール様と拮抗しているのです。大海竜様が正面に出れば、その拮抗は崩れます」
「ですが、それではジャフナールを攻略出来ません。ヴォルドルフを一度下げ、私がジャフナールの隙を作ります。その隙を、貴方の一撃で仕留めなさい」
「しかし、私の一撃では……」
「私が正面からジャフナールに最大の一撃を浴びせ、正面に魔力を集中させます。その間、背後の魔力は薄くなるはずです。そこなら、貴方の一撃も届くでしょう」
「……分かりました。お願いします」
モーゼの提案を受け入れたリネットは、雑念を振り払い目の前のジャフナールに集中した。
生まれる隙は一瞬。その隙を逃せば、もう勝機はない。
ジャフナールの意識から外れるように、リネットは静かに魔力を高めた。
一方、傷付いたヴォルドルフがジャフナールに果敢に挑み続ける最中、モーゼがその間に割って入る。
「モーゼ!?邪魔だ!どけ!」
「下がりなさいヴォルドルフ。今の貴方では無駄死にするだけです。ここは、余力がある私が相手します」
「面白くも無い冗談だモーゼ。貴様など相手にならん」
「そうですか?では、これを見てもそう言えますか?」
「ん?ほう……これはこれは……」
ジャフナールの周囲一帯が、巨大な魔法陣に覆われていた。
ヴォルドルフとの戦闘に意識を割かれていたジャフナールは、モーゼが仕掛けた魔法に気付く事はなく、モーゼの術中に嵌まる。
「私が戦闘向きではないと誤解するのは勝手ですが、貴方の前で一度も実力を見せた事はありません」
「生意気な。見せる実力も無いだろうが!」
ジャフナールが黒い魔力を全方位に解き放つと同時、モーゼも魔法を発動させる。
ジャフナールの周囲一帯を覆う魔法陣から、魔力によって生み出された膨大な質量かつ収束された水流が、凄まじい勢いで放たれた。
全方向からの絶え間ない攻撃、ジャフナールも防御に回るしかない。
そんな考えが甘いと言わんばかりに、ジャフナールは黒き魔力を解き放つ力を強め、全方向からの攻撃を押し返した。
魔法陣諸共吹き飛ばしたジャフナールは、正面から次なる一撃に備えるモーゼの姿を捉えた。
「これで、仕留めます」
「貴様から殺してやるモーゼ!」
黒い魔力を纏い迫り来るジャフナールに、モーゼは大きく口を開けて魔力の咆哮を放つ。
大海竜の名に相応しい水の激流。
しかし、魔力量ではジャフナールが勝り、拒絶の性質を持つ魔力を突破する事は出来ない。
だからこそ、この瞬間を待っていた。
ジャフナールの意識が完全にモーゼに囚われ、背後から迫り来る青き魔力に反応が遅れるこの瞬間を……。
「<青の波動・零式>!」
「何っ!?」
背後から迫るリネットの青き魔力が、ジャフナールに炸裂した。
地上へと叩き付けられたジャフナールと共に青き魔力が爆発し、衝撃波が上空まで伝わる。
先程は防がれたリネット最大の一撃だが、ジャフナール本体に直撃すればダメージを与える事は出来る。
何故なら、この一撃はゼロ魔法によるもの。
ラーベの<絶閃>と同じく、この一撃の瞬間だけ扱えるゼロ魔法。
長い年月の中で研鑽を積み重ねたリネットだからこそ、ゼロ魔法の領域へと辿り着いた。
リネットの眼から見て、ジャフナールの防御は遅れた様に見える。
命には届かなくとも、致命傷を与える事は出来たはずだ。
そんな希望的観測を抱いているであろう相手に、ジャフナールは咆えた。
「その程度で……我を倒せると思っているのか!」
「「っ!?」」
リネットとモーゼは、大気を震わすジャフナールの咆哮に背筋が凍る。
今の一撃を受けて尚、ジャフナールの力は健在。
二人共がジャフナールを甘く見ていた訳ではない。
しかし、それでも何処か届き得ると考えていた。
ここへ来て、ようやく理解へと至る。
何故、当時のゼルドリオンが討伐ではなく封印へと至ったのか。
そうせざるを得なかったからだ。
「お前達は下がっていろ……あれは我が相手する」
「大炎竜様……しかし、そのお身体では……」
「我が命を燃やし尽くす。それで奴を……」
「ヴォルドルフ。今の貴方が命を懸けたとしても、ジャフナールには届きません。無駄死はお止めなさい」
「黙れモーゼ。命を惜しんで戦える相手ではない」
(もう打つ手が……ない)
リネットは拳を握りしめて、この絶望的状況を受け入れざるを得ない。
直撃したであろうリネット最大の一撃。積み重ねれば、いつかはジャフナールに有効打となるかもしれない。
そんな途方もない相手に、ヴォルドルフが命を燃やした所で勝てるはずがない。
連合最強の種族としての誇りがあった。必ず勝利して見せるという自信があった。
全て打ち砕かれた。最大の敵は、裏切りの同胞。
絶望に染まるリネットを嘲笑う様に、ジャフナールが舞い戻る。
「案ずるな、貴様ら全員殺してやる」
「ジャフナール!」
「目障りだヴォルドルフ!」
命を燃やしてジャフナールに挑むヴォルドルフ。
ジャフナールからすれば、それは無駄な足掻き。
例え全員が命を懸けたとしても、ジャフナールには届かない。
そう。ジャフナールこそ、最強の竜。次なる竜王に相応しい。
王無き時代の終焉。史上最強にして、史上最凶の竜王の誕生。
そんな未来を、聖剣に選ばれた勇者は許さない。
「一つの神、七つの太陽に願う。我、闇を照らし、偽りを暴く太陽に捧ぐ。万物を燈し、万象は灰と帰す」
「ああ?何だ?」
(勇者様!?どうしてここに!?)
空を飛ぶリネット達の頭上には、燈継の姿があった。
そして、その口からは詠唱が紡がれている。
「我が手に宿れ<我が手に宿りし七つの太陽>」
詠唱を終えた瞬間、既に燈継の拳はジャフナールの眼前に迫る。
事態を理解するよりも先に、ジャフナールは本能で理解した。
その一撃が、自分の命に届き得る事を。
即座に最大の魔力で自身を覆い、燈継の攻撃に対する黒き拒絶の魔力を発動する。
圧倒的速度と威力で燈継の拳を受けたジャフナールは、燈継と共に大地へと叩き付けられた。
そして、敵味方を問わず、ローデリア火山全域が……灼熱の炎に呑みこまれた。