ローデリア火山攻防戦-3
(この邪悪な魔力は初めに感じなかった。魔王軍の幹部か、それとも契約魔将か)
ジャフナールの邪悪な魔力を肌で感じ取った燈継だが、対峙する強敵を前に直ぐに意識を戻した。
魔王軍幹部<凶星>ラドネ。その桁外れた魔力は、ゼロ魔法を習得した燈継ですら脅威となる。
そもそも、ゼロ魔法を習得していなければ相手にすらならないだろう。
それ程の強敵。そして、ラドネも燈継と同じ感想を抱いていた。
(これが勇者の実力か。魔王様の仰る通り……強い)
ラドネもまた、黒い魔力を纏う。
しかしそれは、闇の魔力ではなく、ましてやジャフナールの様な邪悪な魔力でもない。
星の祝福を受けた者が授かる、強大な星の魔力。
それも、世界に混沌をもたらす凶星の魔力。
世界を破滅へと導く為に生まれた存在。それがラドネという存在である。
「行くぞ」
(来る!)
そう告げると同時、凶星の魔力を纏いし拳が燈継へと迫る。
圧倒的な速さで迫り来る、凄まじい魔力。だが、今の燈継はそれに応える。
ゼロ魔法により膨大な魔力が収束した拳を、迫り来るラドネの拳へぶつけた。
二つの魔力の衝突は、それだけで周囲一帯を更地にする衝撃波を生んだ。
そして、両者共に経験した事のない現象に遭遇する。
(これは……そうか)
(互いの拳が触れていない?まさか、互いに密度の高い魔力が厚すぎるあまり、拳が届いていないのか!?)
二人の力は、常軌を逸した遥か高みの領域へ到達している。
そんな二人がぶつかり合ったからこそ生まれる現象。
その瞬間、両者共に理解した。
目の前の相手こそが、自らの生涯において最大の好敵手であると。
二人のぶつかり合いに空間が耐えられなくなり、更に大きな衝撃波が二人を引き離し間合いを作る。
そして、間髪入れずに二人は再び膨大な魔力をぶつけ合う。
次は一撃で終わらない。衝撃波で飛ばされない様に、両者とも一層深く大地を踏みしめて拳を打ち合った。
「「はあっ!」」
互角。
そう思われた打ち合いの中で、僅かに均衡が傾く。
ラドネの拳が、燈継の拳が纏う魔力を破りつつあった。
魔力量で燈継が劣っている訳ではない。ただ、魔力性質に差があった。
(そうか。こいつの魔力は……)
星の魔力は、魔力その物が超高温の熱を帯びている。
少なくとも、燈継程の魔力で身を纏っていなければ、どれだけ防御してもその熱で焼かれ死ぬだろう。
星が持つ熱。それが星の魔力にはある。その熱が、燈継の魔力を破ろうとしていた。
だが、その熱に対抗する手段を燈継は持っている。
「<我が手の太陽>」
「っ!?」
星が持つ熱を超える灼熱の炎。
その炎が灯された瞬間、燈継の拳が星の魔力を打ち破り、ラドネの拳と遂に接した。
極限まで圧縮された灼熱の炎が弾け、ラドネに襲い掛かる。
これまでで最も大きな衝撃波。周囲に及ぼす熱により、倒壊した木々が燃え盛る。
空気中に含む水が蒸発した事により、燈継の周りには湯気が立ち込める。
その目は、遥か遠くに飛ばしたであろう敵を見据えていた。
マスター・ゼロを倒した一撃。本来であれば、これで勝負が決してもおかしくはない。
しかし、燈継に確信が有った。今の一撃で倒せないという確信が。
「本気を出していないとはいえ、押し負けたのは初めてだ」
「あっそ」
燈継の確信通り、ラドネは燈継の前に姿を現した。
無傷ではない。しかし、重症には至っていない。
あの一撃を受けて、戦闘に支障をきたす手傷を負わせていないという現実を前に、燈継は冷静に相手を分析していた。
(まあ、妥当なダメージだな。クリティカルヒットしない限り決定打には欠ける。となると、こいつを倒すには全力を出す以外に無いと思うが……今はまだ、全力を出す訳には行かない)
一方、ラドネも燈継と同じく思考を巡らせる。
そもそも、今回の戦いにおける二人の勝利条件は違う。
ラドネは、燈継が竜族との戦いに介入出来ないよう、足止めしていればそれでいい。
それに比べ、燈継の勝利条件は厳しい。
まず大前提として、魔王軍を撃退して竜族を守ること。
その上で、燈継達はこの戦いで魔王を討ち取るつもりでいる。
(勇者は油断ならない相手だ。だが、守る事に徹していれば脅威足りえない。このまま勇者を足止めしていれば、それで十分だ)
燈継とラドネが相対している時、リネットの一撃により戦場から遠ざけられたヴァリアの前に立ちはだかる者がいる。
ラーベが構える風神剣の切っ先が、ヴァリアに向けられていた。
「貴様は一体何者だ?契約魔将か、それとも魔王軍幹部か」
「魔王軍幹部<重撃>ヴァリア。それを聞いたところで、貴様に何が出来る」
「そうだな。何者か聞いたところで、殺す事には変わりない」
「愚かな……身の程を知れ」
白髪に赤い瞳。人を捨て力を求めた男。
立ちはだかる敵は、全て圧し潰す。
笑みを浮かべたヴァリアは、その力を解き放つ。
「<歪曲点>」
「っ!?」
危険を察知したラーベが、即座にその場から姿を消した。
直後、ラーベの背後にあった木々が歪み、最後には捻じ切れる。
純粋な破壊ではないその魔法に、ラーベは冷静に分析を始めた。
(攻撃の軌道をずらし、物体を引き寄せ、空間を捻じ曲げる。どういう魔法かは分からないが、何が出来るかを理解すれば対処は出来るはずだ。今は、奴からこの魔法を引き出し続ける)
ラーベが思考を巡らせる間も、ヴァリアは高速で回避を続けるラーベに攻撃を続ける。
ヴァリアの手をかざした先の空間が捻じ切れ、次第に辺りを覆う木々は粉砕されて行く。
現状、速度で勝るラーベにヴァリアの攻撃が当たる事はない。
しかし、それはヴァリアがラーベの実力を測っているから。
相手の力量を見定めた時、そこからが本当の勝負となる。
「成程速いな。だが、それだけだ」
「その速さに、付いて来れないだろう」
「笑えない冗談だ。速さなど、私の前では無意味だと言うのに<重極点>」
「っ!?」
ラーベが即座に飛び退くよりも速く、ヴァリアが空間ごとラーベを捉えた。
四方から強い力で引き寄せられるラーベは、自身の意志に反して体が無防備に開いていく。
引き寄せる力は、決して一方向だけではない。
完全に身動きを取れなくなったラーベに対し、ヴァリアは笑みを浮かべて語り始める。
「これが私の魔法、重力というらしいな。初めは引き寄せる魔法とばかり思っていたが、魔王様の助言により更なる力を得た。このまま貴様が、引き裂かれる様をじっくりと見守るのも悪くはないが……今は遊んでいる暇はない。捻じ切れて死ね……<歪曲点>」
身動きが取れないラーベに、ゆっくりと手をかざすヴァリア。
ラーベの胴体の中心に焦点を当て、空間が歪んでいく。
捉えた獲物を殺すだけ。ヴァリアの意識は、既に竜族を殲滅する事に向いていた。
故に、一瞬の防御が遅れる。
周囲一帯を斬撃によって切り刻む、刃と化した風。
一閃に非ず、吹き荒れる風は幾重にも斬撃を重ね、形が保てなくなるまで切り刻む。
<風神絶化>
契約魔将<剛拳>バウンザー・ロウとの戦いで、瞬間的にゼロ魔法へ至る。
エリオ・リンドハルムによって明かされたゼロ魔法の存在。
<絶閃>を繰り出す時のみ無意識化で発動するゼロ魔法をものにすべく、ラーベも修業を重ねていた。
常時発動の域には到達していないが、新たな領域へ足を踏み入れた。
それが<風神絶化>。五分間、ゼロ魔法の発動状態となる。
「勇者の供を務めるだけはあるか」
「当然だ」
僅かに防御が遅れたが、その後に襲い掛かる斬撃は<重極点>により軌道をずらした。
しかし、ヴァリアも無傷ではない。
致命傷には至っていないが、体の至る所から血を流している。
頭から口元へ流れて来た血を舌で舐め取り、ラーベに対する認識を改めた。
「少しばかり、本気を出すとしよう」
「全力を出していればと、後悔するよりも早く貴様を討つ!」
幾重にも重なる風の刃が、暴風となって吹き荒れた。