竜の故郷-2
舗装された道とは言え、揺れない馬車は無い。
長時間乗り続ければ、次第に臀部と腰に負担がかかる。
ましてや、左右から体を押し付けられ、圧迫感を感じる程に狭い馬車なら尚の事。
(せっっっっま!もう普通に歩きたい)
十王会議を終えた燈継達勇者一行は、自由都市ミストレアからローデリア火山へ向けて旅立った。
他の国とは違い、リネット達竜族の代表団は護衛を含めて三人という少数で来ていた。
それに伴い馬車もかなり小さく、燈継は左右に座るラーベとアテラから体を押し付けられている状態。
当然ながら、彼女らの横幅が太い訳ではない。馬車の中が狭すぎるのだ。
「大丈夫か燈継?私の膝の上に座るか?」
「リネットさんの前でそれはない」
「ラーベって、普段からそんな事言ってるの?流石に燈継が可哀そうよ」
「何を言う!私は先代勇者様から、燈継の面倒を見るよう任された身だ!その務めを果たさなければならない」
「狭い馬車で暴れないくれ……」
「あはは……すみません勇者様。まさか、我々も勇者様にご同行頂くとは思ってもおらず……」
「い、いえ。それは当然かと。しかし、そろそろ体を伸ばしたくなってきました」
「もう少しで村が見えるはずです。そこで休憩を挟みましょう」
「はい。お願いします」
リネットは申し訳なさそうに笑みを浮かべながら、燈継に有益な提案を行う。
初めはこの馬車に乗って下さいと言われた燈継達は、徒歩で行く事を真剣に検討した。
しかし、魔王が襲撃に来るかもしれない状況で、悠長に歩いている時間はない上に、全員が全速力で地上を駆けるとしても、道中に魔力を消費したくない。
とはいえ、これだけ狭いと感じる馬車は、重量超過で本来の速度が出ないのではと燈継は考えた。
燈継のその考察は、馬車が走り出した途端に間違っている事を証明した。
馬車を牽く馬は、竜血馬と呼ばれている。
その昔、竜の血を飲んだとされる馬が、普通の馬では考えられない程の能力に目覚めた。
一夜にして千里を駆け抜けたとされる伝説の馬の血統は、今も尚続いている。
今の竜血馬では、流石に一夜にして千里は不可能だが、それでも普通の馬に比べると異次元の能力を持っている。
「あの……失礼な質問なら申し訳ないのですが」
「はい。何なりとお聞きください」
「竜人というのは、純血種の竜と人間種との間に生まれた種族を指す。という認識でお間違いないですか?」
「ええ。お間違いございません」
「では、その……純血種の竜と人間種が結ばれるのは、珍しい事ではないという事ですか?」
「うーん……純血種の竜と人間種が出会う事自体が珍しいですので、竜人と純血種の竜から生まれる竜人の方が多いですかね」
「え?それだと、強大な竜族の血が人間種の血を淘汰して、最終的に生まれてくるのは純血種の竜になりませんか?」
「未だにその例はありませんが、いつかはそうなってしまうかもしれませんね。そもそも、我々は長命種ですから繁殖力が低いのです。最後に生まれた竜人も、今から160年程前だったと思います」
「成程……」
休憩で立ち寄った村の酒場で、気になっていた疑問を問い掛ける燈継。
リネットから回答は、納得できたようで謎が多いままだった。
純血種の竜と人間種が結ばれる。
あまり信じられる話ではなかったが、それでも実際に竜人という種族がいる以上、信じる他はない。
魔法が現実に存在している様に、そういう事があっても不思議ではない。
燈継はそう自分に言い聞かせて、この話を終わりにした。
食事と休憩を取り英気を養った一行は、再び窮屈な馬車でローデリア火山へと向かう。
ローデリア火山は人里離れた未開の地を抜ける為、自然と舗装された道は無くなっていく。
車輪の震動が伝わり、快適とは程遠い時間を過ごす事約12時間。
窓から顔を出して外の景色を眺める燈継。
馬車の行く先には、周辺の山々よりも一際大きく、天に聳え立つ壮大な山が見えて来た。
その山こそが竜族の故郷、ローデリア火山である。
普通の馬なら三日から五日はかかる所を、竜血馬は12時間で駆け抜けた。
「あれが……」
「はい。我らが故郷、ローデリア火山です」
ローデリア火山の周りには、空を飛ぶ影がある。
恐らく、純血種の竜だろう。
遠くからでも見える程の影ということは、間近で見ると相当な大きさだということ。
初めて見る竜という存在に心躍らせながらも、燈継は気を引き締めた。
今にでも魔王の襲撃があってもおかしくはない。
しかし、許されるのなら、ベッドの上で体を伸ばして快適な睡眠を所望する。
そんな燈継の心中を察してか、リネットが予定を話し始めた。
「皆様にはご不便をお掛けしましたので、直ぐにでもお休み頂きたいのですが……初めに三竜将の方々にお会い頂きます。魔王襲撃の件は私から説明いたしますので、勇者様には魔王に関する情報を改めてお教え頂きたいと考えております」
「分かりました。可能な限り魔王に関する情報をご説明いたします」
「はい。お願いします」
ローデリア火山の麓まで入ると、そこには竜人達の生活圏が広がっていた。
石造りの家が集まり、一つの集落となっている。
その中を駆け抜ける馬車に対し、リネットの帰還を知った竜人達は手を振って迎えていた。
燈継が窓から見る限り、竜人達はエルフの里よりも人口が少ない。
特に子供の姿は見えず、成人した竜人しか目に見えない。
そんな彼らは、少なくとも100年以上の時を生きている。
「魔王軍と戦闘になった時、竜人の皆様は戦闘に参加されるのですか?」
「ええ。勿論です。誇り高き我ら竜族は、純血種も竜人も関係ありません。皆が一丸となって魔王軍を迎え撃ちます」
「それは頼もしい。ですが、くれぐれも無理はなさらないでください。それだけは、皆様にお伝えください」
「勇者様のお心遣いに感謝いたします」
ローデリア火山の麓から中腹へ来ると、そこには純血種の竜達が暮らしていた。
大きな翼を広げて空を飛んでいる竜がいれば、その巨体を丸めてスヤスヤと眠っている竜も居る。
純血種の竜は、基本的な食事を必要としない。
彼らの命の源となるのは、この世界に溢れる魔力そのものである。
それ故に高い魔力保有量を誇り、最強の種族と呼ばれている。
娯楽としての美味しい食事を楽しむ純血種の竜も居る為、個体差によって食事に対する考え方は違う。
「成程。まあ、もしも純血種の竜達が食事をするなら、物凄い量の食料が必要になりそうですね」
「十年に一度、純血種の皆様に供物を捧げる祭りがありますが、その時は竜人総出で食料集めを行います」
「それは、大変そうですね……」
「はい。特に、300年程前から大食いの方が居まして……本当に大変です」
「そ、そうですか」
リネットの表情から見える苦労を感じ取り、同情する燈継。
竜人を取りまとめる立場のリネットは、純血種の竜達との橋渡し役でもあるだろう。
純血種の竜から色々な注文を受けては、頭を抱えるリネットの姿が想像出来た。
そこでふと、燈継はリネットに尋ねた。
「そう言えば、十王会議で偵察部隊に選ばれた……えーと」
「大魔導竜様ですか?」
「あ、はい。大魔導竜様は眠っているとリネットさんは言っていましたが、その祭りの時も眠っているのですか?」
「そうですね。五百年前の魔王軍との戦い以降、大魔導竜様はずっと眠って……」
ゾクッ
「っ!?」
その時、勇者一行は凄まじい魔力を感じた。
魔力の扱いを知らぬ一般人なら、強大すぎる魔力の圧で気を失っていただろう。
それ程に強大な魔力。当然、勇者一行は即座に戦闘態勢に入る。
馬車の両側から一斉に飛びして、その強大な魔力の主を視界に捉える。
「ほう……人間とは思えぬ魔力量だ」
「っ!」
燈継達の視界に映るのは、空を覆う巨大な翼。
幾つもの激戦を戦い抜いて来た灰色の鱗には、所々に傷を残している。
琥珀色の眼に映るのは、小さな体に自分よりも膨大な魔力を秘めた少年。
その少年の顔を見て、灰色の竜は笑った。
「似ているな。蒼義に」
「え?」
唐突に出された父の名前に、燈継は瞬時に理解した。
この灰色の竜は……。
「だ、大魔導竜様!?お目覚めになられたのですか!」
「これだけ膨大な魔力が近づけば、嫌でも起こされるだろう。もっとも、敵ではないと直ぐに分かったがな」
「で、では貴方が……」
「如何にも、我こそがゼルドリオンだ。盟友の子よ」