初戦
星界の巫女が居るグランザール王国の王都には、馬を使えば三日で辿り着ける。
にもかかわらず、ラーベは徒歩で道中の村に立ち寄り、困っている人々を助けるのが勇者としての役目だと主張した。
「却下だ」
「何っ!」
「王都まで道中全ての村に立ち寄るなんて、できる訳ないだろう。一刻も早く星界の巫女に会いに行くのが目的だ」
「いや違う。勇者たるもの、困っている全ての人々を助けるべきだ」
「通りすがりに困っている人がいるなら勿論助ける。だが、遠回りしてまでする事ではない。村の困り事を解決するのは、国か領主の仕事だ」
「しかし……」
「これ以上の口論をするつもりは無い。馬で一直線に目指す」
膨れっ面のラーベを連れて兵営区域で馬を貰い、最初の目的地であるルスタルを目指す。
陽が落ちる頃、燈継とラーベの視線の先で大勢の人影が見えた。近づくにつれ、芸術性を持たせた造形の馬車や剣を振るう者達が見え、貴族が野盗に襲われている判断した燈継は即座に戦闘に加入した。
倒れている男に剣を突き刺そうとした野盗に<水の拘束>を放ち動きを止める。
身動きの取れない野盗に、勇者の聖剣を抜くと同時に薙ぎ払うが、突撃してくる燈継を察知した野盗は自由の利く足に魔力を集中させ飛び退いた。
「馬にして良かっただろ。おかで、救える命がある」
「あ……あなたは?」
「自己紹介は後ほど、今は加勢します」
「か……感謝します。馬車には辺境伯がのっております。どうか……」
「分かりました。貴方は少しお休みください。ラーベ、馬車を頼んだ」
「承知した」
燈継は聖剣を構えて野盗を見据える。<水の拘束>で上半身に巻き付いた魔力の水を野盗は魔力を解き放ち振りほどいた。
「何者だ。邪魔をするからには、容赦なく殺す」
「……名乗るべきだよな。名声を高めるのも仕事の内だ」
「どうした?今更怖気づいたか」
燈継は野盗の言葉を無視して聖剣を天に掲げた。
「我が名は熾綜 燈継!聖剣に選ばれし勇者だ!」
「どうやら頭のおかしな奴みたいだな。直ぐに殺してやる」
「……」
好きで名乗った訳ではないのに、頭のおかしな奴と言われる始末。恥ずかしさと苛立ちをぶつけるかの様に、燈継は魔法を放つ。
「<爆裂矢>」
「っ!」
燈継の周りに出現した宙に浮く炎の矢は、野盗に矢先を向けて一斉に放たれる。
野盗は高速で放たれる炎の矢を回避するも、回避した先に炎の矢が着弾して爆発を起こす。野盗が足を止めた所に、複数の炎の矢が襲い掛かる。
炎の矢が野盗に着弾し、連続して爆発を起こした。爆発の黒煙から姿を晒した野盗は、魔力を全力で放出する事で防御を固めたが、それでも完全に防ぎ切る事は出来ずに、重度のやけどを負っていた。
「くっ……二つの属性を扱えるのか……勇者というのは、あながち嘘ではないようだな」
「認めて貰えた様で何よりだ」
「燈継。大丈夫か?」
「こっちは大丈夫だ。そっちこそ馬車は無事か?」
「誰に言っている。守護者たる私が野盗如きに後れを取る訳ないだろう」
馬車の方を見ると、先程まで数で勝っていた野盗達が血を流して倒れている。ラーベが一人加わっただけで、野盗達の優位は完全に崩れていた。
勝敗が決した状況で、燈継は目の前の野盗に問う。
「投降するか?それともまだやるか?好きな方を選べ」
「……貴様に選択を強要される気は無い!」
野盗が地面に何かを叩きつけた瞬間、白い煙が視界を覆う。煙に乗じた野盗の奇襲を警戒し、燈継は周囲への警戒を行う。しかし、ラーベの風神剣によって強風が巻き起こり、白い煙は即座に霧散する。
視界が良好になると、そこに野盗達の姿は無かった。
「逃げられたか……」
「燈継。怪我はないか?」
「さっきも言っただろう、大丈夫だ。それよりも、今はこの人たちを助けよう」
「ああ。そうだな」
燈継は腰に下げた革袋から回復薬を取り出して、取れている男に飲ませた。回復薬を飲ませると、起き上がることも出来なかった男が、自力で立ち上がるまで回復した。
回復薬というRPGなどでよく登場するそれは、飲んだだけで即座に傷を癒すという優れもの。
しかし、実際にこの異世界で回復薬を渡された時、手の平サイズの小瓶に入った緑の液体を口にしたくは無かった。飲んだだけである程度の傷を瞬時に治すなど、明らかに元の世界の医療を超越した代物に、疑問を抱かざる負えなかった。
それが、男に回復薬を飲ませその効果を自分の眼で確認した事で、燈継の回復薬に対する懐疑心はある程度払拭された。
「私は、今日という日を生涯忘れる事はありません。勇者様に助けて頂いたご恩は、子孫代々語り継きます」
「お構いなく辺境伯、私は当然の事をしただけです」
「そして、守護者殿にも感謝申し上げます」
「礼には及ばない辺境伯。友邦の貴族である貴方を助けるのは、勇者燈継と同じく当然な事だ」
野盗に襲われていた辺境伯一行を助けた燈継は、辺境伯の屋敷に招待され、もてなしを受けていた。
本来はこの街に到着後、宿で一泊して早朝には出る予定だったが、命の恩人を屋敷に招待しない事は無礼に当たるという辺境伯の誘いで、屋敷で一晩を明かす事となった。
この世界に来てから肉類を食さないエルフの国で過ごしていた為、辺境伯の屋敷で出された肉料理に燈継は密かに心躍らせていた。
無論、ラーベにはエルフ専用の料理が提供された。クリスタル王国から最も近い都市という事もあり、エルフが食せる食材は取り揃えられている。
「ねえ勇者様!勇者様はこれから王都へ行くんでしょ?エリーも連れて行って欲しいの!」
「エリー!その様な事を言って勇者様を困らせる出ない!」
「嫌!エリーも王都へ行きたいの!ねぇ、いいでしょ勇者様」
「ごめんよエリー。君を連れては行けないんだ」
燈継達が来たタイミングで目を覚ましたエリーは、野盗に襲われていたという事実を知らない。エリーにとって燈継は、良く聞かされたお伽話に出てくる憧れの勇者様。
それに引き換え、何とも言えない困り顔を浮かべている燈継は、子供の対応が苦手だと物語っている。
その後、ラーベの意志で同室となった今晩の寝床に横になり、自然と深い溜息が漏れた。
まさか、旅に出た初日に野盗に出くわすとは思わなかった。今回は激しい戦闘になる事もなく追い払えたが、次は相手を斬る必要があるかも知れない。
周りを直視出来なかった。直前まで生きていた人間が、血を流して死んでいる様を無意識に見ない様にしていたのかも知れない。
アーラインが言っていた。どれだけ強くても、自らの手で命を奪う事に躊躇いが生まれるだろうと。それを克服するには、経験しか無いとも言っていた。
つまり、いずれは自分の手で命を殺める時が来る。そうしなければ、救えない命があるかも知れない。
「疲れたか燈継?もう一泊して、身体を休めるか?辺境伯も断りはしないだろう」
「いや、予定通り朝には旅立つ。少しでも早く星界の巫女に会いに行く」
「分かった。何か不調があれば、我慢せずに私に言ってくれ」
「ありがとうラーベ。……今は大丈夫だ」
ラーベは躊躇わず野盗を切り伏せていた。守護者として戦闘経験豊富なのは知っていたが、実際に目の当りにするのとでは、やはり違う。
模擬戦を行った時とは、明らかに纏っている雰囲気が違った。あれが本当の殺気というものだろう。
必要があるかも知れない。だが、可能な限り誰も殺したくはない。
燈継は勇者として当然かつ、愚かな願いと共に眠りに就いた。
薄暗い洞窟を松明も点けずに歩いている男は、全身に伝わる痛みに耐えながらゆっくりとした足取りで歩みを進めていた。
本来は戦利品と共に、仲間達とこの洞窟を歩いている筈だったが、突然の介入者によって全てが水の泡となって消えた。
だが、まだ終わっていない。あの男が居る限り、まだ負けていない。
「遅かったなファウロ。その様子を見る限り、失敗したか」
「ああ。悪いなセロス。計算外の介入があった」
「王国騎士団か?」
「いや違う。……勇者だ」
「……」
「ふざけている訳ではない。真実だ」
「そうか、遂に現れたか」
洞窟の開けた空間に置かれた椅子の上で、一冊の本を読んでいたセロスと呼ばれた男は、勇者という単語を聞いて本を閉じて机に置いた。
そして、落胆とも、喜びとも捉えられる表情を浮かべるセロス。
「どうする?」
「決まっている。今晩、辺境伯の屋敷を襲撃する」
「やるつもりなのか……」
「無論だ。俺はずっと勇者を待っていたんだ」
「……分かった。直ぐに準備を整えよう」
ファウロが重い足取りでセロスの下を去った後、セロスには別の客人が訪れていた。
どこからともなく現れたその影は、これから出向く戦いに向けて、鎧を身に付けているセロスに向かって語り掛けた。
「何匹か魔物を貸しても構わないが」
「邪魔はするな。勇者は俺が相手をする」
「勝算はあるのか?」
「そんなものは無い。というよりも必要が無い。俺の目的は、勇者を殺す事じゃないからな」
「私がそれを命じても、お前は背くというのか。私の配下でありながら」
「お前には感謝している。食料を含めた多大な支援は、本当に助かった。だが、最初にお前が言っただろう、俺のやり方に任せると」
「ふん……そうだったな。好きにしたまえ『黒騎士』」
「言われずとも、俺は好きにやらせてもらう」
洞窟を出て月明かりの下に照らされたセロスは、妖しくも美しい漆黒の鎧を身に纏い、自らを照らす月に手を伸ばした。
「この世界を変えてみせる。たとえ、俺が死のうとも構わない」




