十王会議-7
魔王の襲撃を受けた十王会議。
戦闘へは至らなかったものの、魔王が次の攻撃目標を宣言した事で、先手を取られたと言わざるを得ない。
魔王が竜族へ襲撃を行うなら、燈継達はそれを迎え撃つ為に竜族が住むローデリア火山に行くしかない。
魔王に連合の内情をかなり深い所まで知られている可能性もある。
偵察部隊に大魔導竜ことゼルドリオンを推薦していたレイラは、再考の余地ありと竜族の代表である竜人のリネットに提案した。
「リネットよ。魔王が襲撃にくると分かっているのなら、ゼルドリオンは偵察部隊に入れるべきではないだろう。あやつが居ると居ないとでは、戦力の差が大きい。万全を期すなら、ゼルドリオンはローデリア火山に置いておくべきだ」
「いいえ、クリスタル女王。その心配は無用でございます。大魔導竜様が居らずとも、我ら竜族に敗北はありません。それに、勇者様が来てくれるのなら、それは確実となります」
「しかし、あの魔王の事だ。ゼルドリオンや勇者一行を踏まえて戦力を揃えて来るはずだ。いくら竜族と言えども、油断は禁物だ」
「ですが、偵察部隊を疎かにする訳にもいきません。魔王がレフィリアの大地を離れるのなら、偵察の好機です。当然、防衛の為の戦力は残しているでしょうから、ゼルドリオン様抜きの偵察部隊では他お二人の負担が大きすぎます。偵察部隊に必ず生きて帰って頂く為にも、大魔導竜様を欠かす事は出来ないのでは?」
「それはそうだが……」
レイラは頭を悩ませていた。
この十王会議の場において、全く存在感を示さないエリオ・リンドハルムを除けば、レイラは最年長となる。
長命種かつ五百年前の魔王軍との戦いで、英雄と呼ばれた者は何人か生き残っている。
その中でも、偵察部隊にあげた三人は一線を画す実力者。
戦闘能力は勿論の事ながら、手段の多さ故に生存能力も高い。
ただ強いだけではなく、生き残る為の賢さを持ち合わせているからこそ信頼できる。
他二人を除いて、ゼルドリオンの代わりが居るかと聞かれたら、居るには居る。
それは、世界最強の魔導師エリオ・リンドハルムとエルフの女王レイラ自身と、彼女の最愛の息子である燈継。
レイラは女王故に国を離れる訳にはいかず、燈継は魔王を迎え撃つ為にローデリア火山へ行かなくてはならい。
世界最強の魔導師に至っては、五百年前からそもそも協力的ではない。
戦闘能力だけなら他にも候補がいるが、あらゆる場面で幾つもの選択肢を持つのは、世界屈指の魔導師達。
それを考えると、やはりゼルドリオンの代わりは居ないという結論へと至ってしまう。
「分かった。当初の予定通り、ゼルドリオンは偵察部隊で行くとしよう」
「はい。ご心配なく。必ずや我らが勝利してみせます」
「ああ。ここで魔王軍の戦力を削れば、後々の戦いも有利になる。頼んだぞ」
「はい」
他の王達に言葉を挟ませる余地すら与えず、レイラは結論を出した。
本音を打ち明ければ、レイラの私情もあった。
ゼルドリオンが燈継達と共に魔王軍を迎え撃てば、勝率は格段に跳ね上がる。
他の竜族が弱い訳ではない。ゼルドリオンが別格なのだ。
燈継を想えば、ゼルドリオンにはローデリア火山に居て欲しかった。
しかし、一国の王として私情で判断を誤る訳にはいかない。
偵察部隊の成功の是非に、今後の連合の命運が懸かっている事を考えれば、偵察部隊に妥協は出来ない。
(もっとも、連合の命運が懸かっているのは、竜族の襲撃にも言える事だが……)
レイラは竜族が全滅すれば、連合は敗北へ大きな一歩を踏み出すとの確信があった。
それは戦力としては勿論、連合軍全体の士気にも関わる。
連合最強の種族である竜族が全滅すれば、多くの種族は絶望するだろう。
そうなれば、戦う前から敗北してしまう。それ程に、軍の士気は重要だという事をレイラは理解していた。
それに加えて、レイラを含め多くの者が理解していない要因もあった。
それは、この世界では言語化されていない<制空権>という概念である。
燈継が居た元の世界においては、戦争をする上で制空権が非常に大事なものだと、軍人でなくとも知っている者は多い。
要は空を制した側が、戦場を支配するということ。
純血種の竜は、大いなる翼で空を覆う。
上空から地上へ放たれる息吹は、敵軍に大打撃を与える事が出来る。
五百年前の魔王軍との戦いにおいて、魔王軍が従える魔竜との激戦を制し、連合軍は戦場の空を支配した。
それからは、竜族を始めとする空からの攻撃で、連合軍は勢いを増して魔王軍に大打撃を与える事に成功した。
竜人には個体差があれど、空を飛び地上へ魔法を放つ事が出来る。
空を飛べる魔導師も居る。翼を持つ獣人族も居る。
しかし、やはり純血種の竜は格が違う。
空からの偵察だけなら、純血種の竜の以外でも可能だが、火力の面においては純血種の竜が圧倒的である。
燈継程の魔導師なら話は別として、普通の魔導師では火力で劣る上に魔力の消費も激しい。
浮遊して空からの攻撃は可能でも、長距離に渡って飛行しながらの攻撃は難しい。
それは竜人においても同じであり、竜人の特性に起因するものでもあるが、長時間に渡って空を支配するのは難しいだろう。
翼を持つ獣人族に至っては、空を自在に飛べても、魔法を得意としない者が多い。
魔法が得意な獣人族もいるが、翼を持つ獣人族の殆どは魔導師ではない。
これらの事を考えると、純血種の竜が全滅すれば、連合軍は戦略的にも大きな損害を受ける事になる。
この中で、その知識に触れている可能性がある燈継は、残念な事に竜族と制空権を結びつける事は出来ていない。
そもそもその方面に詳しい訳でもなく、偶然見た戦争映画でそれを単語として聞いたくらいだろう。
そして、唯一それを理解しているエリオ・リンドハルムは、ただ沈黙していた。
「竜族に支援は必要か?」
静寂の中、イースランドの若き王が訊ねた。
「ご心配には及びません。イースランド王よ。我らの心配よりも、自国の防衛をお考え下さい。魔王が必ずしも我らのもとへ来るとは限りません。各国は最終決戦へ向けての準備を行うと同時に、魔王軍の襲撃に備え、最大限の警戒すべきです」
「それは重々承知の上だ。しかし……あの魔王を侮る訳にはいかん。五百年前の魔王軍との戦いに勝利した記憶がある長命種にとっては、魔王軍に勝利出来ると信じてやまないのだろう。だが、私には魔王の手の平で転がされている様にしか思えない」
「何かお考えが?」
「ローデリア火山からの退避だ」
「「「っ!?」」」
イースランドの若き王の発言に、全員に激震が走った。
無礼極まりない不遜な発言。
それをよりにもよって、連合最強の種族である竜族に向けて言い放った。
当然、竜族を代表するリネットは静かに、そして猛烈な怒りを込めて問う。
「それは……我ら竜族に対する侮辱と受け取りますが?」
「そんなつもりは毛頭ない。魔王にはこちらの動きが読まれている。ならば、その読みを外す事が最善の手だと考えたまでだ」
「我らに故郷を捨てろと言っているのですよ。それが侮辱以外の何だと言うのですか?それに、イースランド王よ。貴方が我らの立場となった時、玉座を捨て、国を捨て、無様に逃げ隠れろと言われた時、貴方は何と答えるのですか?」
「それが最善で、現実的で、民を救う事が出来るのなら、私は喜んで民と共に逃げ出そう。もっとも、それは国を捨てるのではない。一時的な退避であり、必ずや我らの故郷へと帰還する。まあ、我ら人間種は数が多い。我々を受け入れてくれる空間があるのなら、という話にはなるが」
「数が少ない竜族なら、その空間的余地があると?」
「如何にも。我らイースランド王国には、最古に竜王と交わした盟約がある事をお忘れか?歴代のイースランド王はその盟約は守り、約束の地<エデンヴァル>に何人たりとも足を踏み入れさせてはいない。そもそも、あの地は我らが竜族に捧げた地であり、ローデリア火山に並ぶ竜族のもう一つの故郷とも言える」
「っ!?」
リネットの表情には驚愕が浮かび、多くの者達には困惑の表情が浮かんでいた。
唯一、世界最強の魔導師エリオ・リンドハルムは意外そうな表情を浮かべる。
燈継は椅子に座ったまま後ろを振り返り、イースランド王国出身のアテラに視線で問いかける。
燈継の視線に気付き、無言で首を横に振るアテラ。
何一つ話が見えていない燈継や他の者達を他所に、イースランド王とリネットは話を続けた。
「覚えているのですか……」
「もはや伝説の類ではあるがな。それとも、そちらが忘れていたのか?」
「忘れるはずがありません。その盟約は、今は亡き竜王様が交わした盟約。純血種の竜は勿論、私達竜人にも伝説として語り継がれています。ですが……時代の移り変わりが激しい人間種の王が、遥か昔の伝説を信じ、その盟約を守り続けていた事が驚きなのです」
「まあ、そうだな……戦争、反乱、災害、幾度となく我が国は窮地に陥った。それでも……」
その時、イースランド王はチラリとアテラに視線を向けた。
イースランド王国が誇る英雄。その娘が、勇者と共に魔王討伐の使命を果たそうとしている。
僅かな笑みを浮かべ、イースランド王としての矜持を胸にリネットへ語る。
「偉大なる先代達と、数多の英雄達の活躍により、竜王と盟約を交わした我が王家は、一度もその血を絶やすことなく、今日まで歴史を紡いで来た。もはや伝説となった盟約なれど、偉大なる先代達が語り継いできた。だから、私はイースランド王として、その盟約を遵守する」
「……」
リネットの心中には、反省と敬意があった。
人間種に対して表面上は友好的な態度を示していても、潜在的に劣った種族であるとどこか見下していたのではないかという反省。
当然、リネットは種族で差別している自覚は無い。
しかし、人間種の愚かさ目の当りにしていると、心の奥底では見下しているのではないかと思ってしまう。
同じ種族で争い合い、己の野望の為に他者を傷付ける種族。
帝国を見れば、正にその愚かさを体現したかのような国家だと嫌でも思い知らされる。
だけど、人間種の中にも敬意を払う存在も居る。
これまで、歴代のイースランド王と顔を合わせる事はあったが、その中で彼らは一度たりとも盟約を口にした事はない。
それは何故か。リネットの推察通りならば……。
「まあ、我々が盟約を忘れていたと思われても仕方がない。これまで一度も口に出した事はないからな」
「それは、イースランド王国に竜族を招き入れる事で、国防の為の兵器として利用していると思われたくはないから。ですか?」
「如何にも。我々は自国の利益の為に盟約を利用しない。だからこそ、今初めて口にした。もしも、竜族に危機が迫っているのなら、約束の地<エデンヴァル>は何時でも迎え入れる準備が出来ていると。そう伝えたかった」
「ありがとうございます。イースランド王よ。そして、我らとの盟約を守り続けて来た歴代の王に敬意を。ですが、その上で我らはローデリア火山で魔王軍を迎え撃ちます」
「ほう?」
「魔王がこちらの動向を把握しているなら、約束の地<エデンヴァル>に退避しても、魔王軍は襲撃してくるかも知れません。そうなれば、被害を受けるのは我々だけでなく、イースランド王国も甚大な被害を受けるでしょう」
「我らは共に戦う準備も覚悟も出来ているぞ」
「それでも、です。竜族の誇りにかけて、連合最強の種族としての務めを果たします」
リネットの瞳には、覚悟を決めた力強い意志が宿る。
連合最強の種族として、他種族へ迷惑をかける訳にはいかない。
盟約があったとしても……いやむしろ、盟約を守り続けて来た尊きイースランド王国を守る為にも、竜族は魔王を自らの力で撃退する。
それが、連合最強の種族としての誇りであり、果たすべき務めである。
そこまで言われたイースランド王は、大人しく引き下がるしかない。
「分かった。我々は竜族の勝利を信じよう。もし何かあれば、約束の地<エデンヴァル>は何時でも歓迎する」
「はい。ありがとうございます」
イースランド王とリネットの会話が一区切りした所で、会場はようやく落ち着いた雰囲気を取り戻す。
初めはイースランド王が竜族を侮辱するかの様な言動に、マルテですら内心焦りがあった。
他の王達もそうだろう。最古にイースランド王と竜王が交わした盟約など、誰も知らなかったのだから。
エルフの女王であるレイラでさえ、記憶を辿っても思い当たるものがなかった。
帝国の使者ダステルに至っては、イースランド王国と竜族の不和から、対帝国包囲網が崩せると期待したが、それが見当違いであると思い知った。
(歴史の長さだけは、我が帝国が唯一劣っている点だ。だが、千年後には我が帝国こそが最大の歴史を誇る国家になるだろう。魔王軍との最終決戦で、それが決定的となる)
「さて、少し長話だったな。聖騎士団長よ、次へ進めてくれ」
「はっ!それでは、次の議題に移ります」
イースランド王の仕切り直しを合図に、バベルが次の議題へと移る。
その後もいくつかの議題が協議され、十王会議は終了した。
魔王襲撃という予想外の出来事はあったが、一人の犠牲者を出す事なく無事に終えた。
しかし、本当の戦いはこれから。
魔王による竜族への襲撃、レフィリアの大地への偵察、そして、最終決戦。
(これ以上の犠牲者を出さない為にも……必ず討ち取る!)
竜族への襲撃で魔王が来るのなら、そこで魔王を討つ。
そうすれば戦いは終わる。最終決戦で多くの犠牲者を出す必要もない。
その覚悟を胸に、燈継は会場を後にした。