十王会議-5
「黄金都市伝説?」
「ええ。レフィリアの大地に関する伝説よ。黄金と言っても金が採掘できるという事じゃなくて、私達よりも何倍も大きい巨人族が生活しているから、人間にとっては莫大な資源が眠っているのではないか、という希望的観測よ。巨人族が人間と同じ規模で国家を形成しているとは思えないから、私は信じてないけどね」
「まあ、伝説なんてそんなもんだ」
王都でマルテと再会した時、マルテから語られたレフィリアの大地に関する伝説。
これは人間種国家に言い伝わる伝説で、レフィリアの大地に誰も立ち入る事が出来ないからこそ、人間種の希望と欲望によって生まれた伝説と言えるだろう。
だから、魔王の拠点がレフィリアの大地にあると知った帝国は喜んだ。
魔王が持つ領土、武器、資源。それら全てを独占するつもりの帝国にとって、莫大な資源が眠るとされるレフィリアの大地を占領すれば、帝国は更なる繁栄が約束される。
マルテはそんな帝国の思惑を想定した上で、それが失敗に終わると確信していた。
◇自由都市ミストレア
「では、次の議題に移ります……」
「……」
十王会議が進行する中、自由都市ミストレアの廃墟に三人の人影が木の椅子に座っていた。
十王会議が行われている間は、ミストレアに警備兵が巡回している。
しかし、警備兵は廃墟の中まで巡回して来ることはない。
十王会議が始まるよりも前にその廃墟に潜んでいた三人は、行動を起こす為の合図を待っていた。
そして、足元の影が揺れ動き、声を発した。
「魔王様。連合軍最高司令官に帝国の将軍が任命され、連合軍の中心戦力は帝国軍となりました」
「よし、順調だな。勘付かれてはいないな?ダーテ」
「はい。あの聖女を警戒して、限界深度まで影に潜りました。魔力の消費が激しく、戦闘となるとお役に立てませんが……」
「構わん。いざという時の為に用意はしてある。お前には、もう一仕事してもらえればそれでいい」
「しかし……やはり危険かと。勇者を始め、エルフの女王やエリオ・リンドハルムといった実力者が揃っています。いくらラドネが居るからとはいえ……」
「ダーテ!魔王様を信頼するのだ!全ては魔王様の計画の内なのだから!」
「貴様は何もしないだろうザキエル」
「何だと!?」
「……」
不死の悪魔ザキエルの言葉に、冷ややかな言葉を返すダーテ。
ザキエルの戦闘力の無さを考えれば、ダーテの気持ちは理解できる。
そして、魔王と他の者からも信頼されているラドネは、魔王と同じ黒い瞳で二人のやり取りを黙って見ていた。
「安心しろダーテ。むしろ、いざとなればエリオ・リンドハルムは我々を逃がしてくれるだろう。決戦前に魔王が死ぬのは望んでいないはずだ」
「……承知いたしました。では、始めましょう」
「ああ。行くぞ」
席を立った魔王に続き、ザキエルとラドネも席を立った。
ダーテが魔王の影に潜み、魔王は漆黒の仮面の奥で笑みを浮かべる。
決戦の日はそう遠くない。長い時間を掛けて、ようやくここまで辿り着いた。
全ての計画は順調に進んでいる。後は、このまま突き進むだけ。
「さあ……いよいよだ」
魔王達が動き始めた頃、十王会議も順調に進んでいた。
誰もが激しい議論が行われると予測していた今回の十王会議は、その予想を裏切る様に静かに淡々と行われている。
これは、帝国に対してマルテを始めとする各国の代表が、強く反対していないから。
帝国の野望を知った上で、むしろそれを失敗させる為により帝国に負担がかかる様に議論を進めていた。
一方で、帝国は自国に持つ圧倒的な自信から、それら全ての負担を請け負った上で、魔王軍に軽微な損害で勝利出来ると確信している。
互いの策を推し進める為、両者は対立する事なく議論は進んだ。
「では、次の議題に移ります……」
ゾクッ!
「「「っ!?」」」
「今のは!?」
「何だ?何かあったのか?」
全神経が訴える危険信号。
戦場を知らない王も居る中、戦場に出た事のある者なら、それが死の直感だと直ぐに理解できる。
一方、魔力の扱いに優れた者は、より正確にその危険の正体に迫る。
勇者一行を始め、レイラ、エリオ、レグルス王、竜人のリネットは天井を見上げた。
いや、正確には、その天井を突き抜けた先にある空を見た。
十王会議が行われるミストレアの市民集会場。その建物の遥か上空に三人は居た。
「やれ、ラドネ」
「はっ!」
右手に収束した黒い魔力が、上空からミストレアの市民集会場に向けて放たれた。
ラドネの魔力は星の魔力。ただ魔力を放出するだけでも、周囲一帯を更地にする威力がある。
桁外れの魔力を感じたレグルス王とリネットは、最大限の魔力で自身を防御した。
一方、少々驚きながらもレイラが動きを見せた。
この会場全体を覆う強力な防御魔法を展開……するよりも速く、燈継が叫んだ。
「私がやります!」
「燈継!」
レイラが視線を向けた時には、既に燈継は聖剣を抜いていた。
そして、聖剣の鍔に埋め込まれた青い宝石が輝き、聖剣の力が発揮される。
<絶対不可侵聖域>勇者の聖剣が持つ絶対防御。
込められた魔力に応じて効果範囲を拡大するそれは、ゼロ魔法を習得してから初めて使用する。
ゼロ魔法の習得によって、どれだけの魔力を込めればどこまでが効果範囲になるか、それを凡そではなく正確に把握する事が出来た。
この建物のみならず、外にいる兵士や馬車を守る必要があると考えた燈継は、それらを効果範囲に含めて<絶対不可侵聖域>を発動した。
その姿を見て、レイラは燈継と先代勇者の蒼義が重なる瞬間を見た。
この状況で考える事ではないかもしれないが、レイラの目には涙が浮かぶ。
(見ているか蒼義。燈継は……立派に成長したぞ)
直後、<絶対不可侵聖域>とラドネが放った魔力がぶつかる。
衝撃波がミストレアを揺らし、廃墟ばかりのミストレアではいくつかの建物が崩れた。
しかし、<絶対不可侵聖域>の効果範囲にあるものは一切傷付かず、建物が崩れる事もない。
放たれた魔力が途絶えると同時に、<絶対不可侵聖域>も消失した。
次の攻撃が来るよりも早く、燈継は天井を突き破って上空にいるである魔王のもとへ向かおうと、足に魔力を集中する。
そして、飛び立とうとした瞬間、先に天井が突き破られた。
「「「っ!?」」」
長机の中心に降り立ったそれは、人の形をした黒い影。
各国の王の後ろで控えていた護衛達が、王の前に立ち戦闘に備える。
一方、燈継は警戒度を少し下げた。
これが魔王の仕業である事には違いない。だが、この人の形をした黒い影に脅威はないと感じた。
そんな燈継とは違い、アルムスタ聖騎士団長のバベルが動いた。
「<聖典魔法 第七十二章> 聖典の剣!」
光り輝く白銀の剣を握り締め、その黒い影を切り裂いた。
しかし、バベルには斬ったという実感がなかった。まるで、実体のない影を斬ったかのような感覚。
実際、人の形をした黒い影からは、攻撃する気配も感じられない。
だが、油断は出来ない。警戒と緊張感が張り詰める空間で、その影が言葉を発した。
「さて……魔王として、私もこの会議に参加させてもらうとしよう」