十王会議-4
「では、次の議題に移ります。魔王軍との戦争における、連合軍の最高司令官を協議したいと思います」
「それについては、我が帝国軍よりヘルバート・オーデルク将軍を推薦いたします」
バベルの言葉を待ってましたと言わんばかりに、即座に反応した帝国代表のダステル。
誰もが予想出来た事だが、ダステルとしては何としてもこれを譲る訳にはいかない。
帝国の野望の為にも、連合軍全軍の指揮権を掌握したい。
皇帝からの厳命でもある。
もしこれに失敗すれば、自分の命が無い事をダステルは理解していた。
「ヘルバート将軍は、帝国軍の中でも歴戦の将軍であり、大規模な軍の指揮も問題ないでしょう。それに、優れた戦略眼も有しております。必ずや、魔王軍との戦争を勝利へと導いてくれるでしょう」
「ふん……歴戦と言うならば、我がクリスタル王国には五百年前の魔王軍との戦いを経験した者もいるが?」
「エルフでは近代的な軍の指揮は不可能です。我が帝国軍は、常に時代の先を行く進化をしているのです。五百年前と変わらない戦い方では、帝国軍の力を最大限発揮出来ない」
「まあ……確かに、其方らの魔導砲は優れた兵器だな」
「その通りです。そして、機動力と火力を以てして魔王軍を粉砕するのです。魔王の城など、我が帝国軍が包囲して集中砲火を浴びせれば、直ぐに殲滅出来るでしょう」
絶対的な自信から来るダステルの言葉に、各国の代表は沈黙を返す。
これ以上の帝国の拡大を阻止したい一方、帝国の軍事力は評価せざるを得ない。
帝国軍が開発した従来よりも小型した魔導砲。その破壊力は凄まじい。
グランザール王国との戦いの後、マルテの策でその魔導砲を連合各国へ配備させられた帝国。
皇帝の命によりゼストル型なる魔導砲を与えた帝国だが、各国には衝撃が走った。
従来の魔導砲よりも小型で小回りが利く上に、発射間隔が短い。
一発あたりの威力は従来の魔導砲よりやや劣るが、数を用意できる上に発射間隔が短い事で、総合的な火力はゼストル型の魔導砲が勝る。
だが、そんなゼストル型も帝国軍では失敗作として正式採用はされていない。
各国に配備されたゼストル型は、最低限運用できる程度に改良したもの。
帝国軍で正式採用されているのは、全ての性能でゼストル型を上回っている。
それを薄々と感じながらも、各国は帝国の技術力を高く評価していた。
「他に候補となる人物はいらっしゃいますか?」
「随分と大人しいなレグルス王。この手の話題、其方なら自ら立候補すると思っていたが……」
「余は戦場の最前線で敵を粉砕する。後方より指揮を執るのは、別の者で構わん」
「成程。五百年前の王とは、また違う思考の持ち主か」
白き獅子のレグルス王は、大きな身体に反して静かに答える。
レイラの予想では、獣人族の王であるレグルス王は連合軍最高司令官へ名乗りでると考えていた。
何故なら、獣人族の王には絶対的な武勇が求められるから。
勿論、武勇のみでレグルス王にはなれないが、武勇なき王には付き従う者はいない。
連合軍の最高司令官になれば、その武勇で歴史に名を刻む王となるだろう。
実際、五百年前のレグルス王は自ら連合軍最高司令官を名乗り出た。
結果としてそれは叶わなかったが、戦場でいくつもの輝かしい武勇を打ち立てた。
現レグルス王は、初めから戦場の最前線で戦う事を選んだ。
「発言してもよろしいでしょうか?」
「「「っ!?」」」
「勇者様。如何なさいましたか?」
誰もが予想だにしていなかった勇者の発言。
というのは、この議題においては勇者が発言するとは思っていなかったから。
燈継が異世界より召喚された事は、当然知られている。
軍の指揮など出来るはずがなく。それは燈継自身も十分理解している。
では何故、燈継が発言したのか。
「ダステル殿。まず初めに、私が重症を負った際に帝国軍がアルムスタ聖国まで護衛して頂いた事、心より感謝申し上げます」
「その様なこと。礼を言われるまでもございません。勇者様は、この世界の希望なのですから。全力を尽くしてお守りするのは当然です」
帝都における契約魔将ジュトスとの戦いで、重症というよりは己の力によって反動を受けた燈継。
その反動で動けなくなった燈継は、聖王に治療してもらう為にアルムスタ聖国へ向かった。
その際に燈継を護衛したのが、帝国軍である。
帝国に対して思う所はある。だが、命を懸けて守ってくれた帝国軍には心から感謝している。
そこに嘘はない。燈継の心からの本心。
だからこそ、純粋な疑問があった。
「守られた身であるからこそ、帝国軍の実力は疑いようがありません」
「お褒めに預かり光栄です」
「ですが、一つだけ懸念が」
「何でしょうか?」
「私を護衛した際、魔王軍への情報漏洩を恐れて、大軍を利用しての大規模な偽装作戦が行われたとか。私のもとへは、契約魔将による襲撃がありました。それも、一人ではなく二人。囮となった移送部隊へも、契約魔将による襲撃があったのでは?そして、大規模な損害を受けたと推察いたしますが……実際のところ、どれだけの損害を受けたかをお聞かせ願いたい」
(成程……これは我が帝国軍を貶める為ではなく、純粋な疑問だな。帝国軍は今だ健在かと、そう問いたいようだな)
「ご安心ください勇者様。確かに、我が帝国軍は大きな被害を受けました。ですが、既に損なわれた兵力は補いました。正直なところ、精鋭を選抜して編成した護衛部隊を失ったのは心苦しいですが……帝国軍は全ての兵士が高い練度を維持しています。ですので、勇者様のご心配は不要でございます」
ダステルは燈継の質問の意図を理解し、嘘偽りなく帝国軍の現状を説明した。
アルムスタ聖国への移送作戦。ここに割いた兵力の殆どが失われた。
速さを優先する為に、数ではなく質を優先した精鋭揃いの護衛部隊。
最悪な事に、それらの護衛部隊は全て全滅した。
それでも、帝国軍全体から見れば数としては少ない。
優秀な指揮官達も失ったが、帝国軍は士官候補生の育成も徹底している。
既に新たな指揮官が着任していいた。
「そうですか。それならば、私としても安心です。帝国軍は、魔王軍との戦いには必要不可欠ですから」
「お任せください。我が帝国軍が、魔王の軍勢を粉砕して見せましょう」
勇者の支持を得た事で、ダステルは自信に満ちた表情を浮かべた。
これも、アルムスタ聖国への移送作戦が成功したからだろう。これで失われた精鋭達も浮かばれる。
勝利を確信したダステルは、この議題に乗じて更なる提案を行う。
それこそ、帝国の野望に不可欠なこと。
「皆様。ヘルバート・オーデルク将軍が連合軍最高司令官に相応しいと同時に、我が帝国軍こそが連合軍の中心戦力であると思いませんか?」
「ダステル様。それは今の議題とは……」
「いいえ、バベル殿。これは同時に決めなくてはならない議題です。五百年前、グランザール王国軍が連合の中心戦力となり、その他の軍を率いて魔王軍に勝利しました。連合軍として共に戦うのは当然のこと。しかし、中心戦力となる軍が他国の軍を導く事で、初めて連合軍が機能するのです。我が帝国の将軍が最高司令官になるのなら、必然的に我が帝国軍こそが連合の中心戦力となるのです!」
ダステルは全員の注目を集めながら、声高に演説した。
連合軍の中心戦力となるという事は、最も大きな負担がかかるという事でもある。
それだけ損害も大きくなるだろう。
実際、五百年前のグランザール王国軍は、連合軍の中で最も損害が大きかった。
それでも、帝国軍は自ら連合の中心戦力となる事を求めた。
それは何故か。
(これが、マルテの言っていた……帝国の野望。その為の第一歩か)
燈継が席の離れたマルテの顔色を窺うと、その視線に気付いたマルテと視線が合う。
そして、マルテは小さく頷いた。
マルテがかねてより燈継に伝えた帝国の野望。
それは、魔王軍との戦いで他を寄せ付けない功績をあげ、帝国の絶対的な権威を確立すること。
そして、もう一つ。魔王軍が保有しているあらゆる資源の独占。
だが、これだけでは終わらないとマルテは予測している。
(帝国の野望はとどまる事を知らない。圧倒的な武力と権威を手にすれば、間違いなく他国へ侵略するでしょうね。グランザール王国にも、魔族国家にも。帝国に従わない国を、力で支配する為に。だけど……)
「私は、帝国を支持いたします」
「「「っ!?」」」
「ほう……マルテ王女。貴方は反対するかと思っておりましたが」
燈継、レイラ、エリオを除いて、多くの者がマルテの発言に驚いた表情を見せた。
予めマルテの考えを知っていた王達も、明確にマルテがそれを示した事に驚いた。
ここまでは、マルテの計算通りに事が運んでいる。
星界騎士団を結成する際、ドワーフ王国を除いて送った文書。そこに書かれた帝国の野望。
この十王会議の流れすらも予測していたマルテが動き、自らの考えに確信がある事を示す。
「帝国軍の強さは身をもって知っています。敵ならば脅威ですが、味方であるのなら頼もしい限りです」
「その期待、決して裏切らない事をここでお約束いたします」
「で、では……ダステル様の提案に対する反対意見のある方は?」
バベルが急展開に戸惑いながらも、各国の王に尋ねる。
本来であれば、会議が一時中断する程に白熱した議論が繰り広げられる議題だが、この場は静寂が支配している。
マルテの文書により、マルテの策を知っている王達は沈黙をもってそれに賛同した。
事情を知らないドワーフ王は、混乱していながらも帝国が有利になっている状況なら文句はない。
「反対意見は……ないようですね。では、連合軍最高司令官にヘルバート・オーデルク将軍を任命。また、帝国軍が連合軍の中心戦力を担う。以上の事を決定いたします」
ダステルは笑みを浮かべた。
それは、勝利への確信。
この決定により帝国は、更なる強大な力を手に入れる。
マルテの策を知る者からすれば、帝国はマルテの計算通りに動いている様に見えるだろう。
しかし、ダステルも馬鹿ではない。
マルテの策を読んだ上で、帝国は方針を変えなかった。
(マルテ王女、貴様の策は読んでいる。その上で、我らは当初の計画通りに行動する。貴様は知らないだろう。我が帝国は既に、魔導砲を超える新兵器の開発に成功した。生産体制も整い、軍への配備も完了している。貴様の計算は狂うだろう。我が帝国軍は、軽微な損害でレフィリアの大地を支配する。それだけでも、十分過ぎる程の戦果だが……あの伝説が本当なら、帝国による世界征服も現実となるだろう!)