十王会議-1
自由都市ミストレア。
それは、自由と秩序の都市。
種族も身分も問われない、誰もが自由に生きる事が出来る。
支配者はいない。法律もない。
優しさが満ちるこの都市は、まさに理想的な楽園だった。
そして、魔王軍によって滅ぼされた。
軍隊を持たず、自警団が守るだけのミストレアにおいて、魔王軍の侵攻を防ぐ手段はない。
英雄的強さを持つ戦士はいた。天才的な魔導師もいた。
だが、それでも魔王軍には敵わなかった。
もう復興する事はない。
瓦礫と廃墟に埋もれたこの都市は、在りし日の理想郷。
そんな理想郷に想いを馳せて、十年に一度、各国の王がこの場所に集う。
◇自由都市ミストレア
白い石材で造られた外観と、緑色の屋根が見えた。
それが、ミストレアで最も大きな建物である市民集会場。
一年に一度、ミストレアの全市民が集会を行っていた憩いの場。
全員で会議を行い、何か困りごとがあれば互いに助け合う。
そして、最後には宴会で朝を迎える。
そんな、誰もが平等で自由に意見を述べる事が許されたこの場所で、十王会議は行われる。
唯一外観を保っていた建物でもあり、ここだけは連合によって修復された。
「ここがミストレアか……」
「ええ。私も来るのは初めてよ」
「マルテは……ミストレアみたいな国を目指すのか?」
「都市一つと国一つでは規模が違うから、現実的ではないわね。流石に、法律や国の舵を取る人間は必要よ」
「まあ、そうだな」
「でも……ここは本当に素晴らしい都市だと思うわ」
「ああ。俺もそう思うよ」
人が居なくなったこの都市には、自然が根付いていた。
瓦礫の隙間から草木が生えて緑が目立っている。
しかし、石畳の道だけはしっかりと舗装されている。
これは、十王会議で無数の人や馬車がこの都市を行き来する為、各国が共同で整備しているから。
都市の中心にある市民集会場についた一行は、馬車から降りた。
グランザール王国だけでも、総勢約500人の大所帯。
マルテを始めとした外務大臣などの文官と、それを護衛する騎士団。
このミストレアでの戦闘行為は禁止されているが、護衛を連れてこない国はいない。
「へぇ……こんな場所があったなんてね」
「アテラも知らなかったのか?」
「ええ。魔法の事しか考えてなかったもん」
「流石だ」
「燈継も似たようなもんでしょ」
「一緒にするなよ。俺は色々と忙しかったんだ」
「……」
燈継とアテラ。
魔法都市を出てから、この二人の距離感は変わらず近い。
いや、それが悪い訳ではない。
燈継にとって、この世界で心置きなく話せる相手は貴重だ。
だけど、彼女ばかり相手にされるのは……。
(って!こんな事ではダメだ!今日は女王陛下にもお会いする。ここは、守護者として毅然とした態度で女王陛下にアピールしなくては……そう!私こそが、燈継の隣に最も相応しいと!)
「ラーベ様どうかなさいましたか?先程から表情がころころと変わって……」
「え?いや……ゴホンッ!何でもない!そう、何でもない!」
「そ、そうですか……」
「ロ、ローシェこそ大丈夫か?私は以前の十王会議で、女王陛下に同伴した事があるが……ローシェは初めてだろう?」
「はい。少し緊張しますが……勇者様の供として、情けない姿は見せられませんから」
「そ、そうだな……」
自分とは違い、真剣な想いで十王会議に臨むローシェを見て、ラーベは罪悪感を抱いた。
ラーベの言う通り、十王会議にはエルフの女王にして燈継の母レイラも参加する。
久しぶりの母との再会を、燈継は楽しみにしていた。
成長した今の姿を見せたい。そう思える程に、今の燈継には自信があった。
「王女殿下。こちらが我らの控室であります」
「へぇ。意外と広いのね」
「はい。会議が始まるまで、ここで旅の疲れを癒してください」
「そうね。皆も今の内に休んでなさい」
外務大臣や秘書官と共に、集会場内に設けられた控室にやって来たマルテ。
各国に一部屋ずつ与えられた控室は、十王会議開催にあたり連合が増設したものである。
500年前。先代魔王との戦いに勝利した後、連合は戦後処理に追われていた。
そうした戦後処理に、当時は緊急特別十王会議が何度も開かれた。
時に長時間に及ぶ事もあり、一時休止をした際の休憩室として控室が作られた。
ここ何十年かで行われた十王会議は、小休止を挟む程長い時間はかかっていない。
しかし、魔王軍との戦いで重要事項を決定する今回の十王会議は、そう簡単に終わらないというのが各国の共通認識である。
「燈継はこれからどうするの?」
「母さんに会いに行くよ。会議では話せないし、今の内に」
「そう。じゃあ、会議ではよろしくね」
「ああ。任せとけ」
王都でマルテの計画を聞いた燈継は、これから始まる十王会議でマルテの立ち回りを理解してる。
時には勇者としての後押しが必要になる場面もある為、マルテは燈継に協力を頼んでいた。
マルテ達グランザール王国の控室を後にした燈継達は、レイラが待つクリスタル王国の控室へ向かう。
早く会いたいという気持ちと少しばかりの緊張。
しかし、人間種のアテラとローシェの緊張は燈継の比ではない。
エルフが閉鎖的な種族なのは広く知られている。
それに、燈継と母の久しぶりの再会の邪魔になるではと考えてしまう。
「ねぇ。私とローシェは人間種だけど、行ってもいいの?マルテ王女と一緒に待ってようか?」
「そうですね。折角のお母様との再会なら……私達が居ない方がいいのでは?」
「別に気を使わなくていいよ。それに、母さんには紹介しとかないと。共に戦う仲間だって」
「そう……」
「女王陛下はお優しい方だ。二人の事も歓迎してくれるだろう」
クリスタル王国の控室に近づくにつれ、エルフとすれ違う事が増えて来る。
燈継はクリスタル王国の王太子。すれ違いざまには、彼らに頭を深く下げられる。
勇者としてではなく、王太子としての扱い。
これを見たアテラは、急激に自分の振る舞いに不安を覚えた。
「……私も勇者様って言った方がいい?」
「急に不安がるなよ。いいよ別に普段通りで」
「燈継って呼び捨てにして、周りのエルフ達から睨まれたりしない?」
「しないよ……多分」
「多分……」
レイラが居る控室の扉の前には、数名の衛兵が立っていた。
燈継に気が付くと、彼らも一斉に他のエルフ同様深く頭を下げる。
そして、扉の両端に立つ衛兵に声をかける燈継。
「母さんは中に居る?」
「はい。いらっしゃいます」
「入っても大丈夫?」
「少々お持ちください……」
コンコンコンッ
「どうした?」
衛兵が扉をノックすると、部屋の中から返答が来る。
それは間違いなくレイラの声だった。扉越しでも分かる母の声。
いよいよ訪れる母との再会に、燈継の胸は高鳴る。
「勇者様がいらっしゃいました。中にご案内してもよろしいでしょうか?」
「そ、そうか!ああ。構わん。入ってくれ」
「はっ!」
扉越しからの返答はどこか上ずった声で、嬉しさと緊張が伝わった。
衛兵がゆっくりと扉を開け、燈継が部屋に足を踏み入れる。と同時に、正面から勢いよく迫る人影。
避ける間も無く……いや、避ける必要はない。
それが、最愛の母の抱擁なのだから……。
「燈継っ!」
「母さん……」
顔を見るよりも先に強く抱きしめられ、愛情という温もりが伝わる。
言葉はない。これまでの会えない間、伝えられなかった想い。
ただただ強く抱きしめて、ありったけの愛を伝える。
「ああ……こうしてまた其方を抱きしめられて、本当に良かった!」
「ごめん。色々心配かけて」
しばらく強く抱きしめた後、涙ながらに言葉が溢れ出す。
これまでの不安と、最愛の息子と再会出来た喜びと安心。
それを受け止める燈継も、優しくレイラを抱きしめた。
その光景を前に、エルフ達は皆涙を浮かべている。
燈継にとっては18年。レイラにとっては500年もの間、二人は出会う事が出来なかった。
この世界に召喚された燈継は、勇者として直ぐにレイラのもとから旅立った。
レイラの本音は、愛する息子を危険な目に合わせたくはない。
だけど、燈継が勇者である以上、魔王との戦いは避けられない。
そんな二人の久しぶりの再会。これに涙しないエルフは居ないだろう。
(燈継……本当に良かった……)
旅の始まりから燈継と共に戦ってきたラーベは、特にその想いが強い。
何としても燈継を守ると誓ったはずが、魔王軍との戦いで自分の弱さを思い知った。
ラーベ自身が死にかけた事もある。燈継を失いかけたこともある。守れなった命もある。
それでも……それでも、生きている。
燈継とレイラの熱い抱擁を見たラーベは、これまでの思い出と苦難が蘇り涙腺が崩壊した。
「……本当に……うっ……よがっだ……ううっ……」
自分では抑えられない涙。
手で押さえても次々と溢れ出る涙が頬を伝う。
そんなラーベを見て、アテラは手拭いを差し出した。
「はい。これ使っていいわよ」
「ず、ずまない……」
魔王との戦いは終わっていない。
だけど、今だけは忘れよう。
最愛の母と最愛の息子。愛し合う親子二人が抱きしめ合う。
そんな当たり前の幸せを、感じていたいから……。