懐かしき再会
ローシェが感じた違和感を警戒して、城周辺の調査を行った勇者一行。
目視では何も確認出来ず、怪しい気配も感じられない。
アテラの魔法を使った探索は、自身を中心に雷属性の魔力をドーム状に拡大させる事で、そのドームに当たった物体の反応によって場所を特定できるという魔法。
一般人や動物では何も感じず、魔導師に当たった場合は静電気を感じる程度で、無意識に身に纏う魔力量が増える。
魔王軍程の存在に当たれば、確実に大きな反応が返って来るだろう。
アテラの魔法でも怪しい存在を確認出来なかった一行は、警戒はそのままに辺りの調査は打ち切った。
「すみません。私の勘違いでお手間を取らせてしまい……」
「謝らないでくれローシェ。それに、本当に勘違いかどうかはまだ分からない。また何かあれば教えてくれ」
「はい。分かりました」
城周辺の調査をする過程で、歴代騎士団長が眠る墓の近くへやって来た一行は、その墓で眠るジーラへの墓参りに訪れた。
初めて王都を訪れた際にジーラと面識がある燈継は、あの屈強な獣人族の戦士ジーラが戦死した事が信じられない。
魔王軍が王都へ襲撃した際にも生き残った彼が、まさか帝国軍との戦争で戦死するとは想像出来なかった。
さぞ無念だろう。魔王軍との戦争が始まったばかりの時に、横暴な帝国による宣戦布告からの戦争勃発。
そして、王国騎士団長としての責任を果たす為に、ジーラは命を懸けて戦った。
「ジーラ団長。魔王は必ずは私が倒します。だから、どうか安らかに……」
「「「……」」」
ジーラに誓いを立てる燈継の目に涙はない。
悲しくない訳ではない。ただ、悲しみで立ち止まる事はしないだけ。
救えない命もある。そんな犠牲になった命に報いる為にも、自分の使命を果たす。
今の燈継には、その覚悟がある。リーゼを失ったあの日から……。
燈継と同じく王都を訪れた際にジーラと面識があるラーベは、一人の騎士としてジーラに敬意を胸に黙祷を捧げる。
王都で長く生活してきたローシェは、ジーラとは親しい仲だった。
仕事での関りが多かったが、お互いに信頼を築いて助け合って来た。
そんなジーラの死に、ローシェの悲しみは大きい。
ローシェは涙を流しながら、ジーラが安らかな眠りに就けるよう祈りを捧げた。
アテラはジーラとの面識はないが、他国とはいえ騎士団長の死がどれだけ大きな意味かは理解できる。
勇者一行に新たに加わったアテラは、見知らぬ英雄に敬意と祈りを捧げ魔王討伐を誓った。
「さて。そろそろ行こうか」
「はい……」
「大丈夫か?ローシェ」
「……はい!ジーラ様の為にも、情けない姿は見せられませんから」
「そうだな」
ジーラに別れを告げた一行が、墓地を離れようとした時だった。
騎士団長が眠る墓に向かって来る人影が見えた。
この墓は他の墓とは少し離れた墓地の奥にある為、その人物が騎士団長の墓参りにやって来た事は明白。
歴代騎士団長が眠る墓には誰でも事が出来る為、一般人の可能性もある。
しかし、燈継の目に映るのは見覚えのある人物だった。
「あ……」
「ん……お前は……」
その人物は王国騎士団でありながら、初対面の燈継に対して礼節を欠いた振る舞いのみならず、一騎打ちを申し込んだ無礼者。
燈継が一国の王太子である事も考えるなら、下手をすれば外交問題に発展していた。
そんな彼が許された理由は唯一つ。強いから。
銀色の髪に琥珀色の瞳。美しくも強いその少年の名はツダン。
かつては自称王国最強の剣士。そして今は……。
「久しぶりだな最強剣士」
「……勇者か。変わったな」
「ああ。あの時よりも強くなった」
「へえ……」
二人の間に沈黙が訪れる。
ラーベはツダンと面識はあるが、無礼者という記憶しかない。
相変わらず燈継に対する礼儀がないのが気に喰わないが、燈継が気にする様子もなくむしろ見知った仲である事に驚いた。
ローシェとアテラは、二人の友人とは言えない微妙な距離感に間柄を考察していた。
そんな女性陣をまるで気にする様子はなく、二人はただじっとお互いの目を見つめている。
二人の沈黙に合わせるように、墓地に吹く風が止んだ。
完全な静寂。この時、言葉はなく目を見ただけでお互いの考えが理解出来た。
そして、二人は剣を抜いた。
一瞬で間合いはなくなり、二人の剣がぶつかる。
鳴り響く金属音、衝突する魔力、周囲を揺らす衝撃。
突然の出来事に女性陣は理解が追い付かず唖然とした。
そんな彼女らを置いてけぼりに、男二人は何事もなく剣をしまった。
「ふん……確かに強くなったみたいだな」
「お前は相変わらずの強さだな」
「違うな」
「ん?」
「俺は昨日の俺よりも強い。王国最強の剣士は、昨日の王国最強の剣士よりも強くなくてはならない。だから、俺の方が勇者よりも強い」
「意味不明な理屈も変わらず健在で嬉しいよ」
「え、ちょ……な、な、何やってんのあんた達!?ここ墓地だけど!剣抜く場所じゃないでしょ!」
親し気?かどうかはさておき、二人にしか分からないやり取りを続ける状況で最初に声を発したのはアテラだった。
普段は勝気なアテラだが、由緒正しい侯爵令嬢。公の場では礼節を弁えている。
そんなアテラからすれば、故人が眠る墓地で剣をぶつけ合うのは非常識極まりない。
「うるさい女だ」
「あっ!?何ですって!?」
「落ち着けアテラ。こいつに礼儀はない。怒るだけ無駄だ」
「何それ?意味わかんない」
「俺もだ」
謎の諦めを見せる燈継に更に理解が追い付かず、アテラの怒りは更に募る。
ラーベは、自身が始めてツダンに出会った時を思い出してアテラに同情した。
その時も今のアテラと同じく、ツダンの無礼極まりない振る舞いで怒った記憶がある。
「俺はお前達よりも団長の事を理解している。だから分かる。団長は喜んでいるぞ」
「そんなの嘘よ!頭抱えてるに決まってるでしょ!」
「そのへんにしとけアテラ。まあ、最強剣士の言いたい事も分かる」
「燈継まで……ていうか、その最強剣士ってなんなの?」
「王国最強の剣士ツダン。それが俺の名だ。覚えておけ」
かつて、自称王国最強の剣士だったツダンは、魔王軍の王都襲撃の際と帝国との戦争において多大な功績を上げた。
数多の逃げ遅れた市民を救出、魔王軍契約魔将を打ち破り、帝国軍最強戦力の皇帝騎士を切り伏せ、帝国軍の将軍の首を落とした。
その活躍に、かつては自称だった王国最強の称号を誰もが認めるようになった。
今は亡き王国騎士団長ジーラが誇りとするこの男こそが、自他共に認める王国最強の剣士ツダンである。