王都の変貌-2
「十王会議?」
「聞いた事ない?」
「ああ。誰も教えてくれなかったぞ」
「まあ、十年に一度しか行わない上に、そこまで有益な会議でもないしね。わざわざ教える必要がなかったんでしょう」
「十年に一度?丁度今がそうなのか?」
「いいえ、今回は緊急会議。対魔王軍に対する重要な決定を行う会議よ」
十王会議。
それは、グランザール王国、ロイセン帝国、イースランド王国、パルトデール王国の四カ国の人間種国家と、エルフ族のクリスタル王国、ドワーフ王国、獣人族のレグルス王国、竜族の四カ国を合わせた連合主要国八カ国に加え、アルムスタ聖国と魔法都市ローマリオンの中立国二カ国で行われる会議である。
各国の王が直々に参加する事から十王会議と言われているが、実際には外交官が席に着く事もある。
竜族に関しては、王が存在しない。
ローデリア火山に純血種の竜が生息しており、その麓に竜人達が里を築いている。
純血種の竜の中に、三竜将と呼ばれる竜族の方針を決定する三体の竜が存在している。
その三竜将の意志決定を諸外国に伝える役目として、竜人の外交官が派遣される。
これに対し、連合内で批難する国は存在しない。
一方、帝国も外交官が参加している。
連合結成時には存在していなかった帝国は、その支配を盤石にした事で連合主要国として迎えられた。
しかし、歴代皇帝は一度たりとも十王会議には参加した事が無い。
これは、自ら足を運ぶ王達と差別化する事で、皇帝の権威をよりと読める狙いがあった。
これに対し各国は強く批難したが、それに動じる帝国ではなく、現在では外交官が参加するのが当たり前となっていた。
「対魔王軍に対する重大な決定ね……そういえば、魔王軍の居城についてマルテは何か聞いたか?」
「ええ。クリスタル王国からその旨が記載された文書が各国へ送られたはずよ。守護者にしてエルフ族の英雄、アーライン・ステイル様が敵から情報を引き出したらいしいわね」
(アーラインは確証があるまでは公表しないと言っていたが……何か確証を得たのか?)
「その情報は確証があるまで公表しないとアーラインは言ってんだが……何か書いてあったか?」
「確証はないとは書いてあったわ。恐らく、十王会議にあたって現在持ち得る情報を共有するのが狙いじゃないかしら?その方が、話すべき方針が分かりやすいでしょ」
「それもそうだな……」
(この感じだと、魔王が人間だという可能性についてはまだ伏せているみたいだな。ただ……マルテには伝えていた方がいいだろう。魔王が人間だという事が世間に公表された場合、その混乱は尋常ではないからな)
「マルテ……話しておきたい事がある」
「何かしら?」
「魔王が人間かもしれないということだ」
「っ!?」
アルムスタ聖国で、聖王達に話した内容と同じ事をマルテに伝えた燈継。
星界の巫女から告げられたこと。現状で魔王が人間である確証はないこと。世界の意志の存在について。
これはアテラも初めて聞かされた事であり、彼女も大きな衝撃を受けていた。
マルテはそれらの情報を整理し、何度思考してもそれが公表されるべきではないと結論に至る。
魔王が人間。それが真実なら、間違いなく大きな混乱は避けられない。
隣人が魔王かもしれない。その恐怖が疑心暗鬼をもたらし、秩序は崩壊する。
「十王会議では、それは伏せておきましょう。というより、魔王殺すまでは明かすべき情報ではないと思うわ」
「俺もそう思う。だが、問題は魔王自身がそれを公表した時だ。奴ならやりかねない」
「そうね。でも、もしやるなら既に公表しているはずよ。王都襲撃の際、宣戦布告に合わせて公表した方が大きな混乱を作る事が出来たはずよ。もしかすると、魔王はこの情報を明かしたくないのかもしれないわね」
「それなら好都合だが……その理由は知りたいところだ」
「まあ、今それを考えても分からない事が増えるだけよ。私達のやるべき事をやりましょう」
「そうだな」
「じゃあ、まずは十王会議での私の計画を伝えておくわね」
「また何か仕掛けるのか」
「仕掛けるつもりはないけど、私の考えを話しておきたいだけ。何故、私がそうするのかを」
「分かった。聞かせてもらおう」
その後、二人は長い時間を掛けて綿密な打ち合わせを行った。
二人が真剣な話し合いをする中、ラーベ、ローシェ、アテラはその様子を黙って見守る。
特にアテラは、燈継に感心していた。アテラが知る燈継は、勇者というよりも魔導師の側面が強い。
勇者として公的な立場でマルテと会談する燈継に、アテラは尊敬の念を抱いた。
十王会議についての話し合いが終わった後は、帝国との戦争で起きた出来事を話すマルテ。
まず初めに燈継に伝えたのは、国王の容体。
王太子リチャーノの戦死の報せを受けて以降、国王は寝たきりの状態になっている。
「お父様に快復の兆候は見られない。当然だけど、十王会議には私が行くわ」
「そうか。でも、ローシェなら治癒出来るんじゃないか?」
「はい。お任せください。王女殿下、一度陛下に面会させていただければ……」
「残念だけど、陛下は今誰とも会いたがらないの。お兄様が戦死した事で、全てに絶望している。もう生きる気力すら無い程のに……」
「ですが、今のままでは衰弱死されていまうのでは?私の祈りでどこまで治癒出来るか分かりませんが、全力は尽くします」
「ローシェ。気持ちは嬉しいけれど、今はそっとしてあげて欲しいの。気持ちの整理が付いたら、きっといつものお父様に戻るはずよ」
「そ、そうですか……」
「国王陛下の快復を心から祈るよ」
「ありがとう。燈継」
このやり取りは茶番だ。
マルテは、国王に快復されては困る。王国の実権を事実上完全に掌握している今が最高の状態であり、国王に快復されると計画の進行が遅れる。
一方で、燈継はマルテの思惑を理解した上で、ローシェによる治癒を提案した。
燈継にとっても国王の快復は望ましくないが、表向きは勇者としての義務を果たし、最善を尽くしたという事実が必要となる。
マルテならこの提案の意味を理解した上で、怪しまれない様に断ってくれるという確信があり、マルテはその期待に応えた。
そして、国王の容体に引き続き、燈継は王国騎士団長ジーラが戦死した事を聞かされた。
「そうか……団長殿は戦死なされたか」
「ええ。勇敢な最後だったと聞いているわ。彼は王国の誇りよ」
「後で団長殿の墓参りに行くよ」
「ありがとう。彼も喜ぶと思うわ」
「それで……今は王国騎士団長の座は空席なのか?」
「いえ、元王国騎士団長のヘルナンド・ボアウルスを復帰させたわ。高齢で戦場には出れないけれど、かつて英雄と呼ばれた彼の存在は大きい。種族を問わず、彼は支持を得ているわ」
「そうか。一度挨拶しておかないとな」
「勇者自ら挨拶に行ったら、彼腰抜かしそうね」
「ご老体にその冗談は笑えん」
「ふふ。それもそうね」
かなりの時間話し込んでいたマルテは、自分の仕事へ戻らなければいけない事に気付く。
久しぶりにあった燈継とは積もる話もあり、時間を忘れていた。
王都襲撃があった際、燈継はマルテが魔王を手引きしたのではないのかと疑った。
襲撃のタイミングと人間主義者の革命派閥であるグレリアン派の失踪。
魔王と利害が一致したマルテが、魔王と契約を結んでいるのではと疑った燈継。
マルテは何とか燈継の信頼を得る為に行動で示し、今では燈継と信頼関係を結べていると考えていた。
だからこそ、次の二人の会話に心臓が跳ね上がった。
「それじゃあ、私は公務に戻るわね」
「分かった。俺も色々と見て回るよ」
「ええ。十王会議まではゆっくり休んでね」
「ああ。マルテも頑張りすぎるなよ……って、どうしたローシェ?窓の外に何かあるのか?」
「いえ……何か……気配を感じるような」
(っ!?)
明らかに窓の外の何かを見ているローシェに、燈継が問い掛ける。
それに対するローシェの答えは、曖昧なものだった。
気配の察知という点において、ローシェは勇者一行の中では他の三人に比べると劣っている。
これは、他の三人が並外れた実力者であり異常に優れているだけで、ローシェの感覚も他の者に比べると遥かに鋭い。
しかし、ローシェはアルムスタ聖国で得た新たな力により、闇の魔力を感じ取る力は誰よりも鋭くなっていた。
ローシェの言葉を信じた燈継は、警戒度を上げて臨戦態勢に入る。
「ラーベ、アテラ、何か感じたか?」
「いや、私は何も感じれなかった」
「私もよ。魔法使っていいなら探せるけど」
「マルテ。魔法の使用許可は?」
「……す、少し待って頂戴。いきなり魔法を使えば、宮廷内が混乱するかもしれないから」
マルテは内心かなり焦っていた。
何故なら、ローシェの感じた気配に心当たりがあるから。
マルテお抱えの影の暗殺者ダーテ。暗殺のみならず、諜報員として彼以上の逸材はいない。
そして、マルテはこのダーテの存在を誰にも明かしていない。
自分だけが知っている切り札。この切り札で、マルテは常に優位に立ってきた。
常に影に潜むダーテは、これまで誰にもその存在を気取られた事がない。
誰であろうとダーテの気配を感じ取るのは不可能だが、中にはダーテの存在を感じ取る異常な存在もいる。
ダーテはそうした例外的な存在には近寄る事なく、自ら距離を取る事で気配を消していた。
だからこそ、ローシェの発言に恐怖を抱いた。
もしここでダーテの存在が暴かれたら、勇者との信頼関係は崩壊する。
そうなれば、計画が水の泡になってしまう。何としてもダーテの存在を暴かれる訳にはいかない。
(っ!?どうすれば!ここで時間をかければ燈継に怪しまれる!だけど、ダーテの存在がばれるのはそれ以上にまずい!)
焦りを顔に出さない様に、必死に取り繕うマルテ。
ここでのマルテの選択肢は、ダーテが見付からないと信じて燈継に協力する事しかできない。
マルテが諦めて自分に許された唯一の選択を選ぼうとしたその時、救いの神が舞い降りた。
「も、申し訳ございません。私の気のせいかもしれません……」
「ローシェ、別に勘違いでも構わない。俺達に感じ取れなくても、ローシェだけが感じ取れる事があるかもしれない。だから、遠慮なく意見してほしい」
「はい。ですが、本当に些細なもので……たとえば、何もおかしくはないのに、自分だけが感じる違和感みたいなもので……」
「そうか。まあ、だとしても警戒は必要だ。マルテ、悪いがしばらく見回りさせてもらうぞ」
「え、ええ。お願いするわ。宮廷内には私が周知しておく。魔法も使ってくれて構わないわ」
「ああ。頼む」
燈継達が部屋の外へ出て行くと、マルテは安心からため息が漏れた。
立ち上がったはずの椅子にもう一度腰掛け、ダーテの扱いについて思考を巡らせる。
ローシェがダーテの気配を感じ取れるなら、彼女が居る場所ではダーテを影に潜ませる事はできない。
つまり、ローシェは常に燈継と共にいる以上、燈継が居る場所ではダーテは傍に置けない。
(そうなると……十王会議には連れて行けないわね)
そして、頭を抱えるマルテ以上に、ダーテ本人が衝撃を受けていた。
(馬鹿な!あの聖女、間違いなく私が見えていた!即座に離脱したから何とかばれずには済んだが……もう一度気取られたら、その時は確実に捉えられる。これは、魔王様へ報告しなくてはならない……)
マルテお抱えの影の暗殺者ダーテ。
そして、彼のもう一つの顔である魔王軍幹部<絶影>ダーテは、これを緊急事態とした。
マルテのもとを離れて、ダーテは魔王のもとへと急ぎ向かった。