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魔導覚醒-2


(あと少し……あと少しなんだ……)


マスター・ゼロと戦いを繰り広げる燈継は、致命傷を防ぎつつゼロ魔法へ至ろうとしていた。

アテラとの戦いで一度は掴んだ感覚。あの感覚をもう一度掴む事が出来れば、真にゼロ魔法を習得できるだろう。

その確信があるからこそ、どんな挙動も見逃さない。


「どれだけ粘ろうとも、無駄だと言っているだろう!」

「っ!」


まともに受ければ一撃で死に至る拳。燈継は迫り来る死の気配を、極限まで活性化された生存本能で感じ取っていた。

己の拳に魔力を込めて、迫り来るマスター・ゼロの拳にぶつける。

ぶつかり合った拳は、魔力の衝突によって周囲を衝撃で揺らす。

そして、マスター・ゼロの拳に押し負けた燈継は、幾度となく吹き飛ばされた。

それでも、燈継は諦めない。


(こいつ……確実に近づいている!)


一方で、マスター・ゼロは燈継の成長速度に驚きを隠せない。

本来であればとうに死んでいるはずの相手が、何度も立ち向かって来る。

全力を出している訳ではない。だが、確実に殺そうとしている。

その上で殺せない。これ以上戦い続けていれば、本当にこの少年はゼロ魔法に至ってしまうかもしれない。

もっとも、今ここでゼロ魔法に至った所で、ゼロ魔法を極めた自分には敵うはずがない。


(仕方がない……消し飛ばすか)


マスター・ゼロは、右手に魔力を収束させた。

決して魔力を漏らさず、静かに、そして膨大な魔力をその右手へと。


ゾクッ!


(何か来る!)


燈継は直ぐに死の直感を感じ取った。

マスター・ゼロとの距離はある。だが、死の直感はその距離は無意味だと訴えている。

その場を離れれば、生き残る事が出来るのか。それとも、何処へ逃げても無駄なのか。

防御に全魔力を集中すれば、生き残る事が出来るのか。それとも、防御など無意味なのか。

どちらを選んでも、恐らく不正解だろう。

だから、生き残る為の選択ではなく、ゼロ魔法へ至る為の選択を取る。


「ふう……よし!」


己の肉体を巡る全ての魔力。それを全て、その身に纏う。

これまでの様に、凄まじい魔力の放出はない。あくまでも静かに、魔力を一切無駄にしない為に。

だが、纏うだけでは駄目だ。この魔力をもってして、あらゆる攻撃を防ぎ切る最強の鎧を纏わなければならない。


「受けるか。それもいいだろう。受けるにしても、逃げるにしても、どちらにせよ……」


マスター・ゼロが右手に収束させた魔力を、燈継に向かって解放した。

それは、本来右手に留まらせることが不可能な魔力量。古代魔法にも匹敵する膨大な魔力量だった。

これは、マスター・ゼロが得意とする技。魔法の使えないマスター・ゼロにとって、あくまでも魔力操作の技術でしかない。

しかし、この技を受けて生き残った者は、エリオ・リンドハルムを除いて誰一人としていない。

全てを消し飛ばす一撃が、燈継に放たれた。


「終わりだ」


零砲(ゼロ・ブラスト)


刹那、マスター・ゼロが向けた右手の先には、何も残っていなかった。

平原の大地は大きく削り取られ、僅かに空間が歪んで見える程に、空気中の魔力すらも消し飛ばしていた。

土煙一つない完全な消滅。マスター・ゼロの視界には、燈継の姿は無かった。


「ようやく終わったか」


魔王から言われた仕事は終えた。

勇者を倒した後は、何もせずに魔王城へ戻れとの命令。

本心を言えば、魔法都市へ戻りたい。

エリオ・リンドハルムと()の戦いが見たいからだ。

彼、つまりは封印監獄から脱獄したもう一人の囚人、月調(つきしらべ) 天涯(てんがい)という老人のこと。


マスター・ゼロは、エリオ・リンドハルムと戦い理解していた。エリオ・リンドハルムと自分の間には、絶対に埋まらない差があるということを。

それは、エリオ・リンドハルムと戦った者なら誰もが辿り付く結論のはず。

しかし、彼は違った。彼は、エリオ・リンドハルムに勝つつもりだ。


(どんな手段で戦うというんだ?あの化物を相手には、魔力量や魔法の才といったものは無意味だ。次元が違う。そんな相手に、どうやって……)


名残惜しそうに魔法都市を見つめて、マスター・ゼロは諦めた様に歩き始めた。

それは、見ても見なくても、その戦いの結果は変わらないのだろうから。

エリオ・リンドハルムの勝利は揺るぎない。

再び彼と相まみえて、監獄に戻されるよりかは魔王の命令に従った方がいい。


マスター・ゼロは、<零砲(ゼロ・バースト)>で消し飛ばした方向へ歩いていく。

それは、単に魔王城がある方角だから。正確な経路は覚えていないが、ある程度歩けば迎えが来る。

だからこそ、自分の目を疑った。有り得ないはずの光景を前に、マスター・ゼロは驚愕した。


「馬鹿な……何故生きている!?」

「さあ……何でだろうな」


そこに立っていたのは、ボロボロになった燈継。

至る所から血を流している肉体は、その他にも骨折や打撲で重症だった。

しかし、それら全ての痛みを凌駕する執念で、燈継はマスター・ゼロの前に立ちはだかった。


「肉片すら残さず消したはずだ!どうやって生き残った!」

「俺はただ、あんたの攻撃に飛ばされただけだ。大分遠くまでな。戻って来るのがしんどかったよ」

「有り得ない……エリオ・リンドハルム以外に……私の攻撃を……」


エリオ・リンドハルム以外に、敗北は無い。

エリオ・リンドハルム以外に、あの攻撃は止められたことは無い。

その全てが、目の前に立つ一人の少年によって脅かされている。

心の底から溢れ出す恐怖に駆られ、気が付いた時には燈継に拳を突き出していた。


「これ以上、私の視界に映るな!」


その拳は、振り払われた燈継の右手によって弾かれた。


「なっ!?何っ!?」


二人の手が触れたのは一瞬。その一瞬の接触で、凄まじい魔力の衝撃が走る。


「き、貴様……まさか……」

「ああ。お陰様でな」


燈継の纏う魔力は、あまりにも静かで、あまりにも緩やか。

一流の魔導師が見ても、今の燈継は素人同然に思えるだろう。

しかし、天才を越えた領域に到達した一部の者だけが理解できる。

それが、紛れも無くゼロ魔法だと。


「ようやく掴んだよ、この感覚。そうだ、アテラと初めて戦った時の、最後の感覚と同じ。いや、あの時よりも魔力が軽い」


(し、信じらん!あの一撃を受けて、ゼロ魔法へ到達したというのか!?どれだけ才能があろうとも、あの一撃を防ぎ切るゼロ魔法へ到達するなど不可能だ!)


「ど、どうやってあの一撃を凌いだ!?あの瞬間にゼロ魔法へ到達しただと!有り得ない!」

「どうもこうも、俺はただ全力を尽くしただけだ」


マスター・ゼロに手を向けられた瞬間、燈継は死を確信した。

だが、その死の確信と同時に、一瞬の閃きがあった。

視界ではない本能で感じ取ったその閃きを、燈継は掴み取った。

それこそ正に、天才を越えた者が血の滲む様な鍛錬を積み重ね、死の直前に極限まで活性化した生存本能によってもたらされる閃き。

その閃きを<魔導覚醒>と呼ぶ。


世界最強の魔導師によって名付けられたその名は、決して広く知られている名前ではない。

現に、エリオ・リンドハルムも燈継やアテラにその名を口にした事は無い。

何故なら、予めその名を知っていた所で、<魔導覚醒>を頼りにしていても絶対に至る事は出来ないから。

だから、エリオ・リンドハルムは多くを語らなかった。

ゼロ魔法へ至る為の才能、ゼロ魔法の理論、鍛錬の積み重ね、実戦、そして死への直面。

全ての条件が揃った時、<魔導覚醒>へと至る。


「さあ、こっからが本番だ」

「っ!?」


その時、マスター・ゼロは燈継を見失った。

明らかに先程までの速度ではない。虚を突かれたマスター・ゼロは、燈継に背後を取られた。

燈継から放たれた拳は、僅かに遅れたマスター・ゼロに防御されつつも、その重い一撃は初めてマスター・ゼロにダメージを与えた。


「くっ!」


背面に迫る拳を腕で防いだマスター・ゼロだが、拳を受けた腕に鈍い痛みが走る。

不意打ちを貰ったとはいえ、その程度では形成は逆転しない。

直ぐに態勢を立て直して、燈継を見据えるマスター・ゼロ。

次の攻撃、燈継は真正面から迫った。

さっきは虚を突かれたが、今度は見失う事はない。

燈継から突き出される拳に合わせて、マスター・ゼロも渾身の拳を合わせる。

これまでにない魔力の衝突に、大地を揺らす衝撃も桁違いだった。


(馬鹿な!?この力は!)


ぶつかり合うマスター・ゼロの拳は、燈継の拳に押し負けた。

衝撃と共に後方へ飛ばされるマスター・ゼロを逃すまいと、燈継は追撃を行う。

一瞬にして間合いを詰める燈継に対して、マスター・ゼロは防御の態勢を取る。

燈継は容赦なく、その防御の上から拳を叩き込んだ。


「はあっ!」

「ぐはっ!?」


完全に防御したはずが、その上から叩き込まれた燈継の拳によって、防御を貫通する程の衝撃がマスター・ゼロの肉体に響く。

相手に攻撃を当てる瞬間にその一点に魔力を収束させる技術に加えて、これまで外へと溢れ出していた膨大な魔力を、一切無駄なく攻撃へと乗せている。

ここで、マスター・ゼロは初めて思い知った。


(こいつの魔力量は……私よりも遥かに……)


エルフの女王の血を引く燈継の魔力量は、この世界において五指に入る保有量。

マスター・ゼロの魔力量は確かに膨大だが、それでも燈継には及ばない。

先程まではゼロ魔法の有無によって圧倒していたが、燈継がゼロ魔法を習得した事で、魔力量で上回る燈継の攻撃がマスター・ゼロの防御を上回った。


だが、本来であればそれは有り得ない。

いくら燈継がゼロ魔法を習得したとして、ゼロ魔法を極めたマスター・ゼロとの間には練度の差がある。

つい先程ゼロ魔法に至った燈継では、魔力量で勝っていてもマスター・ゼロの防御を上回る攻撃は難しいはずだ。


マスター・ゼロは、その答えに辿り着けないだろう。

魔力量と同じく母から受け継いだ魔法の才こそが、燈継とマスター・ゼロの練度の差を埋めていたのだから。

魔法の才がないマスター・ゼロには、それは理解出来ない。

燈継の持つ魔法の才とは、魔力操作の技術も含んでいる。

この世界へ来て間も無く身体強化を習得した様に、ゼロ魔法を習得した事で魔力操作の技術すらもマスター・ゼロに追い付いた。


(これが……勇者の、選ばれし者の力か……)


「感謝するよ。あんたのおかげで、俺はゼロ魔法に至った」

「……今ここでお前を殺さなければ、今後魔王はお前に苦しめられるだろうな」

「契約魔将の癖に、魔王を心配するのか?」

「忠誠心など欠片も無いが、監獄から出してもらった恩はある。貴様をここで殺して、その恩だけは返すとしよう」


マスター・ゼロは、両手に魔力を収束させ始めた。

自らの持つ全ての魔力を両手に収束させ、<零砲(ゼロ・ブラスト)>を超える一撃を放つ。

燈継はそれを理解した。だが、先程の様に死の直感は無い。

成す術なく受け止めるか逃げるかの二択だった先程とは違い、燈継には第三の選択がある。


(真正面から打ち破る!)


アテラとの戦いで得た着想を、完全習得したゼロ魔法で実現する。

小さき太陽(ミニチュア・サン)>によって巨大な炎の球体を生み出し、その巨大な炎の球体を手の平に収まる大きさにまで収縮させる。

そして、膨大な魔力を内包した状態の小さな炎の球体を、握り潰す。

そうする事により、爆発によって拡散していた魔力を拳に収束させる事が出来た。


ゼロ魔法を習得した今なら、<小さき太陽(ミニチュア・サン)>の過程を挟まずにあの一撃へと辿り着ける。

体の内に眠る膨大な魔力を、静かに、緩やかに右手へと収束させていく。

そして、右手に収束した膨大な魔力に、炎を灯す。


「私の持てる全力の一撃。エリオ・リンドハルム以外に使うのは初めてだ」

「光栄だな」

「勇者よ。お前と魔王の戦いに興味はない。だが、私は全力をもってお前を倒す。これは他でもない、私の意志だ」

「俺もだ。あんたを超える為に、あんたを倒す」


魔王の命令とは関係ない。ただ、ゼロ魔法を極めた一人として、燈継には負けたくない。

そのマスター・ゼロの思いを感じ取ったからこそ、燈継も答えた。

互いに最後の一撃を構えた。これで、戦いは終わる。

極限の集中力によって、二人の間には静寂しかない。

その静寂を打ち破ったのは、マスター・ゼロ。


「<超魔導零砲(ゼロ・バースト)>!!!」


燈継へ向けた両手から、<零砲(ゼロ・ブラスト)>を越えた一撃が放たれた。

一瞬にして全てを消し飛ばした<零砲(ゼロ・ブラスト)>を超えるなら、その威力は古代魔法を越えている。

それに対し、燈継はただ正面から向かっていく。

炎を灯した右手を突き出し、その一撃にぶつけた。


「<我が手の太陽ガントレット・オブ・サン>」


全てを燃やし尽くす炎。

それは、魔力すらも焼き尽くす。

視界に映る全てを消し飛ばすのが<超魔導零砲(ゼロ・バースト)>なら、<我が手の太陽ガントレット・オブ・サン>は触れた物全てを焼き尽くす。

灼熱の太陽は膨大な魔力を全て焼き尽くし、その太陽を灯す拳は届いた。


「はああああああああああっ!!!」

「っ!?」


右手に込められていた膨大な魔力がマスター・ゼロへ届いた瞬間、全てを消し飛ばす程の爆発を起こした。

その衝撃は魔法都市は勿論、遠く離れた都市をも揺らしたという。

燈継とマスター・ゼロの戦いによって、その一帯の地形は大きく変わった。変えられた。

平原だったその一帯の緑は全て無くなり、無惨に大きく抉られた大地だけが残された。

その大地に、人とは思えぬ黒焦げた姿で倒れているのが、他でもないマスター・ゼロ。

彼は、己の全力を尽くして、敗北した。


「ぁぁ……っ……ぁ……」

「ありがとう。マスター・ゼロ。俺はこの力で、魔王を倒す」

「……」


燈継の感謝を聞き届けた<ゼロ魔法を極めし者(マスター・ゼロ)>は、その人生に幕を閉じた。

最後に、この世界の救世主たる存在に、ゼロ魔法を授けて。

ゼロ魔法を極めた事で、燈継はこれまでとは一線を画す強さを手に入れるだろう。

たとえそれが、魔王の計画だとしても……。

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