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魔導覚醒-1


アテラとアーネスの戦いが始まった頃、魔王軍幹部<双面>のルクス扮する魔王は、戦いながらも周囲の状況把握を怠らない。引き際を見極める必要があるからだ。

そして、魔法都市全体が戦場になっている事を確認すると、燈継から大幅に距離を取った。


「さて、私の役目は済んだ。後は彼らに任せるとしよう」

「逃がす訳ねえだろ!」


燈継が凄まじい速度で間合いを詰めるが、魔王は動かない。

魔力を込めた聖剣を魔王の首に向けて薙ぎ祓う。

<魔剣・調和崩壊(エンドバランス)>が無い以上、攻撃の無効化は出来ない。

防がれても構わない。ただ、魔王の逃亡を防げればそれでいい。

だが、その思惑を込めた燈継の一振りは、想定外の存在に止められた。


「ようやく出番か」

「後は頼んだぞ。マスター・ゼロ」

「っ!?」


(な、何だこいつは!?何処から現れた!?)


魔王に振らわれた聖剣は、マスター・ゼロの親指と人差し指だけで摘ままれていた。

たったそれだけで、そこから一歩も聖剣を動かす事が出来ない。

魔王が背中を向けて離脱している中、燈継は魔王に目を向けずに聖剣を止めている男に全神経を注いでいた。

マスター・ゼロと呼ばれたその男が、只者ではないと嫌でも理解させられたから。


「さて……」

「<小さき太陽(ミニチュア・サン)>!」


ゼロ距離での爆破。聖剣はマスター・ゼロの手を離れて何とか間合いを取る事が出来た燈継。

しかし、その爆発でダメージを与えたとは到底思えない。

燈継の想像通り、マスター・ゼロは灼熱の爆炎の中から無傷で姿を現した。

まるで何事も無かったかのように、マスター・ゼロは話し始めた。


「まずは、自己紹介といこう。私の名は、マスター・ゼロ。今は魔王の部下だ。契約魔将……だったか」

「俺は熾綜 燈継(しそう ひつぎ)。魔王を殺す為の存在、勇者だ」


マスター・ゼロは封印監獄から脱獄した後、髪を短く切り揃えていた。

三十代という年齢ではあるが、未だ若さを感じさせる顔付きと、全盛期を迎えた鍛えられた肉体。

だが、精神は既に無の三百年を経験している。

凪の様に静かな心は、彼の言葉や表情から読み取る事は不可能だろう。


「お前を殺せと命じられた。だから、恨みはないが死んでくれ」

「魔王を殺すまでは、死ねない」

「そうか。なら、精々足掻いてくれ」


それは、音も無く、気配も無く、極限まで研ぎ澄まされた全神経が訴えた死の直感。


「え?」


気が付いた時にはもう、マスター・ゼロの拳は届いていた。

腹部を神槍の如く貫く彼の拳に、燈継の肉体は吹き飛ばされていた。

背後から全身に響く衝撃は、吹き飛ばされた燈継の肉体が、魔法都市の城壁に叩きつけられたもの。

そして、燈継を受け止めた城壁は大きな亀裂が走った。


「がはっ!?」


全身の骨が砕け散ったかと思う程の痛みを感じて、燈継は自分が生きている事を実感した。


「ぐっ……はあっ……はあっ……生きている」


マスター・ゼロの拳が燈継に届く直前、燈継は聖剣の<絶対不可侵聖域>を使用していた。

それにより、マスター・ゼロの拳によるダメージは無効化出来たが、壁に打ち付けられた衝撃はその身で受けた。

だが、その程度はあの拳に比べれば大した事ではない。

あの拳をまともに受けていれば、燈継は死んでいたのだから。


「良く生きていたな。だが、お前の実力で生き残った訳ではないだろう」


(こいつ……桁外れだ。ゼノスは相手の実力を測る為に手を抜いていたが、こいつは初めからこちらを殺すつもり出来ている。そして、この実力の差を生んでいるのが……)


「先程の魔法を受けた時に思ったが、お前はゼロ魔法を習得していないのだな。それでは、絶対にこの私には勝てない」


(そうだ。ゼロ魔法だ。だが、こいつのゼロ魔法は質が違う。魔力操作の極致。なら……)


「そうかもな。でも……」

「ん?」


燈継は笑みを浮かべていた。

それがマスター・ゼロには理解出来ない。

どれだけ足掻いても、この実力差は絶対に埋められない。勝敗は覆らない。

それにもかかわらず、目の前の無力な少年は笑っている。

そして、燈継の続けた言葉にマスター・ゼロは衝撃を受けた。


「ゼロ魔法。あんたから学ばせてもらう」

「は?」

「俺はずっと求めていた。自分が目指すべき目標の姿を。だから、あんたに学ばせてもらう」

「……。一つ質問だが、私の事を知っているか?」

「さっき初めて知ったばかりだが」

「そうか。なら、その愚かさに免じて一つ教えてやろう。この私が何故、マスター・ゼロと呼ばれているか」


マスター・ゼロ。彼がそう呼ばれる様になったのは、彼が十代後半の頃。

彼は今は亡き王国の王子だった。

魔法に秀でた血筋のその王家は、優秀な魔導師を数多く輩出していた。

しかし、彼には魔法の才が無かった。

その事から宮廷内では忌み子と蔑まされて、誰一人彼の味方になる者は居なった。


そんな彼が、他の誰よりも秀でいたのが魔力保有量。

魔法の才が無い者には無用の長物と言われていたが、彼はその魔力を無駄にはしなかった。

魔法の才が無くても使える魔法。それが、原初の魔法<ゼロ魔法>だった。

彼には魔法の才は無かったが、魔力操作の才は誰よりも秀でていた。

だから、彼がゼロ魔法に到達するのに時間は必要としなかった。


ゼロ魔法を習得した彼は、他の兄弟達を遥かに凌ぐ最強の存在になった。

そんなある日、父である王が死んだ。

次の王は、王太子である兄が即位するはずだった。

それに対し、彼は反旗を翻した。

他の兄弟達六人を全員敵に回した彼は、誰一人味方が居ない状態で他の兄弟を皆殺しにした。

王家の血を引く者が彼だけになった時、彼が王に即位する事に異を唱える者は一人も居なかった。


その頃から、彼は<ゼロ魔法を極めし者(マスター・ゼロ)>と呼ばれる様になった。

王に即位したマスター・ゼロは、己の武力で次々と周辺諸国へ侵攻を繰り返し、やがて世界を敵に回した。

戦争に明け暮れて内政は全て臣下に任せて、己は玉座を開けて戦場で暴れる日々が続いた。

誰かがその空白の玉座に座れば、マスター・ゼロはその者を殺して再び玉座に座る。

そして、再び戦場に赴いた。


そんな時だった。誰も止める事が出来ない暴君の前に、一人の魔導師が現れた。

その魔導師こそが、世界最強の魔導師エリオ・リンドハルム。

マスター・ゼロは、エリオ・リンドハルムに破れて封印監獄に投獄された。

それから三百年。今こうして、再び現世に蘇った。


「これが私の歴史だ。私はこのゼロ魔法だけで、世界を相手に戦ってきた。そんな私から、この戦いでゼロ魔法を学ぶなど不可能だ。諦めて死んだ方がいい」

「長話のおかげで、少しは回復出来たよ。ありがとう。で?何処を聞いたら諦める要素があったんだ?俺はもう、メンタルリセット完了だ」


燈継の頭から、魔王を逃がした事は完全に消え去った。

それだけでなく、魔法都市が襲撃を受けているという事や、ラーベやローシェの事も心配だが、それらを全て頭の中から消し去った。

雑念があってはだめだ。ただ一つ、目の前の男だけに全神経を集中しなければ死ぬ。

一瞬の油断も許されない状況で、燈継は深呼吸と共に魔力の流れを整える。

そんな燈継を見て、マスター・ゼロは呆れる事しかできない。


「何をしても無駄だ。次の一撃で終わらせてやる」

「やってみろ」


燈継がその言葉を発した時には、マスター・ゼロは既に燈継の視界から消えていた。

それを認識すると同時に、燈継は再び<絶対不可侵聖域>を使用。

その時にはもう、吹き飛ばされた燈継は城壁を突き破って魔法都市の外へ出ていた。


(くっ!速い!)


何もない平原で何とか停止した燈継だが、休む間もなく天から降り注ぐ死の気配を全神経が感じ取った。

そして、頭上から強襲するマスター・ゼロの拳に、三度目の<絶対不可侵聖域>が使用される。

その瞬間、凄まじい衝撃で平原を圧し潰す重い一撃によって、大地に大きな穴が開いた。

一撃一撃が桁外れなマスター・ゼロに対して、燈継は三度の<絶対不可侵聖域>を使い切ってしまった。

巨大な穴の中心に居る燈継に向かって、マスター・ゼロは問い掛ける。


「何度私の攻撃を防ぐ事が出来る?お前が生きているのが、実力によるものではない事は理解できる。恐らく、その剣か?いずれは、その剣の力も使い果たすだろう」

「もう使い果たした」

「ほう。なら、次の一撃で終わりだな」

「やっぱり……形から入るのは大事だよな」

「ん?」


燈継は自分の中で何かしらの答えを見つけたのか、迷いのない表情で聖剣を鞘に納める。

そして、聖剣を納めた鞘を腰から取り外し、それを地面に置いた。

それが意味するのは、燈継は聖剣を使わずに戦うということ。

マスター・ゼロから学ぶと決めた燈継は、己の魔力と拳だけで戦うマスター・ゼロを模倣する事から始めた。

最も、マスター・ゼロにはそれが途方も無く愚かな行為に見える。

しかし、当の燈継は余裕のないはずが笑みを浮かべていた。


「無駄だと言っているだろう。次の一撃でお前は終わりだ」

「やってみろよ。俺は勝手に学ばせてもらう」

「そうだな。何を言っても無駄なら……死ね」


再びマスター・ゼロの拳が燈継の眼前に迫る。

あの聖剣の能力を失った以上、防ぐもう手段はない。

ましてや、彼はこちらを追う事すら出来ていない。絶対に攻撃は防がれない。

そう確信を持って放たれた拳に対し、マスター・ゼロは衝撃の光景を目にした。

マスター・ゼロの放つ拳に対して、燈継も同じく拳を突き出した。


(こいつ!拳を合わせて来ただと!?)


二つの拳が衝突した瞬間、魔力の衝突によって凄まじい衝撃波が大地を揺らす。

それと同時に、燈継の肉体は吹き飛ばされた。

いくら拳をぶつけたとしても、ゼロ魔法によって魔力を纏うマスター・ゼロの拳と、ゼロ魔法を未収得な燈継の拳では威力が違う。

だが、それでも燈継は拳を合わせて来た。


(まさか……聖剣の能力で防御している間に、こちらの攻撃に目を慣らしていたのか?)


「流石に痛い。でも、何とか合わしたぞ」


吹き飛ばされ燈継は、土煙の中から姿を現した。

今の一撃で、拳の骨は幾つか折れている。

しかし、その程度で燈継は止まらない。

もはや狂気じみた燈継のゼロ魔法に対する執念は、マスター・ゼロの拳を捉えた。

圧倒的な実力差、どうあがいても絶望的な状況で、燈継は喜びの笑みを浮かべている。

それを見たマスター・ゼロは、遂に燈継に恐怖を覚えた。


(何なんだ……この頭のおかしい餓鬼は……)


「さあ、ここからだ……全力で行くぞ!」

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