旅立ちの時
初めて母と出会った時と同じく、今日という旅立ちの日も玉座の間で母と言葉を交わす。初めて来たときとは違い、自分と母以外にはアーラインとラーベの二人しかいない。
それでも、玉座に座る母の御前でアーラインとラーベと共に跪く。
「遂にこの日を迎えてしまったか……私としては、今日という日が訪れない事を願っていたのだがな」
「子は親元を離れる物です陛下。それが、成長の証ですから」
「そうか……子の成長とは早い物だな。初めて会った時とは違い、戦士としての顔付きになったな燈継」
「そうかな?自分では分からないけど。もしそうなら、母さんやアーライン、ラーベ達のおかげだよ」
「私からすれば、燈継はまだまだ危なっかしい。私が付いていてる必要がある」
「燈継に負けたくせに、面白い事を言うねラーベ」
「何か言ったかアーライン」
「いいや、何も」
この二人は相変わらずだなと苦笑した所で、本題へ移る。今回ここに集められたのは、勇者として使命を果たす旅にあたって、大事な話があると母から告げられていた。
「さて燈継。其方は自分の立場を、どの様に理解している?」
「立場?勇者として召喚されたと思っているけど……」
「勿論その通りだが、其方は勇者以外にもこの世界で重要な立場にいる」
(勇者以外?……あっ!そういう事か)
「クリスタル王国の王太子?」
「その通り。其方は勇者であると同時に、我が国の王子だ。この二つの立場は、今後其方に難しい選択をいくつも迫る事になるだろう」
クリスタル王国第王太子。この世界に召喚されてから、勇者としてしか扱われる事の方が多く一国の王子としての実感はあまりなかったが、女王の息子とは必然的にそうなってしまう。
使命を果たす為に、優先的に勇者として必要な事は学んだが、一国の王子としては最低限の事を学んだかどうかというレベル。
「王太子という肩書は、時に物事を有利に進める事もあるだろう。だが、同じかそれ以上に勇者としては、足枷となるだろう。本来なら其方をもっと自由な身にしてやりたかったが……本当にすまない」
「謝らないでくれ母さん。正直自分でも自信はないけど、やるだけやってみるよ」
「其方の心強い言葉は嬉しいが、やはりは母として心配だ。そこで、其方の供としてラーベを付ける」
「えっ!ラーベを!?」
「何だ燈継?私と行くのは嫌なのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
今初めて聞かされた衝撃の事実。ラーベが落ち着いている事から、あらかじめ母とラーベの間で話はついていたのだろう。
確かに聖剣の記憶では、父が魔王討伐の旅に出る時に、恐らくラーベと同じく騎士であろう女性が供として付いていた。勇者を単独で行動させない様に供を付けるのは理解できるが、どうしても解消できない疑問があった。
「ラーベは守護者の称号を持っている上に、十三至宝の風神剣を所有している。そのラーベが国を長期的に離れるのは、大丈夫なのか?」
クリスタル王国において守護者という称号は、言うならばこの国の最高戦力である証。他種族の国家にも守護者の称号は知られているらしく、魔王軍討伐で名を馳せたアーラインは、五百年という時を経ても広く知られている。さらには、十三至宝を持つ守護者ラーベが、長期間にわたって不在になるのは問題がありそうだ。
「問題は無いよ燈継。僕が居る限りこの国は安全だからね。心配せずに、勇者としての使命を果たして来るといい」
「まぁ、アーラインが居れば大抵は大丈夫そうだけど……」
「ラーベを供としたのは、其方を余計な面倒事に巻き込まない為でもある」
「面倒事?」
「十三至宝を持つ守護者が付いている事で、其方は我がクリスタル王国の所属であり、正当な王位継承者である事を周りに知らしめる事が出来る。そうすれば、其方を取り込もうとする者達を退ける事も出来るだろう」
「何となく分かったような……分からないような」
「心配するな燈継。私に任せていればいい」
「それは心配だね。燈継は面倒事をラーベに押し付けるくらいに思っていればいいよ」
「お前は黙っていろアーライン」
この世界における自分の立場が難しいのはよく分かる。だが、実際にそれがどの様な事態を引き起こすのかは分からない。母は少しでも面倒事を引き起こさせない様に、十三至宝と守護者という力と地位を持つラーベを供として付けた様だ。
「燈継、唯でさえ難しい立場にある其方に申し訳ないが、女王として頼みたいことがある」
「一体どの様な?」
「未だ国家に所有されていない十三至宝の収集だ」
「十三至宝の収集……これはまた難しい事を」
「この頼みがそう簡単な物ではないと重々承知している。しかし、現状では無視できない事情もある」
十三至宝の収集。それが非常に難しい事であることは、燈継にも容易に理解できた。
ラーベの風神剣を見れば分かる様に、十三至宝は強力な武器であり、一つで戦局を左右する事も出来る脅威的な存在でもある。
当然、各国は十三至宝の収集に力を注ぐが、成果を得られる国家は極一部。クリスタル王国も十三至宝の情報収集は行っているが、人間種の国家、特にロイセン帝国には及ばない。ロイセン帝国の十三至宝収集に対する注力は凄まじく、現在一国で最多の三つを保有する国家となっている。
レイラが「女王として」と強調したのは、勇者に願うべきではない、一国の女王の野心とも捉えられる願いだからだ。
だが、己が野心の為に愛する息子を十三至宝の収集という難業に挑ませるのではない。
レイラが現状で無視できない事情と言ったのは、連合における人間種と魔族の力の均衡が、人間種に偏りかけている事にあった。
その原因であるロイセン帝国は、拡大と共に連合においての影響力を強め、強硬姿勢を示していた。
このままでは、そう遠くない未来に連合は分裂し、人間種陣営と魔族陣営による種の存続を掛けた最悪の戦争に発展すると考えていた。
ロイセン帝国の強硬姿勢は、圧倒的な軍事力を背景にした物であり、十三至宝を多数所有している事も関係している。
そこで、レイラは十三至宝を収集し、自国を含めて魔族国家に十三至宝を分配する事で、連合の力の均衡を取り戻す狙いがあった。
「面倒事に巻き込ませたくないと言っておきながら、本当にすまない燈継」
「分かった。やれるだけやってみる。と言っても、一つも手に入れられないかも知れないけど」
「可能な範囲で頼む」
勇者と王子という肩書を背負いながらの十三至宝収集。
十三至宝の収集に携わる以上、他国と競争状態であるという事。比較的平和な解決が出来れば良いが、ロイセン帝国の様な国家と当たれば、面倒事は避けられない。最悪の場合、クリスタル王国を戦争へ巻き込む可能性もある。
燈継にとってこの旅が、勇者の使命を果たす旅であると同時に、連合の命運を左右する旅ともなった。
「最後になるが、これは母としての頼みだ。必ず、無事に旅を終えて、元気な姿を私に見せて欲しい」
「……勿論だ。それだけは約束するよ母さん」
「何か困った事があれば、何時でも帰って来るがよい」
「何も無くても、たまに帰って来るよ」
名残惜しそうな母に別れを告げ、宮殿の外へ出る。
アーラインとフォーミラは見送りに来たが、母は見送りに来なかった。玉座から勇者を見送るのが様式美らしい。
「勇者様、どうかお気を付けて」
「フォーミラも元気で……想像通り、そのリボン似合ってる」
「勇者様がご満足頂けたのなら、何よりでございます」
先日贈った青いリボンを着けて見送りに来たフォーミラ。想像に描いた通り、美しい金色の髪に鮮やかな青色のリボンがよく映えている。
毎日当たり前の様に顔を合わせていたフォーミラとも、今日を最後に暫く会えないと思うと少し寂しい。彼女に優しく起こされるのが一日の始まりだったが、これからはラーベによって厳しい朝を迎えそうだ。
「燈継、今教えられる事は全て教えたつもりだ。後は実戦で身に付けるしかない」
「ああ、分かってる。今日まで本当にありがとうアーライン」
「感謝は不要だよ。僕はやりたい事をやっただけだからね」
「燈継、アーラインは恥ずかしがっているだけだぞ。この男は他人から感謝される事が無いからな」
「燈継、ラーベが足を引っ張るかも知れないけど、どうか許してって欲しい」
「何だと!」
この二人は最後まで変わらないなと思いつつ、二人の間には確かな信頼関係がある事も知っている。互いが実力を認めているからこそ、この様に対等な関係で居られる。
一通り言い合ったところで、きりの良い所でラーベが仕切りなおす。
「さて、そろそろ行くぞ燈継」
「ああ。じゃあ、行ってくる」
「お気を付けて勇者様。心より、無事のご帰還をお祈りしております」
フォーミラが頭を深く下げて、アーラインは軽く手を振って二人を見送った。
燈継とラーベが歩き出してしばらくした時、燈継が立ち止まりラーベに尋ねた。
「馬はどこに居るんだ?」
「何を言っているんだ?徒歩で行くに決まっているだろう」
「……え?」