反逆する魔導師達-4
「しぶといわね……」
周辺にある建物は、全て自身の魔法で破壊したモレーナ。
逃げる事も隠れる事も出来ないはずだが、完全に相手を捉える事は出来ていなかった。
更地となった大地を、止まる事無く駆け続けているラーベ。
爆発を回避しているが、熱や衝撃は完全に防ぐことは出来ず、その肉体にはダメージが蓄積している。
それでも、止まればあの爆発に身体を砕かれるだろう。
「はぁ……はぁ……」
モレーナの魔法には副産物があった。
それは、辺り一面に爆発が起きる度に、相手から少しずつ酸素を奪えること。
ラーベは軽い酸欠状態になりながらも、反撃の隙を伺っている。
(この爆発よりも、あの反撃をどうにかしなければならない)
その為には、ラーベの誇る最高の一撃である<絶閃>しかない。
だが、<絶閃>を放つ為に魔力を溜める時間をモレーナが与えてくれるとは思えない。
そんな時、爆炎と土煙で悪い視界の中で、思わぬ場所を見付けた。
(あの穴は……地下室?)
瓦礫で入口が塞がれているが、地下へと続く階段が隠れていた。
モレーナは自身が起こした爆発で視界が悪い。瓦礫を風神剣で吹き飛ばした事にも気づけないだろう。
自身の周囲が爆炎を埋め尽くす中、ラーベは即座に行動に移した。
入口を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばして、地下室へと続く階段に飛び込んだ。
(ここで態勢を立て直す)
一方、モレーナは違和感に気付いた。
爆発の中からラーベが飛び出してこない。完全にラーベを視界から消していた。
「どこへ逃げたのかしら?まあ、何処であろうと無駄な事よ」
モレーナは魔力を込めて、自身を中心に360度を爆発によって埋め尽くした。
連鎖的に終わる事の無い爆発が続き、既に破壊された建物はその残骸すらも残す事なく消滅した。
そして、これまでよりも威力の高い爆発によって、大地が抉られている。
爆発が収まりモレーナが視界を確保した時、爆発によって露わになった地下室が見えた。
その中に、風神剣を構えたラーベの姿があった。
ラーベの姿を視界に捉えた瞬間、モレーナの全身に危険信号が走る。
(来る!)
即座にラーベに向けて爆発を起こした。
しかし、それは遅すぎた。
ラーベに向けた爆発が完全に爆発しきる前に、ラーベはモレーナの懐に入り込んだ。
モレーナはラーベを捉えられていない。それでも、爆発の反撃は自動で発動する。
しかし、ラーベはそれよりも速い。
「<絶閃>」
自分を横切ったラーベを認識した時、ようやく爆発の反撃が作動した。
だが、肉体は既に斬られていた。
胴体から骨まで完全に断ち切られ、モレーナのい胴体は腰からずり落ちた。
大量の血が流れて、大地に顔を打ち付けたモレーナは、それでもまだ息があった。
「こ……この私……が……」
「守護者の事を甘く見ない事だ。我らは裏切り者を許さない」
「わ、私は………この世界の……」
その言葉を最後に、モレーナは息絶えた。
ラーベは息絶えたモレーナを見下ろして、風神剣を鞘に納めた。
同じエルフのモレーナを殺した事に対しては、何の後ろめたさもない。
燈継の敵は、誰であろうと切り伏せる。
それが例え、同族であったとしても。
勝利を収め一度落ち着いた頃、全身の痛みがより強く響いた。
もしあの<絶閃>を防がれていれば、敗北していたのはラーベだっただろう。
しかし、休んでいる時間はない。
燈継のもとへ駆けつけたいが、今はローシェが先だ。
自信に溢れたローシェを信用したとはいえ、それでも戦闘経験が少ないローシェを心配した。
その不安を他所に、ラーベのもとへ傷一つないローシェが駆け寄って来た。
「ラーベ様!ご無事ですか!?」
「ああ。何とかな。ローシェは……驚いた。傷一つないとは」
「足手纏いにはなりたくありませんから。それよりも、今はラーベ様の傷を治します。少しお待ちください」
「ああ。頼む」
ローシェの神聖魔法でモレーナとの傷は回復したラーベだが、消耗した魔力は回復できない。
この魔法都市の戦いで、既に<絶閃>を二度使用している。
疲労が見え始めているが、立ち止まってはいられない。
一刻も早く、燈継と合流しなくてはならない。
だが、肝心の燈継の居場所が分からない。
「くそっ!燈継の居場所さえ分かれば……」
「先程訓練場を訪れた方なら、勇者様の居場所をご存知かもしれません」
「だが、その彼もどこに居るかは分からない。アテラなら何か分かるか?」
「アテラ様は他の魔導師と合流すると行って別れてしまいましたが……魔法学園の方へ向かいますか?」
「そうしよう。もしかしたら、燈継も学園に居るかも知れない」
「分かりました。直ぐに迎いましょう」
◇魔法都市 学園校舎
ラーベとローシェが勝利する少し前、アテラは学園の校舎に到着した。
アーネス一派の魔導師との激闘で、校舎は既に半壊していた。
現在もその戦いは続いており、双方に多大な犠牲者を出している。
凄惨な戦場となった校舎で、アテラはエリオの執務室へ向かった。
この異常事態において、エリオの姿が確認されていない。
世界最強の魔導師が本気になれば、魔法都市で暴れる魔獣は瞬殺できるはず。
それをしないという事は、それが出来ない状況に置かれている。
そう信じてエリオの執務室へ向かうも、アテラが見たのは壁が吹き飛んで外との境の無い執務室だった。
「何があったの……」
エリオは誰かと戦っているのか。
世界最強の魔導師が戦っているとなれば、その形跡が何処かしらで確認できるはずなのだが、今は一切確認出来ない。
そして、それ以上に最悪なのはエリオが既に死んでいるということ。
世界最強の魔導師がやられるとは思えないが、もしそうならこの魔法都市は終わりだ。
「何としてもエリオ様のもとへ行かなければ」
「無駄な事だ」
「っ!?」
何処からか声が聞こえた瞬間、アテラは最速でその場から離れた。
その刹那、エリオの執務室だった場所を、白い爆発が空間を支配した。
何とか外へ飛び出して回避したアテラは、その声の主が空に居るのを捉える。
人ならず異形。竜人に近いが、アテラの知る竜人よりも体が大きい。
地上に降り立ったその異形は、鋭い牙を見せて不敵に笑った。
「待っていたぞ、アテラ・リッテンノーグ。お前を殺す為にな」
「貴方がこの騒動の主犯みたいね。アーネス補佐官」
「ほう……この姿で私の名を言われたのは、初めてだな。何故気付いた?」
「貴方の講義を受けた事があるからよ。何度もね」
「そう言えばそうだったな。しかし、君は私の考えを否定したはずだ」
「ええ……魔導師による世界の支配なんて、馬鹿げているもの。否定して当然でしょ」
アテラは継承魔法である<紅雷>を使いこなす為、あらゆる方法を模索した。
ゼロ魔法は勿論、基本となる魔力制御。ゼロ魔法習得のヒントを探す為に、全く関係のない講義も受けた。
数ある講義の中で、アーネスは魔力制御と魔力放出について講義していた。
有益な講義と判断したアテラは、アーネスの講義を幾度も受けて鍛錬に打ち込んだ。
そうした中で、アーネスの研究している魔法について講義で聞く事もあれば、彼が書いた著書を読んだこともある。
そんなアテラに目を付けたアーネスは、彼女に自分の考えを語り、彼女をアーネス一派に勧誘した事が有る。
当然、アテラは断った。
「現実味の無い馬鹿な夢想話と思っていたけれど、まさか実行に移すとわね」
「無意味な夢を他人に語る事はない。ずっと待っていたんだ、この時をな」
「エリオ様に勝てると思っているの?」
「この私が勝算も無く事を起こす訳がないだろう」
「貴方のそれで、エリオ様に勝てるとは思えないけれど」
「私では勝てないかもしれないが、エリオに勝てる奴を連れて来た」
「世界最強の魔導師に勝てる存在なんて……」
「最後にお前に教えてやろう。世界は広いぞ、アテラ」
「……」
アーネスの余裕が崩れる事はない。
エリオの補佐官を務めて来たアーネスだからこそ、エリオの実力は知っている。
その彼が、これ程の余裕を持っているという事は、本当にエリオに勝てる手段を用意しているのかもしれない。
「さて、エリオを頼りにしている様だが、希望は捨てて自分の心配をした方がいい。私は既に何人もの魔導師を殺している。そして、お前も殺す」
アテラは雷を纏い、臨戦態勢に入った。
迷いや同情は一切ない。このアーネスを倒す事こそが、自分に与えられた使命だと。
「逆よ。私が貴方を殺す!」