反逆する魔導師達-2
「くそ!燈継は何処に居る!?」
「ラーベ様!来ます!」
「ちっ!」
恐るべき速度、恐るべき威力。
まともに受ければ致命傷となる魔獣の一撃は、守護者の称号を持つラーベでも油断できない。
迫り来る鋭い爪を躱し、反撃に転じる。
風神剣を振り抜き魔獣と交差したラーベは、その一撃が魔獣に致命傷を与えていないと即座に理解した。
重く硬い魔獣の皮膚は、生半可な攻撃を通さない。
再び魔獣と睨み合うラーベは、過去の記憶が呼び起こされていた。
「この魔獣……まさか、黒王獣ブラグネス!?」
「知っているのですか?この魔獣を」
「二百年前、各地で暴れまわっていた災害だ。だが、ある時を境に姿を見せなくなって、誰かに討伐されたと思っていたのだが……」
ラーベと睨み合う魔獣は、二百年前に各地で暴れまわり災害と呼ばれた魔獣。
黒王獣ブラグネス。巨体にそぐわない俊敏な動きで、狙われたら逃げる事は不可能と言われていた。
闇夜に紛れる鎧の様に硬い黒い体毛と、岩をも砕く強靭な顎、鉄をも切り裂く鋭い爪。
かつてエルフの森に侵入して来た時も、多くの犠牲者を出した。
その日はアーラインが居らず、偶然居合わせたラーベと数人の精鋭で相手をした。
結果として、ラーベ以外の精鋭は全滅。
増援が来た事で何とか追い払う事が出来たが、ラーベはこの魔獣を殺す事は出来なった。
「だが、あの時の私とは違う。今の私なら……」
「ラーベ様、私が防御を支援します。ラーベ様は止まらず、攻撃だけに集中してください」
「……分かった。ローシェを信じよう」
「ありがとうございます」
ここで時間を取られる訳にはいかない。
直ぐにでも目の前の魔獣を片付けて、燈継のもとへ駆けつける。
ラーベはローシェの言葉を信じて、風神剣に暴風を纏わせていく。
そして、睨み合っていたブラグネスが先に動いた。
「グアアアアアアアアア!」
凄まじい速さで振るわれる鋭利な爪を、ラーベは宙へ飛んで回避する。
空中で身動きが取れなくなった所を、ブラグネスは力強く大地を蹴って襲い掛かった。
巨大に似合わない跳躍。口を大きく開けて、宙に浮くラーベを捉えた。
その牙に砕かれたら、魔力を身に纏うだけでは防ぐ事は出来ないだろう。
しかし、ラーベはこの危機的状況で攻撃の態勢に入った。
それは、ローシェの言葉を信じていたから。
「<聖典魔法 第五十八章>勇敢なる者を守りし、光のベール」
ラーベを包み込む光のベール。それと同時に、ブラグネスが強靭な顎を閉じた。
しかし、その牙はラーベに届いていない。
ラーベを覆う光のベールが、ブラグネスの牙を完全に防いでいた。
どれだけ体毛が厚くても、どれだけ皮膚が硬くても、体内を守る事は出来ない。
ラーベは眼前に広がるブラグネスの喉奥へ目掛けて、躊躇なく飛び込んだ。
「<絶閃>」
ブラグネスの体内を突き破ったラーベ。
地上に着地すると同時に、ブラグネスは宙で真っ二つに裂けた。
血と肉片の雨を降らし、周辺の地面が赤く染めて、その雨は止んだ。
「お見事です」
「ローシェのおかげだ。あの牙を防ぐ魔法は、頼りになるな」
「ありがとうございます。しかし、他の魔獣もこのレベルの魔獣となると、魔導師の方々でもそう簡単には倒せないのでは?」
「そうだな。だが今は、燈継と合流する事を最優先に……」
「残念だけど、それは無理ね」
「「っ!?」」
背後から掛けれられる声に、二人は即座に警戒した。
ゆっくりと歩いてくる声の主は、赤い制服を身に纏っている。
その赤い制服の意味を、二人は知らない。
しかし、味方ではない事は理解できた。その瞳に、剥き出しの敵意が宿っていたから。
「私の名はモレーナ・アイン。貴方達を殺す為に来たの」
「貴様……エルフか」
「ええ。見ての通りね」
モレーナの耳は、エルフの特徴的な長い耳。それに加えて、圧倒的な美しさ。
金色の髪をなびかせながら、赤い瞳に宿る敵意を向ける。
不敵な笑みを浮かべる彼女は、両手に魔力を宿してゆっくりと近づいてくる。
「貴様がこの騒ぎの首謀者か?」
「まさか、私はアーネス様の忠実な部下に過ぎない」
「私は守護者だ。エルフなら、守護者の称号の意味を知っているだろう」
「ええ。でもあんな狭い森の中での強さは、何の意味もない。それを、教えてあげる」
モレーナには、魔法の才があった。
そして、その魔法の才を存分に生かす膨大な魔力。
この魔法都市においても、モレーナは教師達に引けを取らない。
「<超爆発>!」
「「っ!?」」
その瞬間、ラーベとローシェが居た空間が爆発した。
それも、辺り周辺を丸ごと飲み込む様な爆発は、逃げ場が無い様に見えた。
だが、そもそも逃げる必要がない。
「へぇ……良く防いだわね」
「それが、私の役目です」
再び<聖典魔法 第五十八章>を使用したローシェによって、二人は光のベールに守れた。
だが、その光のベールには僅かにひびが入っている。
それを見たローシェは、額に汗を滲ませた。
(今のはきっと全力ではない。となれば、あれ以上の魔法は第五十八章では防げない。次の手を打たなくてはなりませんね)
「同族として、貴様は私が始末する。それが、守護者たる私の使命だ」
「殺れるものなら、やってみなさい」
まさに神速。ラーベは初動から最速で間合いを詰めた。
モレーナの首元に迫る風神剣。
「貴方の攻撃は、私には届かない」
「っ!?」
風神剣が切り裂く空間から炎が漏れ出した。
危険を察知したラーベは、即座にその場を離れる。
次の瞬間、ラーベが立っていた場所に向けた爆発が起きた。
首元から爆発が起きたというのに、モレーナは一切は傷付かない。
「ご無事ですか?」
「ああ。だが、今の魔法は……」
(精霊魔法なのか?だとしたら、あれくらいの芸当は出来そうだが……)
「理解出来ないという顔ね。いいわ、教えてあげる」
「……」
「空間と爆発の魔法。私が視界に入る場所は、全て私の攻撃範囲。そして、私に迫る攻撃は、自動的に爆発魔法による反撃が行われる」
「緻密な魔力操作によって、貴様は傷付かないという訳か」
「ご名答」
恐らく、モレーナの全方位が爆発による反撃の範囲。
何処から攻撃しても、あの反撃が発動するなら、接近戦は無謀に近い。
(と、普通なら考えるが……<絶閃>なら突破できるはずだ。しかし、先程のブラグネスとの戦いを見られていたなら、私の<絶閃>も見られている。何か対策をしてくるはずだ)
一方で、モレーナも警戒を怠らない。
ラーベの推測通り、モレーナは黒王獣ブラグネスの戦いを見ていた。
(ブラグネスを仕留めた最後の一撃。体内を突き破ったどうこうではなく、純粋に見失った。魔力の残像すら追えない速度。だけど、あの一撃を放つには溜めが居る。それさえ分かっていれば、対策は出来る)
問題があるとすれば、もう一人の存在。
彼女がエルリア教の神官という事は理解した。
しかし、聖典魔法については未知数。
「ようやく見つけましたよ。モレーナ」
「遅かったわね。クルルバット」
赤い血を浴びた紫紺の髪。
赤い制服を着た男が、モレーナの横に降り立った。
彼の実力は分からないが、もし仮にモレーナと同等の強さなら、この状況は危険だ。
二対二で数的劣勢はないが、ラーベ一人で支援型のローベを守る事は出来ない。
(まずい……ローシェを狙い撃ちにされたら、私一人では捌き切れない。ここは、ローシェを退かせて、私一人で……)
そんなラーベの心中を察してか、ローシェがラーベの横に並んだ。
「ローシェ?」
「ラーベ様の考えている事は分かります。私が居ては、足手纏いだと」
「足で纏いとは微塵も思っていない。だが、私一人ではローシェを守り切れない」
「ご心配なく。私は私で身を守れます」
「しかし……」
「ご安心ください。その為の力は、聖王様より授かりました」
何時になく自身に満ちたローシェに、ラーベは自分が間違っていた事を痛感した。
彼女も燈継を支える仲間であり、勇者の供なのだ。
決して守られるだけの存在ではない。
ラーベがすべき事は、ローシェの身の心配ではない。
「すまないローシェ。私が間違っていた」
「お気になさらず」
「あの男を頼む。私はあの女をやる」
「お任せ下さい」
燈継を支える相棒として、二人は並び立つ。
ラーベは風神剣を構え、ローシェは聖典を出現させた。
「行くぞ!」
「はい!」