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魔法都市に潜む陰


「ここは……」


随分と長く眠っていた気がする。

目を開けているが、直ぐに焦点が合わない。朦朧とする意識が鮮明になるにつれ、視界も明瞭になった。

ここは、魔法学園の医務室だ。

ようやくアテラは理解した。自分は、あの戦いで意識を失ったのだと。


「やっと目が覚めたか」

「なっ!なんで貴方がここに居るの」

「様子を見に来た。丸一日眠ってたから、少し心配したんだ」

「貴方が私の心配?冗談でしょ」


ベッドの横の椅子には、燈継が座っていた。

何時からそこに座っていたかは知らないが、アテラには理解できない。

燈継に心配される程、好意的な印象を与えていないはずだ。


「本気で殺し合った訳じゃない。ただの修業の一環で戦った相手が、丸一日目覚めなければ、心配にもなるだろ」

「エリオ様が介入しなければ、どちらか死んでいてもおかしくなかったわ。それでも、同じ事が言えるの?」

「そんな事考える方が無駄だ。結果として誰も死んでない。それでいいじゃないか。何より、お前のおかげで、俺はゼロ魔法の一端を掴んだ。感謝してるよ」

「……」


その言葉には、感謝だけが込められていた。

アテラに対する恨みなど微塵も感じられない感謝の言葉。この男は、初めからゼロ魔法の習得の事しか考えていなかったのだ。

それを思い知って、アテラは自分の心の小ささに嫌気がさした。

ほんの嫉妬心で、燈継の事を何も知らずに酷い事を言ってしまった。

あの戦いを通して燈継の心の内を感じ取ったアテラは、彼に伝えなければならない。


「ごめんなさい。貴方のこれまでの戦いも知らずに、私は……」

「別にいいよ。おかげで、ゼロ魔法を体感出来た」

「そればっかりね」

「今俺が最も欲している物だからな。頭の中はそればっかりだ」

「まあ、私も人の事は言えないけれど」

「そういえば、あの紅い雷は継承魔法らしいな。いい魔法だ」

「……あ、ありがとう」


自分の大切な宝物を褒められた事に、アテラは頬を赤らめる。

この継承魔法は、愛する父から継承した魔法。それを自分よりも魔法の才ある燈継に認められるのは、素直に嬉しかった。


(そう。彼の魔法の才は、飛び抜けている。恐らく、この魔法都市で彼以上の魔導師は……エリオ様の他には……)


初めて見た時に確信した、燈継の圧倒的な魔法の才。それを直接体感させられた。

複数の属性魔法を使う事も驚きだが、それ以上に対応力の高さに驚かされた。

雷を纏うアテラのスピードに、燈継は巧みに魔法で対処した。

もし逆の立場だったなら、アテラには出来ない。


つまり、それがアテラに足りていない物。

どれだけ強い魔法を持っていても、使いこなせなければ意味がない。

ゼロ魔法の完全習得と、魔法の使い方。アテラは自分の未熟さを改めて実感した。


「明日から動けるか?」

「ええ。多分大丈夫よ」

「そうか。なら、明日から俺の修業に付き合ってくれ」

「え?」

「お前となら、いい修業になる。だから、悪いが時間をくれないか」

「……」


思わぬ提案だった。だけど、悪い提案じゃない。

燈継の修業相手になれば、アテラ自身も成長できる。それはあの戦いで証明された。

ならば、この提案を断る理由はない。


「分かったわ」

「ありがとう。じゃあ明日から……」

「その前に一ついいかしら?」

「何だ?」

「修行相手くらい、お前じゃなくて名前で呼んで」

「分かったよ……アテラ」

「上出来ね」


名前を呼ばれたアテラは、愛らしい笑みを浮かべて答えた。


◇学園長室


「二人の戦いを見て、皆は刺激を受けたみたいだね」

「それはもう。普段よりも熱を感じております。かくいうこの私も、勇者様の実力には驚きました」

「良い事だ。魔導師はお互いに高め合う事で、より成長できる。あの二人みたいにね」


エリオは書類仕事を片付けながら、補佐官のアーネス・バラットに学園内の近況を訊ねた。

エリオは魔法都市の管理者として、仕事に忙殺されている。その為、余程の事が無い限り直接教鞭を取らない。


補佐官のアーネスは、実力も知識も確かな魔導師であり、学園内の運営は実質彼に託されていた。

今年で五十代となったアーネスだが、未だ衰えは見せず、彼自身も更なる高みを目指している。

そんな彼から見ても、燈継の魔法の使い方は目を見張る物があった。

直ぐにでも自身の魔法の研鑽に務めたいが、アーネスは自分の仕事を終わらせなければならない。


「エリオ様が研究で使用している、危険度の高い魔獣達ですが……」

「ん?あれがどうかしたのかい?」

「実は……私の元で学んでいる生徒が、魔獣の生体研究を行いたいと言っており……私が同伴致しますので、研究室への立ち入りを許可していただきたいのです」

「ああ……悪いが、君が同伴でもそれは許可出来ない。魔獣達の資料なら渡しても構わないが、それでは満足できないのだろう?」

「ええ……どうしても直接調べたいと」

「そうだな……二週間後なら時間を作れる。それまで待ってもらってくれ」

「……ありがとうございます。その様に伝えておきます」


その時のアーネスの表情は、感謝の言葉とは裏腹に、目が不服だと訴えていた。

これは、常人では読み切れない程些細な変化だが、常人ではないエリオだから読み取る事が出来る。

しかし、エリオはそれをアーネスに伝える事は無い。ただ、黙って仕事を続ける。


「他に用件は?」

「……いえ、他は特に」

「そうか。では、学園の事は頼んだ」

「はい。失礼致します」


扉を閉めると同時に、アーネスは急ぎ足で歩き出した。

いつもと変わらない表情を浮かべるアーネスだが、その心の内は穏やかではない。

彼は、エリオの事を嫌っていた。

補佐官になったのは、エリオを尊敬しているからでも、学園の魔導師を育てる為でもない。


(それ程までに、他人を研究室に入れたくはないか。それとも、この私だからか……)


アーネスがこの魔法都市へ来た目的は、ただ一つ。

全ての魔導師の頂点に立ち、魔導師という存在を支配する為。

エリオ・リンドハルムは、世界最強の魔導師だ。

しかし、魔法の使い方を知っていても、魔導師の使い方を知らない。

魔導師という圧倒的力を持つ存在こそが、世界を支配する資格があるというのに……。


(このローマリオンは、都市一つに治まる国家ではない。世界を支配できる力を秘めている。しかし、エリオはそれをしない。愚かだ……)


エリオさえ居なくなれば、この都市は自分の物になる。

そうなれば、このローマリオンを支配して、魔導師による世界秩序を創造する。

夢物語と言われても、アーネスは否定しない。何故なら、アーネスは自分の夢を語っているから。

しかし、その夢を実現する為の手札が揃いつつあった。


「すまない。残念ながら、彼の研究室に入るのは無理そうだ」

「そうか……なら予定通り、鍵はこちらで破壊する」

「出来るのか?あの研究室の扉は、強固な結界が張ってある。何せ、世界最強の魔導師の結界だ。そう簡単に破れはしない」

「安心しろ。奴の結界は一度破った事がある。この、魔剣・調和崩壊(エンドバランス)でな」

「流石は魔王だ。こと破壊に関しては、頼りになるな」


アーネスが自分の部屋に招き入れたのは、他でもない魔王エンドルフ。

椅子に腰かける魔王は、いつも身に纏っている漆黒の装束と仮面を付けていなかった。

素顔を晒している。この世界では珍しい、黒髪に黒い瞳。

魔王は他の生徒と同じく、魔法学園の制服を身に付けている。

そう。彼は魔導師として、堂々とこの魔法都市へ足を踏み入れた。


「しかし驚いたな。まさか、魔王の正体が人間だったとは、素顔を晒して良かったのか?」

「仮面を付けた生徒が居たら、その方がおかしいだろう」

「それはそうだが……」

「貴方以外に、私の正体を知る者はいない。他の者は、私をただの生徒として、記憶にすら留めないだろう」

「光栄だな。魔王に信頼されているのは」

「信頼しているとも。素晴らしき共犯者としてな。それで、そちらの数は?」

「凡そ五百名。その内三名程が、天才と謳われる者だ」

「その三名に、貴方は含まれているのかな?」

「当然だ。エリオを除く面倒な魔導師は、私が排除する。だから、エリオの始末は頼んだぞ」

「ああ……任せておけ」


席を立ち扉へ向かう魔王に、アーネスは訊ねる。

魔王が研究室へ入るのは、必ず手に入れたい目当ての物があるから。

そして、それはアーネスにとっても必要な物だった。


「魔王、例の件だが……」

「分かっている。初めに一度だけ使用させればいいのだろう?しかし、その一度でいいのか?最終的にこちらで回収できればそれでいい。それまでは、好きに使ってくれて構わないが……」

「いいや、一度で十分だ。その一度で、私はこの魔法都市を蹂躙出来る」

「そうか。それは素晴らしい。流石は十三至宝だ……」


その言葉を最後に、魔王はアーネスの部屋を出た。

部屋に残されたアーネスは、興奮冷めやらぬ様子で拳を震わしている。

彼は考えられる限り、最強の共犯者を得た。

魔王ならば、最大の障害であったエリオを殺せる。

エリオさえ居なくなれば、他の魔導師など……。


(教えてやろう、魔導師達よ。我々魔導師こそが、世界を支配する存在だという事を!)

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