二人の天才-1
「これだけのギャラリーの前で負けたら、言い訳出来ないわよ」
「お前もな」
燈継とアテラの決闘は、瞬く間に魔法都市に知れ渡った。
この魔法都市で魔法を学ぶ魔導師は、より高みを目指して日々鍛錬を行い、新たな知識を学んでいる。
そんな彼らにとって、この二人の決闘は無視できない。
アテラは、魔法学園でも知らぬ者が居ない程に有名人。エリオから天才と称される彼女の実力は、共に学ぶ魔導師達も認めている。
一方で、燈継の実力を知らぬ魔導師達は、その血統で燈継の実力を推測した。
エルフの女王の血を引いている。これだけで、魔法の才格は並外れたものだと推測できる。
そんな二人の天才が戦うとなれば、魔導師達が注目するのも納得できる。
「エリオ殿。これだけのギャラリーが居るとは、聞いていませんが……」
「別に私が呼び寄せただけではない。まあ、私自身二人の戦いが気になる以上、他の魔導師達がその目で見たいというのも理解できる」
ラーベの怒り交じりの不安げな言葉に、エリオは淡々と答えた。
燈継が敗北すれば、勇者の聖剣を奪われる。そんな事態になったら、とんでもない外交問題になる。
「もしこの観客の前で燈継が敗北したら……」
「君は、自分の主を信用していないのか?」
「そういう問題ではありません!これは、外交の問題です」
「もしもここで彼が負ける様なら、彼はそれまでだったという事だ」
「なっ!?それはあまりにも無責任です!」
「そうか?君こそ、彼の成長を妨害するつもりか?」
「え?」
「もしかしたら、彼はこの戦いで何か掴むかも知れない。私はそう信じている」
エリオの言葉には、嘘が感じられなかった。
世界最強の魔導師は、何か核心を得ているのかもしれない。
もし彼の言葉が本当なら、ラーベはこの戦いを見届ける義務がある。
燈継に仕える騎士として、勇者の仲間として。
(燈継……信じているぞ)
エリオの言葉を聞いたラーベは、覚悟を決めて燈継の決闘を見守る決意をする。
燈継ならきっと、この戦いに勝利してゼロ魔法の一端を掴んでくれると……。
「勇者としての貴方の実力、見せてもらうわよ。がっかりさせないでね」
「お前が負けて、がっかりするかもな」
「それはないわ。絶対に」
広い訓練場に、二人だけが静かに立っている。
初めはざわついていた観客達も、次第に二人の静寂に引き込まれ沈黙した。
訓練場に完全な沈黙が訪れた時、それが二人にとって開始の合図となった。
互いに魔力を纏い、正面からぶつかり合う動作を見せる。
「っ!?」
そこで、燈継は初めて彼女の魔法を知る。
アテラが身に纏うは魔力は、光と共に弾ける様な音を響かせた。
瞬きの閃光が絶えることなく繰り返され、音と光を纏う彼女は……。
(消えた!?)
アテラを視界から見失うと同時に、燈継は無意識の内に最大限の魔力で防御態勢に入る。
その直後、前方から来る凄まじい衝撃と共に、燈継は吹き飛ばされた。
そして、空間を貫く轟音が、訓練場に響いた。
「くっ……」
「へぇ……まだ立てるんだ?」
「……当たり前だ」
壁に強く打ち付けられた燈継は、ゆっくりと体を起こしながらも、彼女から目線を外さない。
彼女の纏う魔力こそが、彼女の持つ魔法。
「雷属性の魔法……魔剣以外で初めて見たよ」
魔力は、炎、水、風、地、光、闇の六つの属性に分類される。
しかし、極稀に特別な魔力を持って生まれる者も居る。
雷属性はその特別な魔力に分類される。
アテラが纏う光は雷光。空間を貫く轟音は雷鳴。
彼女は、特別な魔力を持って生まれた魔導師なのだ。
「これは、お父様からの授かり物。だから、私は負けない」
「成程な……でも、親からの授かり物なら、俺も負けてないな」
「あっそ。でも、貴方私の事が見えなかったでしょ。そんな貴方が、私に勝てる訳ないじゃない」
「それはどうかな?」
「さっさと、負けを認めればいいのよ」
アテラが再び雷を纏い、雷鳴と共に燈継の視界から姿を消す。
目を離した訳はじゃない。ただ、雷を纏う彼女が異次元に速い。
しかし、燈継は至って冷静だ。
目にも留まらない速さだとしても、向かって来ると分かっているなら対処できる。
燈継の目には捉えられていない、アテラの雷を纏う拳が燈継に迫る。
その拳が燈継に触れる直前、アテラは地面から襲い掛かる凄まじい熱と衝撃に吹き飛ばされた。
「っ!?」
体が宙に飛ばされる程の衝撃を浴びた体の節々には、鈍い痛みが走る。
それは、大したダメージにはなりえい。
アテラはただ、思考を高速で巡らせていた。
(今、何が起きたの!?)
自分が宙に飛ばされた事を理解し、地上を見下ろして燈継を視界に収めようとする。
だが、その姿は見えない。
訓練場を覆う土煙が地上への視界を阻害して、燈継の姿を捉えられなかった。
普通なら、この状況で不明瞭な視界に飛び込んでは行かず、遠距離での攻撃を選択する。
しかし、アテラはその選択を取らない。
全身に更に雷を纏い、天から地上へと、雷が如く落ちた。
(この状況で突っ込んでくるのか……それとも……)
アテラが大地へと着地すると同時に、周囲に衝撃と雷が迸る。
訓練場の中心を捉えた上空からの襲撃は、当然燈継には当たらなかった。
しかし、着地と同時に発生した衝撃波で、土煙は晴れた。
ようやく捉えた燈継は、訓練場の中心から離れ壁にもたれ掛かっていていた。
「何したの?」
「さあ?」
アテラは燈継を睨みつけたまま、雷を放出して身に纏う。
雷が弾ける音を響かせながら、再び燈継目掛けて神速の突撃をした。
しかし、先程の様にアテラは燈継へ一直線に向かうのではなく、その直前で直角に逸れた。
それと同時に、再び熱と衝撃が地面から発生。この瞬間を、アテラは見逃さなかった。
自分の周囲の土煙を晴らして、燈継を捉える。
「成程ね、種は分かったわ。そんな小細工で私を止められると思っているなら、舐められた物ね」
アテラは辿り着いた答えを元に、状況を整理した。
地面には燈継の仕掛けた魔法がある。アテラがその魔法の範囲内に足を踏み入れた瞬間、地面の魔法から爆発が発生した。
しかし、燈継がアテラを目で捉えられていない以上、発動タイミングは燈継がアテラの行動を予測する必要がある。
つまり、行動を予測されない不規則な軌道で攪乱して攻撃すれば、地面の魔法はアテラを捉える事が出来ない。
「種が分かった以上、もう私を止められない」
「そうか。ならやってみろ」
「言われなくても!」
アテラは雷を纏い、訓練場を縦横無尽に駆け回った。
目にも留まらぬ速さで駆け抜けるアテラの後には、雷の軌跡だけが残る。
不規則な軌道を予測する事は出来ない。アテラは燈継の側面から、強襲を掛けた。
燈継へと迫るアテラに、燈継は反応出来ていない。アテラは勝利を確信して、雷を纏う拳を突き出した。
そして、その拳は唐突に現れた水面を叩き割った。
「っ!?」
鏡の様に弾け飛んだ水面の先には、燈継は居ない。
目に捉えていたはずの燈継を、完全に見失った。
その瞬間、アテラの動きが僅かに停止した。それを燈継は見逃さない。
「捉えろ<水の牢獄>」
「くっ!?」
アテラの周囲に複数の水面が出現し、それが合わさり一つの球体となる。
その中心にアテラを収め、空間諸共アテラを水の牢獄に包み込んだ。
アテラは即座に状況を理解し、雷を放出して脱出を試みた。
アテラの魔力は凄まじく、水の牢獄は今にも破壊されそうになっている。
それに対して燈継は、水の牢獄を中心に更に水を収束させていく。
中から突き破られない様に、何重にも積み重ねられていく水の牢獄。
それは次第に巨大な球体となって……。
(ゼロ魔法は、究極の魔力操作。このまま魔力を収束させて、この水の惑星に封じ込める)
「<水の惑星>」
幾重にも積み重なった水の牢獄。巨大な球体となったその魔法は、燈継がゼロ魔法を掴む為に編み出した魔法。
<水の惑星>その名に込められた意味を知るのは、燈継だけだろう。
この魔法を見た魔導師達の驚愕によって、観客席はおおいに騒がしくなっていた。
「あの魔法は見た事がない」
「ほう……彼なりに、ゼロ魔法の習得手掛かりを探しているようだ」
「あの魔法が?」
「凄まじい魔力の収束だ。外からも内からも、そう簡単に破れないだろう。それこそ、ゼロ魔法を習得していない限りは」
エリオは燈継の意図を見抜いていた。
この戦いで、ゼロ魔法を掴む為の糸口を探している。
エリオは自分の判断が間違っていないと確信した。彼は、実戦で核心に至るタイプだと。
一方、ラーベは焦りを隠せていない。
ゼロ魔法の習得も大事だが、勇者の聖剣の是非が懸かっている以上、敗北こそが最も恐れることだから。
「しかし、あの娘はゼロ魔法を習得している。時期に破られる……」
「ん?どうしてアテラがゼロ魔法を使えると?」
「どうしてもなにも……彼女の口ぶりでは……」
「まあ、確かにアテラはゼロ魔法を使えるが……彼女自身それを自分の意志で行使できない」
「自らの意志で行使できない?」
「そもそも、つい先日ゼロ魔法の一端を掴みかけたばかりだ。自分の意志でゼロ魔法を使う事は、まだまだ出来ない」
エリオが言う通り、アテラはゼロ魔法を完全に習得していない。
ゼロ魔法を掴みかけてはいるが、エリオから見れば習得したとは言えない状態だった。
ゼロ魔法でなければ、突き破る事が出来ない<水の惑星>。
その事実、アテラは追い詰められていた。
(くっ!息が……)
雷属性の魔法の貫通力を以てしても、当然<水の惑星>は破れない。
初めの段階で、大地を蹴って上空へと脱出を試みたアテラ。
しかし、それが完全に裏目となる。
<水の惑星>の中心に捉えられたアテラは、完全に足場を失い、勢いを付けて脱出を試みる事すら出来ない。
その他の手段として、その場から高出力の雷を飛ばして、一点突破を図る事も考えたが、それはアテラが苦手とする事だった。
自身に纏う雷を収束させて遠距離へ飛ばす魔法は、何度やっても上手く行かなかった。
(だけど私は……絶対に負けられない!)
愛する父から授かったこの力。
その力を持ちながら、敗北は許されない。
(だから!)
「穿て!<紅雷>!」
刹那、紅き閃光の雷が、天を貫いた。