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またいつか、今日という日を


(綺麗なペンダントだ)


露店が所狭しと並んでいる広場で、目に付いた一つの赤いペンダント。金の枠組みの中に、六角形の赤く輝く宝石が埋められている。この世界の鉱物については詳しくないが、自分の持つ知識と照らし合わせると、ルビーが最も近い宝石だろう。

赤い宝石の大きさは、親指と人差し指で作る輪っか程度の物。この大きさなら、それなりの値段がすると覚悟しよう。


「へい!らっしゃい!って、おや?まさかあんた、勇者様かい?」

「……はいそうです」

「おおっ!これは有難いね。うちの商品が勇者様のお眼鏡に適ったのなら、光栄ですぜ!」


ここまでくると、この王国の全員に自分の容姿が知れ渡っているのかと思いたくなる。歩いてるだけでも何度か声を掛けられることは少なくなかった。やはり、エルフには珍しい黒髪が原因なのだろうか。


「このペンダント、おいくらですか?」

「おおっ!それに目を付けるとは、さすが勇者様!お目が高い!そのペンダントは、魔法が込められた最高級の一品!本来なら大金貨二枚の所、今だけ特別!大金貨一枚と金貨五枚に値引きしますぜ!」

「魔法?一体どんな魔法が?」

「聞いた話によると、たった一度だけ、闇の力を払う魔法が込められているとか」

(随分曖昧だな……。まあ別にいいか、惹かれたのは見た目だ。害がある魔法という訳でもなさそうだし、決まりだな)

「よし、買った」

「毎度あり!」


ペンダントを買った後は、適当に南区域を歩き回り、気になった商品は遠慮せずに購入した。自分で稼いだお金ではないが、今回だけは有難く使わせてもらった。

時間が経つのは早く、再び南区域の門へ辿り着いた頃には陽が落ちかけて、王都行きの乗合馬車の最終便が出る時間だった。

乗合馬車に乗ろうとしたところで、昼間のパン屋の店主が凄まじい勢いで駆け寄ってきて、パンの代金のお釣りを渡して来た。どうやら、お代を受け取らないという事は諦めてくれたらしい。


「あのパン、とても美味しかったです。また買いに行きますね」

「勇者様にそう言っていただき、大変光栄でございます。またのご来店を、心よりお待ちしております」


パン屋の店主に笑顔で見送られ、馬車はレグドヘイムを出発した。

馬車に揺られながら、今日の戦利品を眺める。やはり一番の目玉は、赤いペンダント。当然、自分用に購入した物ではなく、母へ贈る為に購入した物だった。女王である母からすれば、露店で売っているペンダントなど大したものではないかも知れないが、今はこれで我慢してもらうしかない。

いつか、自分の力で手に入れた物を贈るとしよう。


初めから馬を使えばこんなに早く着くのかと驚愕しながら、王都に降り立ち宮殿へ向かう。王都を歩いていると、完全に陽が落ちた事もあり、レグドヘイムの賑わいが嘘に感じる程静かだ。宮殿の門の前では、驚く事にフォーミラが待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、勇者様」

「た、ただいま。まさか、ずっとここで待ってたのか?」

「いえ、ほんの少し前から。もうじき勇者様が帰って来ると思いましたので」

「そうか、いつも悪いな。ありがとう」

「礼には及びません。これが私の役目ですから」


今回レグドヘイムで購入した物は、母に贈る物だけではない。仕事とはいえ、フォーミラには何かと頼ってばかりでいつも負担を掛けている。自分の専任世話係が彼女で良かったと心の底から思える程感謝している。だから、彼女にも形ある物で感謝を伝えたい。


「フォーミラ、いつも本当にありがとう。この世界で最初に出会ったのが、フォーミラで良かった」

「そ、そんな、突然その様な事をおっしゃられて……いえ、私の方こそ、勇者様にお仕え出来て大変光栄で御座います」

「だから、これを受け取って欲しい」

「こ、これは!」


取り出したのは青いリボン。フォーミラの為にレグドヘイムで購入した物だが、女性への贈り物など今までした事が無かった。店の前で小一時間悩んだ挙句、リボンに決定してから色を決めるまで、さらに時間が掛かった。


「こ、これを、私にですか?」

「ああ。もしかして……青色は好きじゃなかった?それなら、申し訳ないんだけど」

「そうではなく、受け取れません!私など一介の侍女に過ぎません!勇者様からこの様な物を受け取る資格などあるはずが……」

「別に資格とかいらいないと思うけどな……。これは、日頃の感謝だ。だから受け取って欲しい」

「しかし……」

「フォーミラに似合うと思って買って来たんだけどな……」

「その様におっしゃられては……受け取るしかありませんね……。このフォーミラ、勇者様から受け取った事を忘れることなく、生涯の宝とする事をここに誓います」


跪き手を差し出してリボンを受け取るフォーミラに、大袈裟だなと苦笑しつつも、受け取って貰えた事は素直に嬉しい。そして、贈ったリボンを大事そうに胸に抱えている姿を見ると、本当に良かったと思える。ここまで嬉しそうなフォーミラの表情は初めて見たかもしれない。

この調子で、次も上手くいく事を祈ろう。


コンコンコン

「ラーベ、今大丈夫か?」

「ひっ燈継!?少し待て!」


ラーベの自室にやって来たが、何か取り込み中だったのか、扉の向こうがやけに慌ただしい。てっきり騎士としての業務は終わり、手が空いてると思ったのだが。忙しいのなら時間を改めて訪れよう。こちらとしても、急用という訳ではないのだから。


「忙しいならまた後で来るよ」


ラーベの自室の前から去ろうとタイミングで、扉が勢いよく開けられた。


「すまない、待たせたな。それで、私に何か用か?」

「ああ……大した事ではないんだが……」

「どうかしたか?」

「いや、ラーベのそういう格好を初めて見たから、新鮮だなって思って」


ラーベは白いレースのネグリジェに身を包んだ、完全なオフモード状態だった。普段の規律を身に着けてる様な鎧姿を見慣れたせいで、とても新鮮な驚きがあった。いわゆる、ギャップ萌えだ。


「お、おかしいか?」

「おかしくないよ、似合ってる。とても綺麗だ」

「き、綺麗など///世辞はいらんぞ」

「本心なんだけどな……なあ、ラーベ。初めて出会った時、自分の事を姉の様に頼って欲しいって言ってくれたよな」

「ああ。蒼義様との約束だからな。お前の事は、私が面倒を見ると誓ったんだ」

「本当に嬉しかったよ。ありがとう。だから、細やかながら感謝の気持ちを受け取って欲しい」


ラーベへの贈り物が一番悩んだ。なにせ、普段のラーベは騎士道そのものというエルフだ。一体どんな物なら喜んでくれるかと頭を悩ました結果、たまたま目に映った商品に「これだ!」と思った。


「これは、短剣?」

「そうだ、しかも銀が含まれる短剣なんだ」

「どうしてこれを私に?」

「風神剣を持つラーベには、短剣なんて不要かも知れない。だけど、風神剣は強力な武器だからこそ、敵も対抗策を講じるかも知れない。そこで!短剣を持っていれば、敵の不意を突けるっていう……な、なんだその顔は……」

「……はぁ、どうしてこんな風に育ってしまったんだ……初めて会った時は純粋な少年だったというのに、一体誰に似たんだか……」


ラーベは少し呆れた表情を浮かべていた。なんだこの反応は、予想外だ。騎士だから短剣は好まないのか、それとも別の理由があるのか。納得できる理由を考えていると、突然ラーベの表情が明るい物になった。


「とはいえ、これは私の為に買ってきてくれた物なんだろう?」

「ああ、そうだ」

「なら、有難く受け取ろう。燈継からの贈り物なら、受け取らない理由は無い」

「あんまりお気に召さない感じか?」

「何を言う、嬉しいに決まっている。明日から肌身離さず持ち歩くつもりだ」

「そうか、なら良かった」


何気ない顔で燈継と接していたラーベだが、昼間の騎士として相応しくない醜態を知っている者からすれば、よくもまあ冷静でいられると言いたくなるだろう。無論、ラーベは燈継が去った後、喜びのあまり部屋の中を飛び回っていたのは言うまでもない。


無事にラーベにも感謝を伝え、いよいよ母の所へ向かう。何気に一番緊張度が高い。あらかじめ贈り物を買って来ると言っているから、ハードルが上がってしまっている。だが、あのペンダントは何か惹かれる物があった。きっと喜んでくれるはずだ。


「よく無事に帰ってきてくれた燈継。其方の無事が私にとって何よりも嬉しい」

「……」

「ん?どうかしたのか?」


この世界に召喚されて数々の衝撃を受けたが、今以上の衝撃と絶望は初めてだった。

母の首から、ペンダントが下げられていた。それは問題ではない。問題は、そのペンダントに付けられた宝石が、自分の買ってきた物より遥かに大きい赤い宝石だという事だった。


「レグドヘイムはどうであった?何か良い買い物はできたか?実はな、其方が私に贈り物を買って来ると言ってから、楽しみに待っていたのだが……ど、どうしたのだ燈継、その様な悲しげな表情を浮かべて、何かあったのか?」

「母さん……楽しみに待ってくれてたのに申し訳ないんだけど……これなんだ。買ってきた物……」


燈継が恐る恐る手渡すと、受け取ったレイラは全てを理解した。レイラは燈継を隣に座らせ、頭を抱き寄せて優しげな声で語り始めた。


「燈継、私は心の底から嬉しい。この世で一番愛する其方から、こんなにも素敵な物を贈られたのだ。嬉しいに決まっている」

「……なら良いんだけど……今度は自分でお金を手に入れて、何か贈るよ。その時まで、気長に待ってて欲しい……」

「私は幸せ者だな。愛する其方からそこまで思われているとは、本当に幸せ者だ。分かった、またいつかその日を楽しみに待っているとしよう。しかし、やはり其方らは親子だな」

「ん?どいう意味だ」

「私が今身に着けているペンダントは、蒼義から贈られた物だ」

「え!父さんが!?」


その後、母から父との惚気話を延々と聞かされた。その時間がなによりも幸せだと感じながら、これからの事に不安を募らせる。何故、今回この様な形で改めて感謝を伝えているか。

それは、いよいよ旅立ちの時が迫っているからだ。

勇者として戦う術と生きる術を身に着けた今、星界の巫女へ会いに行くのが次のやるべき事だ。いつまでも、この王国で平和に暮らせるわけじゃない。

むしろ、またこの王国で平和に暮らす為にも、星界の巫女から自分の果たすべき使命を聞き出さなけらばならない。

母の部屋を出ると、そこには見知った人物が待ち構えていた。 


「お帰り燈継。レグドヘイムはどうだったかな?」

「楽しかったよ。色んな物が見れた」

「それは良かった。それで?僕には一体何を買ってきてくれたのかな?」

「アーラインには何もないぞ」

「ははは。そう恥ずかしがることは無いよ。どんな物でも喜んで受け取るさ」

「冗談ではなく、アーラインには何も買ってきてない。アーラインがいつも言ってるだろう。相手の思い通りの行動はするなって。だから、俺はアーラインの予想を裏切って何も買ってこなかった。それだけだ」

「……そうか……成長したね燈継……本当に……」


後日、アーラインに買ってきていた品を感謝と共に渡した。日頃から何かと嫌がらせされている仕返しのつもりだったが、だからと言ってアーラインに感謝を伝えないという選択はない。

彼のおかげで、何も知らないただの高校生が、少しは強くなれたと思えたのだから。

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