幕間
「魔王様!このザキエル、ただいま蘇って参りました!」
「今回は遅かったな」
「何せ初めて受けた魔法でしたので……それで、解放した囚人は?」
「ああ、ゼノスと合わせない様に、別の場所に待機させている」
「確かに、ゼノスが囚人と出会えば斬りかかってしまうでしょうね……。そういえば、そのゼノスはまだ戻っていないのですか?」
「ああ。そろそろ戻ってきてもおかしくはないが……」
魔王は、ゼノスの帰還が想定より遅い事に一抹の不安を覚えた。
たとえ教会戦力と勇者一行が束になっても、ゼノスを倒せるとは到底思えない。
もし仮に、計算外の戦力が介入して、その存在がゼノスを殺せるだけの力があった場合、魔王は再度戦力を補充しなくてはならない。
しかし、封印監獄へ行く事はもう出来ない。だからといって、この世界にゼノスの代わりを務まる戦力も居ない。
今回解放した囚人も、次の戦いで恐らく……。
最悪の場合、今ある手札の切り方を誤れば、全てが水の泡となる。
そんな魔王の不安は、扉を開け帰還したゼノスによって拭われた。
「遅かったなゼノス」
「そうか?まあ、そうかもな」
「聖王は殺したか?」
「ああ……」
「……?何かあったのか?」
「いいや、何もないさ。それより、次の俺の相手は誰だ?」
「まだ決まっていない。聖王では不満だったか?」
「そうだな。つまらない相手だった……」
「分かった。お前が満足できるだけの相手を探すとしよう」
「見つかったら呼んでくれ。それまで、少し離れる」
「分かった。しかし……」
「勝手な行動はするな、だろ?」
「ああ……」
魔王と会話を終えたゼノスは、すぐさま扉を開けて出て行った。
ゼノスの様子は、いつになくおかしかった。戦った相手が不満だった時、いつものゼノスなら怒りを露わにしていた。
それが、今のゼノスには何か思う所があるのか、見た事が無い程に落ち着いた雰囲気だった。
「ザキエル。今の様なゼノスを見た事があるか?」
「いいえ……別人かと思いましたよ」
「そうか……」
聖王との戦いでゼノスが何を思ったのか、それを詮索する事は出来ないだろう。
しかし、魔王からすれば、ゼノスが命令に従うならそれで構わない。
最も、先程のゼノスの言葉が真実ならの話だが。
「それで、次の標的は何処になるのですか?」
「魔法都市ローマリオン」
「なっ!?あそこの魔導師共は厄介ですが、囚人達だけに行かせるのですか?」
「あの二人をぶつける標的は決まっている。ただ、今回はそれで充分だ」
「それはどういう……」
「行けば分かるさ」
次の一手、問題なく想定通りに進むだろう。
だが、万が一にも考え得る限りで最高の結果を得た時、計画を大幅に変更する余地が出て来る。
あの老人、月調 天涯がエリオ・リンドハルムを殺せたのなら……。
(この世界は……覆される)
◇魔法都市ローマリオン
「勇者様、お加減は如何ですか?」
「ああ、大分魔力は使える様になってきた。良かったよ、間に合って」
アルムスタ聖国から魔法都市ローマリオンまでは、馬を走らせて約三日。
敵襲を受ける事なく無事に到着した一行は、今まさに魔法都市へ足を踏み入れる所だった。
本来であれば、魔法都市へ入る事が出来るのは魔導師だけである。
燈継はともかく、ラーベやローシェは魔導師ではない。
しかし、今回は聖王から文書を受け、事前に勇者一行が来ることを知っていたエリオ・リンドハルムが、門番にそれを通知。
門番に控室に案内された燈継達は、早々に目的の人物と出会った。
「君達が来るのを、楽しみしていたよ」
「貴方が……世界最強の魔導師……」
世界最強の魔導師。その肩書の人物を想像した時、燈継は立派な白髭を蓄えた老人を思い浮かべていた。
長年の経験を積み重ね、厳格の雰囲気を纏う。そんな燈継の想像は、容易く裏切られた。
「改めて、私がエリオ・リンドハルムだ」
その外見は、間違いなく二十代の好青年。
この世界では珍しい、美しい白い髪。そして瞳は、左右で色が違っていた。
左眼は深く濃い青。右眼は鮮明な赤。
そして何よりも、その若さと美しさに似つかわしくない、底知れない恐ろしさを感じた。
「君が来た目的は知っている。君に魔力の使い方を教えよう」
「はい……お願いします」
「ここは魔導師が学ぶ為の都市だ。存分に学んでくれ、アーラインの様にな」
「アーラインがこの魔法都市で?」
「ん?聞いていないのか?彼に精霊魔法を教えたのは、この私だ」
「「っ!?」」
燈継と同時にラーベも驚愕した。
あのアーラインが、世界最強の魔導師によって魔法を習得していた事実。
しかし、それ以上に驚愕したのは、昔からアーラインを知っているという事。
それはつまり、少なくとも彼は数百年の時を生きている。
「失礼ですが、貴方は一体どれだけの時を生きているのですか?」
「さあ?数えるのは辞めたから分からないな」
「長命種の血を引いているのですか?」
「いや、私は正真正銘の人間さ」
「人間がそれ程長く生きられるとは思えないのですが……」
エリオ・リンドハルムは、軽い笑みを浮かべた。
その笑みが何を意味しているのか、それは本人のみが知るのだろう。
「まあ、そうだな。私は少し特別かもしれないな」
「はあ……」
結局、答えは得られなった。
世界最強の魔導師なら、人の領域を超えた力を手にしてもおかしくはない。
燈継は自分にそう言い聞かせて、彼に続いて部屋を出た。